同居人の殺し屋が、子供を拾ってきました。【完結】

月兎耳

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 腹の底から震えがくる。黒々とした恐怖の塊が喉元にせり上がり、足にうまく力が入らない。少年達は薄ら笑いを浮かべながら、じりじりと距離を詰める。日彩はまだ逃げない。頼むから早く逃げてくれ。さもないと、二人ともやられてしまう。

 ダスクが日彩を逃がすため、もう一度後ろを向こうとしたところで、塩地達の背後から、聞き慣れた声がした。

「よお」

 ダスクははっとして前方を見る。この万事休すの状態で、それは天からの声にも等しかった。薄暗い路地裏に光が差すような、そんな感じだ。

「おまえら、何してんだ?俺も混ぜろよ」

 少年達が何事かと振り向く。太陽を背にして立つ人影、それは買い物袋を下げた、

「シアン!」

 突然の登場に呆気に取られる少年達の横をすり抜け、シアンはダスクの隣までやってくる。

「待たせたな」

 シアンは小声で言う。

「遅すぎだ」

 ダスクは声が震えないように気を付けた。が、そんなダスクの心情を見透かしたのか、シアンはふっと笑った。

「もう大丈夫だ」

「別に怖がってねえって」

「おい、おっさん、なんなんだよ」

 少年の一人が声を張り上げる。それは、一瞬でもシアンに主導権を握られたことへの、怒りの表れにも思えた。

「おっさん、とはご挨拶だな。お兄様と呼べ」

「関係ないんだから、勝手に入って来ないでくれます?目障りなので」

 塩地が丁寧な、しかし節々に怒りが発露しているような口調で言うと、シアンは犬歯を見せてにやりと笑った。

「悪いけど、俺はこいつらの仲間でね。ほっとくわけにはいかない」

 仲間、という言葉に、ダスクは不覚にも安心してしまった。足の感覚が戻り、冷え切った指先にも血が通う。

「何?おっさんも痛い目見たいの?物好きだね」

「おい、そのおっさんってのやめろ」

 初めは戸惑っていた少年達も、だんだんと状況が飲み込めてきたのか、落ち着きを取り戻し始めた。シアンが応援に来たと言っても、数での優位は変わらない。まだ余裕の笑みを見せている。だが、それはどうかな。

 少年の一人が拳を振りかぶる。

「そんなにやられたいならやってやるよ!——死ねぇ!」

 品のない言葉をまき散らしながら、少年はシアンに殴りかかる。が、その拳がシアンを捉えることはなかった。
 意味がわからない、という風に自分の手を見る少年。シアンはその横顔に、容赦なくパンチを叩き込む。

「ぐあっ!」

 少年は頬を押さえてうずくまる。

「何やってんだ!たかが一人増えただけじゃねえか!囲め!」

 塩地が叫び、少年達はシアンを囲もうと動く。
 しかし、シアンは少年達の輪が出来上がるより速く、次々と蹴りや突きを放つ。流れるような身のこなしだ。

「がはっ」

「うう」

 少年達は塩地を一人残して全員が倒れた。

「なっ……なんで」

 予想が外れた塩地は呆然としていたが、シアンの「おい」という声に、慌てて愛想笑いをこちらに向ける。

「あの、僕達、ほんとにちょっと遊びたかっただけなんです」

「はあ?」

「見逃してもらえませんか」

「なんだ、情けない奴だな」

 シアンは指の関節を鳴らして見せる。

「でも僕ら、まだ高校生なんで」

「じゃあ、さっさと失せろ。二度と俺達に絡んでくるなよ」

「すみませんね」と塩地がヘコヘコ頭を下げる。

 その時、ダスクは気が付いた。地面に転がっている少年の一人が、シアンの足首にスタンガンを向けている。

「危ない!」

 ダスクはスタンガンを蹴り飛ばす。塩地が舌打ちをした。シアンは鼻で笑う。

「セコい奴だな。で?まだやんのかよ」

 塩地はシアンをにらみつけた。それに対して、俺はいいぜ。負ける気がしないからな、とシアン。

「覚えてろ!」

 アニメやドラマでしか聞いたことのないセリフだ。実際に自分が聞く機会があるなんて、とダスクはぼんやり考えたが、とにかく塩地達は、捨て台詞を吐いて走り去った。

 シアンは大きく息をつき、ダスクと日彩を振り向く。

「悪かったな、こんな目に遇わせて。怖かったろ」

 その言葉に、日彩は泣きそうな顔になる。シアンは慌てた。

「ご、ごめん!泣くなって」

「泣いてない」

 日彩はシアンに抱きつき、シャツに顔を押し付ける。

「シアンが泣かせたな」

「ちょっと待てよ、ごめんって」

 シアンはさっきの威勢はどこへやら、おろおろしている。ダスクは微笑んだ。

 日彩はシアンにくっついたまま、くぐもった声を出す。

「ありがとう」

「これくらい、なんてことねえよ」

 シアンは日彩の頭を撫でる。

「ダスクさんも、ありがとう」

 まさか自分が感謝されるとは思っていなかったので、ダスクは反応が遅れる。

「俺は何もしてないけど」

「ありがとう」

 日彩は繰り返して言い、ダスクは困ったように、しかし優しく笑った。
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