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歓びの里 [ランド、七日間の記録]編

日録17 お伽話の裏話

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「神さんに見初められて結ばれる。『唯一無二』の伝承は、そんな簡単な話やない」

 神妙な顔で言った後で、ソジは「そもそも」と話を切り出した。

「世の乙女が夢見る、いつまでも幸せに暮らしましたっちゅう、お伽話のようなエエもんでもない。ま、世間では誰も、この伝承がホンマの話と思てないみたいやけどな。実際、話にいろんな尾ひれがついて、助けた蛇が神様で、美青年に変化へんげして迎えに来るっちゅうバージョンもあるくらいやし」

 そこまで言うとソジはふと黙り込み、「…なんでいっつも勇士ヒーローが男前って決まってんやろか。それズルない?」とブツブツとぼやきだした。

「ソジ」

 先を促すヤクジの声で、危うく脱線しかけたソジが「分かっとる」と唇を尖らせた。ランドにバツの悪い一瞥を向けると、話を再開する。

「俺が知っとる話は――こののことやない。そやから全く一緒かどうかは分からん。けど『唯一無二』の元になる“神の目印を持った娘”の伝承は、実は一つや二つどころやないんや。古い昔からいろんな場所でいくつも残されとる」

 ソジは険しい目を宙に向けて、しばし記憶を探る。

「…物語は案外、間違ってないんや。ホンマに美人やったかどうかは分からんけど、娘に惚れた男が後を絶たんかったっちゅう話は事実みたいやし。なんでも、娘たちには漏れなく全員、『魅了』の力が備わってたらしいからな」
「魅了の、力…?」

 口にしながら、ランドは傍らで眠る白い顔に、思わず目を走らせる。

「…らしいわ。魅了は精神干渉する力やろ。それが、術やのうて――夜鳥の夜目とか、猫の聴力とか――そんなふうに、生まれつき備わった能力で、息を吸うように発動するっちゅうからタチが悪い話や」

 ふうっとソジは太い息を吐く。これだけしゃべり続けても声を枯らすわけでもない。ソジのお喋りは、もはや才能と言っていいかもしれない。

「獣の能力は生き残る為のものだ。娘たちが生き抜くのに備えた能力だというなら、何も『魅了』じゃなくて良くないか?」

 心に浮かんだ疑問を、ランドはそのまま口にした。

 男を魅了して、誰かの庇護を得てこの世を生き延びるという考えは、歴代の娘たち全員に当てはまるものではないだろう。

 全員が『魅了』を持っていたというのは、事実その通りだったのかもしれない。

 だがその理由が、果たして男の心を絡め取る為だったのかというと、別の理由があったのではないかとランドには思えた。

 その言葉を聞いて、得たりとばかりに少年の黒い瞳がキラリと光る。

「――そこや。おまえ、アホやないんやな」

 歯に衣着せぬ、あっけらかんとした物言いに、ランドは思わず苦笑する。

 視界の隅で、額を押さえるヤクジの姿が映ったが、もちろん話に夢中のソジは気づかない。後で叱られなければいいなと他人ひと事ながらにランドは思う。

「そこに神の思惑がある。少なくとも俺はそう思とる。こっからは俺の推測や――聞くか?」

 「聞いても時間の無駄かもしれへんで」とソジは言う。それでも、ランドに頷く以外の選択肢はない。

「俺が思うに、女たちの『魅了』は、神が娘を自分の『唯一無二』にする為に授けた力やないかと睨んどる――ああ、言い方下手やったな。言い直すわ」

 クククッと喉を鳴らすと、ソジは改めて言った。

「つまり、逆なんや――娘たちが『唯一無二』の存在やから、神に選ばれるんやない。んやと思う」

 思いもよらない言葉に、ランドはしばし言葉を失った。その考え方は、ランドにはない。少年の頭の回転の速さに、舌を巻く気分である。

「そやかて伝承にもあったように、相手はなんの力もない平凡な娘や。自分の目論見を実現させるには色々心許ない。そこで神は一計を案じた――それが女たちの『魅了』の力やったんちゃうかって…俺は思うんや」
「?…なぜ『魅了』…?」
「言うたやろ? 相手は平凡な娘やて。神に会うまで生き延びるのがまず大前提や。か弱い女が一人で旅出来るか? なんの力もない小娘なんか目を離したらすぐに命を落としよる。やから、自分の身を守る為に、力のあるオスをフェロモンで引き寄せるんや――実際、自分もそのクチやないか」

