梁国奮戦記——騎射の達人美少年と男色の将軍——

武州人也

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張章

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 そのような騒動など何処吹く風とばかりに、練兵場で、騎射の訓練に励む少年がいた。
 銀色の髪を揺らしながら馬を駆けさせ、馬上から矢を放つ。放った矢は、的の中央に吸い込まれるように命中した。
 白い肌が、燦燦さんさんと照りつける太陽の下に輝く。その異国風のあおい目は、鋭い眼光を放っていた。
 
 この少年、魏令ぎれいは、今年で十五になる。今では、もう、彼の主人の封邑である馬鄧ばとうにおいては並ぶ者のない騎射の名人であり、その武技と、中性的で麗しい容貌を知らぬ者はこの土地にはなかった。
「さらに腕を上げたな、魏令」
 下馬した魏令の元に近寄って、彼を労う一人の若い男がいた。艶のある長い黒髪を後頭部で結い上げた、美形の男である。
 彼は張章ちょうしょうという名の者で、宋超の前の丞相であった張蔡ちょうさいの三男であった。三男であるから、家を継ぐことは叶わないし、身を立てるには自らの才を磨くより他はない。その、彼の才というのは、軍人としてのそれであった。
 武技を磨き、兵法を学んだ彼は王に見いだされて侍中じちゅうの武官となった。梁の西に位置するかく国の軍が攻めてきた際、彼は騎兵千騎を率いて果敢にも敵の本陣を急襲し、その総大将の首を刈り取って持ち帰った。その後、様々な武官職を短期間に転々としていたが、今度は北方の遊牧騎馬民である朱狄しゅてきの討伐でも大いに武功を挙げ、それによって馬鄧の地に封じられたのである。
 この練兵場は、張章が造設した私的なものであった。張章はお付きの少年から弓と矢筒を受け取ると、自らも、馬に跨り駆けさせた。先程の魏令と同じように、疾駆しながら、的に向かって矢を射かける。その矢は全て的に命中したが、ただ一つ、的の中心を外したものがあった。
「お見事でございます」
 馬を翻して戻ってきた張章に、魏令が賛辞の声を送る。
「見え透いた世辞を言ってくれる。お前の方が上手くできていたであろうに」
 全く以て、その通りであった。張章とて、武芸と将才を恃みに身を立ててきた男である。けれども、少なくとも弓馬の術においては、すでに魏令に追い越されてしまっている。
「次に其方が射抜くのは、女子おなごのしゃ首ぞ。覚悟はできておるか」
「言うに及びません」
 魏令はいささかの躊躇いの様子も見せずに即答した。その双眸は、今更何を気にするものぞとでも言いたげであった。

 張章には、妻も子もない。愛妾の一人もいない。彼は、女子おなごを愛することのできぬ男であった。子がない代わりに、彼は身寄りのない子や微賤の家の子を引き取っては、彼らに武技の訓練をさせたり、学者を呼んで学問をさせたりしている。それは、ただの慈善事業ではなかった。
 彼は、男子おのこを愛すること甚だしかった。彼は少年を自分の元に集めつつ、自らのお目にかなう容姿の少年を、夜毎寝床に呼んでは寵幸ちょうこうしているのである。女子を愛さぬ代わりに、この男は、少年に対して自らの寵を存分に注ぎ込んでいるのであった。
 妻も妾も、とかく傍に女のいない身である張章にとって、都の女たちが起こした騒動など、何処吹く風であった。しかし、このまま王と廷臣たちが折れて和平になびいてしまうことは、彼にとってあまりにも面白くないことであった。
 そこで、彼は一計を案じた。そしてそれは、すぐさま実行に移されることとなる。

