梁国奮戦記——騎射の達人美少年と男色の将軍——

武州人也

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張章大将軍

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 梁に侵攻した霍軍と、それを迎え撃った梁軍の戦いは、会戦の行われた場所の名を取って「藍中平原らんちゅうへいげんの戦い」と呼ばれるようになった。
 霍軍は梁軍によってさんざんに打ち破られ、その大軍は平原に血潮を撒いてたおれ伏した。送り込んだ十三万の兵の内、本国へ戻ることができたのは千にも満たない僅かな数であったというから、如何に凄惨な敗戦であったかが分かる。しかし、梁軍もまた、総大将宋嘉を討ち取られ、彼の直接の指揮下にあった軍が戦線崩壊を起こすなど、手酷い損害を受けてしまったのである。

 張章、田積、趙殷の三将軍は、梁国の国都、成梁へ馳せ戻ってきた。総大将を討たれたにも関わらず、数において自軍に勝っている霍軍十三万を破って敗走させたとあって、成梁の人々は三将軍に拍手喝采を浴びせた。その様子に、この三将軍はさながら凱旋気分を禁じえない、といった所であった。
「前将軍張章、左将軍田積、右将軍趙殷は、その功を認め、加増とする」
 王城の御殿にて、張章、田積、趙殷の三将軍は、王の御前おんまえで拝礼した。この三将軍は、共にその戦功を認められて、梁王より封土を加増されたのである。
「そして前将軍張章、其方そなた此度こたびの件で空席となった大将軍に任命する」
「はっ、有難く拝命致します」
 そして、引き続いて張章は、この戦いで討ち取られ戦死した宋嘉に代わって、全軍の長に当たる大将軍の職を任ぜられた。将軍位の中でも最高の位であり、軍の全権を委任される官職である。
 斯くして、張章は軍の第一人者の地位に昇ったのである。
「張章軍の魏令校尉」
 続いて、王は魏令の名を呼んだ。銀髪碧眼の美貌は、この御殿にあって一際目立つもので、廷臣たちを大いに惹きつけたのは言うまでもない。
「はっ」
「其方の此度の武功は存じている。よって、空席となった前将軍に任命する」
 それを聞いた魏令も、周囲の廷臣たちも、俄かに目を丸くした。落ち着き払っていたのは、ただ張章一人のみである。
 張章に付き従い獅子奮迅の働きを見せた魏令は、空席になった前将軍に任ぜられたのであった。彼の若さを考えると、異例の抜擢と言うより他はない。現在の梁軍の高官たちには世代交代が起こっており、他国と比べると総じて若くはあるのだが、それでも十代で将軍職に任命されるのは前代未聞である。
「はっ、拝命致します」
 魏令は王の御前で、いささかぎこちなく拝礼した。

 王城から自身の屋敷に帰った魏令は、疲れからか、床に仰向けに寝そべった。
「やはり、旦那さまの言う通りだ。疲れる……」
 以前、王城に召された後に屋敷へ帰ってきた張章が、「王に拝謁するのは疲れる」とこぼしていたのを思い出す。魏令もまた、身を以てそれを思い知った。王の威厳というのは、相当なものだ。張章に見いだされるまでは夷狄の少年たちの所で過ごしていた魏令には、尚のことそう感じられた。武器を取り、戦場を駆けた後のものとは、また違った類の疲労が、魏令の体に圧し掛かっている。
 旦那さまは、度々王城に赴いている。将軍位にある以上それは当然であるのだが、毎回あの重圧が双肩に乗せられていることを思うと、その労苦は想像するだに余りある。それとも、張章程にもなれば、すでにある種の慣れというのもあるのかも知れない。
 これからは、自分も将軍位である。率いる兵の数は万単位にもなるし、朝廷の評議にも参加することとなる。夷狄の悪童でしかなかった自分が、果たしてその重責に耐えられるだろうか。急に、自身の職責に対する不安に襲われた。
 頭を切り替えようと、魏令は外に出て、大きく息を吸い込んだ。心なしか、自分の頭を絞めつけていたものが、少し緩んだ気がした。

