59 / 64
番外編② 君が笑顔でいるように 〜エンシオの幸福〜
番外編②-3 王妃と復興計画①
しおりを挟むマリアーナは、子どもたちと一緒に客を迎えていた。元侍女のセシリアだ。今では友人と言った方が正しい。
マリアーナがアルベルトとの間に授かった第一子は男の子で、リカルドと名付けられた。まだ一歳で、何にでも興味を示すやんちゃ盛りだ。
第二子は女の子でフローラと名付けた。まだ乳飲み子だ。
マリアーナは歩き回るリカルドを眺めつつ、よく寝ているフローラを抱いていた。
セシリアも子どもを二人連れている。お互いの子どもたちの年は、ほとんど同じだ。
セシリアの夫で、官吏のクスター・サイシオ子爵も少し離れた席からこちらの様子を見ていた。
アルベルトが盗賊の襲撃を受けているという場所へ兵士を連れて行ってから、四日目のことだった。
王宮内は静かだけれど、子どもについての話が途切れると、どうしてもその話題になる。
「大事ないとよろしいですわね。王妃様」
「ええ。本当にそうね」
そこに、王都に残っている軍団長のアークラと一緒に、アルベルトに先んじて出発して行ったエンシオが顔を出した。
彼も軍団長の一人で、一番初めに、その襲われたという場所に到着したはずだった。
「アルベルトから、王妃様に手紙ですよ。官吏たちへの報告書を持ち帰るついでに渡せと」
エンシオは憔悴しているように見えた。いつもの、少しわざとらしさすら感じる、瞳が見えない笑顔すらない。それだけ余裕がないのだろう。軍服には所々焼けたような跡がある。
マリアーナは夫からの手紙を開いた。細かな文字で綴られたそれを読む。
町の人の約半数が亡くなり、それ以外にも怪我人が大勢いるという。
彼らは移住をさせられることになりそうだと、アルベルトは書いていた。
石造りの建物は残ったものの、それ以外の、主に住民たちの家が燃えてしまい、町としての機能が維持できないのだそうだ。
「ひどい状況だったのね……」
「……そりゃ、戦場だの、盗賊の襲撃現場で、ひどくないことなんて、まずないんでね。俺は数日中には、また戻ります。それまでに手紙の返事を書いておいて下さい」
マリアーナは手紙を読みつつ、彼がそう言うのを聞いていた。
そして、ふとした疑問をぶつけた。
「他の場所に移住すると言うけれど、その後、その方達はどうやって生活していくのかしら」
アークラと顔を見合わせたエンシオが、「そういう人間の一部は他の場所に溶け込んで生活を始めます。それができない者は物乞いになる。それか……」と中途半端に答える。
でも、それが全てを物語っていた。
マリアーナは王妃だ。この国の民を守る責任がある。王女だった時にはそこまで考えが及ばなかったけれど、この何年かで、その心づもりは多少はできたつもりだ。
「おかしなことを言っていたら、そう言っていただきたいのだけれど。本当に町を捨てるしか、方法はないのかしら」
「あ? 簡単に言わないでもらいたいですね。もう、あそこは生活できるような状況じゃないんだ」
「でも、それは移住してもそう変わらないのではなくて? 移住先の、どこかは知らないけれど、そこで自力で生きて行かなくてはいけないのならば、元の町でそうしたら駄目なのかしら」
眉を寄せて怒鳴りそうな顔になったエンシオをアークラが肩を叩いて落ち着かせる。そして、アークラが話し出した。
「実のところ、援助が大変なんですよ。領主がその負担を嫌がる。だったら、生活できる可能性のある場所に連れて行って、自力で何とかさせる方が楽です」
「援助とは、町から瓦礫を取り除いて、新たな家を建てるというだけではないわね?」
アークラは眉根を寄せた。彼も多くの戦場を見てきたはずだ。そして、その場所で暮らしてきた人たちのその後の人生にも触れたに違いない。
「ええ。瓦礫を取り除くのは、消火や、敵の残りが隠れていないか確かめるために兵士がしますよ。家を再建するのは、領主がするか、住民たちがするか、諦めるかです。それよりも、しばらくは食料や医薬品や、何もかも運んでやらねばなりません。建築用の資材もね。そして何よりも健康な人間が必要だ」
「物を買うのや、人を雇うのにお金がかかるのね。でも、資材や食料は運ばなくてはいけなくても、生き残った町の人たちの中には、働ける方は一人も残っていないのかしら。いろいろな職人たちが」
今度は現場を実際に見たエンシオが答えた。
「いや、そこそこ大きな町だから、全員がいなくなったわけじゃないだろうが、怪我人は多い。それに生活に必要な設備がない。石窯が壊れりゃ、パン職人がいてもパンは焼けない」
「では、例えばですけど、窯を作って、材料や職人を送れば、町でも生活が再開できるのかしら。怪我人はどの程度のお怪我かは分からないけれど、軽い方なら治っていくのでは? 幸いこれからは温かくなりますから、しばらくはテント暮らしもできるのではなくて? 石造りの建物も使えるのでしょう?」
アークラが首を振った。
「王妃様。簡単におっしゃいますが、そのための金を負担をするのは領主です。あそこには、そんな余裕はない」
「お金は作ります。宝物庫に私個人の持ち物として残していただいたものがあるから、それをお金に変えましょう」
そこでエンシオが素っ頓狂な声を出した。
「はぁ? なんで、あんたがそこまで……。これは領主の責任でやることで……」
「あら。あなた方はその領主にはその資力がないと言ったわ。移住させても、その後の面倒を見る気がないのだとも。では、他の人間がやればいいのではなくて?」
「それは……」
言葉に詰まったように、エンシオが黙り込んだ。
その横で、あごに手を当てて考え込んでいたアークラが「官吏を呼びましょう。その方が話が早そうだ」と言う。
「料理人たちも連れて来てくださらない? パン焼き窯の作り方を知っている人がいたら、それに必要な材料が分かるかしら。それとも、王宮には窯を作る職人がいるのかしら。その場合は、その方たちの方がいいわね。それから庭師も。畑も焼けてしまったのでは?」
「あ、ああ。畑も半分近くが焼けていた。残った方も、どうせ、収穫できるまでには時間がかかるが」
