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4.過去の暗殺事件
しおりを挟む皇帝の執務室を半ば追い出され、自分の部屋に戻って来たイザベラに、侍女たちはお茶を入れてくれつつ言う。
「やはり無理でございましたか。殿下」
「ですから、今日こそ婚約者様を困らせるようなことはなさいませんようにと申し上げましたのに」
「でも、ご自分でお部屋を確かめられるのはよろしいことかと。本当はあちらの内装は殿下のお好みそのもののはずですから」
イザベラは大きなため息をつきながら、信頼を寄せる侍女たち相手に唇を尖らせた。
「言いなりになるのは嫌なのよ」
「また、そのようなことを」
「未来の旦那様ですのに」
このような会話は日常茶飯事だった。
イザベラには三人の専属の侍女がいる。彼女たちは、年齢の高い方から、ハンナ、リズ、リュシーという。イザベラはこの三人の前でだけ安心できるのだ。
それは、この三人がやってきてくれた時期や彼女たちが見せてくれた献身に関係がある。
その頃のイザベラは何も信じられずに、食事さえ満足にとれない状況にあった。
それは、皇帝家族やその縁戚、一部の大貴族しか出席を許されない、皇帝の第五子である第四皇女の誕生を祝う宴で、危うく命を落としかけた直後だったからだ。
それは約三年前、イザベラが十五歳の頃のことだった。
あまりにも衝撃的だったので、その時のことは今でも鮮明に思い出せる。
イザベラが席に着いたのは、皇帝とその正妃である実の母が会場に現れる少し前のことだった。
当時、婚約が内定したばかりだったフェルナンドが隣の席にすでに座っていた。
やがて皇帝夫妻が入場し、決められた順に出席者が祝いの言葉を述べ始めた。
料理が運ばれてくると、誰とも話をする気がなかったイザベラは黙々と食事をしていた。
こちらから話し掛けなければ、誰もイザベラに声を掛けられない。
心にもないお世辞を吐く人間の顔を見るのが嫌だった。
子供の頃は素直に受け取れた言葉や笑顔は、その頃のイザベラの目にはとても薄汚いものとして映るようになっていた。
そんな時、たまたま給仕の人間がイザベラの前にあった、まだ口をつけていなかったグラスを倒した。
それを満たす薄黄色の液体を、イザベラはただのワインだと思っていた。
その頃はお酒を美味しいとは思えなかったから、飲まずに置きっ放しにしていたのだ。
でも、じきにお祝いの言葉が述べられ終わったら、乾杯のために一口くらいは口にするつもりだった。
ところが、その倒れたグラスからこぼれた液体は不思議な音を立てながら周囲に広がった。
そして、テーブルの端からこぼれ落ちたそれはイザベラのドレスを濡らしたかに見えた。
一瞬の出来事だった。
しかし、ドレスが濡れただけだと思ってその様子を呆然と見つめていたイザベラは、突然の痛みに悲鳴を上げた。
そのドレスは、焼けたように煙をたてながら溶けていた。
そこからは大騒ぎになった。
イザベラは誰かに腕を引かれて立ち上がらされ、穴の空きかけたドレスが足から離れる。
それからは大勢の近衛に囲まれながら会場を後にして、治療を受けた。
イザベラの太ももには、その時にできた火傷の痕が今でも残っている。
もしあの液体をイザベラが口に含んでいたら、命を落としていただろう。
そしてその事件以来、イザベラは出される食べ物にも飲み物にも、全てに毒が入っているのではないかと疑うようになってしまった。
そうとしか思えなかった。喉の渇きを感じても、空腹でも、何も口に入れられなかった。
それでも極限まで喉が渇くと、どちらにしても死ぬのだからと、水差しの水を飲む。
そして、それがただの水であったことに涙する日々を送っていた。
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