19 / 20
19.異母弟の結婚式
しおりを挟むイザベラとフェルナンドの結婚から五年ほど経ったある日、二人は着飾って皇宮にいた。
それは、一年と少し前に、崩御した父帝の跡を継いで皇帝となった、イザベラの異母弟の結婚式に出席するためだった。
二人は一般の参加者よりも格が高い者しか使用を許されない、主に皇族とその家族が使用する門からそこへ入り、馬車を降りた。
すると、「イザベラお姉様!」と元気な声が聞こえる。
金色の髪に、イザベラよりも濃い青い瞳を輝かせた異母妹が走りたいのを我慢するように、急ぎ足でこちらに向かって来ていた。
八歳になった末の妹のローレシアだ。イザベラの父親の五番目の子で、四番目の皇女だった。
彼女は可愛らしい桃色のドレスに身を包んでいる。
「ローレシア殿下」
イザベラは淑女の礼をし、フェルナンドも静かに頭を下げる。
ローレシアはどうしていいのか分からないと言うように視線を彷徨わせたけれど、そばにいる年配の侍女から耳打ちされて、「顔を上げて」と声を張った。
イザベラは姿勢を元に戻すと、ローレシアに微笑みかけた。
「殿下のご機嫌はいかがですか?」
「あまりよくないわ。みんな、お兄さま……皇帝陛下の結婚式の準備で忙しいからと、遊んでくれないの!」
腰に手を当てながら、怒ったように言う彼女は、また侍女に耳打ちされて姿勢を正した。
「えっと。ユペール侯爵と夫人のご機嫌はいかが?」
フェルナンドは三年前に隠居した父親から、ユペール侯爵家を受け継いでいる。
そのフェルナンドが、小さな皇女殿下に向かって、うやうやしく腰を折る。
「殿下にお会い出来まして、大変光栄でございます」
「私も、殿下にお会い出来て嬉しいのです。よろしければ、式が始まるまでの間、ご一緒に過ごされませんか? お母上も準備でお忙しいでしょう」
前皇帝の最後の側妃となったローレシアの母親は、娘にほとんど関心を示さない。
だから、その気持ちの分かるイザベラは、この妹に特別に親切にしている。
他にも二人いる妹たちは、両者ともこの数年のうちに他国へ嫁いだ。
ユペール侯爵となり、副宰相の地位にいるフェルナンドの采配によって。
まだ今は、異母弟である皇帝アーロンの叔父であるカーディ侯爵が宰相の地位にいる。
しかし、この結婚式が終わったら、皇帝の信頼厚いフェルナンドが正式に宰相の位に就くと決まっている。
もう何年も、実質的な宰相はフェルナンドだった。
カーディ侯爵は若い妾たちに夢中らしく、今では滅多に宮廷に姿を現さない。
一緒に話が出来ると大喜びのローレシアと一緒に控えの間で待つ間、彼女に聞かれるままに、三人の子どもたちの話をする。
この五年間でイザベラは三人の子どもを産んだ。第一子は男の子で、二人目と三人目は女の子だ。
ローレシアはずっとその子たちに会いたがっているけれど、それはまだ実現していない。
一番上の子でも、とても皇女殿下に会わせられる年齢ではないからだ。
そんな話をしていると、侍従が三人を呼びに来た。
ついに皇帝の結婚式が始まるのだ。
◆
その会場はとても華やかに飾り立てられていた。
皇帝の結婚なのだから当たり前ではあるけれど、その場所は五年前に自分が式を挙げた場所でもある。
イザベラがフェルナンドと視線を交わしながら、その頃を懐かしく思い返していると、皇帝の入場が告げられた。
二十一になった弟は、正妃に迎えた国内の高位貴族の令嬢に手を貸すでもなく、さっさと玉座に座った。
令嬢も表情ひとつ変えず、夫となる人の隣の席に座る。
二人には笑顔すらない。
イザベラたちの周囲では、小声ながら、「この結婚は大丈夫か」と囁き合う声が聞こえた。
実のところ、この結婚は、白い結婚を貫くと、お互いの合意の上で秘密裏に決められている。
皇帝は今の愛人を寵愛し、側妃にしたがっている。
そして、正妃となる令嬢は身分違いの騎士と恋仲で、三年後にはその相手と結ばれることになっているのだ。
皇帝には側妃に出来ない身分の愛人がいることも、その愛人との間に何人も子どもがいることも広く知られている。
しかし、側妃ですらない者の子に皇位継承権は認められていないため、事情を知らない者たちは、この結婚は皇帝が世継ぎをもうけるためのものだと思っている。
だが、実際は違うのだ。この白い結婚を終えたら、いよいよ愛人をどこか名のある家の養女にして、側妃に出来ると誰かが皇帝に入れ知恵をした。
三年間、子を授からなければ、正妃とであっても離縁が出来ると定められているからだ。
だから、皇帝はこの結婚を喜んで受け入れた。
これはフェルナンドとその側近、そしてイザベラだけが知ることだ。
玉座に座る弟は、落ち着きなく、しきりに足を動かしている。
彼にはもう、以前周囲に見せていたような利発さや輝かしいまでの笑顔はない。
すっかり、快楽漬けの生活から抜け出せなくなってしまっていて、本来の年齢よりもずいぶんと老けて見えた。
式は滞りなく進み、皇帝は正妃を迎えた。
会場はやや冷めた雰囲気ながら、皇帝の結婚を祝ったのだった。
そして、その一週間後に、フェルナンドは宰相に任じられた。
6
あなたにおすすめの小説
[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
元婚約者が愛おしい
碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。
留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。
フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。
リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。
フラン王子目線の物語です。
いくつもの、最期の願い
しゃーりん
恋愛
エステルは出産後からずっと体調を崩したままベッドで過ごしていた。
夫アイザックとは政略結婚で、仲は良くも悪くもない。
そんなアイザックが屋敷で働き始めた侍女メイディアの名を口にして微笑んだ時、エステルは閃いた。
メイディアをアイザックの後妻にしよう、と。
死期の迫ったエステルの願いにアイザックたちは応えるのか、なぜエステルが生前からそれを願ったかという理由はエステルの実妹デボラに関係があるというお話です。
立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
死んで初めて分かったこと
ルーシャオ
恋愛
ヴィリジアの王女ロザリアは、大国アルデラ王国のエアル王子の婚約者として王城で暮らしていたが、エアル王子には罵倒され遠ざけられ続け、次第に周辺の人々も近づかなくなっていた。
しかし、エアル王子が故郷ヴィリジアを滅ぼしたことをきっかけに、ロザリアは何もかもを諦める。「殿下。あなた様との婚約は、破棄いたします」、そう宣言して、ロザリアは——。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる