追放された悪役令嬢、魔界で家庭教師になる。「人間は怖い」と教えたら、魔王の息子たちが「先生を泣かす人間は滅ぼす」と過保護な最強軍団になった件

六角

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第8話 教育の成果1(物理)

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 魔王城の大食堂、その一角に設けられた特設キッチンには、本日も熱気と甘い香りが充満していた。  先日の嘆願書を受けて開催が決まった、私アリアによる特別講義――その名も『アリア先生の家庭科教室・魔界出張版』である。

「いいですか、皆さん。料理というのは力任せではいけません。素材と対話をするのです」

 私は白いエプロン(ゼスト様が『家庭的で素晴らしい』と絶賛して用意してくださった)を身につけ、教壇代わりの調理台の前に立っていた。  目の前には、コック帽を被ったオークや、メモ帳を握りしめたゴブリン、そして興味津々な様子のギルとルウが並んでいる。

「本日の課題は、この『アイアン・パンプキン』の解体と調理です」

 私が指し示したのは、鉄のように硬い皮を持つ魔界特産のかぼちゃだ。  文字通り鉄球のような硬度を誇り、普通のナイフでは刃が欠けてしまう厄介な食材である。  これまではハンマーで叩き割って中身をほじくり出すのが一般的だったらしいが、それでは繊細な味は出せない。

「うへぇ、これ硬いんだよなー。俺、この前剣で切ろうとして弾かれたぜ」

 ギルが眉をひそめる。  彼の剛力をもってしても手こずる素材らしい。

「ふふ、ギル君。それは『切り方』を知らないだけよ。どんなに硬い素材でも、構造を理解し、理にかなった刃の入れ方をすれば、驚くほど簡単に切れるものです」

 私は包丁を手に取った。  それは魔王城の倉庫に眠っていたミスリル製の包丁だが、特別なエンチャントなどはされていない、ただ切れ味が良いだけのものだ。

「まず、表面をよく観察します。……ほら、ここ。微かですが、魔力の流れに沿って溝があるでしょう?」

 私はかぼちゃの表面を指でなぞる。  『解析』スキルで見える魔力の継ぎ目。植物の繊維が一番脆弱なラインだ。

「ここに合わせて包丁の切っ先を当てます。そして、力はいりません。包丁の重みを利用して、スッと引くだけ」

 トン。  軽い音と共に、包丁の先端がかぼちゃに吸い込まれた。

「えっ!?」

 受講生たちが目を見開く。

「あとは、この隙間に沿って、刃を滑らせるように動かします。無理に押し込んではいけません。相手(かぼちゃ)が『開きたい』と思っている方向へ導いてあげるのです」

 スーッ……パカン!  まるで熟れたトマトを切るかのように、アイアン・パンプキンが真っ二つに割れた。  美しい断面からは、瑞々しい香りが漂ってくる。

「「「おおおおお!!!」」」

 食堂が歓声と拍手に包まれた。

「魔法も怪力も使っていません。ただ『理(ことわり)』に従っただけです。これをマスターすれば、どんな硬いお肉も野菜も、思いのままですよ」

 私はにっこりと微笑んだ。  これは私が宮廷で、無駄に硬い古文書の封印を解いたり、頑固な貴族たちの心の壁(という名の利害関係)を解きほぐしたりする中で培った、『最小の労力で最大の結果を得る』ための技術の応用だ。

 皆が「すげぇ……」「魔法みたいだ……」と感嘆する中。  一人だけ、目の色が違っている生徒がいた。

 ギルだ。  彼は割れたかぼちゃの断面を、食い入るように見つめていた。

「……力じゃない。理に従う……?」

 ブツブツと何かを呟いている。  その瞳孔が開いている。  これは、彼が何かに極度に集中している時の癖だ。

「相手の……隙間……。そこを、なぞるだけ……」

 ギルの中で、何かが音を立てて繋がったようだった。

「そうか! わかったぞ! ありがとう先生! 俺、ちょっと試してくる!」

 ガタッ!  ギルはいきなり椅子を蹴って立ち上がると、食堂を飛び出していった。

「あらあら、ギル君ったら。……まあ、料理への情熱があるのは良いことです」

 私は微笑ましく見送った。  きっと、自分でもかぼちゃを切りたくてたまらなくなったのだろう。  彼が立派な料理男子になってくれれば、将来のお嫁さんも喜ぶに違いない。