「して、張章、推挙したい者がおると言ったな。それはどやつじゃ」
 張章は、人材を推挙するという件で王に謁見していた。
「はっ、昧死まいしして申し上げます。小臣わたくしめが推挙致しますのは、馬鄧の朱氏の子息、朱慶しゅけいにございます」
 張章がそう言うと、傍らの少年、朱慶が前に出て拝礼した。その朱慶の容貌を見るや否や、その場の者たちは皆、舌を巻いた。彼は、容貌麗しい、照り輝かんばかりの美少年であった。後宮の女たちであっても、彼の前には膝を屈するより他はない、といっても、決して過ぎた賛辞ではない。
「ほほう……これは良い人材である……褒めて遣わすぞ張章」
 王は、朱慶を見て、下卑た笑いを浮かべながら、張章に賛辞を与えた。張章は、王の様子を見て密かに笑みを浮かべた。
 その後、張章は丞相の宋超を始めとした高位の官職にある廷臣たちに、自分の元にいる美少年たちを次々送り込んだ。欲求を溜め込んでいた彼らは、ほぼ例外なく、少年の柔肌に溺れていった。少年たちは、口々にこのようなことを言った。
「国の誇りは銭ではあがなえませぬ。大国の梁が小国の陳の前に膝を屈したとあっては、我らは末代まで笑いものにされます。それが悲しくてなりません」
 こうして、和平に傾きかけた高官たちは、再び主戦論を盛んに唱えるようになった。

「俺は成梁で不逞を働く賊を討伐しようと思う」
 張章は自身の屋敷の広間の中、彼が目をかけている少年数名が居並んでいるその前で言い放った。その意は、成梁で王に背いた女たちを、武力で鎮圧しようというのである。
「であれば、わたくしめに兵をお預けください」
 その張章の目の前に小走りで出てきたのは、許殷きょいんという名の少年であった。今年で十八になるこの少年は、精力盛んであり、自らの武を恃みにする所厚かった。故に、このような降って湧いた話に対してすぐに飛びついた。
「ほう、よろしい。して、兵力はどれほど必要と見立てるか」
持戟じげき二百、弩兵どへい百をお預けくだされば、彼らを平伏させて見せましょう」
 それを聞いて、張章の眉が動いた。
「良いのか。彼女らの数は千もくだらぬぞ。しかも武装までしている」
「所詮、剣を持ったことも、弓を引いたこともない女どもが相手です。少し小突いて脅せば忽ちに戦意など失せてしまうでしょう」
「分かった。其方に兵を与える」
 張章は、王城に向かって、自らの私兵で以て宝物庫を占拠する賊を排除する旨の書状を送った。王は、自らの王后や宮女たちが危険に晒されることを思って、一旦は逡巡しゅんじゅんした。しかし、王の傍に侍っていた朱慶が、王の前で涙を流しながら訴えた。
「張章様は忠国の義士でございます。王様は義士と賊のどちらを取るおつもりでしょうか」
 朱慶の涙の前に、王の心は屈した。王は張章に人を遣って、それを許す旨の書状を返送した。それを確認した張章は、許殷の言う通りに兵を与え、成梁に向かわせた。
 許殷は、歩卒三百を率いて成梁に向かいながら、馬上で考えていた。如何に相手が反乱者であるとはいえ、中には貴人たちの妻もいる。彼女らを傷つければ、後で罪を問われるかも知れない。であるから、本格的な殲滅戦になる前に、相手の戦意を挫くべきである、と考えていた。相手は戦など経験したこともない女たちであるから、それは容易であろう、と、いささか希望的な観測もしていた。
 それが全く甘い見通しであったことは、この後、彼自身の知る所となる。
 成梁に到着した許殷の軍は、真っ直ぐに宝物庫を目指して進軍した。その行軍は、女たちがしげく放っていた斥候によって、すぐに郭散軍に把握された。
 許殷の軍に対して、女たちはあろうことか、果敢にうって出てきた。相手の予想外の行動に、許殷は面食らった。弩を構えた女たちが矢を射かけ、続いて刀剣を手にした短兵が白兵戦を仕掛けてきた。
 統率者の混乱は部下たちにも伝染し、許殷の軍は俄かに混乱を来した。弩兵の狙いは定まらず、戟兵は戟を振るう間もなく倒された。女たちに攻撃され、軍は散り散りになって四散した。許殷はそれを見て敗北を悟り、馬を駆って逃げ出そうとしたが、混戦の中で流れ矢が顔面に命中し、そのまま戦死してしまった。馬から転げ落ちた許殷の首を刈り取ったのは、宮女の一人であった。
 彼女らは、許殷の遺体をずたずたに引き裂いた後で塩漬けにし、その鍋を成梁の市場に放置した。そして彼の首を王城の庭に投げ込んで、あからさまな挑発の意を見せたのである。その報は、程なくして張章の耳に入ったのであった。
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