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歓びの里 [ランド、七日間の記録]編
日録26 戦う前に準備せよ!
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「くそう」とランドは吐き捨てる。
けして大きな声ではない。むしろ小さな呟きだったはずだ。だが風に紛れたランドの呟きは、エンジュの耳にも届いたらしい。
「あまり…ソジのこと、怒らないであげてくださいね」
慰めるような声が、優しくかけられた。
拗ねたようなランドの目が、不満を訴えながらも渋々と見上げる。
「…分かっています。相手は子供ですし…」
少なくとも見た目はという言葉を飲み込む。
「あの子は――あの子なりに、必死なのです」
「? 必死とは?」
「自分の恋を叶えるために」
思ってもみなかった言葉に、ランドはわずかに目を瞠る。本気だったのかと驚きを隠せない。
しかし七歳を相手に、いや実際は違ったとしても、まともな娘なら、見た目七歳の相手に恋心を抱いたりしない。
あれだけ頭のきれる――ともすれば賢しいくらいのソジに、それが分からぬはずなどないだろうに。
「それは……」
子供同士の他愛ないおままごとならともかく。本気で恋を叶えるつもりでいるのか。
随分と勝ち目のない闘いだ。ソジにしてはらしくない選択だとランドは思う。
「ソジは本気みたいですよ。少なくとも、本気で挑むつもりなのでしょう…自分の出番がやってきた、ここが正念場だと私にそう言って」
「どういうことです?」
「――なんでもソジが言うには、自分は彼女を取り巻く“攻略対象”の一人なのだとか」
「“攻略対象”」
「はい。この世界は遊戯の大きな盤上で、彼女は上がりを目指して盤上を進む駒。行く先々で数多の駒と出会い、そこで上がりを選ぶのかその駒を選ぶのかで目指す終幕が変わるのだそうです」
「不思議な遊戯ですね」
「そうですね。乙女遊戯といってソジによると恋愛モノみたいですよ」
そういうエンジュも、ソジの突拍子もない話がおかしかったのか、ふわりと瞳をなごませる。
「男たちは盤上に出てくる駒で、しかもそれが“攻略対象”と呼ばれるのですか?」
「そのようです。男たちは自分の出番になると、あの手この手を使って彼女という駒を攻略する。篭絡できれば男の勝ち。出来なければこの遊戯の本命である黒蛇の勝ち。彼女は上がりに向かって次のマスに進む――そんなところでしょうか」
「恋愛で勝ち負けを競うだなんて、不思議な遊戯ですね」
ランドの知っている遊戯とはだいぶ違う。思いつくのは、囲炉裏端で遊んだ『蜂蜂はさみ将棋』くらいだ。
フェイバリットと師であるリヴィエラと自分の三人で相手を変えて、何度も駒を取り合った。
そう言えば、久しくやっていないなとランドは、いつかの夜を懐かしく思い出す。自然と、口元が緩むのが分かった。
「ランド?」
不思議そうに見るエンジュに、ランドは何でもないと首を振る――その後で。
「エンジュ様。ソジが遊戯に勝つと――彼女の生涯の伴侶として、万に一つでも選ばれると、本当にそう思われますか?」
ランドは心に浮かんだ疑問を、そのままエンジュにぶつけた。
出会ってごく短い時間。
だが、可愛い顔をして鼻っ柱の強いあの少年に対して、すでにランドの情は移っていた。
ソジが泣くのを見たくない、そう思うほどに。
ソジを止めなくていいのかと、暗にランドはエンジュにそう問いかける。
