梁国奮戦記——騎射の達人美少年と男色の将軍——

武州人也

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白姚と白蘭 その三

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 帰路において、白姚は歩きながら騎兵について考えてみた。
「梁の騎馬は、あれより強いのか……」
 重装歩兵との戦い方は、自らその身にしかと覚えさせた。けれども、騎兵との戦い方は、未だに分からない。戦場を疾風の如く縦横無尽に駆け回る人馬一体の戦士は、歩兵が肉薄して戦うには困難至極である。加えてそれらが高速で突進する様は、歩兵に対して大いに恐怖を与える。白姚とて、騎兵に対しては、言いようもない威圧感を覚えざるを得ない。歩兵が騎兵と対等以上に戦えるのは、険阻な土地の細い道に陣取った重装歩兵が、盾を並べ、戟を突き出して槍衾やりぶすまを作った場合ぐらいなものである。少なくとも、平地での戦いであれば、騎兵は歩兵に大きく優越するのだ。
 それに加えて、騎兵というのは皆が皆、幼少の頃より武術の手解てほどきを受け、鍛錬に励んできた士族たちなのである。当然、農民兵などと引き比べてみれば、その質の差は歴然としたものがある。そういった点を含めても、やはり厳しい相手であった。
 梁との戦争においては、この騎兵対策が何よりも重要な課題だ。梁の西辺の山岳地帯を抜けた先には、広い平野が広がっている。そこでは、梁の誇る精鋭の騎兵部隊が、存分にその武威を振るうであろう。騎兵に対してはこちらも騎兵をぶつければよいが、それでも霍の騎兵は質でも量でも、梁に大きく後れを取っている。
 そのようなことを考えていると、白姚の目の前に、一人の女が立ち塞がった。見た所、白姚より一回り以上は年上と見える。
「あんたが白姚?」
「ええ、そうですが……」
 その女の声色は、何処か咎めるようなものがあった。何となく、この女に関わり合いになりたくなくなるような、そんな気分を覚えた。
「あんたのせいでうちの子が戦に行くんだって聞かないのよ。これ以上お転婆になったらどうしてくれるの」
 女は明らかに、白姚を非難するような声色で言い放った。相手をするのも馬鹿らしい、と、白姚は呆れ顔になった。
「それだけですか。疲れてるので失礼します」
 やっぱり、予想した通り、関わり合いになってはいけない相手であった。そも、他家の娘と母の問題に、自分ができることなど何もないのだし、その怒りをぶつけに来られても、迷惑千万というより他はない。
「あんたねぇ、女の癖に戦なんて行くんじゃないわよ」
 女の横を抜けて足早に去っていく白姚の背中に、女は怒声を浴びせた。白姚は、振り向いて怒りをぶつけ返そうとしたが、そのような元気はなかった。自分には、剣しかない。それを止めさせるというのであれば、代わりに自分と妹の生活の全てを保障する覚悟を持ってから言うべきだ。あのような取るに足らない者を相手にするよりは、さっさと帰って一息つくことの方が先決である。
 けれども、と、白姚は考えた。戦に行くと言った時に反対した妹の心境が、今ならよく分かるかも知れない。誰だって、近しい人が死ぬのは嫌だろう。だから、引き留めようとするのは無理からぬことだ。
 しかし、それなら、徴発されて戦場でその命を散らせる男たちにも、親兄弟や妻子がいるはずである。残された者たちは、やはり悲しむであろう。だが、悲しいからとて、皆が皆近しい引き留めようものなら、この国は軍を失い、それを見た梁や荊といった隣国に滅ぼされてしまうだろう。
 少々、余計なことを考えすぎた、と、白姚は自戒した。先程考えていたようなことなど、今の自分にはどうでもいい。大事なのはただ、死なないように戦い、武功を挙げて褒美を賜ることだけなのだ。

 それから暫くは、恙無つつがなく過ごした。白蘭の体の調子も、すこぶるよかった。
 白姚は白蘭を連れて、市場に来ていた。体の調子がよいのでたまには外を歩きたいと白蘭が言ったので、白姚が連れ出したのである。
「好きなものを言って? 買ってあげるから」
「いいの? じゃあ……」
 いつもは遠慮がちな妹が、この日は市場の商品を見ながら、欲しいものを探し始めた。白姚は、妹が自分を素直に頼ってくれるのが甚だ嬉しかった。妹の前では、常に、頼れる姉でありたい。妹が安心して寄りかかれるのは、ただこの白姚をおいて他にはないのだから。
「お姉ちゃん、これ欲しいんだけど買っていい?」
 白蘭が手に取ったのは、可愛らしい首飾りであった。
「うん、いいよ」
 そうして、姉は代金を支払い、その首飾りを購入した。白蘭はその場で、買ったばかりの首飾りを身につけた。
「よく似合ってる。可愛いよ、蘭」
「そう? お姉ちゃんが言ってくれるなら、やっぱり似合ってるんだろうね」
 そう言って、白蘭は朗らかに笑った。妹の笑顔を見ると、白姚の胸の奥底が、俄かに熱を帯びて。じんわりと熱くなる。買ってあげてよかった。白姚は、心からそう思った。
「これなら、わたしをお嫁にもらってくれる殿方もいるかしら」
 妹のそのを一言を聞いた白姚の心に、かげがさした。妹には、女としての幸せを掴んでほしいとは思っている。けれども一方で、自分の元から妹がいなくなってしまうことを想像すると、背中を冷えた手で触れられるような、ぞっとするような不快感が襲ってくる。全く、自己矛盾も甚だしい感情であるが、一度心にさした翳は、じわりじわりと、白姚を侵食していく。
 結局、妹に対して気の利いたことは何も言えず、じっと押し黙ってしまった。
「どうした? お姉ちゃん、何だか難しい顔してるけど……」
「ん? ああ……いや、何でもない。ちょっと考えごとしてただけ……」
 自分の所から、いなくならないでほしい。そんなことは、妹には言えなかった。この泥濘でいねいのような感情を、どうして愛する妹の前に晒せようか……。
 結局、自分の抱えた矛盾する感情を、白姚はどうすることもできなかった。

 霍は再び梁を攻めるために、総勢十三万の軍を起こした。白姚は、飛ぶように馬栄校尉の軍に加わった。再び、武功を挙げる機会が訪れたのである。
 その日は曇っていて、湿気を含んだ不快な空気に兵たちは包まれていた。
 白姚は、以前の武功により、兵五十人の長となっていた。部下の兵卒たちも、彼女が如何に頼りになるかを知っている故に、その昇格には黙って頷いた。彼女の属する馬栄校尉の部隊は、霍軍の左翼に位置している。
 以前梁軍を蹴散らしたことで、山岳地帯に敵の姿はなかった。前回よりも規模の大きい軍隊であるということは、当然、大軍同士の情け容赦のないぶつかり合いが予想される。であるから、隊の雰囲気も、前以上に張り詰めたものとなっていた。
 白姚は、袖で汗を拭うと空を見上げた。相変わらず、灰色の雲が、太陽を覆っている。
 この時の彼女は、想像を絶する激戦が待ち構えていることを、未だ知らなかった。
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