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10.彼の言い分
しおりを挟むフェルナンドは何を思ったか、イザベラの頬に口づけ、そこを伝う涙を吸い取る。
「違いますよ、殿下……。あなたがいつまでも私の気持ちを分かってくださらないから」
イザベラは、彼の勝手な言葉に腹が立って彼を睨んだ。彼の気持ちなど知らない。知りたくもない。
彼は困ったように眉を寄せていた。でもその不埒な手がスカートの上から、あの痕を撫でている。
「美しいあなたの体にこんな痕をつけてしまうなんて。私の計算が外れたせいです」
彼が言う意味を掴みかけて、イザベラは驚きに目を見開いた。
そして、耳元で「そうです」と囁いた彼は、秘密の話だと言いながら、誰かに訊かれるのを警戒するように声を低めて言った。
「確かに三年前、私はあの計画を知らされていました。ですので、給仕の足に自分の足を引っ掛けて、あのグラスを倒させました。でも少し計算が外れて、あなたにあれがかかってしまった……」
「……暗殺計画を、防いだと言うの……?」
「もちろん。私はあなたを自分のものにしたかったので」
イザベラはあの時のことを思い出そうとした。
確か、痛みを感じて悲鳴をあげた時、誰かに引っ張られて立たされた。そうでなければもっとたくさんの毒が彼女の足を焼いていただろう。
引かれた手は左だったと思う。そして、彼女の左隣に腰掛けていたのがフェルナンドだった。
「あの時、私を立たせたのは、あなた?」
「ええ。遅くなってしまい申し訳ありません。一瞬、人の目が気になってしまって。私があなたを助けようとしたと思われてはいけませんからね」
イザベラは彼を信じていいのか自問自答するけれど、彼がアーロンたちと交わしていた取り引きを聞いてしまっている。簡単に答えは出なかった。
そして、それをイザベラが知っていることを彼に知られていいのかも判断がつかない。
「……私には他に味方がいるのかしら? 例えばあなたのお父様、ユペール侯爵は?」
「父は駄目です。完全にあちらに取り込まれている。あなたを幽閉同然に閉じ込めておけば、優秀な先祖たちのような地位が自分の手にも入ると有頂天ですから」
彼はそう言いながら、先ほどまで縛られていたイザベラの手を確認するように持ち上げる。
跡を付けたか気にしているのだろう。でも、そこまできつく縛られていたわけではなかったからか、イザベラの手には何の跡もついていなかった。
彼がイザベラに触れる手は、優しくて丁寧だ。先ほどの狼藉の最中ですらそうだった。
「なぜ、あなたはお父上や、そのお仲間を裏切るようなお話を私に聴かせるのかしら」
イザベラとしては当然の疑問だった。それに対して、彼はこともなげに答えた。
「あなたを愛しているからです。私のものにしたくて仕方ありませんでした。初めてお会いした時から、ずっと」
彼と初めて引き合わされた時のことはイザベラも覚えていた。ずっと彼から目を逸らしていたと思う。
誰かの思惑通りの結婚をさせられるのだと分かっていたから、それに反抗を試みていた。
彼に好かれるような行動は確実にとっていない。
「あの時に私を愛するようなきっかけはなかったと思うわ」
そのイザベラの疑問に、フェルナンドは答えようとしたようだった。ところが、その時に扉が叩かれた。
無事の確認か、彼の次の予定を知らせるものかは分からなかったけれど、彼は少し待つように扉の向こうに声を張ると、イザベラをいきなり抱き寄せた。
「簡単に信用されるとは思っていません。今度また夜会にご一緒するでしょう? その時にアーロン殿下と会う約束を取り付けます。彼との会話をあなたもどこかに隠れて聞けるようにしましょう」
「……いいわ」
彼は「それから」と、さらに声をひそめて話し出した。
「アーロン殿下から、あなたの心を手に入れろと命じられています。今日のことは脚色して彼に伝えますから、あなたは私に夢中なふりをしていただきたい」
「嫌よ、そんなこと」
イザベラは思わずそう言っていた。人前でフェルナンドにどう接したらそう見えるのかも分からない。
イザベラがそう言うと、彼は「では、私が指示を出しますので、その通りに」と言って、イザベラが反論する前に家人を部屋に呼び入れてしまった。
「部屋の内装はこのままでよろしいですね、殿下?」
今は、人がよさそうに微笑む彼の魂胆に乗るしか方法がないようだった。
イザベラは彼の言うことが本当なのか確かめなければならない。自分の身を守るために。
だから、「ええ」と答えた。
フェルナンドは、微笑みを深くして、イザベラに手を差し出してきた。
これまでエスコートされる時くらいしか、彼にそんな真似を許したことはない。
その手を取ると言うことは、彼を信じるという意思表示と受け取られるかもしれない。
イザベラは少し迷った末、その手に自分の手を重ねた。そして、玄関に向かって歩き出す。
そして、侍女が追いつくのを待つ間、彼がその手に口づけをした。
そうして、満足そうな顔で見送る彼を横目で見ながら、イザベラは馬車に乗り込んだのだった。
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