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第91話 この地獄を終わらせよう
しおりを挟む【side アルサリオン】
暗雲が立ち込める赤黒い大地で、私は一人息を荒くして立ち尽くしていた。
魔物の死骸は焼き切り、跡形もなく消えた。わずかに残った魔物は退却したが、また空間に亀裂が走り出す。
満身創痍の体に鞭を打ち封印を試みるが、何度閉じてもすぐに亀裂は開いた。剣を握る手は痺れ、体は鉛のように重たい。
遠雷が、雨の訪れを予告する。間もなくここにも雨が降るだろう。
戦の後は、大地にこびり付いた血を洗い流すように、いつも雨が降るのだ。
また一つ、剣が青白い光を帯びて亀裂を塞いだ。
だが、その瞬間にまたぴしり、と空間を裂く音がする。
もう、封印する力は残っていなかった。私は虚ろな目で裂け目が広がるのを黙って見上げた。
次第に大きくなっていく穴は、深淵となり――その中に浮かぶ赤い目玉が、ぎょろりと私を見下ろし睨んでいた。
その瞳に射抜かれた私は、体が硬直したように動かない。指先から力が抜け落ちる。
剣を落とすと、その場に膝をついた。
【孤独が恐ろしいか。生きるのが恐ろしいか】
【……ああ】
【お前は誰にも愛されない。この先も、永遠に】
【その通りだ】
【私がお前の半身だ。この地獄を終わらせてやろう】
その瞬間、凍てついた鋭利な槍が私の胸を貫いた。痛みは感じなかった。
ただ、体中の血が凍ってしまったかのように冷たい。
指先の感覚は消え、鼓動も急速に弱くなる。
銀の鎧は砂粒となって消失した。
その場にうつぶせに倒れこんだ私は静かに深い闇の底に沈んでいった。
♢♢♢【side エヴェリーナ】
馬を走らせ、国境線沿いをひたすらに駆けていく。
(アルサリオン、どこなの……?)
周囲を注意深く見渡せば、前方に人影が見えた。
嫌な予感はどうして当たるのだろう。
心臓がどくどくと暴れ出し、冷たい汗が一筋こめかみを伝う。
黒い雲が、雨を連れて来た。
冷たい雨粒がぽつりと私の頭に落ちてくる。
馬が近付くにつれ、曖昧だった人影は輪郭を形どっていく。
固い地面に倒れているのは、無残な姿の彼だった。
「アルサリオン!!」
手綱を引いて馬を止め、一刻も早く彼に駆け寄りたい気持ちで飛び降りる。
綺麗だった銀色の髪は血と土で汚れ、見る影もなかった。体中傷だらけで、ぴくりとも動かない。
ザァーッと、冷たい雨が私たちの間を通り過ぎていく。
彼に近付いて顔にかかった髪を耳に掛けてやれば、青白い肌が見えた。
息はしている。でも、とても弱い。
放っておけば止まってしまいそうなくらいの、脆弱な呼吸音だった。
私はミースから持たされた鞄に手を突っ込み、緑色の小さな小瓶を取り出した。
ミースが『これはエルフの回復力を高めるお薬なのでぇ、もし殿下が怪我されてたら飲ませてくださいねぇ』と言っていたことを思い出す。
私は彼の体を仰向けにして、顔を膝の上に乗せた。
「アルサリオン、飲んで。きっと大丈夫よ……!」
震える手で瓶の蓋を開け、彼の口元に充てる。しかし、微動だにしない。
「アル……頑張って……!」
私は瓶の中身を自分の口に含み、彼に少しずつ口移しで飲ませた。
彼の喉が微かに動いている。
瓶が空になったところで、彼の顔色を確認した。
触れた頬は冷たく、やはり青白い。
(足りないの?どうすれば……!)
