追放された悪役令嬢、魔界で家庭教師になる。「人間は怖い」と教えたら、魔王の息子たちが「先生を泣かす人間は滅ぼす」と過保護な最強軍団になった件

六角

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第17話 断罪返し

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 王城での凱旋パレードと、実質的な女王就任宣言から一夜明けた朝。  私は約束通り、城の地下にある施設へと向かっていた。

 案内役は、私の可愛い生徒であるギルとルウ。  そして、元部下であり現在は私の秘書官を務めるセシルだ。

「先生、足元に気をつけてね。ここは少し階段が急だから」 「僕が重力を軽減しておくよ。フワフワして歩きにくいかもしれないけど、転ぶよりマシでしょ?」

 二人は甲斐甲斐しく私をエスコートしてくれる。  地下へと続く螺旋階段は、湿気を帯びた冷たい空気が漂っており、壁の松明がゆらゆらと影を揺らしていた。  かつては王家の食料庫や、使用人の控え室があった場所だが、今回の騒動で『特別療養施設』として改装されたらしい。

「それにしても、ずいぶん深いところにあるのですね。療養施設というよりは、まるで……」

 私が「地下牢のようだ」と言いかけると、セシルがすかさず口を挟んだ。

「防音設備と、外部からの刺激を遮断するための完璧な環境を求めた結果です、アリア様。心の病を癒やすには、静寂こそが最良の薬ですから」

「なるほど、確かにそうですわね。騒がしい地上よりも、落ち着けるかもしれません」

 私は納得した。  魔王軍の医療技術(というか環境整備能力)は素晴らしい。  患者のプライバシーと安静を第一に考えているのだろう。

 やがて、重厚な鉄の扉の前に到着した。  扉には厳重な魔法鍵がかけられており、見張りの兵士(屈強なミノタウロスだ)が直立不動で敬礼をした。

「アリア様! お待ちしておりました! 患者たちは……現在、非常に安定しております!」

「ご苦労様です。面会は可能ですか?」

「はっ! ただ、少々……幻覚や妄想が激しい状態ですので、刺激なさらないようご注意ください」

「わかりました。優しく接しますね」

 私は微笑んで頷いた。  昨日、広場で暴れていた自称カイル王子の姿が目に焼き付いている。  あんなにやつれて、意味不明なことを叫んで……。  かつての婚約者と名前が同じというだけで、他人とは思えない哀れさを感じていたのだ。

          ◇

 扉が開かれると、そこは思いのほか広い空間だった。  石造りの壁には白い布がかけられ、清潔感が保たれている(ように偽装されている)。  その中央に、二つの椅子が置かれ、そこに男女が座らされていた。

 昨日、私が広場で保護した男女だ。  彼らは綺麗に洗われ、白い服(拘束具付きの囚人服だが、私にはパジャマに見えた)を着せられていた。

「……あ、アリア……」

 男の方が、私を見て掠れた声を上げた。  カイル殿下を名乗る彼は、昨日のような興奮状態ではなく、どこか虚ろな目をしていた。  隣の女性――ミナと名乗っていた彼女も、ガタガタと震えながら俯いている。

「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」

 私は努めて明るい声で話しかけた。  まずは安心させることが大切だ。

「……殺せ……いっそ殺してくれ……」

 男が呟く。

「あら、そんな物騒なことを言ってはいけません。命は大切にしなくては」

 私は彼らの前に用意された椅子に座り、目線を合わせた。

「あなたはご自分のことを、この国の王子だと思い込んでいるそうですね。……その気持ち、わからなくもありません。今の世の中、辛いことが多いですから、誰だって『特別な存在』になりたいと願うものです」

 私は優しく諭した。  現実逃避は心の防衛反応の一種だ。  否定せずに、まずは共感してあげることが治療の第一歩。

「ち、違う……私は本物の……」

 男が何か言いかけた瞬間。  背後に控えていたギルが、腰の大剣の柄をカチリと鳴らした。  ただそれだけの音。  しかし、男は「ヒィッ!」と悲鳴を上げ、口を噤んでしまった。

「どうしました? 急に怯えて」

「い、いえ……なんでもありません……」

 男はギルの方をチラチラと見て、脂汗を流している。  やはり情緒が不安定なようだ。

「さて、今日はあなたたちにお話を聞きに来ました。……なぜ、あのような騒ぎを起こしたのですか? 何か、私に伝えたいことがあったのではないですか?」

 私が問いかけると、男は意を決したように顔を上げた。  その目には、憎悪と、それ以上の恐怖が入り混じっていた。

「……なぜだ」

「はい?」

「なぜ、貴様なのだ……。地味で、可愛げがなくて、男の心を癒やす術も知らない……ただの堅物女だったはずだ! それなのに、なぜ民衆は貴様を崇める!? なぜ魔王軍までが貴様に傅く!?」

