魔界からの贈り物

武州人也

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結実

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 丸い月の懸かった夜であった。
「リサイ、トシュウも消息不明、か……」
 塀に腰掛けるリリアの腕に、一匹の烏が止まった。リリアは手帳を開き、そこに書かれている名前に上から×をつけた。
「これだけの仲間が消えているのはおかしい。何かが起こっている」
 いつもと違った真剣な表情で、リリアは独り言を呟いている。
 リリアの他にも、何人かの仲間がこちらに来ていた。その仲間たちとは繁く連絡を取り合っていたのであるが、その彼らからの手紙が届かなくなった。こちらから手紙を送っても、返事はない。
「考えたくはないが……」
 リリアは、一つの考えを頭に浮かべた。それは、できれば想定したくはないことである。
 ――誰かが自分たちを狙っている。

 妊娠検査薬を手に、美咲は焦燥の表情を浮かべていた。そこにははっきりと「陽性」の反応が現れている。
「どうしよう……」
 コンドームを着けずに生で行為に及んだのは、あの時の一度しかない。そのたった一度で妊娠するとは、流石に想定していなかった。高校二年生で妊娠は、流石に洒落にならない。どうすればよいのか、全く思考がまとまらなかった。
 正直、妊娠などしないだろう、という侮りがあったのは事実である。そも、リリアを見ていると、「女を孕ませる」などという雄の性質とは無縁ですら思えた。しかし、彼もやはり男であり、自分を妊娠させる能力をしっかり有していたのだ。
「リリアに言うしかない」
 取り敢えず、このことを話せる相手がいるとすれば彼しかいない。けれど、妊娠を知った彼氏が突然連絡を断った、というような事例も聞き及んでいる。彼はこの世界の者ではないというから、彼もまた逃げ出してしまうのでは、ということは有り得ることだ。
「ただいま、美咲」
 外に出かけていたリリアが、戻ってきた。初めて契りを交わしてから、リリアは美咲の部屋を主な居場所にするようになっている。
「リリア、話があるんだけど……」
 美咲の声は震えていた。緊張のあまり、美咲の呼吸は荒くなり、その肺は忙しく空気を取り込んでいる。
「何だい? 具合が悪そうだけれど、大丈夫?」
「その……よく聞いてね」
 ひと呼吸おいて、ようやく美咲は決心をつけた。
「私、リリアの子どもができたみたい」
 腹部を撫でさすりながら、震える声で打ち明けた。
 それを聞いたリリアの顔が、満面の笑みを浮かべた。
「嬉しい……嬉しいよ美咲!」
 怯えた顔の美咲と対照的に、これ以上ない晴れやかな笑貌を浮かべるリリア。美咲は戸惑いしか感じなかった。
「やっぱりボクらは子どもを作れるんだね! そのことが分かっただけでも嬉しい……」
 いささか興奮気味な、熱の入った口調で話すと、リリアは美咲の腹に手を回して撫でた。
「ボクはね、実は美咲との間には子が授かれないんじゃないかと思っていたんだ……」
「ちょ、ちょっと待って! リリアはいいかも知れないけど、私の人生は……」
 リリアのあまりの喜び様に気圧されていた美咲であったが、流石に美咲の方は手放しに喜べない。確かにゆくゆくは同じことを望んだかも知れないが、それは今では困る。まだ高校在学中なのに妊娠などしてしまっては、人生設計を大幅に狂わされてしまうのだ。
「ああ、そうだ、ボクはそのことで、一つお願いをしなければならない」
 急に、リリアの顔が真面目になる。
「ボクはキミを魔界に連れて行きたい。いや、連れて行かなければならなくなった」
「え……魔界……?」
「実はね……」
 リリアが語る内容は、以下のようなものであった。
 実は、リリアの他にも、複数人の仲間がこちらの世界に渡ってきていた。目的はリリアと同じで、こちらの世界の文化を学ぶためである。だが、その仲間たちとの連絡がつかなくなった。恐らく、「勇者」に味方する何者かが、リリアたちの動きに感づいてこちらにやってきて、一人ずつ闇討ちを仕掛けて暗殺したのであろう、とリリアは推察している。
「ボクが狙われれば、キミの命も危うくなる。キミを見捨ててボクだけ逃げるなんてことはしたくない。それに、キミがボクの子を宿していることを何らかの形で知れば、彼らはキミ個人にも矢を向けるはずさ」
 こういったことでリリアが嘘をつくことはない。美咲の顔はみるみるうちに青くなった。妊娠騒ぎ以上の身の危険が迫っているのだ。
 美咲は逡巡した。彼と共に魔界へ赴くというのは、それ即ち家族や友人といったあらゆる繋がりを一切合財捨て去って、見たこともない土地での暮らしを強いられることである。さりとてリリアの誘いを断り身重のままこの世界に留まったとて、一体何の希望があろう。それに、魔界、というファンタジックな響きの土地には、何処か憧憬を感じるのも事実である。
「うん、わたし、リリアについて行く」
「キミの選択に感謝するよ。無事に向こうに就いたら、ボクの領土でゆっくりしてほしい。こう見えて、ボクは狭いながらも封邑ほうゆうを授けられてるからね」
 リリアは美咲の手を引いて外に出ると、つかつかと道を歩いた。リリアの、その手の白い様は、黒い修道服と対を成すかのように見えて何とも言えない程に美麗であった。
 リリアは、例の公園に到着した。美咲は知らないが、ここは大吾が彼を発見した所である。
「キミには見えないだろうけど、ここには向こうの世界に通じる時空のひずみがある。巧妙な魔術師が大量の資源を消費してこしらえたものだ」
 リリアがそう語るのを、美咲は唾を飲み込みながら傾聴していた。冷たい風が二人の間に吹き寄せ、リリアの若竹色の長い髪が大きく横に揺すられている。
 その時であった。
「お前が最後の一人だな」
 低くて野太い、大人の男の声が、二人の背後から聞こえた。
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