【呪われたエルフ】
突然、幾重にも子どもの声が重なったような音が聞こえた。
【呪いをとくのは真実の愛だけ】
「誰……?呪い?真実の愛って、何をすればいいの?」
【……助けて】
小さな、消え入りそうな声だった。
(真実の愛……)
呪いに掛けられた王子様は、真実の愛の口付けによって元の姿に戻るのです――。
子どもの頃に読んだお伽話の一説が思い起こされる。私は、彼の唇にそっと口付けを落とした。
(どうか、目を覚まして……)
冷たく、かさついた唇だった。
彼は目を覚まさない。
アルサリオンの頬に落ちたのは、雨粒だろうか。それとも――。
「どう、して……?」
私の愛は、真実の愛ではないの?
あの日彼を受け入れられなかったから?
「置いていかないって、言ったのに……!」
私はアルサリオンの体を抱きしめ、肩を震わせて嗚咽を漏らした。
もう本当に、どうすればいいのかが分からない。
私を愛さなくてもいい。
もう二度と、会えなくても構わない。
ただ生きていてほしい。
元気に笑って、幸せになって欲しい。
貴方のことが大切だから――。
「アルサリオン、死なないで……」
そう強く、願った。
私の腕の中で、はっ、と息を短く吐き出す音がした。顔を上げてアルサリオンの顔を覗き込めば、頬に赤みが差している。少しずつ、体温が戻っているようだった。
雨はもう止んでいた。
「アルサリオン?」
彼の瞳が、うっすらと開いた。
一点を見つめたまましばらく呆然としていたが、徐々に光を取り戻していく。
けれど、私の顔を見た瞬間、彼は顔を引き攣らせて起き上がった。
「なぜここにいるんだ」
吐き捨てるような声だった。その言い方に胸が詰まった。それでも、ここで逃げる訳にはいかない。
「迎えに来たの」
「はっ……!もう放って置いてくれないか」
「放っておける訳ないでしょう!貴方、倒れていたのよ!?私が来なかったら……死んでたわ!!」
「それで良かった」
彼の言葉を理解するまでに、時間がかかる。私は信じられない目付きでアルサリオンを凝視した。
「死んでよかったんだ。誰も困らない」
怒りで体が震えたのは、初めてだった。
雨で濡れた体は冷え切っているのに、顔は燃えるように熱くなり、唇は戦慄く。喉奥は石を詰め込まれたように重苦しい。
言葉より先に、体が動いた。
私はアルサリオンの胸倉を掴んだ。
そして、ぬかるんだ土の上に勢いよく押し倒して彼の上に馬乗りになる。泥が跳ね、大地に押しつけた膝に痛みが走った。
「……っ!」
「今の言葉を取り消しなさい、アルサリオン・フォン・アヴァロン!!」
誰かに向かってこんなに腹の底から大声を出したのは、生まれて初めてだった。毛先が逆立ちそうなくらい、私の心は怒りで煮え立っていた。
「よくも……!よくも私にそんなことが言えたわね!?最低よ!」
彼の顔が苦しげに歪むが、私は握りしめた手にさらに強く力を込めた。
「私の大切な人を侮辱しないで!それが例え貴方自身でも、絶対に許せないわ!!」
「……愛されて育った君に、何が分かる」
冷え切った瞳は、薄い氷のようで、今にも割れてしまいそうだった。
「そうね!私は愛されて育ったから、貴方の気持ちは分からないわ!!」
私を睨む彼の目がぎゅっと吊り上がり、胸元を握りしめている手を振り払おうとする。
「――でも!」
私を見上げている彼の瞳が、大きく見開かれて揺れた。
「……でも、貴方を愛することはできる」
ぽた、ぽたり。
いくつもの雫が落ちて、彼の頬を濡らしていく。
「弱くても、臆病でもいい。そのままの貴方が好き――大好きよ」
厚い雲が風で流れ、雲間の切れ目から光が差し込んだ。私はアルサリオンの頬を震える掌で包み込んだ。
「≪Gin melin anuir.≫ 貴方を、永遠に愛しているわ」
ずっと伝えたかったこの気持ち。
どうか、届いて欲しい。
あなたの心の一番奥深くに。
片隅に隠れて震えている、あの頃の小さなあなたに。
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