 ――まさか彼が、その足で訓練場へ向かい、とんでもないものを『料理』しようとしているとは、露知らず。

          ◇

 同時刻。  魔王城の地下深く。  冷たく湿った石造りの地下牢に、一人の少女が収監されていた。  聖女ミナだ。

 彼女のピンク色のドレスは泥と煤で汚れ、自慢の巻き髪は鳥の巣のように乱れている。  牢屋の中には粗末なベッドと水瓶があるだけで、かつての豪奢な生活とは天と地ほどの差だ。

「……くっ、くさい! じめじめするぅ! こんなところ、聖女の私がいていい場所じゃありませんぅ!」

 ミナは鉄格子をガンガンと蹴り上げた。  見張り役のゴブリン兵士は、耳栓をして無視している。  昨夜から延々と続く彼女のヒステリックな叫び声に、さすがの魔族もうんざりしているのだ。

「あのアリアのせいよ……! あいつが魔族をたぶらかして、私をこんな目に……!」

 ミナは爪を噛んだ。  恐怖よりも、怒りと屈辱が勝っていた。  自分が「悲劇のヒロイン」であるはずなのに、なぜこんな扱いを受けなければならないのか。

 ふと、彼女はドレスの胸元に隠していたあるものを思い出した。  小さなペンダント型の魔導具。  『聖女の祈り』と呼ばれる、王族直通の緊急通信機だ。  捕縛された際、魔族たちは武器や大きな道具は没収したが、この小さなアクセサリーまでは調べなかったのだ(というより、ギルとルウがあまりにも一方的すぎて、身体検査をする暇もなかった)。

「……そうだわ。カイル様に言いつけてやるんだから」

 ミナはニヤリと笑うと、ペンダントを握りしめて魔力を込めた。  微かな光が漏れる。  見張りのゴブリンは背を向けて居眠りをしている。今がチャンスだ。

『……ミナか!? 無事なのか!?』

 通信が繋がった瞬間、カイル王子の焦った声が脳内に響いた。

「カイル様ぁ~っ! 助けてくださいぃ~! 怖いですぅ~!」

 ミナは即座に「か弱い被害者」モードに切り替え、嘘泣き混じりの声を上げた。

『おお、ミナ! よかった、生きているんだな! 騎士団からの連絡が途絶えて心配していたんだ! 一体何があった!?』

「全部、アリアさんの仕業なんですぅ……!」

 ミナはあることないこと、というより「ないこと」のみを並べ立てた。

「アリアさんが魔王と手を組んで、私たちを罠に嵌めたんですぅ! 騎士の皆さんは……うっ、ううっ……アリアさんの命令で、魔獣の餌に……!」

『なんだと!? あのアリアが……そこまで堕ちたか!』

「それに、アリアさんが言ってたんです。『カイルなんか放っておけば国は滅びる。ざまぁみろ』って……! 私にも、『聖女の力をよこさないと顔に傷をつける』って脅してきて……!」

『おのれ……ッ! 許さん、許さんぞアリア!!』

 カイルの激昂する声が聞こえる。  計画通りだ。ミナは暗い笑みを深めた。

「カイル様、私、もうダメかもしれません……。最後に一目、カイル様に会いたかったですぅ……」

『諦めるなミナ! 私が必ず助けに行く! 近衛騎士団だけでなく、国中の兵力を結集させてでも、その魔王城を粉砕してやる!』

「はいぃ……待ってますぅ……愛してます、カイル様……」

 通信を切る。  ミナはペンダントを胸に戻し、ケタケタと笑った。

「あー、ちょろい。これで王国軍が本気で攻めてくるわ。魔王城なんて灰にしちゃえばいいのよ」

 彼女は自分の嘘が、どれほどの破滅を招くか想像もしていなかった。  カイル王子が「国中の兵力」を集めるということは、王都の防衛が手薄になるということ。  そして、攻め込んでくる相手が、今や「アリア至上主義」に染まった狂戦士集団(魔王軍)であるということ。

