処刑されるはずの悪役令嬢、なぜか敵国の「冷徹皇帝」に拾われる ~「君が必要だ」と言われても、今さら国には戻りません~

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第14話 二度目の手紙「君が必要だ」

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 ルミナス王国の王城前広場での「公開決別」から、数時間が経過した。  アルフォンス王子が民衆の罵声を浴びながら連行されていった後、王城は帝国軍によって完全に制圧された。  といっても、それは暴力的な占領ではなかった。  飢えと寒さに震える国民たちに、帝国軍は迅速に食料と毛布を配布し、壊れたインフラの応急処置を開始したのだ。  その指揮を執っているのが、かつてこの国を追放された「悪役令嬢」である私だと知った時、民衆の熱狂は頂点に達していた。

「リーゼロッテ様! こちらの区画、水道管の圧力が安定しました!」 「南街区の魔導暖房、再起動に成功! 住民たちが泣いて喜んでいます!」

 王城の一室に設けられた臨時対策本部には、次々と朗報が飛び込んでくる。  私は広げた図面に次々と指示を書き込みながら、的確な指令を飛ばし続けた。

「第三ゲートの結界濃度を下げて。その分の魔力を病院の電力に回してちょうだい。今は防衛よりも人命救助が最優先よ」 「ハッ! 直ちに!」

 帝国の技術者たちと、かつての部下だった王国の魔導師たちが、私の指示の下で手を取り合って働いている。  王国の魔導師たちは最初こそ気まずそうにしていたが、私が「今は過去を問う時ではありません。手を動かしなさい」と一喝すると、憑き物が落ちたように働き始めた。  彼らもまた、無能な上層部に振り回されていた被害者だったのだ。

「……見事な手腕だ」

 ふと、背後から声をかけられた。  ジークハルトだ。彼は私のために淹れたてのハーブティーを持ってきてくれていた。

「少し休め。貴様が倒れたら、この国の復興はそこで終わるぞ」 「ありがとう、ジーク。……でも、もう少しだけ。地下水路の浄化システムだけは、今日中に復旧させないと」

 私がカップを受け取ると、彼は呆れたように、しかし愛おしそうに私の頭を撫でた。

「貴様は本当にお人好しだな。……あんなに酷い仕打ちをした国のために、ここまでしてやるとは」 「国のためではありません。……そこで暮らす人々と、この土地に罪はないからです」

 私は窓の外を見た。  夕闇が迫る中、街のあちこちに明かりが灯り始めている。  かつて私が守り、そして失われた光景。  それをもう一度、自分の手で取り戻せたことには、確かな達成感があった。

「それに……まだ、やり残したことがありますから」

 私の言葉に、ジークハルトは真剣な表情で頷いた。

「ご両親のことだな」 「はい」

 私の実家、エーデル公爵家。  王子の横領の罪を被せられた私への「連座」として、取り潰しの憂き目に遭った。  父と母は捕らえられ、王城の地下牢に幽閉されていると聞いている。  無事だろうか。  寒さに凍えていないだろうか。  不安が胸をよぎる。

「安心しろ。……すでに部下を向かわせている。丁重に保護し、こちらへ連れてくる手はずだ」 「本当ですか!?」 「ああ。私の義理の両親になる方々だ。粗相があってはならんからな」

 彼はさらりと「義理の両親」と言ってのけた。  私は顔が熱くなるのを感じたが、今はその頼もしさが何よりも嬉しかった。

 その時、部屋の扉がノックされ、フランツ宰相が入ってきた。  彼の表情は、どこか渋い。手には一通の封書を持っている。

「……陛下、リーゼロッテ様。保護した元王国の高官から、一通の書状を預かりました」 「書状?」 「はい。……幽閉中の国王、フリードリヒ陛下からの『親書』だそうです」

