通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

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第58話 荷物は二人で半分こ

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 私の目の前に積み上げられた、分厚い本の山。精霊の国エルダールに行くまでに、私はこれをすべて頭に叩き込まねばならないらしい。図書室で雪崩の起きそうな本の山を見つめて、辟易としていた。

「これ、全部読むの?」

「これでも絞りましたよ。最低限の精霊の国エルダールでの社会常識とマナーです」

「結婚式の準備もあるし、やることは山積みね……」

 私たちは4月に領地でささやかな挙式を上げることにした。アルが人間界に滞在できる期間の直前だ。それまでに、私は結婚式の準備と精霊の国エルダールへ嫁ぐ準備をしなければならないのだ。

「大丈夫ですよ、精霊の国エルダールはイングランドのマナーよりもずっと緩いですから。優秀なエヴェリーナならすぐに覚えられます」

 にっこりと笑って赤い背表紙の本を手渡される。私は観念して、しばらく本の虫になる覚悟を決めた。

 ♢♢♢

 日曜日の礼拝後、私たちは教会の墓地へと立ち寄った。結婚が決まったことを、お母様の墓前で報告するために。
 ライムストーンで作られた四角い墓石は10年の歳月で少し灰色を帯び、表面にはうっすらと苔が生えている。

 母の墓前にアイビーと白百合の花を静かに置く。我が家には温室がないので本来この時期に花は用意できないが、アルの魔法で供えることが叶った。

 私と父はお墓の前に跪いて、手を組み合わせて祈りを捧げた。南向きで日当たりの良いこの場所には、暖かい日差しが降り注ぐ。

 (お母様、私はこの人と結婚します。精霊の国エルダールへ行くので、どうかお父様と領地を見守っていてくださいね)

 母への報告を心の中で終えて後ろを振り向くと、アルはまだ目を伏せて手を組み合わせていた。

(何を考えているのかしら……)
 
 長い睫毛がゆっくりと持ちあがり、セレストブルーの瞳と目が合う。

 彼の視線は、父の背中と母のお墓に向けられていた。お父様は指で墓に彫られたお母様の名前を慈しむようになぞっている。刻まれた碑文は、父の心そのものだ。
 
 月日の流れと共に丸みを帯びた文字は、目をよく凝らさなければ見えにくくなってきた。
 それでもお父様の心には、今も尚お母様への深い愛が確かにあるのだ。

「……さあ、私は先に馬車へ戻るよ。君たちはどうする?」

「もう少しだけ、この場に居させてください」

 墓前から立ち上がったお父様はアルに目配せをして、墓地を後にした。

「ねえ、お母様に何をお話したの?」

「貴女を連れて行くことを、お許しくださいとお伝えしましたよ」

「それだけ?」

「……申し訳なかったと、謝りました」

 彼の視線はお母さまのお墓に降り注いだ。長い前髪が、アルの顔に暗い影を落とす。
 冷たい風が足元の落ち葉を攫い、二人の間を足早に通り過ぎていく。

「ねえ、私に求婚したのって責任感からじゃないわよね?」

「……は?」

 一瞬の静寂の後、私たちの距離が縮まった。アルは縋るような目をして、私の肩に手を置いた。

「まさかこの後に及んでまだ私の気持ちを疑ってるんですか……?」

「ち、違うわよ!そうじゃなくって……これ以上負い目を感じて欲しくないの。ずっと申し訳ない気持ちを抱えて生きて欲しくない」

「ですが、貴女だけでなく、男爵にも申し訳が立たない。忘れるなんて……」

 私は目を逸らした彼の頬を両手で挟んだ。そして数度瞬きを繰り返した彼に、笑いかけた。

(お母様なら、きっとこう仰るはずだわ)

「忘れなくていいの。私も一緒に背負うから。重たい荷物は半分こしましょう?そうしたら、軽くなるわ」

 アルはふっと柔らかな笑みを落とすと、目を閉じて頬に添えた手を優しく握った。

「貴女は、時々大胆ですね」

「そうかしら?慎ましやかな令嬢じゃなくてごめんなさいね」

 彼が少し腰をかがめると、髪がさらりと音を立てる。

「そういうところが、好きなんですよ」

 耳元で囁かれ、胸がぎゅんっと収縮した。頬を赤らめて困惑していると、アルはいつもの余裕そうな笑みを浮かべている。
 
 たまに私は思うのだ。この余裕ぶった笑顔の仮面を、ひっぺ剥がしてやりたいと。

「……私だって好きよ。責任で結婚されたら寂しく思うくらいにはね」

 ……沈黙。変なこと言ったかしら?
 そう思ってアルを見やれば、彼の長い耳の先は赤く染まっていた。

「あら、貴方だって案外分かりやすいのね?」

「……貴女が可愛すぎるのがいけないんです」

 アルは口元を手で覆い隠している。私が彼の心を震わせているのなら、なんだか嬉しい。自然と笑みが溢れた。

 アルに何か残せる物があるかしら。きっと貰うばかりで何一つ返せる気がしないけど。

 この先共にいられる時間で、たくさんの愛と幸せを彼にあげられればいいな。そう、強く思った。
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