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第93話 世界を越えてでも、あなたと共に生きていきたい
しおりを挟む私は鞄から小さな木箱を取り出し、アルサリオンに手渡した。彼は不思議そうな顔をして、木箱を見下ろしている。
「これを貴方にあげたかったの。開けてみて」
促すと、ようやく箱の蓋を取ってくれた。
「エヴェリーナ、これは……」
木箱に収まっていたのは、シルバーとトパーズでできたカフリンクス。私は彼の袖にそれを付けてあげた。
「婚約指輪は直せなかったの。せっかく贈ってくれたのに、ごめんなさい。でもお母様のトパーズは無事だったから、カフリンクスにしてみたわ」
「でもこれは、貴女の母上の大切な……!」
「大切なものだから、貴方に持っていて欲しいの」
アルなら大切にしてくれると、そう信じられるから。
アルは目を伏せ、震える指先でそっとカフリンクスに触れた。
喜びに満ち溢れた瞳を潤ませ、幸せを噛みしめるような笑顔を浮かべている。
「……ありがとう。大切にします」
「その代わり、私はこれを貰うわね」
私の掌にあるのは、彼の瞳から零れ落ちた涙の結晶だ。真珠のような輝きを持ったそれは、不透明で光を反射すると虹が見える。
彼の28年分の想いが籠った涙の欠片は、どんな宝石よりも私にとって価値があるものだった。
「本当は、これを贈って私と結婚してって言おうと思ってたの。でも記憶を思い出してしまったから……」
私は、女王と交わした求婚の儀の誓約をアルに話した。
女王から追加された誓約は、"アルサリオンが記憶を取り戻せば、求婚の儀は失敗に終わる"というもの。
せっかくお互いの気持ちが通じ合ったというのに、私はイングランドに帰らなくてはいけないのだ。胸がぎゅっと握りこまれたように苦しくなる。
「――話は分かりました」
アルの顔を見上げる。
彼は、何一つ諦めていない表情だった。
彼は立ち上がると、馬を引いて私に手を差し伸べた。そして二人で馬に乗り込み、ティルナノーグを目指して出発した。
「王宮に帰って、女王と交渉します」
「交渉?できるの?」
「分かりません。代償が再度与えられるのであれば、最初に提示された選択肢とは別のものでしょう」
「今度は私が忘れてしまうのかしら……」
「そうだとしても、諦める理由にはなりませんね」
アルは、不敵な笑みを浮かべていた。
「さっきまで泣きべそをかいていたのに、随分と自信がお有りね」
「貴女が、どんな私でも愛してくれると言いましたから。惨めったらしく這いつくばってでも、貴女との未来を諦めないと決めたんです」
そう言って前を向く彼は、強い意思が宿った瞳を遥か彼方に向けていた。
「そうね……代償も二人で半分こなら、少しは軽くなるかしら」
抱きしめた手の力を少し強めて、呟いた。するとアルは私の不安を打ち消すかのように、少し戯けた調子で宣言した。
「成功するまで、何度でも求婚の儀をやりますね」
「求婚の儀って、何回してもいいの?」
「一度きり、というルールは書いてませんでした。まあ、普通やらないでしょうね。ただ、私は執念深いエルフですから」
アルは、清々しい顔で笑っていた。
♢♢♢
王宮に着くと、すぐに謁見の間に通された。
私たちは手を取り合い、女王の元へと向かう。
もう何があっても決して諦めない。
だって、私たちはきっとどうやったって離れられない運命なのだ。
自分の人生全てを賭けてもいい。
世界を越えてでも、あなたと共に生きていきたい。
見つめ合った瞳の奥には、お互い同じ気持ちを秘めていた。
「戻ったか」
女王の前に膝まづくと、無機質な声が耳の奥に響いた。目は険しく細められ、私は女王に指を突き付けられた。
「記憶を取り戻したようだな。誓約通り、お前はイングランドへ帰るのだ」
予想はしていたが、またアルサリオンと離ればなれになるのだと思うと胸が苦しくなった。
それはきっと、彼も同じだろう。
その次に、女王は指さす先をアルに変えた。
「記憶を取り戻したなら、代償を与えねばならん」
「あのっ……アルは私のために禁忌魔法を使ったんです!私の責任でもあるので、代償の半分は私に与えてください!」
「黙れ。人間ごときが私に意見するな。どの代償を与えるかは掟に従い私が決める。既に選択の機会は与えたのだ」
金色の瞳がぐわっと見開き、全身を貫くような重い威圧感が圧し掛かる。苦しくて、息をするのもやっとだ。
震えていると、私の手をアルが握り返した。
「代償は全て私が受けます。彼女は無事にイングランドへお帰し下さい」
アルは静かに目を伏せ、頭を下げた。
女王は表情を変えることなく、冷めた目で私たちを見下ろしている。
きっと彼女に慈悲はない。自分の息子にも容赦なく罰を与えるだろう。
それでも、少しでも希望の持てる代償であってほしい。女王に頭を下げながら、心の中でそう祈らずにはいられなかった。
永遠に続くかのような重い沈黙が、謁見の間に張り詰めた空気をもたらした。
その静寂を切り裂いたのは、女王の美しく凛とした声だった。
「――アルサリオン・フォン・アヴァロン。長寿と魔法を剥奪し、お前を人間界へ追放処分とする。今後二度と精霊の国の地を踏むことは叶わぬ」
(……え?)
「あ、あの、それって……」
「追放した人間がどうなろうと知らぬ。さっさと出ていけ」
女王は興味を失くした顔で私たちに背を向け、謁見の間を退出した。
横を向くと、彼は茫然とただ前を見つめ、女王の背中を追っていた。突如放り出された小鳥のように、困惑の色が彼を包み込んでいる。
私は彼の手をそっと握った。
繋いだ手が握り返されると、アルは穏やかな顔で私に問いかけた。
「……何も持たない私でも、いいですか?」
私は涙を滲ませながら、大きく頷いた。
「もちろんよ!」
一緒にイングランドへ帰れる。
二人の未来は、再び銀の糸で繋がった。
♢♢♢
門の前で見送りに来てくれたのは、エアリエルとミースの二人だけ。
荷物は来た時に持ってきたトランク一つ。
「それでは、どうぞお気をつけて」
「リーナ様、お元気でぇ」
「ありがとう、エアリエル、ミース」
国の王太子が出ていくというのに、とても静かな旅立ちだ。
門を出て、一度だけ王宮を振り返った。
一瞬だけ、銀色の髪と青色の瞳のエルフが垣間見えたような気がした。
「……アル、私ロリアン様に会ったの」
「……父はなんと?」
「私に、貴方の側にいてくれてありがとうって」
大きく風が吹いて、白い花弁が一斉に空に舞った。
新たな門出を祝福する、温かい追い風。
彼は静かに目を伏せ、私の手を取った。
♢♢♢
妖精の森でようやくブライアに再会できた私たちは、少しだけ事の顛末を語って別れを告げた。
ブライアはまた遊びに行く、と言ってくれた。
けれど、何か胸の中の引っ掛かりを覚えた私は、もう彼には会えないような予感がした。
でもさよならは言えなくて、「またね」と言って私たちは別れた。
♢♢♢
一面に広がる黄色い絨毯を抜けると、青い泉が見えてきた。イングランドに帰るには、来た時と同じ方法らしい。
「また飛び込まなきゃいけないのね……今度こそ本当に溺れちゃうんじゃないかしら」
すると彼は私の手をしっかりと握りしめた。
「絶対に離しませんから大丈夫です。帰りましょう」
「……そうね」
帰ろう、イングランドへ。
私たちの、エイヴェリー領へ。
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