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3.父帝と異母弟
しおりを挟むイザベラが皇宮の表側である西棟に現れるのは珍しいことだった。
廊下を歩いていると、皇女が現れたことに驚いた様子の官吏や侍従たちが廊下の端に寄って頭を下げる。
イザベラはその人の多さに、今まさに向かおうとしている皇帝の執務室に父親がいることを確信した。
侍従に取り次ぎを頼むと、少し待たされただけで父親である皇帝ローランド三世の執務室に通される。
侍女を前室に残し、イザベラはそこに足を踏み入れた。
父に叱責されるのを覚悟の上だったイザベラは、そこにフェルナンドを嫌うのと同じくらいに嫌っている弟がいることに思わず顔を顰めた。
どうやら、彼が父親から執務を教わっている時間にかち合ってしまったらしい。
弟も突然押しかけたのだろう。
もともと入っていた予定だったら、イザベラはそれを知っていただろうし、侍従がその場に自分を通すはずがない。
イザベラは不快を表してしまった表情をすぐに消して、父親である皇帝に深々とお辞儀をする。
「何事だ? 突然訪ねてくるとは」
声を掛けられたことで発言の許しを得たイザベラは、ゆっくりと頭を上げた。
目の前には重厚な執務机に座る、茶色い髪に青い瞳の細身の男性がいる。
それが、イザベラの父親である皇帝ローランド三世だった。
その肉付きが乏しい体と同じく頬がこけた顔は、皇帝が実年齢以上の月日を生きてきたかのような印象を周囲に与える。
昔は違ったのに、皇帝がこのように変化してしまったのはいつ頃からだっただろうかと、イザベラはふと思った。
そして、皇帝と斜めに向かい合っている椅子には、まだ少年と青年の間といった風情の、母親違いの弟が座っている。
弟のアーロンは、イザベラよりも二歳年下で、今年十六歳になった。
髪の色も目の色も父親である皇帝にそっくりだ。
そして彼は、側妃の子だ。
正妃の子に優先的な皇位継承が定められているこの帝国の、次の女帝となるのはイザベラのはずだった。
しかし、アーロンの伯父にあたるカーディ侯爵らがイザベラの降嫁を皇帝に認めさせた。
父は、愛したこともない正妃の娘より、寵愛する側妃の息子に跡を継がせたいと思ったのではないかと、イザベラは予想している。
そのため、アーロンが次の皇帝になることがほぼ決まっている。
イザベラが結婚して皇室を離れてしまえば、それは確実なものになる。
イザベラはアーロンを無視して、皇帝である父に非礼を詫びた。
そして、先ほどフェルナンドから受け取った命令書の撤回を求めた。
「なぜ撤回せねばならんのだ? そなたが協力的ではないから、ユペール侯爵家が最終手段としてあれを求めてきた。どうせ、今日も難癖をつけて追い返されるだろうからと。まったく……。余計な手間をかけさせているのはそなたではないか」
こめかみに手を当てている父の声は冷たい。
イザベラは政略の駒としてしか認められていない皇女だ。
それは腹立たしいけれど、今では仕方がないことだと割り切っている。
しかし嫌なものは嫌なので、婚約者の屋敷へ行かなくていいように、こうして皇帝の執務室までやってきたのだ。
非礼を承知でイザベラは「きちんと指示を送ります。それで作業は出来るはずですから、この命令は不要なのです」と説明を試みた。
どうせ煩わしく思われているのだからと、わざわざ皇帝にまで食い下がるのはイザベラの悪い癖だ。
そして、分かってはいたけれど、父は先ほどよりも、さらに冷たい声で言った。
「では、もっと早くそうすべきだったな。そなたが自分で招いたことだろう。その程度の責任は果たせ」
皇帝のその言葉と表情に、もうこの部屋を出て行かなくてはいけないと知ったイザベラは、仕方なくお辞儀をしかけた。
しかし、その行動を途中で遮る者がいた。
弟のアーロンが小さく笑い声を漏らしたのだ。
でもイザベラは彼を見なかった。
父親から可愛がられ、こうして一対一で帝王教育を授けられている彼は勝ち誇った顔をしているに決まっているからだ。
イザベラは深々とお辞儀をすると、皇帝の執務室から退出した。それ以外にはもう出来ることはなかった。
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