通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

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第78話 あなたのことが知りたい

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【side エアリエル】

「エアリエル、夜は中庭に夕食の準備をすればいいのぉ?」

「ええ、お願いします」

 今夜はエイヴェリー嬢とアルサリオン様の、初めての食事会だ。中庭のガゼボの周辺にはランプを灯し、いかにもロマンチックな場所に仕立て上げる。

「殿下、来てくれるかしらぁ」

「来ますよ、あの人は。記憶が無くても、殿下はそういうお方です」

 ふいにミースが私の腕を組んでしなだれかかる。

「エアリエルったら、普段は合理的なのに。随分肩入れするのねぇ」

「まさか。後々の昇進を考えての事ですよ。今ここでしっかり恩を売っておかないと」

 先回りして動くのは、社会人としての基本です。ミースは私の横腹を人差し指でつんつん、とついた。
 
「うふふ、素直じゃないんだからぁ」

「こら、やめなさい。仕事中ですよ」

 咳ばらいを一つして、やんわりと窘める。ミースはにっこりと微笑み、「上手く行くといいわねぇ」と夜空を見上げた。

 エイヴェリー嬢の記憶を失った主君は、あまりにも不安定で痛々しい。
「標本にするぞ」と元気に脅していた頃が懐かしくさえ思えてしまう。
 
「ただの仕事だと、割り切っていたんですけどね……」

 そう独り言ちて、夜空を眺めた。私ができることは、最高の舞台を整えることだけだ。

 今宵は満月。月と星の饗宴が始まる。

 ♢♢♢【side エヴェリーナ】

 ミースから「夜は中庭でお食事しましょうねぇ」と言われ、中庭に向かう。すると、石畳の両端にはランタンが置かれ、暖かい光で道を照らしてくれていた。
 白い花で覆われたガゼボの中には、丸いテーブルと椅子が二脚向き合って置かれていた。

 しばらくすると、エアリエル、そして後ろに続いてアルがこちらに向かって来る。

(えっなんでアルが?)

 思わずぱっ、とミースを見上げれば、彼女はまた舌をぺろりとだして「言ってませんでしたかぁ?」と気の抜ける声をだした。

(待って、今朝あんな醜態をさらして、どんな顔で食事をするというの!?)

 心音がやたらとうるさく騒ぎ立て、頬に熱がこもっていくのが分かる。俯いていると、椅子が引かれ、着席する音が目の前で聞こえた。

 細く息が吐きだされると、「リーナ」と名を呼ばれる。それだけで心臓が飛び跳ねそうだ。顔を上げると、アルはエルフの装束を纏っていた。

 群青色のチュニックには、銀糸の刺繍が贅沢に施されている。異国の服を着たアルは、知らない人みたいだった。

「今朝は申し訳ありませんでした。何も見えませんでしたからご安心を。貴女も今後浴室を使用する際には鍵をかけてください」

「は、はい……」

 真っ赤な顔で気まずそうに目を逸らす私に対して、彼は無表情。そのうちに食事が運ばれてきた。カトラリーのかちゃかちゃという音だけが中庭に響く。
 食事はとても美味しかった。カブのスープに、魚のマリネ。彩りもよく、私好みの味だ。しかし、今度は違う意味で味がしない。

 会話のない食卓ほど、食事を不味くするスパイスはないのだ。
 
 気まずさに耐えかねて、私は思い切ってアルに話しかけることにした。

「あの……殿下は何がお好きですか?」

「何が好き、とは?」

「えっと、なんでもいいんですけど……食べ物とか、本とか……」

「特にありません。心を動かすようなものは、何も。なぜそのような質問を?」

「それは……貴方のことが知りたいので……」

「……」

 彼はなんともいえない顔をして、視線を手元のゴブレットに向けてしまった。
 
 (会話が終わってしまったわ、この後はどうすれば……)
 
 沈黙を誤魔化すように、食事の手を動かすしかない。
 メインは子羊のロースト。香草の匂いが鼻を掠めて食欲を掻き立てるが、私はそれどころではなかった。
 
 必死になって昔読んだことのあるロマンス物語の男女の会話を思い出そうとしたけれど、何も浮かばない。

 すると、側で待機しているエアリエルが、何やらアルに耳打ちをした。

「……生活面で何か不便はありますか?」

「いえ、二人にはとてもよくして頂いているので、不便は……あ、トランク……」

 逃げる途中、荒野に投げ捨てたトランクのことが気に掛かった。当面の服や生活用品、日記帳等が入っていたのだ。

「貴女の荷物なら現在検分中です。明日にでもこちらに届くでしょう」

「ありがとうございます!よかった、いろいろ大切なものを持ってきていたから……」

 また会話が途切れ、沈黙が流れた。今のアルは、お喋りがあまり好きではないようだ。
 手を伸ばせば届く近さにいるのに、長机の両端ほどの遠さを感じた。
 
「あ……殿下は普段どのような公務をされているのですか?」

 一瞬彼の眉がしかめられた気がした。それもすぐに消え失せ、淡々とした返事が返ってくる

「……民からの嘆願書の処理や、戦があれば前線に立つこともあります。」

「戦……魔物の国モルドールとの?」

「ええ。ここ数年は小競り合いで済んでいますが」

「……怪我、しないでね」

 彼の動きがぴたりと止まった。私を見る瞳が、澄んだ空のように見える。

「……エルフは怪我をしてもすぐに治りますので」

「それでも、怪我をすれば痛いでしょう?心配くらいはさせてください」

 すると彼は突然席を立ってしまった。
 何か不愉快になることを言ってしまったのだろうか。

「あ、あの、殿下……」

 引き留めようとすると、アルは私に背をむけたまま立ち止った。

「殿下と呼ばないでください。貴女は私の臣下ではありません」

 刺すような冷たい声に、ひゅっと息を呑んだ。
 指先が急速に冷えていく。震える手を胸元で握りこんだ。
 
(好きになってもらうどころか、嫌われてしまった……?)

「じゃあ、なんて呼べば……?」

 涙混じりに、小さな声で問いかけた。
 一拍の呼吸を置いて、彼はこちらを振り向かずに返事をした。

「――アルサリオンと」

 彼はその一言だけを言い残し、長い髪を翻してそのまま王宮に戻ってしまった。

「……へ?」

 予想外の返答に戸惑って後ろを振り返れば、エアリエルとミースは親指を立てて笑っていた。

(名前で、呼んでいいの?)

 今の彼は、私の知っている「アル」ではなく、「アルサリオン」。
 それでも、殿下と他人行儀に呼ぶよりずっと良かった。遅れてやってきた胸の高鳴りは、私の心を強く、速く揺らした。

(また一緒に食事できるかしら……)

 もっと今の貴方のことが知りたい。
 私のことも知って欲しい。
 そして、好きになって欲しい。

 再開してから初めて一歩だけ、アルサリオンに近付けた気がした。

 ♢♢♢【side アルサリオン】

 ――なぜあんなことを言ったのだろう。

 殿下と呼ばれるたびに、苛立ちと違和感が積もった。

 なぜ私のことが知りたいと願う?
 なぜ怪我をするなと言う?
 昨日出会ったばかりだろう。
 人間とはそういう生き物なのか?

 答えの出ない問いばかりが、心を満たしていく。

 あんな――気遣わしげな瞳で見られたことがないから、どうすればいいのかが分からなかった。
 
(人間に名前を呼ばせるだなんて馬鹿な真似を……)

 そう思うのに、彼女の口から私の名前が出てくるのを待っている自分がいる。

 こんな矛盾が自分の中に存在するだなんて、どうにも居心地が悪い。

「《君は、なんなんだ……》」

 夜空を見上げて溢した独り言は、誰にも拾われない。
 青白く光る月だけが、愚鈍な私を嘲笑うかのように鈍色の空に浮かんでいた。
 
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