「…私はソジの、枠にはまらない自由な性格を愛しく思います」
それは答えにはなっていない。ランドは怪訝な目を向ける。
「ソジは賢い。常に一歩も二歩も先を見て動くような子です。己の恋心の為、きっとそれも本心なのでしょうが、他にも何か考えがあるのだろうと私は思っています」
つまりエンジュは、静観するつもりなのだとランドは悟った。ならばランドがこれ以上言うことは何もない。
「あの子も、これをきっかけに、大人への道のりに一歩、足を踏み出してしまうのかもしれませんね――そう思うと少し寂しい気がします」
「ソジは早く大人になりたいようですよ」
むしろ、今すぐ大人になりたいことだろうとランドは苦笑する。
「遊戯の話が真実かどうかはさておき、子供であっても駒になるのであれば、男は皆、駒ということになるのでしょうか」
さり気なくランドは、話題をソジから逸らした。
「時と場合によってはなり得るのかもしれませんね。彼女はとても愛らしい顔をしていますから。今後、さらに成長すれば魅了など関係なく、惹きつけられる者も多いでしょう」
エンジュはさらりと言った。それは第三者として、ごく一般的な意見だったのかもしれない。
それでもなんとなく意外に思ったランドは、まじまじとエンジュを見る。
「どうしましたか?」
「え、いや。エンジュ様でも女性相手に愛らしいと思われるのですね」
「ええ。彼女はとても愛らしく、魅力的だと思いますよ」
それは男としての気持ちで? ――それとも同性として忌憚のない意見なのだろうか。
そう言えば、うっかり忘れていたが、この美貌の主が男なのか女なのか、いまだにランドの中で決着がついていないことを思い出した。
一度気になると、知りたい気持ちがムクムクと頭をもたげてくる。
小首を傾げるエンジュに、ランドは聞いてみたくなった。
「ソジの言葉通りなら、あなたも駒――“攻略対象”なのでしょうか?」
彼女を取り巻く男駒の一つ。
エンジュは、ただ静かに笑む。どちらだ?とランドが眉を顰めると。
「さて。どちらかというと私の役割は、彼女を“助ける者”あるいは“導く者”だと思いますが。今のところ――ですけれど」
あっさりとエンジュは躱す。だが語尾の含んだ物言いは、聞き捨てならない。不穏なものを感じ取り、ランドの声がつい低くなる。
「…それは、今は“攻略対象”ではないと言っているように聞こえますが」
「――考えてごらんなさい、ランド。恋愛は一人では出来ませんよ?」
「え――ええ。それはその通りですが…」
エンジュが何を言いたいのか掴めず、ランドは困惑する。そんなランドにエンジュは子供に教えるように、優しく言った。
「ソジのように自ら名乗り出る駒もあるでしょう。ですが、基本は相手を意識した時点で、駒となる資質を備えるのだと私は考えます。まだ私は彼女と話をしたこともありません。今の状況で私が彼女に恋するかどうかなんて、誰にも分かりません。でしょう?」
そこまで言うと、馬上のエンジュはふむと何かを考え込んでしまう。
「……。彼女が目を覚ました後、しばらく時間もあるでしょうし、この考えが正しいかどうか確かめてみるのも一興かもしれませんね」
ポソリと呟いた言葉に、ランドの背筋にひやりとしたものが走る。――藪をつつき過ぎて蛇を出してしまったかもしれない。
そう言えば、この里長には悪戯を楽しむような、子供っぽい一面があったことを、ランドはすっかり失念していた。
(どういうつもりだ?)