そこで、それまで黙って聞いていたサイシオ子爵がおずおずと手を挙げる。マリアーナが頷くと彼は話し出した。
「でしたら、最適な者たちを知っています。エンシオ軍団長には、現地の状況を知るためにご同行いただいた方がいいでしょうね。その報告書があっても、現状を知らない者には、実情が伝わるとは限りませんから」
マリアーナは部屋を出て行こうとする彼らの後を追いたかった。
でも、子どもたちを置いていけないと、腕の中のフローラを見つめる。
すると、セシリアがフローラを受け取るように手を伸ばしてきた。とはいえ、彼女も赤子を一人抱いている。
「王妃様。お子様方は侍女と私が」
その声に、侍女長や侍女たちが動き出して、マリアーナの手から赤子を抱き取る。
「お願いするわ」
マリアーナが追いつくと、三人とも意外そうな顔をする。
しかし、サイシオ子爵が、「大勢を集めたいのですが、広間の解放をお許しいただけますか?」と聞いてくれた。
「ええ! もちろんよ!」
マリアーナは、はっきりとそう答えた。
11
あなたにおすすめの小説
白い結婚にさよならを。死に戻った私はすべてを手に入れる。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
商人であった父が、お金で貴族の身分を手に入れた。私というコマを、貴族と結婚させることによって。
でもそれは酷い結婚生活の始まりでしかなかった。悪態をつく姑。私を妻と扱わない夫。夫には離れに囲った愛人がおり、その愛人を溺愛していたため、私たちは白い結婚だった。
結婚して三年。私は流行り病である『バラ病』にかかってしまう。治療費は金貨たった一枚。しかし夫も父も私のためにお金を出すことはなかった。その価値すら、もう私にはないというように。分かっていたはずの現実が、雨と共に冷たく突き刺さる。すべてを悲観した私は橋から身を投げたが、気づくと結婚する前に戻っていた。
健康な体。そして同じ病で死んでしまった仲間もいる。一度死んだ私は、すべてを彼らから取り戻すために動き出すことを決めた。もう二度と、私の人生を他の人間になど奪われないために。
父の元を離れ計画を実行するために再び仮初の結婚を行うと、なぜか彼の愛人に接近されたり、前の人生で関わってこなかった人たちが私の周りに集まり出す。
白い結婚も毒でしかない父も、全て切り捨てた先にあるものは――
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~
猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」
王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。
王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。
しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。
迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。
かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。
故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり──
“冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。
皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。
冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」
一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。
追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、
ようやく正当に愛され、報われる物語。
※「小説家になろう」にも投稿しています
つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました
樹里
恋愛
社交界デビューの日。
訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。
後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。
それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?
里見
恋愛
リュシアーナは、公爵家の生まれで、容姿は清楚で美しく、所作も惚れ惚れするほどだと評判の妃だ。ただ、彼女が第一皇子に嫁いでから三年が経とうとしていたが、子どもはまだできなかった。
そんな時、夫は陰でこう言った。
「完璧な妻だと思ったのに、肝心なところが欠陥とは」
立ち聞きしてしまい、失望するリュシアーナ。そんな彼女の前に教え子だった魔法使いが現れた。そして、魔法使いは、手を差し出して、提案する。リュシアーナの願いを叶える手伝いをするとーー。
リュシアーナは、自身を子を産む道具のように扱う夫とその周囲を利用してのしあがることを決意し、その手をとる。様々な思惑が交錯する中、彼女と魔法使いは策謀を巡らして、次々と世論を操っていく。
男尊女卑の帝国の中で、リュシアーナは願いを叶えることができるのか、魔法使いは本当に味方なのか……。成り上がりを目論むリュシアーナの陰謀が幕を開ける。
***************************
本編完結済み。番外編を不定期更新中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる