追放された悪役令嬢、魔界で家庭教師になる。「人間は怖い」と教えたら、魔王の息子たちが「先生を泣かす人間は滅ぼす」と過保護な最強軍団になった件

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第16話 黒い軍勢、王城前にて

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 その日の朝、魔界の空はどこまでも澄み渡り、二つの太陽(魔界には太陽も二つあるのだ)が祝福するように輝いていた。  魔王城の正門前には、これまで見たこともないほどの大軍勢が集結していた。

 漆黒の鎧に身を包んだ重装歩兵団。  空を埋め尽くすワイバーン騎兵隊。  地響きを立てて整列する巨獣ベヒーモスの戦車部隊。  総勢五万。  魔王軍の主力部隊が、完全武装で整列している光景は、圧巻の一言に尽きる。

 だが、その雰囲気は「これから戦争に行く」という殺伐としたものではなかった。  兵士たちの鎧はピカピカに磨き上げられ、武器の先にはリボンや花が飾られている。  掲げられた旗印には、魔王軍の紋章と共に、なぜか可愛らしいミツバチの刺繍(アリアを象徴しているらしい)が施されていた。

「……あの、ゼスト様?」

 私はその光景を呆然と見上げながら、隣に立つ魔王ゼスト様に問いかけた。

「これは、一体何の騒ぎでしょうか? 今日は王都への『最終視察』に行く予定では?」

 私はてっきり、少人数の護衛と共に、お忍びで復興状況を確認しに行くものだと思っていた。  それなのに、この国を挙げてのお祭り騒ぎはどういうことだろう。

「うむ。視察だ」

 ゼスト様は平然と答えた。  今日の彼は、いつもの軍服ではなく、王族の式典用と思われる豪奢な礼服を身に纏っている。  黒のベルベットに金の刺繍、肩には真紅のマント。  その姿は、息を呑むほど凛々しく、そして威厳に満ちていた。

「だが、一国の主(実質アリアのことだが、彼女は気づいていない)が他国を訪問するのだ。相応の格式と警備が必要だろう?」

「格式と言いましても……これでは、まるで『侵略』か『凱旋』ではありませんか」

「安心しろ。彼らはあくまで『護衛』兼『パレード要員』だ。アリア、お前の晴れ姿を飾るためのな」

 ゼスト様がウィンクする。  その隣で、双子のギルとルウも、おめかしをして待機していた。  二人とも、私の見立てた白いタキシード風の衣装を着ていて、まるで小さな王子様のようだ(実際に皇子様なのだが)。

「先生! 早く行こうよ! みんな待ってるぜ!」 「先生、今日のエスコートは僕たちに任せてね。転ばないように、空間ごと支えるから」

 二人は私の両手を引く。  彼らの瞳はキラキラと輝き、これから始まる「イベント」を心待ちにしているようだった。

「はぁ……わかりました。でも、あまり市民の方々を怖がらせないでくださいね」

 私は溜息をつきつつも、彼らの手を取った。  私の服装もまた、ゼスト様が用意した特注のドレスだった。  魔界の最高級シルク『月光布』を贅沢に使った、純白のドレス。  頭には、小さなティアラまで載せられている。  どう見ても「視察に行く家庭教師」の格好ではない。  まるで、これから結婚式か戴冠式にでも臨むかのような装いだった。

「全軍、進発!」

 ゼスト様の号令が響き渡る。  ドォォォォン!  祝砲のような魔法花火が打ち上がり、黒い軍勢が動き出した。

 行き先は、ルーンバルド王国。  かつて私が追放された故郷へ。  まさか、このような形で――魔王軍の最重要人物(VIP)として帰還することになろうとは、一ヶ月前の私には想像もできなかったことだ。

          ◇

 『死の森』を抜けると、眼下に王国の平原が広がった。  私たちは、巨大な空飛ぶ船(魔導戦艦を改装した豪華客船)のデッキから、その景色を見下ろしていた。

 かつて私がボロボロの体で歩いた道。  今は、魔王軍によって整備され、美しい街道へと生まれ変わっている。  そして、その街道沿いには、無数の人々が溢れかえっていた。

「わぁーっ! アリア様ー!」 「魔王軍だ! 黒い軍勢が来たぞ!」 「アリア様万歳! ゼスト陛下万歳!」

 地響きのような歓声。  人々は魔王軍の旗を振り、花を投げ、涙を流して私たちを迎えている。  恐怖? 警戒?  そんなものは微塵もない。  あるのは、熱狂的な歓迎と、崇拝に近い眼差しだけだ。

「……すごい」

 私は手すりを握りしめた。  こんなにたくさんの人が、私を待っていてくれたなんて。

「人気者だな、アリア」

 ゼスト様が隣で微笑む。

「お前が撒いた種が、花開いた結果だ。……彼らは知っているのだ。誰が本当に自分たちを愛し、守ってくれたのかを」

「私は……ただ、当たり前のことをしただけです」

「その『当たり前』ができない指導者が多かった、ということだ」

 ゼスト様の視線が、遠くに見える王城へと向けられる。  そこには、かつて私を追放した王族たちが住んでいた。  今は主を失い、静まり返っているはずの城。

「……よし、着陸するぞ。王城前広場だ」

 船が高度を下げる。  王都の上空を通過すると、市民の興奮は最高潮に達した。  屋根の上まで人が登り、子供たちが手を振っている。

 広場に船が降り立つと、そこは既に群衆で埋め尽くされていた。  しかし、混乱はない。  魔王軍の兵士たちが整然と列を作り、赤いカーペットが敷かれた花道を確保していたからだ。

「さあ、行こうか」

 タラップが下ろされる。  ゼスト様が手を差し出す。  私は深呼吸をして、その手を取った。

 一歩、足を踏み出す。  その瞬間。

 ワァァァァァァァッ!!