 ミナが引いたのは、助け船へのロープではなく、地獄の窯の蓋を開けるレバーだったのだ。

          ◇

 一方、魔王城の第一訓練場。  そこでは、異様な光景が繰り広げられていた。

「はぁっ!」

 少年――ギルの鋭い気合と共に、一振りの剣が閃く。

 キンッ。  高く澄んだ音が響き、巨大な岩塊が音もなく真っ二つに割れた。  切断面は鏡のように滑らかで、触れれば指が切れそうなほどだ。

「……す、すげぇ……」 「また腕を上げられたな、ギル様……」

 周囲で見守っていた兵士たちがどよめく。  だが、ギル本人は納得がいっていない様子で、首を傾げていた。

「違う。まだ力が入りすぎてる。先生はもっとこう、フワッとやってた」

 彼は木剣(に見せかけた魔界樹の枝)を構え直し、ぶつぶつと呟く。

「素材と対話する……。相手のなりたい形に導く……。魔力の繊維……」

 彼の脳裏にあるのは、アリアがかぼちゃを切った時の鮮やかな手並みだ。  あの優雅で、慈愛に満ちた、しかし絶対的な切断。  あれこそが、彼が目指す「最強の剣」の形だった。

「ようし、次! もっと硬いやつ持ってこい!」

 ギルが叫ぶと、訓練場の隅から、巨大な全身鎧を纏った戦士が進み出た。  魔王軍の将軍の一人、デュラハンのガラハドだ。  彼の鎧は『アダマンタイト』製。物理攻撃をほぼ無効化する、鉄壁の防御力を誇る。

「ギル様、お相手仕ります。ですが、この鎧はドラゴンの一撃すら耐える代物。木剣などで傷つくとは……」

「いいから構えろよ、ガラハド。実験台になってくれ」

 ギルはニヤリと笑い、だらりと剣を下げた。  構えはない。  ただ自然体で、ゆらりと立つ。

「……では、参ります!」

 ガラハドが突進してくる。  重量級のタックル。まともに受ければ城壁すら崩れる威力だ。

 迫りくる鉄塊。  ギルの視界の中で、世界がスローモーションになる。

 アリアの教えが蘇る。  『表面をよく観察して』  『魔力の流れの溝』  『力はいらない。包丁(つるぎ)の重みを利用して』

 見えた。  ガラハドの鎧、その強固な金属結合のわずかな歪み。魔力の流れが澱んでいる一点。  そこが「切り取り線」のように赤く光って見えた。

「……ここだ」

 ギルは踏み込まない。  ただ、すれ違いざまに、木剣を添えるように振った。  風を撫でるような、優しい一撃。

 ヒュン。

 交差する二つの影。  ガラハドが背後で停止する。  ギルもまた、残心を残したまま停止する。

 一瞬の静寂。

 カ……シャン。

 小さな音がしたかと思うと。  ガラハドの自慢のアダマンタイト鎧が、肩口から脇腹にかけて、斜めにズレ落ちた。  中のガラハド本体(霊体なので実体はないが)は無傷。  鎧だけを、完璧に切断していたのだ。

「な……ッ!?」

 ガラハドが自分の体を見下ろし、絶句する。  切断面は、溶けたわけでも砕けたわけでもない。  まるで最初からそこが分かれていたかのように、滑らかだった。

「……できた」

 ギルが自分の手を見つめる。  手に残る感触は、皆無。  豆腐を切った時よりも軽い。

「これだ……! 先生が言ってたのはこれなんだ!」

 ギルは歓喜に震えた。  力でねじ伏せるのではない。概念的に「分かつ」剣。  これなら、どんな防御魔法も、どんな堅牢な城門も、紙切れと同じだ。

「先生の敵は、こうやって微塵切りにするんだよね……!」

 彼の瞳に、無邪気かつ凶悪な光が宿る。  この剣技の名は、後に人間界の騎士たちを恐怖のどん底に叩き落とすことになる『アリア流調理術・改(カイ)』。  まだ誰も、その恐ろしさを知らない。