 国王。アルフォンス王子の父。  病弱で政務を王子に丸投げしていたとはいえ、腐っても一国の主だ。  帝国の介入と、王子の失脚を知り、何か言ってきたのだろうか。

「……読もう」

 ジークハルトが手紙を受け取り、封を切った。  彼はざっと目を通すと、鼻で笑い、手紙を私に放り投げた。

「……読んでみろ。呆れてものも言えん」

 私は恐る恐る手紙を広げた。  そこには、震える筆跡で、信じがたい内容が綴られていた。

『親愛なるリーゼロッテ嬢へ

 此度の帝国の介入、誠に感謝する。  愚かな息子アルフォンスの暴走により、君に多大なる苦労をかけたこと、心より詫びよう。  アルフォンスは廃嫡とし、王位継承権を剥奪した。彼はもはや王族ではない。

 さて、ここからが本題だ。  我が国は今、指導者を失い、存亡の危機にある。  民衆は君を求めている。君の魔導技術と、その慈悲深い心こそが、この国を救う唯一の希望だ。

 そこで提案がある。  君を、我が国の「女王」として迎えたい。  アルフォンスに代わり、君が玉座に座るのだ。  君の実家である公爵家の名誉回復はもちろん、君を王国の最高権力者として遇することを約束する。  帝国との関係も、君がいれば円滑に進むだろう。

 君が必要です。  どうか、過去の恩讐を越えて、この老いぼれを、そして国を助けてほしい。    ルミナス国王 フリードリヒ』

 読み終えた私は、深い深いため息をついた。   「……どこまでも、図々しい人たちね」

 自分の息子がしでかしたことの責任を取るどころか、被害者である私に「女王になれ」だって?  聞こえはいいが、要するに「君の能力と、帝国のバックアップが欲しいから、戻ってきて泥舟の舵を取ってくれ」ということだ。  私を便利な道具としてしか見ていない点は、親子そっくりだ。

「どうする? 女王陛下になりたいか?」

 ジークハルトが皮肉っぽく笑う。

「まさか。……あんなカビ臭い玉座に縛り付けられるなんて、死んでも御免です」

 私は即答し、手紙をテーブルに置いた。

「それに、私の上司は世界でただ一人。……貴方だけですから」 「……合格だ」

 ジークハルトは満足げに私の腰を引き寄せ、髪にキスをした。

「国王には後で『丁寧な』返事を書いてやろう。『彼女の時給は高いぞ。国を三つほど売れば雇えるかもしれんが?』とな」 「ふふ、それいいですね」

 私たちは顔を見合わせて笑った。  かつては絶対的な権力者として恐れていた国王の言葉が、今はただの戯言にしか聞こえない。  それが、私がこの数週間で得た「強さ」の証だった。

 ◇

 それから一時間後。  私はジークハルトと共に、王城の地下へと向かった。  湿っぽく、暗い石造りの廊下。  かつて私も放り込まれそうになった場所だ。

「……この奥の特別房に、ご両親がいる」

 案内された鉄格子の前で、私は足を止めた。  心臓が早鐘を打つ。  鍵が開けられ、重い扉が開く。

 薄暗い部屋の中に、二つの人影があった。  粗末なベッドに寄り添うように座っていた初老の男女。  やつれてはいるが、その背筋は凛と伸びていた。  父と母だ。

「……お父様、お母様」

 私の声に、二人がゆっくりと顔を上げた。  その瞳が、私を捉え、大きく見開かれる。

「……リーゼ? リーゼロッテなのか?」 「まあ……! 夢を見ているのかしら……」

 母がよろめきながら立ち上がり、私の方へ手を伸ばした。  私は駆け寄り、格子のない開かれた入り口で、母を抱きしめた。

「お母様! ごめんなさい、遅くなって……!」 「ああ、リーゼ……! 生きていたのね……! 無事だったのね……!」

 母の体は痩せて小さくなっていたが、その温もりは昔のままだった。  父も歩み寄り、私たち二人を大きな腕で包み込んだ。

「よかった……本当によかった。お前が無事なら、私たちはどうなってもいいと……それだけを神に祈っていたんだ」

 父の声が震えている。  いつも厳格だった父が、子供のように泣いていた。  私のために、冤罪の汚名を着せられ、地位も名誉も奪われたのに、彼らは一言も私を責めなかった。ただ、私の無事を喜んでくれている。

 これが家族だ。  アルフォンス王子や国王が決して持っていなかった、本物の絆。

「……感動の再会中、失礼する」

 低い声が響き、両親がビクリと体を震わせた。  入り口に立つジークハルトの存在に、ようやく気づいたようだ。  漆黒の軍服。圧倒的な覇気。  どう見ても、敵国の将軍か、あるいは死神にしか見えないだろう。

「ひぃッ!? て、敵襲か!?」 「リーゼ、下がりなさい! お父様が守るから!」

 父が私の前に立ちはだかり、素手でジークハルトを威嚇する。  魔力も武器もない老人が、最強の皇帝相手に。  その無謀な勇気に、私は涙が出るほど愛しさを感じた。

「待って、お父様! 違うの、この人は……!」 「お初にお目にかかります、お義父上」

 ジークハルトは父の威嚇を気にも留めず、優雅に一礼した。  その所作は完璧な貴族の礼儀に則っていた。

「ガルガディア皇帝、ジークハルト・ヴォルフ・ドラグーンです。……娘さんを、私にください」

 ……え?  今、このタイミングで?

 父と母は、ポカンと口を開けて固まった。  思考が追いついていないようだ。  無理もない。「敵国の皇帝」が「娘をくれ」と言っているのだから、「人質として連れて行く」という意味に聞こえてもおかしくない。

「ま、待て。娘をどうするつもりだ! 処刑するなら私を先に……!」 「いえ、そうではなく。……結婚を前提にお付き合いさせていただいております」

 ジークハルトは真顔で言った。

「彼女は私の命の恩人であり、帝国の英雄であり、そして……私の最愛の女性です。必ず幸せにしますので、どうか認めていただきたい」

 帝国の皇帝が、罪人の姿をした没落貴族に頭を下げている。  その光景はあまりにシュールで、そして誠実だった。

「……リーゼ、本当なのか?」

 母が信じられないという顔で私を見た。  私は顔を赤くしながら、こくりと頷いた。

「はい。……ジークは、私を救ってくれました。私の才能を認めてくれて、大切にしてくれて……。私、この人のことが好きなんです」

 私の言葉を聞いて、両親は顔を見合わせ、それから深く息を吐いて力が抜けたようにへたり込んだ。

「……そうか。あの『氷の皇帝』が、まさか……」 「世の中、何が起こるか分からないわね……」

 父は苦笑いしながら立ち上がり、ジークハルトを真っ直ぐに見つめた。

「陛下。……娘は、不器用で損ばかりする子です。人のために無理をして、自分を犠牲にしてしまう。……貴方に、その娘を守り抜く覚悟はおありですか?」 「あります。……私の全生涯と、帝国の全勢力をかけて、彼女を守り抜きます」

 ジークハルトは即答した。  父はその瞳の奥にある揺るぎない意志を見て取り、満足げに頷いた。

「……よろしい。娘を頼みましたぞ」 「はい。必ず」

 男同士の固い握手が交わされた。  私はその様子を見ながら、嬉し涙を拭った。  私の大切な人たちが、こうして繋がってくれたこと。  それが何よりも嬉しかった。

 ◇

 両親の救出を終え、地上に戻ると、フランツ宰相が待ち構えていた。

「陛下、国王陛下……いえ、フリードリヒ氏との会談の準備が整いました」

 そう。  まだ最後の仕事が残っている。  私に「女王になれ」と言ってきた、あの厚かましい手紙の返事をしに行かなければならない。

 通されたのは、王城の最上階にある『王の間』。  そこには、病み上がりの老王フリードリヒが、豪奢な椅子に座って待っていた。  周りには数人の側近がいるが、皆、帝国兵に囲まれて怯えきっている。