 楽しげに、ソジが笑い声を立てる。悔しいが、ランドには返す言葉もない。

「それだけやない。魅了にはもう一つ狙いがある。むしろこっちが大本命の理由かもな――この世の全てのシガラミを断ち切る為に、神が仕掛けた罠やとしたら――どないや」

 ランドの理解が追いつくのを待つように、ソジが途中で言葉を止めた。先を続けてくれとランドが頷けば、再び少年の口が開かれる。

「さっき、『神に選ばれた娘の話』、聞かせたやろ? 『彼女を愛する者は不運に見舞われ、次々にこの世を去り、彼女はいつも孤独でした』って。話はここに繋がってくる」
 
 大胆な発想だ。開いた口が塞がらない。
 「ちゃんと頭、ついてきてるか?」と、ポカンとするランドの顔を、ソジがひょいっとのぞき込む。

「魅了の力は、娘とよすがのある相手を炙り出すエサや。しかもその魅了が、相手を自滅させるほど強力なもんやったら…? それ使つこたら相手を片っぱしから潰せる。彼女をこの世界に繋ぎ止めるモンがおらんなったら晴れて天涯孤独――世界に縁を結ぶ相手が他におらんってなったら、後はもう『唯一無二』まで一直線や」

 言って、ニヤリとほくそ笑む子供の顔をただただ見つめる。きっと、どうだとばかりに大いにふんぞり返るだろうと思いきや、ソジの目から急に色が失せた。

「…まぁゆっても全部、仮説や。それにそんなに上手くいくとは思われへん」

 ランドの顔に、困惑するような色が浮かぶのを見て、ソジが鼻先で笑う。

「考えてみ? 結局、最後にキモになるのは娘の心づもりやで。『魅了』は諸刃の刃や。途中で誰かと恋に堕ちたらそこで遊戯げえむ終了おーばー。中には真面目に神との乙女おとゲーを待ち望んでた娘もおったかもしれん――それでも出会う前に死んでしもたらそこでや。死ぬまでに出会われへんかってもオシマイ。そもそも孤独に耐えかねて、病んでしもた娘もおったはずや…人間、一人で生きていけるほど強ない。難度が高すぎて、神の力を持ってしても無理ゲーなんかもな。そやから“神の国”に行けた娘は、これまで誰一人としておらん」

 “遊戯げえむ終了おーばー”や乙女おとゲー、“無理ゲー”など、聞き慣れない言葉はすんなりと頭に入ってこない。都で流行っている言葉なのかもしれない。

 ランドは、ソジの科白を頭の中でゆっくりと転がして、内容の理解に努めた。だが最後の一文は彼にもはっきりと分かった。

「…一人もいないと――なぜ、そう言い切れる…?」

 静かなランドの問いに二人の視線が交われば、さも可笑しいと言いたげに、ソジの唇が大きく歪んだ。

「簡単や。もしそうなってたら、二度と目印を持った娘が生まれてくることはないはずや――なんせ『唯一無二』やからな」



 ソジが話し終わると、その場がシンと静まり返る。ランドも、そしてヤクジもまた沈黙したままだ。誰も何も言えなかった。

 再び口火を切ったのは、ソジだ。

「正直、こんな伝承、眉唾もんと思てたわ…。『魅了』も絶対、話をオモロくする為に盛ってんねやろて。俺、完全に舐めとった――この目で見るまでは」

 弾かれたように、ヤクジが反応を見せた。それに呼応するように、黒髪の少年が兄を下からゆっくりと見上げる。

「兄ちゃん――俺、怖い。どないしよう…?」

 常に強気な光をたたえた黒い瞳が、今は不安げに揺れている。

「――ソジ」

 ヤクジの声は、いくぶん険しく張り詰めたものだった。ランドは固唾をのんで二人を見守るばかりだ。

 ソジは震える手を、自身の口もとにそっと押し当てる。押さえた手の隙間からポツリと、だがはっきりと声が洩れた。

「恐ろしい
「「―――は?」」

 ランドとヤクジ、二人の声がキレイに重なった。

「俺――ふらぐが立ってもうたわ」

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 読んでいただき、ありがとうございます。

 次話は3日後、更新予定です。
 次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。
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