 そこへ、料理教室を終えたアリアが様子を見にやってきた。

「ギル君、ここにいたのね。……あら、ガラハド将軍? その鎧、どうされたんですか? パカッと開いていて涼しそうですけど」

 私は首を傾げた。  最新のファッションだろうか。

「あ、先生! 見て見て! できたよ!」

 ギルが駆け寄ってくる。  興奮気味に木剣を振り回し、真っ二つになった鎧を指差す。

「先生の教え通りにやったら、すごく簡単に切れた! スッて入って、パカンって!」

「まあ、本当?」

 私は感心して、鎧の切断面を覗き込んだ。  なるほど、綺麗に切れている。

(かぼちゃの切り方のコツを、もうマスターしたのね。さすがはギル君、飲み込みが早い)

 私は彼が「かぼちゃを切った感覚」の話をしているのだと解釈した。  ガラハド将軍の鎧は、たまたま整備中で分解していたのだろう。

「すごいわ、ギル君。筋が綺麗に見極められています。これなら、どんなに筋張ったお肉でも柔らかく調理できますね」

 私が頭を撫でると、ギルは猫のように目を細めた。

「うん! 俺、もっと上手くなるよ。……先生の邪魔をする『腐った肉』とか、全部綺麗に捌いてあげるから」

「ふふ、頼もしいわね。でも、あまり危ない包丁遊びはしちゃダメよ?」

「うん、わかってる。……遊びじゃないからね」

 ギルが小声で付け足したが、私は聞き流してしまった。  周囲の兵士たちが、青ざめた顔でガタガタと震えていることにも気づかずに。

(ひえぇ……アリア様……) (アダマンタイトの鎧を「筋張ったお肉」呼ばわり……) (しかも「腐った肉を捌く」という殺害予告に笑顔で「頼もしい」だと……) (やはりこのお方、魔王様以上に恐ろしい器だ……!)

 兵士たちの間で、アリアへの畏怖と崇拝がまた一段階レベルアップした瞬間だった。

          ◇

 その夜。  城の参謀室にて、ヴァルゴが頭を抱えていた。

「報告します。聖女ミナの牢から、外部への魔力通信が確認されました」

 情報部員の報告に、ヴァルゴは眼鏡を光らせた。

「……あえて泳がせておいたが、やはりやったか。通信先は?」

「王国の第一王子、カイルです。内容は……聞くに堪えない捏造と、アリア様への誹謗中傷のオンパレードでした」

「ほう……」

 ヴァルゴの手の中で、万年筆がベキリと折れる音がした。

「具体的には、アリア様が魔王を操り王国を狙っている、聖女を拷問している、などです。……その結果、カイル王子は激昂し、国軍の総動員を決定した模様」

「総動員か。……馬鹿な男だ。少数の精鋭で潜入するならまだしも、軍隊を動かせば、それは全面戦争の合図となる」

 ヴァルゴは冷ややかに笑った。  これは好機だ。  王国軍が一箇所に集まるなら、まとめて「掃除」ができる。

「ギル様とルウ様には伝えたか?」

「はい。お二人は……『最高のステージが整った』と、大変喜んでおられました」

「そうか。ならば我々は、そのステージの設営に全力を注ぐとしよう」

 ヴァルゴは立ち上がり、窓の外を見た。  南の空――王国の方向には、不穏な雲が集まりつつある。

「アリア様には、まだ内緒だ。『少し大規模な避難訓練を行う』とでも伝えておけ」

「はっ! ……しかしヴァルゴ様、もしアリア様が戦場をご覧になったら……」

「問題ない。あの方の目には、我々が『害獣から畑を守る健気な農夫』にしか映らないよう、演出するつもりだ」

 魔王軍の幹部たちは、アリアという絶対不可侵のアイドルを守るため、着々と戦争準備(という名のエンターテインメント・ショーの準備)を進めていく。

 アリアが寝室で、「明日の授業は何にしようかしら」と平和に悩んでいる頃。  世界は、かつてない規模の「ざまぁ」イベントに向けて、大きく動き出していた。

 次なる授業は、知能派の弟・ルウのターン。  彼が開花させる才能は、ギルの物理攻撃よりもさらに凶悪な、精神と社会を破壊する『戦略魔法』だった。
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