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喧しい蝉の声が聞こえる。白いレースカーテン越しに、夏の明るい日光が差し込む。きっと外は茹だるように暑いのだろう。しかし、エアコンの効いた部屋の中にいるダスクには関係ない。
ソファに腰掛け、読みかけの文庫本を開く。土曜日の昼下がり、この日は仕事もないので、ダスクは緩々とした時間を過ごしている。がちゃり、とドアの開く音が聞こえた。足音が玄関から廊下を通って、部屋に入ってくる。
「おかえり、シアン」
本に目を落としたまま言い、サイドテーブルの上の麦茶を取ろうとする。が、その時、妙な気配を感じて、ダスクは視線を上げた。
「…………へ?」
目の前にある光景が理解できず、思わず間抜けな声を出す。コップに伸ばした手がそのまま固まる。ダスクの前には、見知らぬ子供が立っていた。
年齢は十二、三歳くらいだろうか。土埃で汚れたTシャツに、ジーンズを穿いている。ズボンには穴が空いていたが、ダメージジーンズとかではないことはわかる。歳の割には背が高く、痩せている。少年なのか少女なのか、判別しにくい。最も目を惹くのは、その金色の髪と瞳だった。長い前髪の間から覗く双眸は、ギラギラとした光を湛えている。
「こいつはどういう……」
意味がわからず、子供の隣に立っていたシアンを見る。シアンは決まり悪そうに頭を掻いた。
「日彩だ」
「ひいろ?」
シアンの言う「日彩」が子供の名前だと認識するまでに、少し時間がかかる。
「いや、そうじゃなくて、なんで子供なんか……」
「それはまあ、なんて言うか、連れて帰って来ちゃった、みたいな」
「はい?」
ダスクの咎めるような調子の声に、シアンは目を逸らす。だんだんと状況が飲み込めて来た。
「連れて来ちゃったって……誘拐か?」
シアンはぶんぶんと手を振る。
「まさか!」
「じゃあなんなんだ」
シアンが真剣な表情になった。
「日彩には、親がいないんだ。幼い頃に捨てられたらしい」
ダスクは日彩に目を向ける。日彩はうつむいた。
唐突な重い話に、ダスクは何と答えたら良いのかわからなくなる。親がいないからって連れてきていいのか?という問いが生まれたが、口には出せない。そんなダスクを見て、シアンは続けた。
「日彩とは、さっき仕事帰りに出逢ったんだ。正確に言うと、日彩がナイフで刺しかかって来たんだが」
「え?」
ダスクは耳を疑う。ちらりと日彩を見ると、目が合った。が、すぐに日彩は目を逸らす。
「もちろん、俺は無事だったんだけどな」
そりゃそうだ。殺し屋を生業とするシアンが、こんな子供にやられる訳はない。
「なんでそんなことをしたのか聞いたら、俺を脅して金を奪うつもりだったんだと。なかなか骨のあるやつだろ?」
それは、骨があるで済まされる問題なのだろうか。再び疑問がわいたが、ダスクはそうは言わず、代わりにシアンに尋ねた。
「それはわかったが……なんで連れて帰って来るんだ」
すると、シアンがイタズラがばれた子供のような顔になり、一瞬口籠る。
「……一緒に暮らそうと思って」
ダスクは頭を抱える。
「なんでそうなる」
「ダメか?」
「いや、それは……」
ダスクは言葉を濁す。日彩はうつむいたままだ。ダメだと言い切りたいところだが、日彩本人を目の前にすると、それもなんだか言いづらい。
ダスクの様子を肯定と取ったのか、シアンはうなずいた。
「じゃあ、これから日彩はここで暮らすってことで」
「ちょっと待て」ダスクは慌てる。
「日彩の意思はどうなんだよ。日彩が嫌がってたらどうすんだ」
言われてみればそれもそうだな、とシアンは日彩の方を向く。シアンとダスクの二人に見つめられ、日彩は目を泳がせた。
ダスクは呆れる。
「困ってるじゃねえか」
まあ、大人しく家に連れて来られたということは、シアンや自分と暮らすのも、やぶさかではないと思ってくれていたのかもしれない。もちろん、ただの気まぐれという可能性もあるし、シアンが強引で断れなかったということも考えられる。
シアンは日彩の肩に手を置いた。
「まあまあ、考えるのはゆっくりでもいい。その間はとりあえずここで預かろう」
な?とシアンは日彩に笑いかけ、日彩は瞬きする。
ソファに腰掛け、読みかけの文庫本を開く。土曜日の昼下がり、この日は仕事もないので、ダスクは緩々とした時間を過ごしている。がちゃり、とドアの開く音が聞こえた。足音が玄関から廊下を通って、部屋に入ってくる。
「おかえり、シアン」
本に目を落としたまま言い、サイドテーブルの上の麦茶を取ろうとする。が、その時、妙な気配を感じて、ダスクは視線を上げた。
「…………へ?」
目の前にある光景が理解できず、思わず間抜けな声を出す。コップに伸ばした手がそのまま固まる。ダスクの前には、見知らぬ子供が立っていた。
年齢は十二、三歳くらいだろうか。土埃で汚れたTシャツに、ジーンズを穿いている。ズボンには穴が空いていたが、ダメージジーンズとかではないことはわかる。歳の割には背が高く、痩せている。少年なのか少女なのか、判別しにくい。最も目を惹くのは、その金色の髪と瞳だった。長い前髪の間から覗く双眸は、ギラギラとした光を湛えている。
「こいつはどういう……」
意味がわからず、子供の隣に立っていたシアンを見る。シアンは決まり悪そうに頭を掻いた。
「日彩だ」
「ひいろ?」
シアンの言う「日彩」が子供の名前だと認識するまでに、少し時間がかかる。
「いや、そうじゃなくて、なんで子供なんか……」
「それはまあ、なんて言うか、連れて帰って来ちゃった、みたいな」
「はい?」
ダスクの咎めるような調子の声に、シアンは目を逸らす。だんだんと状況が飲み込めて来た。
「連れて来ちゃったって……誘拐か?」
シアンはぶんぶんと手を振る。
「まさか!」
「じゃあなんなんだ」
シアンが真剣な表情になった。
「日彩には、親がいないんだ。幼い頃に捨てられたらしい」
ダスクは日彩に目を向ける。日彩はうつむいた。
唐突な重い話に、ダスクは何と答えたら良いのかわからなくなる。親がいないからって連れてきていいのか?という問いが生まれたが、口には出せない。そんなダスクを見て、シアンは続けた。
「日彩とは、さっき仕事帰りに出逢ったんだ。正確に言うと、日彩がナイフで刺しかかって来たんだが」
「え?」
ダスクは耳を疑う。ちらりと日彩を見ると、目が合った。が、すぐに日彩は目を逸らす。
「もちろん、俺は無事だったんだけどな」
そりゃそうだ。殺し屋を生業とするシアンが、こんな子供にやられる訳はない。
「なんでそんなことをしたのか聞いたら、俺を脅して金を奪うつもりだったんだと。なかなか骨のあるやつだろ?」
それは、骨があるで済まされる問題なのだろうか。再び疑問がわいたが、ダスクはそうは言わず、代わりにシアンに尋ねた。
「それはわかったが……なんで連れて帰って来るんだ」
すると、シアンがイタズラがばれた子供のような顔になり、一瞬口籠る。
「……一緒に暮らそうと思って」
ダスクは頭を抱える。
「なんでそうなる」
「ダメか?」
「いや、それは……」
ダスクは言葉を濁す。日彩はうつむいたままだ。ダメだと言い切りたいところだが、日彩本人を目の前にすると、それもなんだか言いづらい。
ダスクの様子を肯定と取ったのか、シアンはうなずいた。
「じゃあ、これから日彩はここで暮らすってことで」
「ちょっと待て」ダスクは慌てる。
「日彩の意思はどうなんだよ。日彩が嫌がってたらどうすんだ」
言われてみればそれもそうだな、とシアンは日彩の方を向く。シアンとダスクの二人に見つめられ、日彩は目を泳がせた。
ダスクは呆れる。
「困ってるじゃねえか」
まあ、大人しく家に連れて来られたということは、シアンや自分と暮らすのも、やぶさかではないと思ってくれていたのかもしれない。もちろん、ただの気まぐれという可能性もあるし、シアンが強引で断れなかったということも考えられる。
シアンは日彩の肩に手を置いた。
「まあまあ、考えるのはゆっくりでもいい。その間はとりあえずここで預かろう」
な?とシアンは日彩に笑いかけ、日彩は瞬きする。
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