【完結】だって、あなたは敵でしょう?

針沢ハリー

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17.出会いの記憶と愛の告白

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 フェルナンドは、何代も前が最後とはいえ、宰相さえ輩出し、皇室とも縁を繋いだ名家に生まれた。

 彼は昔からどこか達観した子どもで、会う人会う人が仮面を被っているように見えたものだった。

 誰も本心を見せようとしないし、弱みを握られまいと虚勢を張っている。その最たる者が彼の父親だった。

 そして、彼らと同じように笑い、立ち居振る舞うようになっていく自分に気づきながら、他の自分になれる気もしていなかった。


 そんな時、父親から、第一皇女と自分が婚約することになったと聞かされた。
 まだ一度も会ったこともないその少女もきっと、自分たちと同じなのだと思っていた。

 親の言いなりになるしかない、誰かの言いなりになるしかないだろうつまらない人生を送る。そんな自分には似合いの相手なのだろうと想像していた。

 でも違った。

 二十歳を迎えようとしていたフェルナンドが初めて会った五歳年下の少女は、丸みを帯びていて優しそうな、目尻の下がった顔をしていた。

 彼女は、さすが皇女として教育されたのだと舌を巻くような、美しい所作を見せる。
 そんな彼女は、始めは無表情だった。皇帝の正妃とフェルナンドの父親がお世辞を言い合っている間中、何の感情も見せなかった。

 しかし、二人で庭園に追いやられた瞬間、彼女の態度は一変した。

 彼が話しかけても、聞いているのかいないのか分からない、短い答えしか返ってこない。
 そして、段差で手を貸そうとした彼の手を彼女は手で払いのけた。

 無礼だと思ってもよかったのだろう。

 でも、彼女が少し口を尖らせているのに気づいた。
 その表情に、彼女が望みもしない結婚に少しでも逆らおうとしているのだという気がした。
 だから、フェルナンドは少し距離を取って、ただ彼女が歩くのについて行った。

 自分のことなど気に掛けていないと言いたげなその背中は、彼にある欲望を抱かせた。

 この、見た目に反して気が強そうで、誰のものでもない彼女が欲しいと思った。

 フェルナンドを操るのが当然と思っている人間ではなくて、自分を歯牙にも掛けない彼女のものになりたいと思った。

 その時、フェルナンドは、彼女に自分の全てを捧げようと心に誓ったのだ。


 ◆


 彼が語っている最中から、イザベラは赤面していたと思う。
 過去のこととはいえ、もう子どもではなかった自分の行動が恥ずかしくて、顔がとても熱い。

 彼はそんなイザベラの手を取って言った。
 
「私はあなたと初めて出会った日から、あなたに人生を捧げているのです」

「あなたのお話を聞いても、やっぱり、なぜそうしようと思ったのか分からないわ」

 照れ隠しも含めてイザベラはそう言うしかない。そこまで想われる意味がやはり分からないのだ。

「私にも、本当はよく分かりません。ただ、惹かれてしまったとしか」

「不思議ね」

「ええ。恋とはそう言うものらしいですよ」

 フェルナンドはまたイザベラに触れるだけの口づけをした。そして、絶対に外では言えないことを言い出した。

「あなたを守るために、私は宰相になりますよ」

「……アーロンを操って? それとも、彼を失脚させて、私を帝位につかせるつもり?」

「それは駄目ですよ。それではあなたが他の男も夫に迎えなければいけなくなる」

 確かにイザベラが女帝になったら、側妃に当たる者を自分の権力基盤を固めるために伴侶として迎える必要が出て来るだろう。

 フェルナンドは「それは許せない」のだとイザベラの手に口づけた。
 彼の嫉妬心を聞かされて、イザベラは悪い気はしなかった。胸の辺りがムズムズする。

 もともとイザベラは、実権があるかどうかも分からない皇帝になりたいと思ったことなどない。

 母が、我が子を帝位につけられなくて嘆いているのを、ただ悲しいと思っていただけだ。
 母がイザベラ自身ではなく、帝位を継ぐことのできる存在だけを求めていたことに幼い頃から気づいていたから。

「影の権力者になればいいのですよ。二人で」

 フェルナンドは、アーロンの弱みは握っているから、と微笑んだ。
 その顔は、いつもの貴公子らしいものとは違う、もっと無邪気で、屈託のないものだった。

 イザベラはそんな彼をまた可愛いらしいと思ってしまった。
 また顔が熱くなってきた気がして、イザベラは彼から顔を背けた。そして、照れ隠しに言う。

「あなたが私を守ってくださる限り、あなたを愛して差し上げてもいいわ」

 彼女がそう言うと、フェルナンドはイザベラを引き寄せ、優しく抱きしめた。

「では、一生を共に」

 イザベラはそう臆面もなく言う彼から、赤くなっているだろう自分の顔を隠すように、彼の胸元に頬を寄せた。
 そして、そのまま眠りにつこうと思った。

 ところが、彼に顎を持ち上げられ、深い口づけをされる。

「さて。愛の告白も終わったことですし、初夜の本番と参りましょうか」

「え、あの、初夜は終わったのではなくて……?」

「たったあれだけで、三年分の欲望が満たされるとでも……?」

 そう言う彼の顔は、あの獰猛な顔だった。それを見た途端、なぜかイザベラの体の奥がまた疼き出す。

 そうして、イザベラは意識を飛ばすまで、フェルナンドに翻弄されて快楽で何も分からなくさせられてしまったのだった。

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