【完結】だって、あなたは敵でしょう?

針沢ハリー

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2.皇帝の命令書

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 婚約者のフェルナンドが連れてきた者たちは、見かけは平静を装っている。

 そして、彼らの横には壁紙や家具に使われる布地の見本がワゴンの上に積み重なっている。
 これは、今後暮らすための部屋を飾るものをイザベラが選べるように皇宮に持ち込まれた。

 とはいえ、ユペール侯爵家に用意されたイザベラの居室の数々は、彼女の好みを知る侍女たちから伝えられた通りに、すでにしつらえ終わっている。

 一年近く前に、イザベラがいつ嫁いでも問題がないように準備が整っているとフェルナンドが報告にやってきた。

 しかし、その早さがイザベラは気に入らなかった。
 自分を少しでも早く皇女という地位から引きずり下ろそうとする者たちの作為を感じたからだ。

 だから、イザベラ用の部屋の様子を語り聞かせてきたフェルナンドに、「それは以前の好みであって、今は違う」のだと難癖をつけた。

 彼は「では変更いたします」と、女性を虜にしてやまないという、美しい顔に微笑みをたたえたまま言ったものだった。


 イザベラはそれからも、「好みとは変わるものだから、もっと結婚が近くなってから決める」と言い張った。

 そして、何度となく催促された後、ようやくこの日に壁紙や布類の選定をすると侯爵家からの手紙に返事を書いた。

 それは、侍女たちに強くそれを促されたからだった。
 イザベラのわがままには慣れている侍女たちは、外してはいけない場面では決して引かない。

 そして、彼女たちの態度から、これは本当に手を付けなければいけない事柄なのだと感じとったイザベラは、嫌々ながら、この日彼と会うことにしたのだった。

「あら。すっかり忘れていたわ。でも、あなたとお話しする気分では無くなったと申し上げたはずよ。出直してくださる?」

 彼に向かって退出を促すように扇を振ると、斜め後ろに控える侍女の咳払いが聞こえる。
 注意されていると分かっているけれど、嫌なものは嫌だ。

 ところが、フェルナンドは困ったように眉を寄せた笑顔のまま、椅子から動かない。
 これは大変に無礼な態度だ。

「……なぜ出て行かないの?」

「本当にそうしてよろしいのですか?」

「……何を言っているのかしら」

 イザベラが首をかしげると、フェルナンドがふところから一枚の紙を取り出して、イザベラに見えるようにテーブルに広げた。

 それは、皇帝であるイザベラの父親の署名がされた命令書だった。


 イザベラは彼が置いた上質な紙を取り上げて、それが本物の命令書かどうか確かめた。

 しかし、偽物なわけがない。皇帝からも気に入られているという、フェルナンドが持ってきたのだから。

「……なぜ、こんな物を?」

「このままでは我が家は万全の状態で殿下をお迎え出来ません。致し方なく、皇帝陛下より、イザベラ皇女殿下の我が家の王都屋敷への外出許可をいただきました」

「私に足を運べと言うの? 嫌よ」

 イザベラは本当に彼の家になど行きたくない。

 命令書に睨まれた気分のまま、無理を承知でイザベラは「絶対に嫌」と繰り返した。
 それに対して彼は笑顔を絶やさない。

「皇帝陛下のご命令でございます。その撤回は陛下にしかお出来になりません。では、本日は失礼致します。二日後のこの時間にお迎えに参ります」

 彼はそう言うと、家人を連れて部屋を出て行ってしまった。


 フェルナンドを嫌っているイザベラでも、彼が残して行ったお辞儀は非常に優雅であることは認めざるを得なかった。
 そんなところも気に食わない。

「最終手段を使ってこられましたわね」

「殿下はフェルナンド様のどこがご不満なのですか?」

 イザベラはその理由を思い出して、ほんの少しだけ体を震わせた。それは恐怖からくるものだ。
 でも、侍女たちに聞かせて、彼女たちまで怖がらせるつもりはない。

「これを撤回させたいなら、皇帝陛下に言えと、あの男は言ったのよね? では、そうするしかないわね」

 イザベラは命令書を掴むと、一人で歩き出す。

「殿下! 撤回させる必要がございますか?」

「もし本当にお会いになるのならば、正式な手続きを踏みませんと!」

 そんなことは分かっている。でも、こうせずにはいられない。

 直情的なのがよくないと人に言われているのは知っているけれど、これは性分なので自分でもどうにもできない。

 イザベラが本気で皇帝に会おうとしていると理解した侍女が、慌てて一人ついて来た。

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