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4.待ちわびた生活★
しおりを挟むサリアンは店舗兼住宅の一軒家の庭にある、小さな薬草園の手入れをしていた。
日差しに熱せられながら、黙々と雑草を抜く。
髪を短く切って、肌が日に焼けた自分は、国王であった頃とは表情がまるで違うとイレーネは言う。まるで別人のようらしい。
自分で鏡を見ても変わったとは思うが、目立つような真似は避けようと思うくらいには、当然だが面影がある。
それ以外の外出やら近所付き合いは、堂々としていた方がむしろ不審がられないと考えていた。
学生をしていた時もそうだった。誰も王族がこんな所で生活しているとは思わない。ましてや、死んだはずの国王だった男なら、なおさらだ。
サリアンとイレーネは王国の辺境に近い、周辺では一番大きいという程度の街に住み着いていた。
街は小さすぎれば人々の距離感が近いから、万が一正体が露見したらあっという間にそれが広がってしまう可能性が高い。
大きすぎれば、必ず軍隊が駐留している。サリアンは軍には関わりがなかったが、警備などはされていたから、軍人の中には死んだはずの元国王の顔を知っている者もいるかもしれない。
サリアンは在位の短い国王だったし、公式に死んだことになっている。他人の空似だと言い張れなくもないが、面倒事に巻き込まれる可能性がないとは言えないので、避けるに越したことはない。
そんなわけで、程よく猥雑で活気のあるこの街で二人は暮らしている。
イレーネは以前と変わらず自分で編んだレースを売っている。
サリアンは薬草学の知識を活かして庭で薬草を栽培し、軟膏などの傷薬や熱冷ましなど、医者にかかるほどではないが生活には欠かせない薬を作って、イレーネの店の片隅に置かせてもらっている。
買いに来る客の層が同じ場合が多いから、それらはよく売れた。
イレーネの店の商品は、以前いた街ではやや高級品という値段で品物であるレースを売っていたらしいが、この辺りには大枚を払って贅沢品を買う余裕のある者は少ない。
だから、ここに店を開いてからは、仕事をしている女性たちにも手の届きやすい値段の、洋服の襟などを飾るのにちょうど良い、紐状のレースを主な商品としている。
仕事をしている女性たちの手は荒れがちだったり、小さな子どもがいたりする。だから、彼女らはサリアンの作った軟膏や薬にも興味を持ってくれるのだ。
サリアンは店の表にはほとんど出ない。イレーネがどうしても留守にしなければならない時に店番をするくらいだ。
新しい名前もイレーネと話し合って決めた。サリードという、万が一呼び間違えかけても誤魔化しやすい名にしたのだが、今のところ間違えたことはない。
だが、油断はしていない。彼はイレーネとの儀式の翌日から、自分自身を変えた。
人を見て、狡猾な人間のやり口を学んだ。王宮にはそんな者は大勢いるから、観察するのも一苦労だった。
何も見ない振りをしていた頃とは世界が違って見えた。それまでよりも、さらに悪い方向に。
だが、そのおかげで逃げ出せた。事細かにはイレーネにも話していない。彼女に嫌われたくはないから。
サリアンは、端的に言えば人を買収して逃げ出した。
資金はいくらでもあった。実権はなくても、宝物庫から宝飾品などを持ち出すくらいは難なく出来たからだ。
それを遠くの街で換金させ、ほんの一部を受け取ると、後は協力者の好きにしていいと言った。彼らは相当儲けたに違いない。
おそらく、サリアンが生きている事実は、いつかは知られるだろう。
新国王となった弟の外祖父は宰相となった。その男がサリアンを探させるかもしれないし、宰相を排除したいと願う人々が、逃げ出した元国王を見つけ出すかも知れない。
でもイレーネにはそれを隠し通すつもりだった。
ただの平凡な夫婦でいたい。イレーネには安心を与えたかった。
そんなことを考えながら薬草園の手入れをしていたら、いつの間にか陽は傾いていた。
イレーネもそろそろ店を閉めている頃だ。
庭に建てた小さな作業小屋に入って道具を片付けて、家の中に戻る。