 鼓膜が破れんばかりの大歓声が、王都の空気を震わせた。

「アリア様! おかえりなさい!」 「お美しい! 女神様だ!」 「俺たちの命の恩人!」

 視界が滲む。  追放されたあの日、私は罵声を浴びながらこの街を出て行った。  「魔女」「冷血」「可愛げがない」。  そんな言葉を背中に受けて。

 でも今は。  「女神」「慈悲深い」「美しい」。  温かい言葉のシャワーが、私の心の古傷を優しく洗い流していく。

「……ただいま、戻りました」

 私は小さく呟いた。  誰にともなく。  でも、その言葉は魔力に乗って、広場全体に響き渡った(ルウ君の拡声魔法の仕業だ)。

 さらに歓声が大きくなる。  私はゼスト様にエスコートされ、ギルとルウに裾を持たれながら、真っ直ぐなカーペットの上を歩き出した。  その先にあるのは、王城の正門。

 かつて私を拒絶した扉が、今は大きく開け放たれ、私を招き入れていた。

          ◇

 王城への道すがら、沿道には見覚えのある顔もちらほら見えた。  かつて私をいじめていた貴族の令嬢たち、私を無視した騎士団員、陰口を叩いていた文官たち。

 彼らは一様に顔面蒼白で、地面に額を擦り付けるようにして平伏していた。  震えている。  私の視線が合うと、「ヒィッ!」と小さく悲鳴を上げ、さらに深く頭を下げる。

「……あら? 皆さん、顔色が優れませんね。風邪でも流行っているのかしら」

 私が純粋に心配して声をかけると、彼らはビクリと跳ね上がった。

「も、申し訳ございませんアリア様! 生きていて申し訳ございません!」 「二度と逆らいません! 靴の裏をお舐めしますから、命だけは!」 「私の屋敷も財産も全て差し上げます! どうか慈悲を!」

 ……なぜ、そんなに怯えているのだろう。  私はただ「顔色が悪い」と言っただけなのに。

「先生。気にしなくていいよ」

 ギルが私の耳元で囁く。

「あいつら、ちょっと『反省』しすぎちゃったみたいだから。……俺たちが昨日、夢枕に立って『先生に無礼な態度を取ったら、魂ごと消滅させる』ってアドバイスしたのが効きすぎたかな」

 アドバイス?  夢枕に立つ?  それは精神干渉魔法による脅迫ではないだろうか。

「ギル君、過激なことはダメよと言ったでしょう?」

「えー、何もしてないよ。ただ『挨拶』の仕方を教えただけだって」

 ギルが口笛を吹く。  ルウも反対側でクスクスと笑っている。

「そうだよ先生。彼らは自分の意思で、先生への敬意を表しているんだ。……生存本能に従ってね」

 生存本能。  穏やかではない単語が聞こえた気がするが、パレードの喧騒にかき消された。

 とにかく、王都に残っていた貴族勢力は、完全に魔王軍(というより双子)の支配下に置かれているようだ。  彼らはアリアを崇めることこそが、唯一生き残る道だと悟ったのだ。

          ◇

 王城のエントランスホールに到着した。  そこには、私の元部下であるセシルと、魔王軍の幹部たちが整列して待っていた。

「アリア様、魔王陛下。お待ちしておりました」

 セシルが感極まった様子で一礼する。  彼女の目には涙が溢れている。

「セシル、元気そうですね。……城の管理、ご苦労様でした」

「はい……! アリア様が戻られるこの日のために、埃ひとつ残さず清掃いたしました!」

 確かに、城内は見違えるほど綺麗になっていた。  かつてカイル王子が散らかしていた装飾品や、趣味の悪い肖像画などは撤去され、代わりにシンプルで洗練された調度品が置かれている。  壁には、なぜか私の肖像画(ルウ君作)が飾られているが……まあ、気にしないことにしよう。

「案内しよう、アリア。……『玉座の間』へ」

 ゼスト様が私の背中を押す。  玉座の間。  そこは国の中心であり、かつて私が婚約破棄を言い渡された舞踏会場の奥にある、最も神聖な場所だ。

 重厚な扉が開かれる。  ギィィィ……という音と共に、広大な空間が姿を現した。

 赤い絨毯。  高くそびえる柱。  そして、一番奥の壇上に鎮座する、黄金の玉座。

 かつて国王エドワードが座っていた場所。  しかし、今は空席だ。  いや、よく見ると、玉座のデザインが変わっている。  以前の仰々しい獅子の彫刻ではなく、優美な百合の花とミツバチをあしらった、繊細で美しい意匠の椅子になっていた。

