通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

文字の大きさ
95 / 97

第94話 贖罪

しおりを挟む

【side シルヴァーラ】

 離宮にある、誰もいない小さな白い部屋。開け放した窓からは風が入り込み、カーテンを大きく揺らしている。
 部屋の真ん中には、風でゆらゆらと傾くゆりかご。

 中を覗いても、誰もいない。

「《私は……母にはなれなかった……》」

 ぽつりと溢した声は、淡い胸の痛みにかき消されていく。
 私は精霊の国エルダールを治めるエルフの女王。

 私はあの子に、愛を抱けなかった。
 後悔はない。
 間違いだとも思っていない。

 私の心は、昔も今もこれからも、彼にしか動かせないのだから。

 ♢♢♢

 物心がついた時から、私はエルフの女王だった。
 与えられる責任の重さと、自由の無さ。
 それが当たり前だった。
 疑問を持つことは許されなかった。

 エルフの女王は毎日マロルンの木に祝福を与えなければならない。
 それだけが、生命の木が枯れない唯一の方法だからだ。

 何百年も同じ日々を繰り返し、ある日急になにもかもを放り出したくなった。
 王宮を抜け出し、妖精の泉まで逃げて来た時、私は

 生まれて初めて見る、人間。
 名を、ルークといった。
 
 話を聞けば、親に捨てられ森で彷徨っていた所、妖精の隊列に紛れてこちらに渡ったようだった。

「お前は名前を知られたから、もう帰れないぞ」

「いいよ。帰る場所もないんだ。ここにいていいなら、いるよ」

 私は王宮へルークを連れ帰った。
 ルークは初めて私を自由にしてくれた存在だった。
 私たちは友のように過ごし、成長と共に互いを愛し合うようになった。

 彼の前でだけは、私は一人の女になれた。
 

 だが、人間には寿命がある。
 ルークは50年も生きられなかった。

「嫌だ、私を置いていくなんて、許さない!」

 年老いた彼の亡骸に縋り、誰にもそばに近付くことを許さなかった。
 棺の中に横たわるルークは、ただ眠っているだけのように見える。
 魔法で腐敗を止め、死後もそのまま私はルークの亡骸と共に暮らした。

「《シルヴァーラ様、亡骸をそのままにしておくのは自然の摂理に反します。肉体は大地に還り、魂は天に昇るのです。それが人間という種族の生き方です》」

 老齢のエルフに諫められても、私はルークを手放せなかった。

 そうして何年もの月日が経った。
 私は毎日ルークに話しかけた。
 返事が返ってこないことを知りながら、それでも話すことをやめられなかった。

 いつか返事が返ってくるのではないか。
 何ごともなかったかのように起き上がるのではないか。

 そんな叶うはずもない幻想を抱き続ける日々は、私の瞳から流れた涙によって突然終わりを迎えた。
 
 涙は真珠のような塊に硬化し、私の足元に転がり落ちた。

 その瞬間に、亀裂が開いた。
 深い闇の底から、銀色の目玉が私を嘲笑うかのように見下ろしている。

 【この男が欲しいか。孤独は恐ろしいか】

 【欲しい。ルークさえいれば他に何もいらない】

 【エルフの涙で願いを叶えろ。死人を生き返らせることはできないが、その男の魂に鎖をつけることはできる】

 【鎖……?そうしたらどうなるんだ?】

 【その男が再び生まれ変わっても、魂に鎖がついていれば必ず分かる。

 【でも、また人間に生まれ変わってもいつか別れが来るではないか……!】

 【だから、エルフに生まれ変わらせるのさ。三度同じ魂がこちらに渡って死を迎えれば、次はエルフに生まれ変われる。お前ならできる……女王なのだから】

 甘美な誘惑を断ち切る勇気はなかった。
 倫理がなんだ。
 禁忌がなんだ。
 そんなものは愛の前では無力だ。

 そうして私はエルフが初めて流した涙の奇跡を使い、ルークの魂に鎖をつけた。
 人間の国でルークと同じ魂を持つ人間が生まれるたびに、精霊の国エルダールに迷い込ませ、攫い、愛した。

 それを三度繰り返し、エルフとして生まれたのが――ロリアンだ。
 今度こそ、永遠を共に過ごせる。
 もう私たちは誰にも引き裂かれない。

 私はこの時まだ知らなかった。
 魂の循環を捻じ曲げた、その代償を。
 

 ♢♢♢

 ロリアンと番になり、100年が過ぎようとしていた頃。
 私の胎に、命が宿った。

 ロリアンは人間だった頃の名残なのか、感情が豊かでよく笑う男だった。
 赤子ができたと伝えた時も、この世の春のような顔をして喜んでいた。

 彼が喜ぶならいいだろう。
 その時は、その程度のことにしか思っていなかった。

 ♢♢♢

 1868年4月10日。アルサリオンが生まれた。
 赤子が生まれても、私の心は平坦だった。
 我が子を抱いても、なんの感情も湧かなかった。

(子どもとは、こんなものか。魔力が強いから次の王かもしれん)

