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それから……
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魔界・シン国・首都カンヨウ
「貴様たちを送り込むのにどれ程の魔鉱石を使ったか、分かっておるのか」
カンヨウの御殿で、リリアは冕冠を被った厳めしい顔つきの男に大声一喝されていた。この男こそ、シン国を治める魔王である。
「申し訳ございません、陛下」
魔王は、現地人を孕ませ、あまつさえそれを妻とし、早めに滞在を切り上げて帰国してきたリリアを大いに叱責した。留学生を送り込むに当たっては、魔鉱石と呼ばれる地下資源を大量に使わなければならない。官吏の留学は、謂わばシン国の一大プロジェクトであったのだ。そうでありながら勝手に帰国を早めたことは許されない。
「だが、賊の将を討ったことは褒めて遣わそう」
「はっ、有難き幸せにございます」
結局、リリアの罪は、勇者軍の将であるウォルビーを討ち取ったことで打ち消された。功罪が相殺されたことで、リリアは恩賞に与ることも、処罰されることもなかったのである。
今、カンヨウでは、文武百官が忙しく往来している。軍の編成や訓練、武器の生産や兵糧の備蓄、軍用道路の整備等々、ありとあらゆる官吏が奔走して、「勇者」とやらを奉ずる賊軍の襲撃に備えている。
リリアは廷尉と呼ばれる高位の司法官に就任した。父が上級貴族であることもあって、リリア自身は出世の約束された身分である。そういった意味で廷尉就任は縁故人事めいた所があるのだが、彼の仕事ぶりは至極真面目であった。
「ただいま、美咲」
帰宅したリリアは、彼の封邑の屋敷で帰りを待っていた美咲に微笑んだ。
「お帰りなさい」
美咲もまた、リリアに微笑みを返した。
カンヨウにあるリリアの私邸での生活は、良く言えば平穏そのものであり、悪く言えば退屈であった。リリアの屋敷には、使い魔と呼ばれる黒い羽根の生えた少年が複数人おり、彼らか身の回りの世話を全て行ってくれている。彼らはリリアの魔法によって生み出された意志を持たない人形のようなもので、話しかけても何の反応も寄越さなかった。
余りにも暇なので、美咲は趣味で絵を描き始めた。魔界には奇っ怪な動物たちが、あちこちを彷徨いている。池には亀の甲羅を背負った魚が泳いでいるし、岩陰には毛むくじゃらの蛇がいる。幸い、紙と筆、それと墨は容易に手に入ったので、それらを描いてみることにした。これが、意外と面白くて没頭してしまう。
魔界に来た頃は目立たなかったお腹も、そろそろ膨らみ始めていた。この中に愛するリリアとの子がいるのかと思うと、何とも愛おしい。リリア自身は夜が明けるとすぐに出勤しなければならないが、その分帰りは早い。毎日、絵を描きながら帰りを待つのが日常であった。
二人は、自然と唇を重ねた。リリアの背からは、赤い日差しが降り注ぎ、屋敷の中に差し込んでいた――
大吾は、「セブン・キングダムズ」の新刊を買ってきて、自室で読んでいた。もう、物語は随分と進んでいる。商鞅を抜擢した秦の君主孝公は崩御し、商鞅は立場を危うくしている。史実ではこの先、商鞅は破滅を迎えるのであるが、「セブン・キングダムズ」の中でそれがどう描かれるのかはまだ分からない。
漫画を読んでいて、ふと大吾はこれを読んでいたリリアのことを思い出した。
「大丈夫かなぁ、元気でやってるといいけど……」
彼らの国は、こちらの世界から転生してきた勇者によって攻められているらしい。リリアも姉も、決して枕を高くして眠れるような状況ではないのだろう。けれども、大吾がその様子を詳しく知る術はもうないのである。
今はもう手の届かない所にいる初恋の相手を想いながら、大吾は静かに漫画を閉じた。
「貴様たちを送り込むのにどれ程の魔鉱石を使ったか、分かっておるのか」
カンヨウの御殿で、リリアは冕冠を被った厳めしい顔つきの男に大声一喝されていた。この男こそ、シン国を治める魔王である。
「申し訳ございません、陛下」
魔王は、現地人を孕ませ、あまつさえそれを妻とし、早めに滞在を切り上げて帰国してきたリリアを大いに叱責した。留学生を送り込むに当たっては、魔鉱石と呼ばれる地下資源を大量に使わなければならない。官吏の留学は、謂わばシン国の一大プロジェクトであったのだ。そうでありながら勝手に帰国を早めたことは許されない。
「だが、賊の将を討ったことは褒めて遣わそう」
「はっ、有難き幸せにございます」
結局、リリアの罪は、勇者軍の将であるウォルビーを討ち取ったことで打ち消された。功罪が相殺されたことで、リリアは恩賞に与ることも、処罰されることもなかったのである。
今、カンヨウでは、文武百官が忙しく往来している。軍の編成や訓練、武器の生産や兵糧の備蓄、軍用道路の整備等々、ありとあらゆる官吏が奔走して、「勇者」とやらを奉ずる賊軍の襲撃に備えている。
リリアは廷尉と呼ばれる高位の司法官に就任した。父が上級貴族であることもあって、リリア自身は出世の約束された身分である。そういった意味で廷尉就任は縁故人事めいた所があるのだが、彼の仕事ぶりは至極真面目であった。
「ただいま、美咲」
帰宅したリリアは、彼の封邑の屋敷で帰りを待っていた美咲に微笑んだ。
「お帰りなさい」
美咲もまた、リリアに微笑みを返した。
カンヨウにあるリリアの私邸での生活は、良く言えば平穏そのものであり、悪く言えば退屈であった。リリアの屋敷には、使い魔と呼ばれる黒い羽根の生えた少年が複数人おり、彼らか身の回りの世話を全て行ってくれている。彼らはリリアの魔法によって生み出された意志を持たない人形のようなもので、話しかけても何の反応も寄越さなかった。
余りにも暇なので、美咲は趣味で絵を描き始めた。魔界には奇っ怪な動物たちが、あちこちを彷徨いている。池には亀の甲羅を背負った魚が泳いでいるし、岩陰には毛むくじゃらの蛇がいる。幸い、紙と筆、それと墨は容易に手に入ったので、それらを描いてみることにした。これが、意外と面白くて没頭してしまう。
魔界に来た頃は目立たなかったお腹も、そろそろ膨らみ始めていた。この中に愛するリリアとの子がいるのかと思うと、何とも愛おしい。リリア自身は夜が明けるとすぐに出勤しなければならないが、その分帰りは早い。毎日、絵を描きながら帰りを待つのが日常であった。
二人は、自然と唇を重ねた。リリアの背からは、赤い日差しが降り注ぎ、屋敷の中に差し込んでいた――
大吾は、「セブン・キングダムズ」の新刊を買ってきて、自室で読んでいた。もう、物語は随分と進んでいる。商鞅を抜擢した秦の君主孝公は崩御し、商鞅は立場を危うくしている。史実ではこの先、商鞅は破滅を迎えるのであるが、「セブン・キングダムズ」の中でそれがどう描かれるのかはまだ分からない。
漫画を読んでいて、ふと大吾はこれを読んでいたリリアのことを思い出した。
「大丈夫かなぁ、元気でやってるといいけど……」
彼らの国は、こちらの世界から転生してきた勇者によって攻められているらしい。リリアも姉も、決して枕を高くして眠れるような状況ではないのだろう。けれども、大吾がその様子を詳しく知る術はもうないのである。
今はもう手の届かない所にいる初恋の相手を想いながら、大吾は静かに漫画を閉じた。
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