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「ごゆっくりどうぞ」
そう言って店員が、ダスクの前にコーヒー、日彩の前にはオレンジジュースの入ったグラスを置く。二人はショッピングモール内のカフェにいた。午前十時半、談笑する若者やノートパソコンを開く社会人などがいるが、店内は比較的すいている。湯気の立つカップを持ち上げ、口をつける。心地良い苦味が広がり、鼻に香りが抜けた。
向かいに座る日彩は、昨夜家でシャワーを浴びたせいか、こざっぱりとして清潔感がある。少しくせのあるショートカットの金髪に、髪と同じ色の大きな瞳。目鼻立ちもくっきりとしている。昨日は汚れていて目立たなかったが、かなりの美形だ。先程店内を歩いている時も、数人が振り向いたのにダスクは気付いていた。
「さっきは男子用の服ばかり見ていたが、日彩はそういうボーイッシュなのが好きなのか?」
昨日出会ったばかりの子供を目の前にして、何を話題にしたらいいのかわからない。かと言って沈黙にも耐えられないので、とりあえず先程のことを口にしてみる。ダスクの見立てによれば、日彩は少女だ。痩せてはいるが、体型からしても顔立ちからしても、そうではないかと思う。だから尋ねてみたのだが。
「…………」
ダスクの言葉が聞こえなかったかのように、日彩は相変わらずジュースを飲んでいる。そこでダスクは一つの可能性に思い至り、慌てて言った。
「あ、あの、答えたくなかったら無理に答えなくても全然大丈夫だから、その……」
日彩は少年のような服装をしていることを話題にされたくなかったのかもしれない。配慮に欠ける発言だった。ダスクが謝ろうか、いや、それも意識してるみたいでかえって失礼なのか、と迷って口籠もっていると、日彩はストローから口を離した。
「動きやすいから」
はっとして日彩を見る。
「そっか。そうだよね」
日彩には特に困った様子もない。それに安堵して、ダスクは息をつく。
「それに、女の格好だと、なめられる」
「なめられる?」
日彩はうなずいた。
「弱いと思われて、襲われやすくなる。……まあ、僕は子供だから、どっちにしろ狙われやすいんだけど」
日彩の一人称は「僕」なのか、と関係のないことを考えると同時に、日彩が強いられてきた苦労を思う。子供独りで路上で暮らすのが、どれだけ大変なことなのか。ダスクには想像もつかない。これまで死なずに生きてこられたこと自体、すごいことなのかもしれない。
「あの」
少し会話したことで、緊張も薄れてきたのか。今度は日彩から話しかける。
「僕、これからどうなるんですか」
日彩は思い出したかのように敬語になった。どうなる、とは、今後どこでどのように生活していくことになるのか、ということだろう。
「あー……」
それはダスクにもわからなかった。昨夜シアンと話したことを思い出す。シアンはダスクの思いを汲み、日彩を預かるかどうかの判断を、委ねてくれた。しかしダスクは未だ、日彩をどうすればいいのか、日彩にとって何が最善なのか、決めかねている。
「それがまだ、わからないんだよな。日彩はどうしたい?」
仕方ないので、正直にわからない、と口にする。質問を返された日彩も、考えるようにうつむく。
「僕は……」
「うん」
「僕も、わからない」
それはそうだ、とダスクは思う。突然現れた大人に家に連れて来られて、突然、一緒に暮らそう、と誘拐まがいのことを言われて。どうすればいいか、わかるわけがない。その大人が殺し屋なんて職業だったら、なおさらだ。
「と言うか、どうでもいいんだ」
その言葉に顔を上げたダスクと、日彩の視線が、一瞬合う。が、日彩はすぐにすっと目を伏せる。
「家に居ようが、どっかの施設に入ろうが、食べ物と寝る場所があることに変わりはないし。それに、いっそのこと、路上に戻されても、今までの生活が続くだけだし」
別に、どうでも。
そうつぶやく日彩がなんとなく心細そうで、ダスクはかけるべき言葉が見つからない。何を言っても要領を得ず、日彩に届かない気がする。ダスクは黙っていた。
