同居人の殺し屋が、子供を拾ってきました。【完結】

月兎耳

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 真帆さんを訪ね、塩地達に襲われたその日の夕方、ダスクは居酒屋の個室にいた。部屋の外は酒に酔った人々の声で騒がしいが、ダスク一人だけのこの個室は静かだ。

 本当ならあんなことがあった後だから、家でゆっくり過ごしたいという思いも、ないことはない。が、二週間前から決まっていた約束なのと、これから会うのが一緒にいて落ち着く人なのとで、ダスクはこの居酒屋に来ようと思ったのだ。待ち合わせの時間より十五分程早く着いたので、相手はまだ来ていない。ダスクはこの日の出来事について、思いを巡らせた。

 後で聞いた話だが、日彩は塩地らに日常的に暴行を受けていたらしい。他の人にわからないように顔などの目立つところは避け、腹や背中など、服で隠れる場所ばかり狙って殴られ蹴られたと言う。抵抗しようとすればナイフで脅され、暴行は激しさを増した。心配をかけるから、と真帆さんにもこのことは言っていなかったそうだ。

 日彩の孤独を思うと、胸が潰れるような気になる。まだほんの中学生くらいの子供が、そんな理不尽に独りで耐えていただなんて。やりきれなくなる。シアンが日彩を連れてきて、本当に良かったと思った。たしかにシアンのやり方は強引で脈絡もないが、あそこにいるよりはマシだ。

 そう考えると、あの問題が再び首をもたげてくる。日彩をうちで預かるか、施設に入れるか問題だ。これまで短い間だが日彩と暮らしてきて、正直、情がわいてしまっている部分はある。日彩の容姿は目立つし、施設でも虐められてしまうかもしれない。そんな言い訳も浮かぶ。しかし、一時の感情に任せて決めてしまっていい問題ではないとも思う。俺は、優柔不断過ぎるだろうか。

「もう来てたのか、優輔ゆうすけ

 その声で我に帰る。顔を上げると、待ち合わせの相手、鈴村里央が入ってくるところだった。

「悪い。遅くなった」

 まだ約束の時間までは三分程あるから、別に里央は遅くない。ダスクが早く着きすぎたのだ。

「別に遅くねえよ。それより、優輔って呼び方は」

「ああ、今はダスクか」

「それも、違う。それは仕事の時の名前。普段は秋元夕也だ」

「ややこしいな」

 顔を見合わせて笑った。緊張がほどけ、空気が柔らかくなる。里央はダスクの向かいに座った。

「とりあえず、何か頼もうか」

「ああ」

 注文を終えてしばらくして、生ビールと料理が運ばれてくる。ジョッキを持ち上げ、乾杯をした。

 里央はダスクの大学時代からの友人だ。あの事件があってからというもの、他の友人達は皆ダスクから離れていったが、里央だけはなぜか縁が続いている。こんな状況になっても自分を信じてくれていることには、感謝しかない。

 また、里央は軽音サークルの仲間でもあった。同じバンドで活動していた。里央のベースの演奏を、今でも覚えている。あの安定感のあるベースは、ダスクも含めた他のメンバーを安心させていた。それは、口数が少なく派手な方でもないが、他人に頼られる里央自身の性格をよく表していたと思う。

「そういえば、俺の代わりのボーカルは見つかったのか」

「いや、まだだな」

 その答えに、ダスクは申し訳ない気持ちになる。ダスクと里央がやっていたバンドは、ボーカル兼ギターのダスクが抜けてから、後任も見つからず解散状態にあるらしい。
 そんなダスクの様子を見て、里央はポテトをつまみながら言った。

「おまえ程のはそうそういないから」

「それは褒めすぎだ」

 里央は肩をすくめる。

「もっと自信を持ってもいいと思うが」

「こんな状態で、自信なんか持てるわけがない」

 夢も何もかも無くしてしまった今の状態では、自信など。うつむいたダスクを見て、里央はため息をついた。

「濡れ衣だなんて、酷いな」

「濡れ衣だったのは、過去の話だ。今は、本物の犯罪者だよ」

 闇医者なんてやってるんだから。ダスクがそう言ってビールを飲み下すと、里央はこちらをじっと見つめた。

「俺さ」

「うん」

「おまえが自殺するんじゃないかって思ってた」

「自殺か」

 ダスクは宙を見るようにして考える。それは、警察に追われるようになってから、ということだろう。逃げている最中、里央とは一度だけ顔を合わせた。ほんの短い時間だったが、里央は一言「信じる」とだけ言った。この世の全ての人に疑われ、非難されているように感じていたダスクにとって、それが大きな支えとなったのは間違いない。

 が、それだけで自殺を断念する程、ダスクもお気楽ではなかった。あの頃は死というものが、腹が減ったら食べるとか夜になったら眠るとかいうのと、同じ密度を持って感じられていた。どうせこのまま生きていても苦しいなら、自死の刹那の痛みの方がマシだと、本気で考えていた。

「それも考えてたが」

 ダスクは苦笑する。

「俺は臆病だったからな。そこまでの度胸はなかったよ。死ぬより先に、シアンに出会ったし」

「そうか」

「それに、おまえに信じるって言われたしな」

 里央は、「そんなこと言ったか」ととぼけている。その様子がおかしくて、ダスクは笑った。

「おまえは変わらないな」

 ダスクが殺人犯と呼ばれても、闇医者になっても、変わらず接してくれている。それに比べて。

「俺は……変わったかな」

 里央は首をかしげる。

「闇医者に、ダスクになってから」

 あの頃の、大学に通っていた頃の輝かしい自分から、変わってしまっただろうか。

「変わりたくないのか」

「そう、なのかもしれない」

「変わることは悪いことじゃない」

「ああ」

「だが、おまえが言いたいのは、そういうことじゃないんだろうな」

「そう、なのかもしれない」

 里央はジョッキを傾け、残っていた酒を飲み干してから言った。

「おまえは変わらないよ。臆病で、不器用で、優しい。ちょっとたくましくは、なったかもしれないがな」

 里央の言葉に、想像以上に安心している自分に気づく。

「きっと、この先どんなに変化して行っても、変わらない何か、芯みたいなものがあるはずだ」

 ダスクは里央のベースを思い出す。暖かくて、優しいあの音色。変わらない何かが、あるのだろうか。机の上に置いた拳が震える。それは、酒のせいだけではないようだった。
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