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歪む日常

右ストレート

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「...という訳です」


時間もたっぷりあるので、あらいざらい話した。

しばらく沈黙が続いた...
無理もない、オカルト同好会らしい話題が今年度初めて出てきたようなものなのだから...


「じゃ、じゃあき、キスしたってのか? わ、渡辺ぇ...?」

ワナワナとする上田よ、そこはどうでもいいだろうが

「何だ今のは? 自慢話か?」

睨む天野よ、話をちゃんと聞いていたのか

そんなふざけた二人を差し置いて真面目に聞いてくれているのは小島と部長。
部長は変わらず目を閉じてうなづき、
小島は不安そうにまでしてくれている。


「ちゃんと話を聞いていなかった奴もいるようだが、
 今話したことは信じられないようでも、恐ろしい実話で――」

「部長、今したコイツの話がカギになるんですかい?」

小悪党のように部長に迫って聞く天野、
どうしても俺のリア充っぷりが許せんのだろう
悲劇的な部分は差し置いて、浮ついた話そういう話しかアイツは聞いていなさそうだ。

そしてゆっくりと部長は目を、口を開けた


「...渡辺...彼女に押し倒されたと言っていたが」

そこだけ切り取って言われると誤解されそうだが...
上田が更に顔を赤くしたような気がする

「その後のお前の殴りも止められたのだったな...?」

「ええ...そうですけど」

あの時はまさか黒田さんだと思わなかったからビックリした。


「...渡辺、立て」

「へ?」

「いいから私の前に立て...」

そういうと立ち上がって待っている
訳も分からず俺も立ち上がって部長の前に立つ。
改めて対峙した時のこの人の威圧に圧倒される


「では...お前が放ったという右ストレートを俺に放ってみろ...」

「え...?」

「やれ...」

「で、でも――」

「やれっ!」

部長から発せられた腹から出された声に部屋の中の全員がビクッと驚いた
この中では誰も和田さんの大声など初めてだろう...


「わ、分かりました...」

乗り気ではないが...
俺も男だ、売られた喧嘩...のようなものは買わねばならない気がする。
格闘技選手の見よう見まねの構えを取る

室内に緊張が走る


「だあっ!!」

襲われたあの時を想起して全力の一撃を繰り出す!

そして

その右ストレートは

まともに部長の顔に入ってしまった


「「「あっ!」」」

見ていた3人の驚愕が声に出る

カランと音を立てて落ちた部長のメガネ、
誰もが戦慄した


「なるほどぉ...」

腕をすぐさま引いて体もじりじりと部長から退く。
何をされるか分かったもんじゃない


「いや、渡辺よ...私がさせたことだ...一切怒りは感じていない...」

そうして一切こちらを振り返らず
静かにメガネの方に歩いて行って拾い上げて着けると


「今ので分かった...並大抵の瞬発力では渡辺の右ストレートは止められないと...」

ただそう呟いた


誰しもが

わざわざやる必要はあったのか...?


という雰囲気を隠せずにしばらく、
また沈黙が続いた。
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