そう言って店員が、ダスクの前にコーヒー、日彩の前にはオレンジジュースの入ったグラスを置く。二人はショッピングモール内のカフェにいた。午前十時半、談笑する若者やノートパソコンを開く社会人などがいるが、店内は比較的すいている。湯気の立つカップを持ち上げ、口をつける。心地良い苦味が広がり、鼻に香りが抜けた。
向かいに座る日彩は、昨夜家でシャワーを浴びたせいか、こざっぱりとして清潔感がある。少しくせのあるショートカットの金髪に、髪と同じ色の大きな瞳。目鼻立ちもくっきりとしている。昨日は汚れていて目立たなかったが、かなりの美形だ。先程店内を歩いている時も、数人が振り向いたのにダスクは気付いていた。
「さっきは男子用の服ばかり見ていたが、日彩はそういうボーイッシュなのが好きなのか?」
昨日出会ったばかりの子供を目の前にして、何を話題にしたらいいのかわからない。かと言って沈黙にも耐えられないので、とりあえず先程のことを口にしてみる。ダスクの見立てによれば、日彩は少女だ。痩せてはいるが、体型からしても顔立ちからしても、そうではないかと思う。だから尋ねてみたのだが。
「…………」
ダスクの言葉が聞こえなかったかのように、日彩は相変わらずジュースを飲んでいる。そこでダスクは一つの可能性に思い至り、慌てて言った。
「あ、あの、答えたくなかったら無理に答えなくても全然大丈夫だから、その……」
日彩は少年のような服装をしていることを話題にされたくなかったのかもしれない。配慮に欠ける発言だった。ダスクが謝ろうか、いや、それも意識してるみたいでかえって失礼なのか、と迷って口籠もっていると、日彩はストローから口を離した。
「動きやすいから」
はっとして日彩を見る。
「そっか。そうだよね」
日彩には特に困った様子もない。それに安堵して、ダスクは息をつく。
「それに、女の格好だと、なめられる」
「なめられる?」
日彩はうなずいた。
「弱いと思われて、襲われやすくなる。……まあ、僕は子供だから、どっちにしろ狙われやすいんだけど」
日彩の一人称は「僕」なのか、と関係のないことを考えると同時に、日彩が強いられてきた苦労を思う。子供独りで路上で暮らすのが、どれだけ大変なことなのか。ダスクには想像もつかない。これまで死なずに生きてこられたこと自体、すごいことなのかもしれない。
「あの」
少し会話したことで、緊張も薄れてきたのか。今度は日彩から話しかける。
「僕、これからどうなるんですか」
日彩は思い出したかのように敬語になった。どうなる、とは、今後どこでどのように生活していくことになるのか、ということだろう。
「あー……」
それはダスクにもわからなかった。昨夜シアンと話したことを思い出す。シアンはダスクの思いを汲み、日彩を預かるかどうかの判断を、委ねてくれた。しかしダスクは未だ、日彩をどうすればいいのか、日彩にとって何が最善なのか、決めかねている。
「それがまだ、わからないんだよな。日彩はどうしたい?」
仕方ないので、正直にわからない、と口にする。質問を返された日彩も、考えるようにうつむく。
「僕は……」
「うん」
「僕も、わからない」
それはそうだ、とダスクは思う。突然現れた大人に家に連れて来られて、突然、一緒に暮らそう、と誘拐まがいのことを言われて。どうすればいいか、わかるわけがない。その大人が殺し屋なんて職業だったら、なおさらだ。
「と言うか、どうでもいいんだ」
その言葉に顔を上げたダスクと、日彩の視線が、一瞬合う。が、日彩はすぐにすっと目を伏せる。
「家に居ようが、どっかの施設に入ろうが、食べ物と寝る場所があることに変わりはないし。それに、いっそのこと、路上に戻されても、今までの生活が続くだけだし」
別に、どうでも。
そうつぶやく日彩がなんとなく心細そうで、ダスクはかけるべき言葉が見つからない。何を言っても要領を得ず、日彩に届かない気がする。ダスクは黙っていた。
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