17 / 20
17.出会いの記憶と愛の告白
しおりを挟むフェルナンドは、何代も前が最後とはいえ、宰相さえ輩出し、皇室とも縁を繋いだ名家に生まれた。
彼は昔からどこか達観した子どもで、会う人会う人が仮面を被っているように見えたものだった。
誰も本心を見せようとしないし、弱みを握られまいと虚勢を張っている。その最たる者が彼の父親だった。
そして、彼らと同じように笑い、立ち居振る舞うようになっていく自分に気づきながら、他の自分になれる気もしていなかった。
そんな時、父親から、第一皇女と自分が婚約することになったと聞かされた。
まだ一度も会ったこともないその少女もきっと、自分たちと同じなのだと思っていた。
親の言いなりになるしかない、誰かの言いなりになるしかないだろうつまらない人生を送る。そんな自分には似合いの相手なのだろうと想像していた。
でも違った。
二十歳を迎えようとしていたフェルナンドが初めて会った五歳年下の少女は、丸みを帯びていて優しそうな、目尻の下がった顔をしていた。
彼女は、さすが皇女として教育されたのだと舌を巻くような、美しい所作を見せる。
そんな彼女は、始めは無表情だった。皇帝の正妃とフェルナンドの父親がお世辞を言い合っている間中、何の感情も見せなかった。
しかし、二人で庭園に追いやられた瞬間、彼女の態度は一変した。
彼が話しかけても、聞いているのかいないのか分からない、短い答えしか返ってこない。
そして、段差で手を貸そうとした彼の手を彼女は手で払いのけた。
無礼だと思ってもよかったのだろう。
でも、彼女が少し口を尖らせているのに気づいた。
その表情に、彼女が望みもしない結婚に少しでも逆らおうとしているのだという気がした。
だから、フェルナンドは少し距離を取って、ただ彼女が歩くのについて行った。
自分のことなど気に掛けていないと言いたげなその背中は、彼にある欲望を抱かせた。
この、見た目に反して気が強そうで、誰のものでもない彼女が欲しいと思った。
フェルナンドを操るのが当然と思っている人間ではなくて、自分を歯牙にも掛けない彼女のものになりたいと思った。
その時、フェルナンドは、彼女に自分の全てを捧げようと心に誓ったのだ。
◆
彼が語っている最中から、イザベラは赤面していたと思う。
過去のこととはいえ、もう子どもではなかった自分の行動が恥ずかしくて、顔がとても熱い。
彼はそんなイザベラの手を取って言った。
「私はあなたと初めて出会った日から、あなたに人生を捧げているのです」
「あなたのお話を聞いても、やっぱり、なぜそうしようと思ったのか分からないわ」
照れ隠しも含めてイザベラはそう言うしかない。そこまで想われる意味がやはり分からないのだ。
「私にも、本当はよく分かりません。ただ、惹かれてしまったとしか」
「不思議ね」
「ええ。恋とはそう言うものらしいですよ」
フェルナンドはまたイザベラに触れるだけの口づけをした。そして、絶対に外では言えないことを言い出した。
「あなたを守るために、私は宰相になりますよ」
「……アーロンを操って? それとも、彼を失脚させて、私を帝位につかせるつもり?」
「それは駄目ですよ。それではあなたが他の男も夫に迎えなければいけなくなる」
確かにイザベラが女帝になったら、側妃に当たる者を自分の権力基盤を固めるために伴侶として迎える必要が出て来るだろう。
フェルナンドは「それは許せない」のだとイザベラの手に口づけた。
彼の嫉妬心を聞かされて、イザベラは悪い気はしなかった。胸の辺りがムズムズする。
もともとイザベラは、実権があるかどうかも分からない皇帝になりたいと思ったことなどない。
母が、我が子を帝位につけられなくて嘆いているのを、ただ悲しいと思っていただけだ。
母がイザベラ自身ではなく、帝位を継ぐことのできる存在だけを求めていたことに幼い頃から気づいていたから。
「影の権力者になればいいのですよ。二人で」
フェルナンドは、アーロンの弱みは握っているから、と微笑んだ。
その顔は、いつもの貴公子らしいものとは違う、もっと無邪気で、屈託のないものだった。
イザベラはそんな彼をまた可愛いらしいと思ってしまった。
また顔が熱くなってきた気がして、イザベラは彼から顔を背けた。そして、照れ隠しに言う。
「あなたが私を守ってくださる限り、あなたを愛して差し上げてもいいわ」
彼女がそう言うと、フェルナンドはイザベラを引き寄せ、優しく抱きしめた。
「では、一生を共に」
イザベラはそう臆面もなく言う彼から、赤くなっているだろう自分の顔を隠すように、彼の胸元に頬を寄せた。
そして、そのまま眠りにつこうと思った。
ところが、彼に顎を持ち上げられ、深い口づけをされる。
「さて。愛の告白も終わったことですし、初夜の本番と参りましょうか」
「え、あの、初夜は終わったのではなくて……?」
「たったあれだけで、三年分の欲望が満たされるとでも……?」
そう言う彼の顔は、あの獰猛な顔だった。それを見た途端、なぜかイザベラの体の奥がまた疼き出す。
そうして、イザベラは意識を飛ばすまで、フェルナンドに翻弄されて快楽で何も分からなくさせられてしまったのだった。
2
あなたにおすすめの小説
[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
元婚約者が愛おしい
碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。
留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。
フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。
リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。
フラン王子目線の物語です。
いくつもの、最期の願い
しゃーりん
恋愛
エステルは出産後からずっと体調を崩したままベッドで過ごしていた。
夫アイザックとは政略結婚で、仲は良くも悪くもない。
そんなアイザックが屋敷で働き始めた侍女メイディアの名を口にして微笑んだ時、エステルは閃いた。
メイディアをアイザックの後妻にしよう、と。
死期の迫ったエステルの願いにアイザックたちは応えるのか、なぜエステルが生前からそれを願ったかという理由はエステルの実妹デボラに関係があるというお話です。
立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
死んで初めて分かったこと
ルーシャオ
恋愛
ヴィリジアの王女ロザリアは、大国アルデラ王国のエアル王子の婚約者として王城で暮らしていたが、エアル王子には罵倒され遠ざけられ続け、次第に周辺の人々も近づかなくなっていた。
しかし、エアル王子が故郷ヴィリジアを滅ぼしたことをきっかけに、ロザリアは何もかもを諦める。「殿下。あなた様との婚約は、破棄いたします」、そう宣言して、ロザリアは——。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる