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6.音を上げた旦那様
しおりを挟むそして、その日は思ったよりも早くやってきた。
私は敵……ではなかった。旦那様がもう少し粘ると思っていた。しかし彼の我慢の限界はたった七日で訪れたらしい。
私は執務室にお菓子を持って行った時に不機嫌もあらわな旦那様に問い詰められることになった。
「何の真似だ」
私は心配げなメイドたちに下がるように言った。旦那様も家令に同じことをする。旦那様と二人きりになるのは、あの結婚式の夜以来だ。
さてどうしようかと瞬時に考えを巡らせる。
私はいくつかのストーリー展開を考えていたけれど、一番楽しそうな方向に彼を導くことに決めた。
「申し上げてもよろしいでしょうか」
「早くしてくれ」
「では、失礼して申し上げます。私はあなた様から愛していただけないようですが、それは構いません。政略結婚などそんなものでしょう。ですが私は恋愛をした経験がないのです。不貞を働く気はありませんから、夫であるあなた様を愛する振りをしてみています」
旦那様が驚いたように目を開くのにも構わずに私は続けた。
「今度夫婦で夜会に出席するでしょう? その時は協力してくださいませんか? 本当に愛してくださらなくてもいいので、その振りをしてください」
「……私に対して不満があると言いたいのか?」
「あるといえばありますが、今の話とは別ですね。私は父から派閥内の安定のためにあなた様に嫁ぐようにと言われて、こちらへ参りました。そのためには私たちが言葉を交わさないどころか目も合わさない関係であると知られるのは避けるべきでしょう」
旦那様は、「エスコートはする」とつぶやく。
(そう。本来はそれでいいのでしょうね。でもそれでは私が楽しくないのよ?)
「旦那様はご存じでしょうか。あなた様に憧れる未婚の女性が大勢いることを。もちろんご存じでしょうね。私は皆からただのお飾りの妻だと思われています。まあ、それは事実なのでよいのです。でもそれを公衆の面前であなたが示して見せれば、公爵夫人が軽んじられることになります。離婚させてその座に、と考える家が出てもおかしくありません。あなたの妻になりたい者は大勢おりますし、娘をその座につけたい親も大勢います。それではわざわざ私が嫁いだ意味がなくなります。旦那様は無駄なことがお好きなのでしょうか」
「……よく回る舌だな」
「いいえ、普段はここまでは……。ですが、これは申し上げなければならないと思いまして。失礼いたしました」
私は、自分で考えてもなかなか無茶な論理を振りかざした。笑いをこらえているのに気づかれないように下を向く。
私は派閥内が落ち着くまでの間その場にいればよくて、勢力争いに決着がつけばその座から追い落としてもかまわない程度の存在だから彼の妻に選ばれたのだと思っている。
だから先ほどまくしたてた内容には、実のところほとんど意味がない。
でも、彼は愛していた人のことしか考えていなくて、他の誰かを妻にしても私にしているのと同じような態度で接するつもりだろうと当たりをつけて、ああ言った。
私はいつかは離婚をしてもいいけれど、それまではこの状況を目一杯楽しみたい。だから私にしては頑張って話した。のどが渇いたのでお茶が飲みたい。
「夜会でだけ、仲睦まじく見せればよいのだな」
「はい。もちろんです」
彼は本当に真面目だ。また面倒な結婚式や諸々の手続きに煩わされたくないだけかもしれないけれど。
それにしても私は困ってしまった。彼に恋が出来そうにない。
これだけ相手の顔がよいのだから、愛する振りをしていれば彼が笑顔の一つでも見せてくれて、それだけで心臓が激しく脈うつだとか、そんな展開を期待していたけど、それもない。
こちらが一方的に恋に身を焦がすのでもよかったというのに、この旦那様は全く面白みがない。
その顔は美しいとは思うものの、すっかり見慣れてしまった。「美人は三日で飽きる」という前世で聞いたことわざを思い出す。
「夫としては最低ですもの、仕方ないわ」
「は……?」
「あ……」
余計なことを考えていたら、うっかり心の声が漏れてしまった。旦那様は片眉を大きく上げている。
彼は立ち上がると、わざわざ大きな執務机を回り込んで私の前に立った。
彼は背が高いので顔を見ようとすると上を向かなくてはいけない。少し首がつらい。出来たら離れていて欲しかった。
旦那様は私の言葉が気に障ったようで、腕組みをしながら険しい顔で言う。
「夫としてできる限りのことはしているはずだ。夕食も一緒にとっているし」
(自覚もなかったとは。本当に最低な夫ね)
私は少しイラッとしてしまった。お小言の一言くらい言わないと気が済まない。
「あら、初夜も済ませないままでですか? 私はこのままでは子を成せません。そんな女がどんな風に言われるかご存知ないわけではありますまいに」
「……今夜は夫婦の寝室に行く」
「えっ」
私は耳を疑った。
実際のところ、彼がいつか愛する人と結婚できる日が来た時のために、私と離婚しやすいように子供を作る気がないという可能性も考えていた。
しかし、そうではなかったらしい。
私は今、旦那様を「愛されている公爵夫人」の演技に巻き込む方向に舵を切ったつもりだった。
体で籠絡するのは別のルートのつもりだったし、まだ閨事の研究もしていないので自信もない。
初夜について触れてしまったのは、完全に私の落ち度だ。でも、今日のところは、なんとか思いとどまっていただきたい。
「ご無理をなさらなくても。とりあえず夜会さえ……」
「最低の夫だと言ったな。その言葉を取り消させてやる」
旦那様はそれだけ言うと家令を呼び入れ、今夜は夫婦の寝室を使うと告げた。
家令の後から入ってきたメイドたちが満面の笑みでこちらを見てくる。
私は引きつった微笑みを返していたと思う。
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