「おお、リーゼロッテ嬢! 来てくれたか!」

 フリードリヒは私を見るなり、満面の笑みで立ち上がった。  まるで、私が彼の手紙を受け入れて戻ってきたと信じ込んでいるようだ。  その隣に立つ、黒いオーラを纏ったジークハルトの存在が見えていないのだろうか。

「さあ、こちらへ。玉座は用意してある。……君が女王になれば、民衆も鎮まる。帝国の支援も得られる。万々歳だ」

 彼は手を広げて私を迎え入れようとした。  私は一歩も動かず、冷ややかに言った。

「お断りします」 「……は?」 「私は女王になる気はありませんし、この国に戻る気もありません。……私は帝国へ帰ります」

 フリードリヒの笑顔が凍りついた。

「な、何を言っているんだ? これは君のためでもあるんだぞ? 公爵家の名誉も回復できるし……」 「名誉?」

 私は鼻で笑った。

「私たち家族の名誉なら、自分たちで守ります。貴方たちがくれた泥まみれの名誉など、要りません」 「だ、だが、君がいなければこの国はどうなる!? インフラは? 経済は? 誰が立て直すんだ!」

 彼は本性を現し、喚き始めた。  結局、彼は自分の老後の安泰と、王家の存続しか考えていないのだ。

「それは、貴方たちが考えることです」

 私は突き放した。

「今まで私に押し付けてきたツケを、自分たちで払う番が来ただけです。……頑張ってくださいね、元国王陛下」

 私が背を向けると、フリードリヒは「待て! 行くな!」と叫びながら、私を捕まえようと手を伸ばしてきた。  その瞬間。

 ザッ!

 ジークハルトが私の前に割り込み、フリードリヒの手首を掴んだ。  バキリ、と嫌な音がする。

「痛っ……!?」 「……私の婚約者に、気安く触れるな」

 ジークハルトの声は、地獄の底から響くようだった。

「彼女はすでに、帝国の保護下にある。これ以上、彼女にしつこくつきまとうなら……この国への人道支援を全て打ち切り、焦土に変えるが、それでもいいか?」

 その言葉に、フリードリヒは顔面蒼白になり、ガタガタと震え出した。  支援が打ち切られれば、彼らは明日にも餓死するか、暴徒化した民衆に八つ裂きにされる。  それが分かっているから、彼はもう何も言えなかった。

「……行くぞ、リーゼロッテ」 「はい」

 私たちは呆然とする元国王を残し、王の間を後にした。  長い廊下を歩きながら、私は一度だけ振り返った。  そこにあったのは、かつて私が憧れ、尽くそうとした王国の残骸。  でも、今の私には、それはただの「過去の風景」にしか見えなかった。

 城の外へ出ると、夜空には満月が輝いていた。  空気は澄んでいて、冷たいけれど心地よい。  帝国軍のテントからは、温かいスープの香りと、人々の安らかな寝息が聞こえてくる。

「……終わりましたね」 「ああ。……これで、心置きなく私の元へ来れるな」

 ジークハルトが私の肩を抱く。  そこへ、保護された両親が駆け寄ってきた。

「リーゼ! 待っていたよ!」 「さあ、行こう。……新しいお家へ」

 母が私の手を取る。  右手にジークハルト。左手に両親。  私の手は、温もりで満たされていた。

「はい。……帰りましょう、私たちの帝国へ」

 私たちは飛竜に乗り込み、北の空へと飛び立った。  眼下で小さくなっていく祖国に、私は別れの言葉を告げなかった。  必要なかったからだ。  私の未来は、あの星空の向こう、輝く帝都にあるのだから。

 こうして、私の「悪役令嬢」としての物語は終わりを告げた。  そして明日からは、「帝国の女神」として、そして「皇帝の最愛の妻」としての、新しい章が始まるのだ。

 風が、私の頬を優しく撫でていった。  それは、祝福のように感じられた。
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