妙な胸騒ぎを覚えて、ランドは落ち着かない気分になる。まるで遠くの空から暗雲がやってくるような、そんな気分だ。
いや、それはないだろう――ないはずだ。
この麗人は、つい先ほどランドに告白まがいのことを言ったばかり。よもやフェイバリットに、気を持たせるような素振りをするなどありえない。きっとランドの杞憂に過ぎない。
「ふふっ。百面相をしてどうされたのですか? さ、これ以上ゆっくりしていては、帰りに支障が出るのでしょう? そろそろ参りましょうか」
一抹の不安を胸に、ランドはちらりとエンジュに視線を送る。そうとは知らないエンジュは小首を傾げると、にっこりとそれは美しく微笑んだ。
その笑顔に向かって、(あんたは俺に告白したんだよな??)と――聞く勇気はランドに、いや誰にだってないだろう。
ランドは諦めたようにひと息吐くと前を向き、村への歩みを再開した。
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読んでいただき、ありがとうございます。
次話は来週水曜に更新予定です。
次回更新も頑張りますので、
どうぞよろしくお願いします。
けして大きな声ではない。むしろ小さな呟きだったはずだ。だが風に紛れたランドの呟きは、エンジュの耳にも届いたらしい。
「あまり…ソジのこと、怒らないであげてくださいね」
慰めるような声が、優しくかけられた。
拗ねたようなランドの目が、不満を訴えながらも渋々と見上げる。
「…分かっています。相手は子供ですし…」
少なくとも見た目はという言葉を飲み込む。
「あの子は――あの子なりに、必死なのです」
「? 必死とは?」
「自分の恋を叶えるために」
思ってもみなかった言葉に、ランドはわずかに目を瞠る。本気だったのかと驚きを隠せない。
しかし七歳を相手に、いや実際は違ったとしても、まともな娘なら、見た目七歳の相手に恋心を抱いたりしない。
あれだけ頭のきれる――ともすれば賢しいくらいのソジに、それが分からぬはずなどないだろうに。
「それは……」
子供同士の他愛ないおままごとならともかく。本気で恋を叶えるつもりでいるのか。
随分と勝ち目のない闘いだ。ソジにしてはらしくない選択だとランドは思う。
「ソジは本気みたいですよ。少なくとも、本気で挑むつもりなのでしょう…自分の出番がやってきた、ここが正念場だと私にそう言って」
「どういうことです?」
「――なんでもソジが言うには、自分は彼女を取り巻く“攻略対象”の一人なのだとか」
「“攻略対象”」
「はい。この世界は遊戯の大きな盤上で、彼女は上がりを目指して盤上を進む駒。行く先々で数多の駒と出会い、そこで上がりを選ぶのかその駒を選ぶのかで目指す終幕が変わるのだそうです」
「不思議な遊戯ですね」
「そうですね。乙女遊戯といってソジによると恋愛モノみたいですよ」
そういうエンジュも、ソジの突拍子もない話がおかしかったのか、ふわりと瞳をなごませる。
「男たちは盤上に出てくる駒で、しかもそれが“攻略対象”と呼ばれるのですか?」
「そのようです。男たちは自分の出番になると、あの手この手を使って彼女という駒を攻略する。篭絡できれば男の勝ち。出来なければこの遊戯の本命である黒蛇の勝ち。彼女は上がりに向かって次のマスに進む――そんなところでしょうか」
「恋愛で勝ち負けを競うだなんて、不思議な遊戯ですね」
ランドの知っている遊戯とはだいぶ違う。思いつくのは、囲炉裏端で遊んだ『蜂蜂はさみ将棋』くらいだ。
フェイバリットと師であるリヴィエラと自分の三人で相手を変えて、何度も駒を取り合った。
そう言えば、久しくやっていないなとランドは、いつかの夜を懐かしく思い出す。自然と、口元が緩むのが分かった。
「ランド?」
不思議そうに見るエンジュに、ランドは何でもないと首を振る――その後で。
「エンジュ様。ソジが遊戯に勝つと――彼女の生涯の伴侶として、万に一つでも選ばれると、本当にそう思われますか?」
ランドは心に浮かんだ疑問を、そのままエンジュにぶつけた。
出会ってごく短い時間。
だが、可愛い顔をして鼻っ柱の強いあの少年に対して、すでにランドの情は移っていた。
ソジが泣くのを見たくない、そう思うほどに。
ソジを止めなくていいのかと、暗にランドはエンジュにそう問いかける。
「…私はソジの、枠にはまらない自由な性格を愛しく思います」
それは答えにはなっていない。ランドは怪訝な目を向ける。
「ソジは賢い。常に一歩も二歩も先を見て動くような子です。己の恋心の為、きっとそれも本心なのでしょうが、他にも何か考えがあるのだろうと私は思っています」
つまりエンジュは、静観するつもりなのだとランドは悟った。ならばランドがこれ以上言うことは何もない。
「あの子も、これをきっかけに、大人への道のりに一歩、足を踏み出してしまうのかもしれませんね――そう思うと少し寂しい気がします」
「ソジは早く大人になりたいようですよ」
むしろ、今すぐ大人になりたいことだろうとランドは苦笑する。
「遊戯の話が真実かどうかはさておき、子供であっても駒になるのであれば、男は皆、駒ということになるのでしょうか」
さり気なくランドは、話題をソジから逸らした。
「時と場合によってはなり得るのかもしれませんね。彼女はとても愛らしい顔をしていますから。今後、さらに成長すれば魅了など関係なく、惹きつけられる者も多いでしょう」
エンジュはさらりと言った。それは第三者として、ごく一般的な意見だったのかもしれない。
それでもなんとなく意外に思ったランドは、まじまじとエンジュを見る。
「どうしましたか?」
「え、いや。エンジュ様でも女性相手に愛らしいと思われるのですね」
「ええ。彼女はとても愛らしく、魅力的だと思いますよ」
それは男としての気持ちで? ――それとも同性として忌憚のない意見なのだろうか。
そう言えば、うっかり忘れていたが、この美貌の主が男なのか女なのか、いまだにランドの中で決着がついていないことを思い出した。
一度気になると、知りたい気持ちがムクムクと頭をもたげてくる。
小首を傾げるエンジュに、ランドは聞いてみたくなった。
「ソジの言葉通りなら、あなたも駒――“攻略対象”なのでしょうか?」
彼女を取り巻く男駒の一つ。
エンジュは、ただ静かに笑む。どちらだ?とランドが眉を顰めると。
「さて。どちらかというと私の役割は、彼女を“助ける者”あるいは“導く者”だと思いますが。今のところ――ですけれど」
あっさりとエンジュは躱す。だが語尾の含んだ物言いは、聞き捨てならない。不穏なものを感じ取り、ランドの声がつい低くなる。
「…それは、今は“攻略対象”ではないと言っているように聞こえますが」
「――考えてごらんなさい、ランド。恋愛は一人では出来ませんよ?」
「え――ええ。それはその通りですが…」
エンジュが何を言いたいのか掴めず、ランドは困惑する。そんなランドにエンジュは子供に教えるように、優しく言った。
「ソジのように自ら名乗り出る駒もあるでしょう。ですが、基本は相手を意識した時点で、駒となる資質を備えるのだと私は考えます。まだ私は彼女と話をしたこともありません。今の状況で私が彼女に恋するかどうかなんて、誰にも分かりません。でしょう?」
そこまで言うと、馬上のエンジュはふむと何かを考え込んでしまう。
「……。彼女が目を覚ました後、しばらく時間もあるでしょうし、この考えが正しいかどうか確かめてみるのも一興かもしれませんね」
ポソリと呟いた言葉に、ランドの背筋にひやりとしたものが走る。――藪をつつき過ぎて蛇を出してしまったかもしれない。
そう言えば、この里長には悪戯を楽しむような、子供っぽい一面があったことを、ランドはすっかり失念していた。
(どういうつもりだ?)
妙な胸騒ぎを覚えて、ランドは落ち着かない気分になる。まるで遠くの空から暗雲がやってくるような、そんな気分だ。
いや、それはないだろう――ないはずだ。
この麗人は、つい先ほどランドに告白まがいのことを言ったばかり。よもやフェイバリットに、気を持たせるような素振りをするなどありえない。きっとランドの杞憂に過ぎない。
「ふふっ。百面相をしてどうされたのですか? さ、これ以上ゆっくりしていては、帰りに支障が出るのでしょう? そろそろ参りましょうか」
一抹の不安を胸に、ランドはちらりとエンジュに視線を送る。そうとは知らないエンジュは小首を傾げると、にっこりとそれは美しく微笑んだ。
その笑顔に向かって、(あんたは俺に告白したんだよな??)と――聞く勇気はランドに、いや誰にだってないだろう。
ランドは諦めたようにひと息吐くと前を向き、村への歩みを再開した。
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読んでいただき、ありがとうございます。
次話は来週水曜に更新予定です。
次回更新も頑張りますので、
どうぞよろしくお願いします。
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