2 / 20
2.皇帝の命令書
しおりを挟む婚約者のフェルナンドが連れてきた者たちは、見かけは平静を装っている。
そして、彼らの横には壁紙や家具に使われる布地の見本がワゴンの上に積み重なっている。
これは、今後暮らすための部屋を飾るものをイザベラが選べるように皇宮に持ち込まれた。
とはいえ、ユペール侯爵家に用意されたイザベラの居室の数々は、彼女の好みを知る侍女たちから伝えられた通りに、すでに設え終わっている。
一年近く前に、イザベラがいつ嫁いでも問題がないように準備が整っているとフェルナンドが報告にやってきた。
しかし、その早さがイザベラは気に入らなかった。
自分を少しでも早く皇女という地位から引きずり下ろそうとする者たちの作為を感じたからだ。
だから、イザベラ用の部屋の様子を語り聞かせてきたフェルナンドに、「それは以前の好みであって、今は違う」のだと難癖をつけた。
彼は「では変更いたします」と、女性を虜にしてやまないという、美しい顔に微笑みをたたえたまま言ったものだった。
イザベラはそれからも、「好みとは変わるものだから、もっと結婚が近くなってから決める」と言い張った。
そして、何度となく催促された後、ようやくこの日に壁紙や布類の選定をすると侯爵家からの手紙に返事を書いた。
それは、侍女たちに強くそれを促されたからだった。
イザベラのわがままには慣れている侍女たちは、外してはいけない場面では決して引かない。
そして、彼女たちの態度から、これは本当に手を付けなければいけない事柄なのだと感じとったイザベラは、嫌々ながら、この日彼と会うことにしたのだった。
「あら。すっかり忘れていたわ。でも、あなたとお話しする気分では無くなったと申し上げたはずよ。出直してくださる?」
彼に向かって退出を促すように扇を振ると、斜め後ろに控える侍女の咳払いが聞こえる。
注意されていると分かっているけれど、嫌なものは嫌だ。
ところが、フェルナンドは困ったように眉を寄せた笑顔のまま、椅子から動かない。
これは大変に無礼な態度だ。
「……なぜ出て行かないの?」
「本当にそうしてよろしいのですか?」
「……何を言っているのかしら」
イザベラが首をかしげると、フェルナンドが懐から一枚の紙を取り出して、イザベラに見えるようにテーブルに広げた。
それは、皇帝であるイザベラの父親の署名がされた命令書だった。
イザベラは彼が置いた上質な紙を取り上げて、それが本物の命令書かどうか確かめた。
しかし、偽物なわけがない。皇帝からも気に入られているという、フェルナンドが持ってきたのだから。
「……なぜ、こんな物を?」
「このままでは我が家は万全の状態で殿下をお迎え出来ません。致し方なく、皇帝陛下より、イザベラ皇女殿下の我が家の王都屋敷への外出許可をいただきました」
「私に足を運べと言うの? 嫌よ」
イザベラは本当に彼の家になど行きたくない。
命令書に睨まれた気分のまま、無理を承知でイザベラは「絶対に嫌」と繰り返した。
それに対して彼は笑顔を絶やさない。
「皇帝陛下のご命令でございます。その撤回は陛下にしかお出来になりません。では、本日は失礼致します。二日後のこの時間にお迎えに参ります」
彼はそう言うと、家人を連れて部屋を出て行ってしまった。
フェルナンドを嫌っているイザベラでも、彼が残して行ったお辞儀は非常に優雅であることは認めざるを得なかった。
そんなところも気に食わない。
「最終手段を使ってこられましたわね」
「殿下はフェルナンド様のどこがご不満なのですか?」
イザベラはその理由を思い出して、ほんの少しだけ体を震わせた。それは恐怖からくるものだ。
でも、侍女たちに聞かせて、彼女たちまで怖がらせるつもりはない。
「これを撤回させたいなら、皇帝陛下に言えと、あの男は言ったのよね? では、そうするしかないわね」
イザベラは命令書を掴むと、一人で歩き出す。
「殿下! 撤回させる必要がございますか?」
「もし本当にお会いになるのならば、正式な手続きを踏みませんと!」
そんなことは分かっている。でも、こうせずにはいられない。
直情的なのがよくないと人に言われているのは知っているけれど、これは性分なので自分でもどうにもできない。
イザベラが本気で皇帝に会おうとしていると理解した侍女が、慌てて一人ついて来た。
10
あなたにおすすめの小説
[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
元婚約者が愛おしい
碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。
留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。
フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。
リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。
フラン王子目線の物語です。
いくつもの、最期の願い
しゃーりん
恋愛
エステルは出産後からずっと体調を崩したままベッドで過ごしていた。
夫アイザックとは政略結婚で、仲は良くも悪くもない。
そんなアイザックが屋敷で働き始めた侍女メイディアの名を口にして微笑んだ時、エステルは閃いた。
メイディアをアイザックの後妻にしよう、と。
死期の迫ったエステルの願いにアイザックたちは応えるのか、なぜエステルが生前からそれを願ったかという理由はエステルの実妹デボラに関係があるというお話です。
立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
死んで初めて分かったこと
ルーシャオ
恋愛
ヴィリジアの王女ロザリアは、大国アルデラ王国のエアル王子の婚約者として王城で暮らしていたが、エアル王子には罵倒され遠ざけられ続け、次第に周辺の人々も近づかなくなっていた。
しかし、エアル王子が故郷ヴィリジアを滅ぼしたことをきっかけに、ロザリアは何もかもを諦める。「殿下。あなた様との婚約は、破棄いたします」、そう宣言して、ロザリアは——。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる