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マリアーナは運命に逆らう
9.新国王の思惑
しおりを挟むアルベルトは国王としては軽装で、前の国王も使用していたという執務室にいた。
靴が埋まるほどに毛足の長い絨毯に舌打ちしたくなる。
アルベルトはいざという時に邪魔になりそうな物は全て取り除かせようと決めながら、執務机の椅子に座った。
目の前には少年時代からの仲間でもある二人の部下が立っていた。
二人の表情は正反対だった。
アルベルトよりも一つ年上のマウリは二十八歳だ。実年齢よりも老けて見えるのを気にしている彼は、なるべく笑顔を心がけている、らしい。
しかし、今は怒り顔で腕を組んで立っている。黒髪に黒い瞳の彼は、背が高く威圧感があるが、慣れているので気にならない。
二十五歳のエンシオは穏やかな笑顔を浮かべていた。麦わら色の髪は短く整えられ、彼が振るう豪剣からは信じられないほどその体は細身だ。
笑うと青いはずの瞳が隠れる。だから、どこか本心を読めない印象を人に与える。
「俺が、あの王女様のお守り?」
マウリが低い声で、そう不満をあらわにする。
なだめるように「もう王妃様だから」と言ったエンシオの言葉にも、彼は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
この二人は、これまで自分たちを虫けらのように扱ってきた人間をよく思っていない。
しかし、マリアーナの身の安全を確保するために適任なのは、絶対に裏切らないだろう、この二人しかいない。
昨日、王女とアルベルトの婚姻が発表された。そして、今日、王宮でその披露を行うと、街中を巡回する部下たちに触れまわらせている。
街中に住む平民たちは、王女に隣国の王子という立派な婚約者がいたのを知っている。彼らは、その王女が急に平民出身のアルベルトと婚姻を結んだのに、さぞ驚いていることだろう。
そして、それと同時に国王が退位し、一介の将軍に過ぎなかったアルベルトがその座に就く。主だった貴族も宮廷内での地位を手放した。
それを聞けば、誰しもが理解ができるはずだ。この国では大きな政変が起きたのだと。そして、その立役者であるアルベルトが国王になるのだと。
アルベルトが国を乗っ取ったなどと自ら説明をするはずもないから、彼らも大っぴらにそうとは口に出さない。
しかし、それを聞いた住民たちからは「暮らしがよくなるのでは」という期待の声が聞かれると報告が上がってきている。
彼らは貴族たちの、自分たちの暮らしとはかけ離れた、豊かな生活を見聞きしてきた。
平民の暮らしを知っている者が国王になったことなどない。しかし、今それが起こっている。アルベルトは彼らの期待に応えるつもりでいた。
また、当然、下級貴族たちにも、この婚姻の話は伝えられている。
以前から「このままではエイノール王国は衰退に向かいますな」と言った会話が酒の席でよくされているのを、下級貴族らとともに宴席に居合わせていたアルベルトは知っている。
彼らは、何とかして王宮で官吏の地位を得ても、大貴族との縁戚関係でもなければ下級官吏のまま人生を終えることになる。
縁故によって高い地位を得た者が真面目に仕事に打ち込むことは少ない。その不真面目な上役が手柄を横取りするために、自分自身は出世のしようがないのだ。
そんな不満が彼らの間でくすぶり続けていた。
それだけではない。王宮勤めとは関係のない下級貴族たちなどは、彼らの横暴や無関心のせいで苦労が絶えなかった。
下級貴族の領地で干ばつや水害、盗賊被害、敵襲などが起こると、彼らはまず地方をまとめる大貴族に救援を要請する。そして、大貴族からでないと国に知らせても軽視される。
しかし、大貴族はたいした助けはよこさない。国まで情報が届いても決裁をする者の動きが遅ければ、救援が届くのには時間がかかる。
アルベルトは正規兵になってから国中を回った。
面倒事は、主に平民で構成されるアルベルトの部隊に押し付けられていたという事情もあるが、それはアルベルトの評判を各地に広げる結果になった。
アルベルトは軍への救援要請があると聞くと、命令が出る前に準備をし、誰よりも早くそこへ向かった。
そして、華々しく登場して見せれば、助けられた側はアルベルトしか目に入らなくなる。後から他の部隊がやってきても、だ。
マリアーナという、れっきとした王家の血筋と婚姻を結んだアルベルトを拒む理由は彼らにはない。
法律的には、伯爵家の人間となっているアルベルトが王女と結ばれるのは認められている。
そのアルベルトが静かに革命を起こした。それによって、これまで平民や下級貴族たちから富や名誉を一方的に奪ってきた大貴族たちが一掃されたのだ。
これを好機ととらえる下級貴族が多いのは、昨日この発表がされてから、新国王への協力を申し出る者が大勢いることから、はっきりと分かっている。
アルベルトは、国のあり方に不満を持っていた下級貴族や、これまで王宮には下働きでしか勤められなかった平民たちを国政に関わらせていくつもりでいる。
しかし、懸念点はある。王都にいなかった大貴族、その家族や家臣ら全てを捕らえているわけではないから、それにも対処していかなくてはならない。
ただ、アルベルトに逆らおうとしても無駄だ。彼らは国軍に敵うような兵力は、とうの昔に手放してしまっているのだから。
いずれ、それらの者とは何らかの取り引きをすることになるだろう。
そのような状況だから、アルベルトの国王としての地位を保証してくれるマリアーナに何らかの影響をおよぼそうとする者は必ずいるだろう。
だから、彼女は信頼できる人間に守らせなければならないのだ。
そして、同時に、彼女の言動を見張らせなければならない。
昨夜は素直に体を差し出してきたとはいえ、心の内までは知りようがない。
「今日はお前たちに任せたい。アークラとブラントにも交代させるが、お前たちのうちどちらか一人は、彼女のそばにいてくれ」
アルベルトが自分たちが置かれた状況を改めて説明しつつ、そう言うと、二人は内心はともかく、それぞれの表情でその役目を引き受けると頷いた。
「まあ、これからはあいつらが俺たちの役に立つ番だしな」
「世継ぎは作らせませんとね」
マリアーナを軽んじる発言をした二人にアルベルトは釘を刺した。彼女は何も知らない、気楽な王族ではないかもしれないと。
「侮るなよ」
「何がです?」
「カンナス伯爵の件を言い当てられたぞ」
「あの王女……王妃様が?」
アルベルトは静かに頷いた。
「こちらに逆らう様子はないが、何か考えているかもしれん。元の婚約者はあのベランクの王子だしな」
「ベランク王国が何かの情報を吹き込んだと? 何のために?」
「さあな。彼女の部屋は探らせた。今のところ彼女とベランク王国がそういう意味で繋がっていた証拠はないが、念には念を入れるべきだ」
マウリは面白そうに笑った。エンシオは笑顔を引っ込めて、瞳が見える真顔になっている。
「そういうことは始めに言えよ」
「しっかり見張ります」
アルベルトは二人を送り出すと、官吏たちを呼び入れて仕事を始めた。
平民たちへの婚姻の披露までの時間に、やれるだけのことは済ませなければならない。
アルベルトは信頼できる部下に頼んだ件は心の中から追い出して、仕事に没頭したのだった。
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