【完結】だって、あなたは敵でしょう?

針沢ハリー

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19.異母弟の結婚式

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 イザベラとフェルナンドの結婚から五年ほど経ったある日、二人は着飾って皇宮にいた。

 それは、一年と少し前に、崩御した父帝の跡を継いで皇帝となった、イザベラの異母弟の結婚式に出席するためだった。

 二人は一般の参加者よりも格が高い者しか使用を許されない、主に皇族とその家族が使用する門からそこへ入り、馬車を降りた。

 すると、「イザベラお姉様!」と元気な声が聞こえる。

 金色の髪に、イザベラよりも濃い青い瞳を輝かせた異母妹が走りたいのを我慢するように、急ぎ足でこちらに向かって来ていた。

 八歳になった末の妹のローレシアだ。イザベラの父親の五番目の子で、四番目の皇女だった。
 彼女は可愛らしい桃色のドレスに身を包んでいる。


「ローレシア殿下」

 イザベラは淑女の礼をし、フェルナンドも静かに頭を下げる。

 ローレシアはどうしていいのか分からないと言うように視線を彷徨わせたけれど、そばにいる年配の侍女から耳打ちされて、「顔を上げて」と声を張った。

 イザベラは姿勢を元に戻すと、ローレシアに微笑みかけた。

「殿下のご機嫌はいかがですか?」

「あまりよくないわ。みんな、お兄さま……皇帝陛下の結婚式の準備で忙しいからと、遊んでくれないの!」

 腰に手を当てながら、怒ったように言う彼女は、また侍女に耳打ちされて姿勢を正した。

「えっと。ユペール侯爵と夫人のご機嫌はいかが?」

 フェルナンドは三年前に隠居した父親から、ユペール侯爵家を受け継いでいる。
 そのフェルナンドが、小さな皇女殿下に向かって、うやうやしく腰を折る。

「殿下にお会い出来まして、大変光栄でございます」

「私も、殿下にお会い出来て嬉しいのです。よろしければ、式が始まるまでの間、ご一緒に過ごされませんか? お母上も準備でお忙しいでしょう」

 前皇帝の最後の側妃となったローレシアの母親は、娘にほとんど関心を示さない。
 だから、その気持ちの分かるイザベラは、この妹に特別に親切にしている。

 他にも二人いる妹たちは、両者ともこの数年のうちに他国へ嫁いだ。
 ユペール侯爵となり、副宰相の地位にいるフェルナンドの采配によって。


 まだ今は、異母弟である皇帝アーロンの叔父であるカーディ侯爵が宰相の地位にいる。
 しかし、この結婚式が終わったら、皇帝の信頼厚いフェルナンドが正式に宰相の位に就くと決まっている。

 もう何年も、実質的な宰相はフェルナンドだった。
 カーディ侯爵は若い妾たちに夢中らしく、今では滅多に宮廷に姿を現さない。

 
 一緒に話が出来ると大喜びのローレシアと一緒に控えの間で待つ間、彼女に聞かれるままに、三人の子どもたちの話をする。

 この五年間でイザベラは三人の子どもを産んだ。第一子は男の子で、二人目と三人目は女の子だ。

 ローレシアはずっとその子たちに会いたがっているけれど、それはまだ実現していない。
 一番上の子でも、とても皇女殿下に会わせられる年齢ではないからだ。

 そんな話をしていると、侍従が三人を呼びに来た。
 ついに皇帝の結婚式が始まるのだ。


 ◆


 その会場はとても華やかに飾り立てられていた。
 皇帝の結婚なのだから当たり前ではあるけれど、その場所は五年前に自分が式を挙げた場所でもある。

 イザベラがフェルナンドと視線を交わしながら、その頃を懐かしく思い返していると、皇帝の入場が告げられた。

 二十一になった弟は、正妃に迎えた国内の高位貴族の令嬢に手を貸すでもなく、さっさと玉座に座った。
 令嬢も表情ひとつ変えず、夫となる人の隣の席に座る。
 二人には笑顔すらない。

 イザベラたちの周囲では、小声ながら、「この結婚は大丈夫か」と囁き合う声が聞こえた。

 
 実のところ、この結婚は、白い結婚を貫くと、お互いの合意の上で秘密裏に決められている。

 皇帝は今の愛人を寵愛し、側妃にしたがっている。
 そして、正妃となる令嬢は身分違いの騎士と恋仲で、三年後にはその相手と結ばれることになっているのだ。

 
 皇帝には側妃に出来ない身分の愛人がいることも、その愛人との間に何人も子どもがいることも広く知られている。

 しかし、側妃ですらない者の子に皇位継承権は認められていないため、事情を知らない者たちは、この結婚は皇帝が世継ぎをもうけるためのものだと思っている。

 だが、実際は違うのだ。この白い結婚を終えたら、いよいよ愛人をどこか名のある家の養女にして、側妃に出来ると誰かが皇帝に入れ知恵をした。

 三年間、子を授からなければ、正妃とであっても離縁が出来ると定められているからだ。
 だから、皇帝はこの結婚を喜んで受け入れた。

 これはフェルナンドとその側近、そしてイザベラだけが知ることだ。


 玉座に座る弟は、落ち着きなく、しきりに足を動かしている。
 彼にはもう、以前周囲に見せていたような利発さや輝かしいまでの笑顔はない。

 すっかり、快楽漬けの生活から抜け出せなくなってしまっていて、本来の年齢よりもずいぶんと老けて見えた。


 式は滞りなく進み、皇帝は正妃を迎えた。
 会場はやや冷めた雰囲気ながら、皇帝の結婚を祝ったのだった。


 そして、その一週間後に、フェルナンドは宰相に任じられた。

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