唯一無二〜他には何もいらない〜

中村日南

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歓びの里編 『番外編 ― イレインの里帰り』

閑話3・燕の天敵は、雀の子 (前)[イレイン一人称]

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ヒロインが「私」で進む一人称語りの回です。
(※里ではイレイン呼びです)

こちらは{前・中・後}編の三話構成です。

※三話とも一人称です。
三話、連日更新します。

――――――――――――――――――――――

 今日も今日とて、安定のリヴィエラ様のふところからこんにちは。イレインです。

 視界に映るのは、懐かしい滝津瀬たきつせのそばの河原。
 で、今はその学びの庭の真っ最中です。

 と言っても私は高みの見物ですけどね。いいご身分です。

 常に落ちこぼれだった自分にとって、学びの庭は苦々しい思い出だけ。そう思っていたのに、今となってはこの場所すら愛しく思えるのだから本当に不思議。

 そうそう、関係ありませんが、リヴィエラ様の肌着が少し厚くなりました。

 ここ二、三日で急に朝晩の冷え込みが増したので、お取り替えになったそう。めでたし。万歳。本当にありがとう。

 おかげ様で、ようやく心の安定を取り戻しました。
 ――というのもありますが、リヴィエラ様に強制的に慣らされたというのも大きいです、ハイ。

 久しぶりの帰郷ということもあってか、リヴィエラ様はイレインをどうしても甘やかさないと気がすまないらしい。

 で、無駄に抵抗をすると怖い目に遭うということを三日目にしてやっと学習しました。

 なので極力、リヴィエラ様のしたいようにこの身をお任せすることにしました。ええ…はい。色々なものを失いました。主に恥じらいとか?

 リヴィエラ様が身動きした拍子に、他愛ない物思いから急に意識が引き戻された。どうやら学びの庭が終わったようです。

 ちらほらと見知った同門たちが礼をした後、楽し気に仲間たちと会話を交わしています。

 ――私がこちらを去ってからまだ数ケ月ですものね。ほぼ顔ぶれは変わっていません。

 変わったことと言えば、新しい顔ぶれが一名増えたことくらい。
 里にあまり足を運ばなくなったので、いまいち自信はないけれど、彼は多分ランドの弟だと思われた。

 記憶の中の少年の面差しは、もっと幼かった気がする。最後に見かけたのはいつだっただろう。

 お兄さんランドとよく似た明るい茶色の髪に少し垂れ目ぎみの同色の瞳。年は今、12歳だったか。

 まだ皆と打ち解けていないのか、一人だけぽつんと離れたところにいた。一人ではしゃいでいたら変な人だが、それでも心なしか元気がないように見える。

 なのでちょっと気になってしまった。私を見ると敵愾心をむき出しにするほど、彼はランドにとても懐いていたから。

 …やはり、ランドがいなくなって寂しい想いをしているのだろうか。そう思うと罪悪感で胸が痛む。などと感傷的になっていたら。

「あれぇ? リヴィエラ様、それ何ですか~?」

 この声! というかリヴィエラ様に対してなんたる言葉遣い。語尾を伸ばすな! 痴れ者めっ!!
 嫌というほど聞き慣れた声に、思わず羽毛が逆立つのが分かった。

 声の主はたたっと軽い足音を立てて、近づいてくる。顔を引っ込める前に、ひょいっとすぐ目の前に顔をのぞかせた。

 赤みの強い茶色のピンピンにはねた髪。鼻の周りと両頬に雀班そばかすをいっぱい散らせた、いかにもやんちゃんな顔をした男の子。

 名前は憶えていない。というか知らん。その雀班に引っかけて、私はこ奴を心の中で子雀ポホと呼んでいた。

 顔を合わせるたびに絡んでくる、天敵とも言える存在。
 物心ついた頃から揶揄からかわれたり苛められたりと、何度泣かされてきたことか。

 昔から、突っつけばすぐ泣くような子供だったから、恰好の的にされたのも無理からぬことではある。

 とは言え毎回だ。あまりにも執拗に絡まれるので、そのたびにランドが助けてくれたものだ。

 だがそうなると今度は、ランドがいない時を狙って近づいてくる。それどころか、逃げたら追いかけまわされたこともあったっけ。

 7歳を過ぎ、里から孤立し始めてからは里に遊びに行かなくなった。行ったとしても里での手伝いだけ。

 やっと平穏が訪れた、と思ったら――学びの庭が始まった。

 そこであいつと再会したのが運の尽き。当然ながら顔を合わさずにいられるわけもなく。というか避けようもない。
 
 リヴィエラ様の目もあるし、ランドが常にそばにいるから表立って苛められることはなかったが…それでも。
 
 失敗するたびにプークスクスとやられたり。すれ違いざまに「落ちこぼれ」と言われたり。

 落ち込んでいる時だと、これが地味に心にこたえた。あんなことや、こんなことも…っ。思い出すとはらわたが煮えくりかえる。

「岩つばめ? もう10月なのに、なんでまだ渡ってないの?」

 放っておくと手を出しかねないと思ったのだろう。リヴィエラ様がやんわりと岩つばめの前に手で壁を作ってくれた。

「翼を怪我しているところを見つけて、今、うちで保護しているんですよ」

 覆い隠すようなリヴィエラ様の手をもろともせず、子雀ポホは興味津々といった眼差しを向けてくる。

「へぇ――どんくせえーの。まるであのみてぇ。そういや、岩つばめしか変幻できなかったの思い出すわぁ」

 ………はぁ? 岩つばめしか変幻できないとか、その情報いらなくね?

 頭の毛を膨らませながら、ムスッとした顔でその雀班だらけの顔を睨みつける。

 それを見ると、子雀ポホが口の端をニヤリと吊り上げた。

「なーんか、怒ってる? こいつ。まじ似てんだけど」

 犬歯をむき出しにして、さも可笑しそうに子雀ポホが声をあげて笑った。揶揄からかうように、指を目の前に突き出してくる。

 あ゛? やんのかコラ。その指、突っついたろうか?! いつまでもやられっ放しの小娘だと思ったら間違いだぞ。

 目にもの見せてくれると、首を振って威嚇する。
 その姿が、よっぽど、おどろおどろしい空気を放っていたのだろう。

 そんな私を落ち着かせようと、リヴィエラ様の滑らかな指が、そっと逆立った羽毛を撫でた。我を忘れた姿を晒してしまい、ちょっと恥ずかしくなった。反省。

 リヴィエラ様に諭されて小さくなる姿を見ると、子雀ポホがボソリとつぶやく。もちろんしっかり聞こえている。

「…なーんか、気に食わねえな…」

 は? は? まだ喧嘩売んのか? 一旦おさまった苛立ちが再燃しかけて、くわっと振り返るも、そこには子雀ポホの何とも言えない寂しげな目があった。

「リヴィエラ様に引っつき虫なとことか、いちいち似すぎだろ。こいつ…」

 語尾がだんだん弱々しいものになり、最後には不貞腐れた顔になる。いつもの、それはもう小憎らしいニヤニヤ顔しか見たことがなかったので、思わず目を瞠った。

 で、珍しいものを見たせいか、うっかり油断した。気がつくと、子雀ポホのガサガサした指に頭を撫でられていたのだ。

 ぼうっとしていたので反応が遅れてしまった。
 はっとしてすぐに「ツピツピツピッ!!」と大きな声で威嚇するも、すでに羽毛の感触を存分に楽しんだ後だった。

 雀班そばかすの少年は「トロくせえな」と言って意地悪く笑うばかり。

 あーあーあー、トロくさくて悪うございました。と言うか、ランドといいこ奴といい、鳥だと思ったら気安く触り過ぎじゃない?? 一応こちとら野鳥なんですけど。

 二度は許さんとばかりに警戒を深めた。
 頭、断固、死守!

――――――――――――――――――――――

読んでいただき、ありがとうございます。
次話は明日、更新予定です。
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