 一方の張章は、自らの屋敷で、先の戦を回顧していた。
 張章は、功を焦った宋嘉が突出することを予測し、それを前提に動いていた。であるから、敢えて宋嘉軍と歩調を合わせず、少し遅れて軍を前進させたのであった。宋嘉軍を囮に使ったのである。
 この策を趙殷に提案した時、流石に渋られた。下手をすれば、前線で孤立した宋嘉が危険に晒されかねないからである。故に、張章は続けて言った。
「自軍が引きつけた敵を左右両翼の軍で背後から叩けと、宋大将軍自身が命令なされました」
 そして、いざ戦闘が始まり宋嘉軍が突撃を敢行した後、宋嘉軍のものに見せかけた伝令兵を趙殷の元に送り込み、突撃の指示を伝えさせたのである。斯くして、趙殷軍は張章軍と時機を合わせて、霍軍の両翼を襲ったのであった。さらにその時機は、田積軍の回り込みの時間も計算に入れてのことであった。同時に三方から二万の軍を叩きつけることで、霍軍は瓦解すると踏んだのである。
 我ながら、回りくどすぎる、と、張章は自嘲した。だが、総大将の宋嘉が自分の策を採りそうにない以上、味方であっても化かすより他はない。敵を騙すにはまず味方から、である。
 とうとう、大将軍位に昇りつめた。武官たるもの、誰もが憧れると言っても過言ではない軍の最高責任者の地位である。それも十分名誉なことであったが、自分が目をかけていた魏令が、前将軍の地位に就いたのもまた、喜ばしいことであった。
 魏令のことを考えていると、また、彼に抱かれたくなった。ここの所の彼は、前にも増してより一層、妖艶な雰囲気を漂わせるようになった。そんな気がしてくる。
「いや、今日は魏令も疲れておろうな……」
 自分も疲れているが、魏令はそれ以上に疲れているであろう。何しろ、自分と違って、国王の御前に出るということに慣れていないのだ。
「それにしても、魏令が将軍、か……」
 あの魏令が将軍位に就いた。彼の優れた才覚は、他ならぬ張章がよく理解している。いずれは将軍位に就くのも夢ではない、と思ってはいたが、予想以上に早かった。あの場所で、廷臣たちが驚愕し、魏令自身もそのことに驚いていたのはよく分かる。彼の才覚を知る張章のみが、当然であると思って冷静沈着に構えていたが、それでも全く驚きがなかったかと言えば嘘になる。
 張章は、魏令に初めて出会った時のことを思い出した。あの頃の彼は、今以上に、荒夷、という言葉がそっくりそのまま当てはまるような少年であった。その秀麗な容貌にそぐわぬ、猛獣のような荒々しい気性を持っていたのであるが、戦場での彼を見ると、それは今でも彼の奥底に残っているようにも思える。
 これからも、彼は伸びる。この国を背負って立つ人間になる。それだけは、確信を持って言えることであった。
 
 次の日、成梁の王城において、酒宴が執り行われた。文武百官が勢揃いして、王城の庭に集まった。
 張章と魏令は、隣合わせに座っていた。舞台の上では、音楽に合わせて美妓びぎが舞っている。勿論、張章も魏令も、これには一瞥さえ加えなかった。
「おぅい、酒持ってこい」
 張章の向かいでは、左将軍の田積が、まるで体に流し込むように酒を飲んでいた。その太い腹は、まるで酒樽なのではないか、と思わせる飲みぶりである。それに感心してか、彼の周囲にも「もっと行け!」などと言って囃す者がいた。
 いつもであれば、趙殷が横から肘で小突いてたしなめるのであるが、趙殷は叔父の趙葉が戦死したことで喪に服していて、宴席には予め欠席が決まっていた。同じ理由で、丞相の宋超も、宋嘉の戦死によってこの場にいなかった。
「おお、朱慶!」
 張章は、向こう側から朱慶がこちらへやってくるのを見た。
「旦那さま! それに魏令も!」
 朱慶は、その円らな目をきらきらと輝かせていた。この二人と会えたことが、余程嬉しかったらしい。
「旦那さま、大将軍就任おめでとうございます。それに魏令も、前将軍就任おめでとう」
 朱慶のにこやかな笑顔は、見る者全てを癒す力がある。魏令の方も、それにつられて顔を綻ばせた。
 張章、魏令、朱慶は、三人で談笑していた。そこに近づく、一人の男がいた。
「おお、そこの女子おなごよ、こっちに来て遊ばんか」
 白髪交じりの髭をしたその男は、大司農の鄭興ていこうであった。大司農というのは、国税や農政を司る文官であり、「九卿きゅうけい」と呼ばれる高位の官職である。
 真っ赤に染まった頬をしている鄭興は、酒の匂いを漂わせながら魏令と朱慶に腕を絡めてきた。その足取りの覚束なさから、酔いは相当回っているものと思える。
女子おなごだと? 私は男子おのこであるぞ」
 魏令は毅然と言い放って、自分の体から鄭興の腕を引き剥がした。そしてついでに、朱慶からも剥がしてやった。
「何だぁお前……俺の言うことが聞けねぇってのかよぉ……」
 鄭興は、尚も二人に絡みつこうとしてきた。魏令と朱慶の二人は、それをかわすように距離を取った。
「お言葉ですが大司農。この二人は前将軍の魏令と侍中の朱慶です。女子ではございません」
「誰だお前……へへ、お前もいい顔してんねぇ……」
 鄭興は、止めに入った張章に対しても、粘つくような嫌らしい笑顔を見せた。
「無礼な。この方は大将軍の張章さまであらせられるぞ」
 鄭興と張章の間に割って入り、鄭興を睨みつけて威嚇する者がいた。魏令だ。その魏令の鋭い眼光は、美しくもありながら、ぞっとするような冷たいものも感じさせた。その威圧感は、酔いの回り切った鄭興の肝を急冷させた。
「お、おお……このようなご無礼を……申し訳ありません」
 大司農は高位の文官ではあるが、その禄位ろくいでは大将軍、前将軍に劣る。魏令の威圧によってすっかり酔いが醒めてしまった鄭興は、そのことで俄かに焦り始め、三人の前で陳謝を始めたのであった。
 そうして、酒宴の時間は、風のように過ぎ去っていった。
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