ちょうどイレーネが食事を作ってくれているところだった。料理はまだ勉強中だと言う彼女は真剣に取り組んでいるらしく、こちらには気づいていない。
料理をしてくれているイレーネの後ろ姿に、サリアンは見惚れた。
あの夜もそうだった。初めて目にした彼女の瑞々しく妖艶な美しさに見惚れて立ちつくした。
彼が初めてのことに戸惑っていた時に、彼女が見せた痴態にとてつもなく興奮した。媚薬などなくても、彼女を抱きつづけずにはいられなかっただろう。
いや、それ以前に自分の方が彼女に抱かれていた気もするのだが、それはまあいい。
サリアンはそっと彼女の後ろに忍び寄って、甘えるように彼女の腰に両腕を回した。驚いて振り向いた彼女に微笑みかける。
彼女はいつものように「もう」と言うが、邪魔にならないように気をつけながら、こちらの好きにさせてくれる。
夕食を食べ終わると、二人で湯を浴びる。
大きな品物の注文が入ると、彼女は「先に寝ていて」と言って店に戻って作業に没頭してしまうから、こんな日は貴重だ。
彼女を急かして寝室に入り、ゆっくりと互いを味わう。
舌を絡め合いながら、彼女の柔らかくて気持ちのいい胸を揉みしだくと、彼女も彼の胸に手を這わせてくれる。
そんな最中に。
「そう言えば、私、寝所での作法を間違えているのかもしれないのだけれど」
彼女は急にそんなことを言い出した。サリアンは首を傾げる。
「何のこと?」
「この間、市場で立ち話になったのだけど、そういう時は夫に全て委ねるものだと聞いて」
イレーネはサリアンを喘がせるのが好きだ。でもそれは一般的なことではないらしい。
でもサリアンは彼女の体に手を這わせながら言う。
「僕はイレーネに好きなようにされるのが気に入っているんだけど。気持ちいいし興奮する。あの日を思い出して……」
彼女の手を取って自分のものに導くと、頬を染めたイレーネは口づけを再開しながら、それを両手で扱いてくれる。
彼女の、あんなに美しいレースを作る細い指がこんなにいやらしいことをしていると思うだけで背徳感に包まれる。
当然、自身はあっという間に勃ち上がってしまう。
何度しても飽きることはなくて、彼女に好きなように貪られ、そしてこちらも時には彼女に欲望を思う存分ぶつける。
自分たちはそれでいい。
自分の上で豊満な胸を揺らしながら腰を振るイレーネに翻弄されながらも、サリアンは彼女を下から突き上げた。
それをすると、睨まれて止めさせられる時が多いのだが、今日は彼女がそれに喘ぎ、中が彼のものを搾り取るように収縮した。
そんな時はサリアンも好きなだけ彼女に喘ぎ声を上げさせる。
「イレーネ、もう出そう」
「んっ、まだぁ、あ、あっ!」
「あ、もっ、中すごっ」
「ああっ、や、だめっ、あ、くるっ、っ!!」
イレーネに搾り取られて、サリアンは彼女の中に精を注ぐ。
あまりの快感に声を漏らしてしまうと、イレーネはとても嬉しそうに微笑んで、ご褒美の口づけを体中にくれる。
あの日とは比べ物にならない程の粗末なベッドの上だったとしても、サリアンは彼女の胸に顔を埋めているだけで、この上なく幸せだった。
「イレーネ。起きてる?」
「ええ。どうしたの?」
「今日はあまり愛していると言えていないと思って。愛してるよ」
サリアンはいたって真剣に言ったのだが、彼女は彼の短い髪の毛をくしゃくしゃと撫で、笑いながら「私もよ」などと言う。
彼女は本当に分かっていない。
サリアンが彼女をどれだけ愛しているのかを。
人生を諦めていた自分を、イレーネがどれほど強烈な力で引っ張り上げ、生き長らえさせたのかも、彼女は分かっていない。
その胸の温かさが、生きる気力を取り戻させたことも絶対に知らない。
もう二度と、彼女だけを逃そうとは思わない。守りながら、どこまでも連れて行く。
サリアンは彼女の寝息を聞きながら、その胸の中で微睡み始めた。
そこはとても優しくて、温かくて、彼を守ってくれているようだった。
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