「……これは?」

「お前のための席だ」

 ゼスト様がさらりと言った。

「え?」

「この国はもう、お前のものだと言っただろう。王がいなくなった今、ここを治めるのはお前しかいない」

「で、ですが! 私は王族ではありませんし、それに……」

「血筋など関係ない。民が望み、俺が保証する。それが全てだ」

 ゼスト様は私を壇上へと導く。  一歩、また一歩。  足音が静寂の中に響く。

 壇上に立つと、そこからは王城の前庭、そしてその先に広がる大通りまでが一望できた。  何万という民衆が、固唾を飲んでこちらを見上げている。

 私は振り返り、ゼスト様を見た。  彼は優しく頷く。

「座れ、アリア。……そこがお前の定位置だ」

「先生、座って!」 「先生なら似合うよ!」

 双子も期待に満ちた目で私を見ている。    断れない。  この空気、絶対に断れない。

 私は覚悟を決めて、玉座に腰を下ろした。  座り心地は……驚くほど良かった。  私の体型に合わせて作られたかのように、背中にフィットする。

 その瞬間。

 ザッ!

 ホールにいた魔王軍の幹部たち、セシル、そして窓の外にいる兵士たちが、一斉に跪いた。   「女王アリア陛下に、栄光あれ!!」

 ヴァルゴ様が高らかに宣言する。

「「「栄光あれ!!!」」」

 城内外から、唱和する声が轟いた。  地響きのように、空まで届くかのような大音量。

「えっ、女王!? 陛下!?」

 私は目を白黒させた。  家庭教師から女王へのジョブチェンジなんて聞いていない。

「おめでとう、アリア」

 ゼスト様が私の隣に立ち(彼は座らない。あくまでアリアを立てている)、民衆に向かって手を挙げた。

「これより、このルーンバルド王国は、魔王国の同盟国……いや、『自治区』とする。そしてその統治を、アリア・ローズベリーに一任する!」

 ワァァァァァァァッ!!  再びの大歓声。  民衆たちは抱き合って喜んでいる。  「やったぞ!」「アリア様の国だ!」と。

「……はめられましたね、ゼスト様」

 私は小声で恨み言を言った。  顔は引きつった笑顔のままだ。

「人聞きの悪い。俺はただ、お前に相応しい『教壇』を用意しただけだ」

 ゼスト様は悪戯っぽく笑った。

「家庭教師として、この国という大きな教室を、好きに導いてみせろ。……俺と子供たちが、全力でサポートするから」

 その言葉には、絶対的な安心感があった。  一人ではない。  最強の魔王軍が、私の後ろ盾になってくれる。

「……わかりました。やるからには、徹底的にやらせていただきます」

 私は腹を括った。  元々、この国を良くしたいという思いは誰よりも強かったのだ。  手段が少々(かなり)イレギュラーだっただけで、目的は達成できる。

 私は立ち上がり、民衆に向かって手を振った。  その姿は、まさに新時代の女王そのものだった。

          ◇

 その夜。  王城で盛大な祝賀パーティーが開かれた。  魔界の料理と人間界の料理が並び、種族を超えた交流が行われている。

 私はバルコニーに出て、夜風に当たっていた。  一日中、緊張しっぱなしで疲れてしまった。

「お疲れ様、先生」

 背後からギルとルウが現れた。

「ありがとう、二人とも。……今日は本当に、すごい一日だったわ」

「へへっ、先生が喜んでくれてよかったよ」 「僕たちの計画通り……じゃなくて、みんなの願いが叶ってよかったね」

 ルウが言い直す。

「ねえ、先生。これで終わりじゃないよね?」

 ギルが手すりに乗り出し、夜景を見下ろしながら言った。

「え?」

「まだ、片付けなきゃいけない『ゴミ』が残ってるでしょ?」

 ギルの声のトーンが、スッと下がる。  ルウもまた、冷ややかな瞳で王城の地下――深い深い闇の底を見つめていた。

「……そうね。まだ、終わっていないわね」

 私は彼らの意図(カイルたちの処遇)とは別に、まだ国内に残る問題や、外交課題のことを考えていた。

「明日は、地下牢の視察に行きましょうか。……捕虜になっている方々(カイルたちとは知らない)とも、対話が必要ですし」

 私が言うと、双子は顔を見合わせて、ニヤリと笑った。

「うん、そうだね先生。……きっと彼らも、先生に会いたがってるよ」 「感動の対面だね。……涙なしには見られないだろうな」

 双子の邪悪な笑みに、私は気づかない。  彼らが用意した最後のイベント――『断罪返し』の舞台が、地下の特別法廷ですでに完成していることを。

 そこでは、精神的にも社会的にも死んだはずのカイルとミナが、最後の審判を受けるために待たされている。  アリアが慈悲を与えるか、それとも双子がトドメを刺すか。  物語はいよいよ、真のエンディングへと向かっていく。
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