 それくらいの感慨だった。
 しかし、ロリアンは違った。

 「《ああ、シルヴァーラ、ありがとう……私たちの子だ。なんて可愛いんだ……》」

 ロリアンは赤子を抱きしめながら、初めて涙を流した。
 私ではない、他の誰かのために。
 私にだけ向けられるはずだった愛が、アルサリオンに注がれている。
 
 「《ほら、この子は君にそっくりだよ。魔力も強いから、きっと立派なエルフになる。楽しみだなぁ、早く大きくならないかな》」

 ロリアンの瞳には、息子への情愛が溢れていた。赤子を抱き、柔い頬を愛おしそうに指でなぞるのだ。

 全身に鳥肌がたつような激しい嫌悪感。嫉妬。憎悪。
 自我を乗っ取られそうなほどの歪んだ感情が、溢れ出して止まらない。

 生まれたばかりの我が子が、心底憎く思えた。
 私はきっとこの子を――殺してしまう。

 その日、魔物の国モルドールが国境を越えて侵攻した。
 私はすぐに議会を招集し、アルサリオンをチェンジリングで人間界に送ることを決めた。

 それは国の為でもあり、自分の為でもある選択だった。
 これが魂の循環を捻じ曲げた代償。
 私が愛に固執したために起きた、大罪だ。
 
 ♢♢♢

 「《シルヴァーラ、こんなところにいたの》」

 部屋にロリアンが入ってきた。彼は私の隣に静かに佇んだ。

 「《アルサリオンたちは行ってしまったよ》」

 「《そう》」

 私は彼と目も合わせず、ただ目の前のゆりかごを見つめていた。

 「《……寂しい?》」

 「《まさか。私は母にはなれなかった。それだけよ》」

 自らの選択を嘆く資格等、私にはない。
 女王であることより、母であることより、女を選んだ。
 私が死ぬまで背負い続けていく罪と罰だ。

 だから私の手の届かぬ場所に逃げておくれ。
 もう二度と会うことはない。

 それが私にできる、せめてもの贖罪だ。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える

真守 輪
恋愛
「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」 王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。 その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。 彼女には、誰にも言えない秘密があった。 それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。 聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。 人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。 「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。 しかし、ルネは知らなかった。 彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。 「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」 嘘から始まった関係が、執着に変わる。 竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※表紙はAIにより作成したものです。 ※小説内容にはAI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」「カクヨム」様にも掲載しております。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

クズ王子から婚約を盾に迫られ全力で逃げたら、その先には別な婚約の罠が待っていました?

gacchi(がっち)
恋愛
隣国からの留学生のリアージュは、お婆様から婚約者を探すように言われていた。リアージュとしては義妹のいない平和な学園で静かに勉強したかっただけ。それなのに、「おとなしく可愛がられるなら婚約してやろう」って…そんな王子はお断り!なんとか逃げた先で出会ったのは、ものすごい美形の公爵令息で。「俺が守ってやろうか?」1年間の婚約期間で結婚するかどうか決めることになっちゃった?恋愛初心者な令嬢と愛に飢えた令息のあまり隠しもしない攻防。

愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa
恋愛
今まで虐げられ続けて育ち、愛を忘れてしまった男爵令嬢のミレー。 彼女の義妹・アリサは、社交パーティーで出会ったオリヴァーという公爵家の息子に魅了され、ミレーという義姉がいることを一層よく思わないようになる。 そこでミレーを暴漢に襲わせ、あわよくば亡き者にしようと企んでいたが、それを下町に住むグランという青年に助けられ失敗し、ミレーはグランの家で保護され、そのまま一緒に暮らすようになる。 そしてそのグランこそがアリサが結婚を望んだオリヴァーであり、ミレーと婚約することになる男性だった。 やがてグランが実は公爵家の人間であったと知ったミレーは、公爵家でオリヴァーの婚約者として暮らすことになる。 だが、ミレーを虐げ傷つけてきたアリサたちを許しはしないと、オリヴァーは密かに仕返しを目論んでいた。 ※アリサは最後痛い目を見るので、アリサのファンは閲覧をオススメしません。

処理中です...