愛さなくても結構ですが、溺愛はいたしますよ? 〜平凡令嬢に転生した世界で、美貌の公爵様の愛され妻を演じてます!〜

針沢ハリー

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4.哀れな妻を演じます!

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 ぐっすりと寝てから起きた私は、一瞬ぼんやりした後に昨夜の出来事を思い出した。

 ここにいるのは初夜をすっぽかされた哀れな妻だ。そして、それを演じ切るのだ。
 同情をされたらどう反応を返そうかなどと考えているとノックの音が響く。

「入ってちょうだい」

 私が声を上げると、事情を察しているはずのメイドたちは礼儀正しく私の世話をし始めた。
 特に同情もされていない様子なので、私も実家でしていたのと同様に運ばれてきた水で顔を洗い、着替えさせてもらう。

 乱れた痕跡のない私の寝巻きやシーツを見ても彼女たちは顔色一つ変えない。さすがに公爵家だ。使用人の教育が行き届いている。

 当主に相手にされない妻だと軽んじられる生活は疲れそうだから、私はひとまずほっとした。
 でも夫に見向きもされないままの生活に甘んじていれば、いつ彼女たちの態度が変わるか分からない。
 とはいえ、そうなったらそうなったで、その状況を楽しみたいとは思っている。

「あとはユリヤにしてもらうから、下がっていいわ」

 私がそう言うと、彼女たちは完璧に揃ったお辞儀を見せて部屋から出て行った。その様子があまりに壮観で、感嘆のため息がもれる。

「すごいわねえ」

 のんきにつぶやく私に、実家から連れてきたユリヤが心配そうに言った。

「お嬢様……。いえ、奥様、昨夜は……」

「ええ。着替えを見ていたでしょう? 旦那様は昨夜、私に指一本触れずに出て行ってしまわれたわ」

「……差し出がましいですが、ご実家に知らせて抗議していただいてもよろしいかと」

「あ、それだけはダメよ!」

 私は怒り顔のユリヤを慌てて止めた。せっかくの異世界小説っぽい展開に水を差さないで欲しい。


 私はユリヤにお化粧をしてもらいながら、昨日寝る前に思いついた作戦を明かした。

「……溺愛、計画……でございますか……? おじょ……奥様が、旦那様を、ですか?」

「そうよ。私はこの家に嫁いだのだもの。ここで少しでも快適に暮らしたいのよ」

 そう言いながら、鏡に映る平凡な自分の顔を見る。
 私は茶色の髪に、少しだけ珍しいハシバミ色の瞳をしている。その瞳はくすんだ赤味のある黄色なのだが、よく見なければ薄い茶色に見えるので、全体的にはやはり地味である。そばかすはいつもお化粧で隠している。

 私がもっと美しければ、旦那様もあんな対応はとらなかったのだろうか。


「お嬢様。いつも申しておりますが、あまり突飛な行動をとるのはお勧めしません。それでいったい何度お茶会の招待をいただけなくなったか覚えておいでですか?」

「……それとこれとは、話が違うのではないかしら」

「無難なものではつまらないと、変わった贈り物をしたり、会話を中断させて場の空気を悪くしたり、それから」

「もういいわ。ええ、そうね、私は少しおかしいのだと思うわ。でも、これはもう決めたことなの」

 前世の感覚で動いたら、周囲の令嬢方から見事に嫌われた話を蒸し返さないで欲しい。

 贈り物はいつも決まり切っていて、つまらないと思ったから、家で用意されたのとは別の物をこっそり街で買って持って行ったら礼儀知らずだと言われた。

 お茶会で人の悪口ばかり聞かされて胃に穴が開きそうだったので、目の前にあったお菓子の美味しさについて語ったら、お茶会の参加者全員からすごい顔で見られた。

 前世で読んだ小説のように突飛なことをして褒められるヒロインがしそうなことをしてみた、若かりし頃の失敗談だ。

「あなたに何を言われてもするわ。メイド長に会いたいと伝えて」

「……かしこまりました」

「不満そうね?」

「諦めていますので、お気になさらずに」

(ごめんなさいね)

 私は心の中でユリヤに謝りながら、「旦那様溺愛計画」を実行に移すべく動き出した。


 私の意向はすぐに伝わったようで、メイド長が部屋にやってきた。
 ここは私のために用意された部屋の一つで、居間として使えるようにしつらえられている。

 私が自由にしていいと言われている部屋だけで、衣裳部屋を除いて、四部屋もある。公爵家の家人には好意的に迎え入れられていると言えるだろう。

 初夜を済ませていないのを知っているはずのメイド長は、それには一切触れずに深々と頭を下げた。

「お呼びでしょうか」

「ええ……。実は、その、聞いていると思うのだけれど。旦那様とは、その……」

「奥様。ご心配には及びません。旦那様は今、とてもお忙しいのです。少々時間が必要なのかもしれません」

 全力で「初夜をすっぽかされた哀れな妻」の演技をする私の言葉に、非常にまっすぐな瞳でそう返されて、ありがたいのと、申し訳なさに顔がゆがむ。

 しかし、メイド長はそれを私が泣き出すのだと思ったようで、慌てて話題を変えた。

「奥様。この家には昨日まで、女主人にあたる方がおられませんでした。お若い女性がいると華やかになるものです。クライドさ……旦那様のお義姉様でおられるエリザベス様がいらした頃が戻ってきたようですわ」

 私も義理の姉については聞いている。
 一年前に突然、前公爵が亡くなった。
 その約二年前に後妻である前公爵夫人も病気で亡くなっている。何年も病と闘っていたそうだ。
 そのさらに一年前、つまり今から四年前に、その前公爵夫人の連れ子であるエリザベス様は十八歳で他家に嫁いでいる。

「そう。それならよいのだけど……。でも、旦那様はそんなにもお忙しいのね。それならば、私は少しでも旦那様が癒されるような家庭を築いていきたいわ。よければ、旦那様のお好きなものを教えてくれるかしら」

「まあ。奥様はお優しくていらっしゃるのですね」

 うつむき加減で適当な台詞を口にしただけだったのに、メイド長には何やら感動されている。とりあえず、メイドたちを味方に引き込むことには成功したようだ。

 こうして私の計画は家人らの協力も得て本格的に動き出したのだった。

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