 男の声が次第に大きくなる。

「私は選ばれた人間だぞ! 王家の血筋、類まれなるカリスマ、そして聖女ミナという最高のパートナー! 全てを持っていたはずだ! それなのに……なぜ私がこんな泥水を啜り、貴様が玉座に座っているんだ!!」

 彼は叫び、椅子から立ち上がろうとしたが、見えない力(ルウの重力魔法)に押さえつけられて動けないようだった。

「……ふぅ。やはり、症状は重いようですね」

 私はため息をついた。  ここまで詳細な妄想を構築しているとは。  まるで本当に、自分が転落人生を歩んだ王子であるかのような迫真の演技だ。

「あのね、おじさん」

 その時、ルウが静かに口を開いた。  彼は私の隣に進み出ると、手にした魔導書をパラパラとめくりながら、冷ややかな視線を男に向けた。

「君の論理は破綻しているよ。……『なぜ』と問う前に、現実(データ)を直視すべきだ」

「な、なんだと……ガキが……」

「君が言う『選ばれた人間』の定義について検証しようか。……血筋? 王家はすでに崩壊し、国王は逃亡(実際は処刑)した。カリスマ? 昨日の広場でトマトを投げられていたのが答えだ。パートナー? 隣で震えているだけの役立たずが?」

 ルウの言葉は鋭利なナイフのように、男のプライドを切り刻んでいく。

「君が持っていたのは『実力』じゃない。『アリア先生という土台』の上に乗っていただけの、ただの飾り物だったんだよ」

 ルウが空中にグラフや数値を投影する。  それは王国の経済指標や魔力供給量の推移データだ。

「見なよ。先生が追放された日から、国のあらゆる数値が垂直落下している。……君が『俺の実力だ』と誇っていた成果は、全部先生が裏で調整していたものだ」

「そ、そんな……嘘だ……」

「嘘じゃない。これが数字という絶対的な事実だ。……君は無能な上に、自分の無能さを自覚できない『認識能力の欠如』という致命的なバグを抱えている」

 ルウが眼鏡(伊達)を押し上げる。

「対して先生は? 魔界に行ってもその能力を発揮し、魔王軍を掌握し、こうして国を救った。……どちらが『上に立つべき人間』か、サルでもわかる理屈だよね?」

 男は言葉を失い、パクパクと口を開閉させていた。  反論できないのだ。  事実を突きつけられ、自分の存在価値が根底から否定されたことで、彼のアイデンティティは崩壊寸前だった。

「……す、すごいわルウ君。難しい言葉をたくさん知っているのね」

 私は感心して拍手をした。  内容は少し辛辣だが、患者に現実を認識させるためのショック療法なのだろう。

「でも、あまり追い詰めすぎてはいけませんよ。……この方にも、きっと言い分があるはずです」

 私は男に向き直った。

「あなたは『アリアが憎い』と言いましたね。……それは、あなた自身が『誰にも認められない寂しさ』を抱えているからではないですか?」

 心理学の本に書いてあった。  攻撃的な人間ほど、内面は脆く、愛を渇望しているものだと。

「あなたは私に自分を投影し、私の成功を妬んでいる。……でも、それは間違いです。私は特別な人間ではありません。ただ、目の前の仕事に誠実に向き合ってきただけ」

 私は彼の手(拘束されているが)に、そっと自分の手を重ねた。

「あなたも、やり直せますよ。……王子という妄想を捨てて、一人の人間として汗を流し、誰かのために働けば、きっと誰かが見ていてくれます」

 私の言葉は、慈愛に満ちていたはずだ。  しかし、男にとっては、これ以上ないほどの猛毒だった。

「や……やめろ……」

 男が震え出す。  「やり直せる」「一人の人間として」。  それはつまり、「お前はもう王子ではない」「底辺から這い上がれ」という死刑宣告に等しい。  プライドだけで生きてきた彼にとって、平凡な労働者として生きることなど、死ぬよりも恐ろしい屈辱なのだ。

「私を見ろ! 私を崇めろ! 私はカイルだぞおおお!!」

 男が絶叫し、白目を剥いて泡を吹いた。  キャパシティオーバーだ。

「きゃあああ! カイル様が壊れちゃいましたぁ!」

 隣で見ていた女――ミナが悲鳴を上げる。  彼女は私を見ると、必死に媚びるような目つきになった。

「あ、アリア様! 私、関係ないんですぅ! 全部カイル様が悪いんですぅ!」

「……あら?」

「私、脅されてただけなんです! 本当はアリア様のこと尊敬してます! だから、私だけは助けてください! 美味しいご飯と、綺麗なドレスをくださいぃぃ!」

 ミナがなりふり構わず命乞いをする。  その姿は、かつて私を陥れた時の狡猾な聖女ではなく、ただの浅ましい小悪党だった。

「……見苦しいな」

 それまで黙っていたギルが、低く唸るように言った。  彼は大剣の柄に手をかけたまま、ミナを見下ろした。

「てめぇ、どの口がそれを言う? 先生のドレスを切り刻んで、階段から突き落とそうとしたのは誰だ? 『アリアがいなくなって清々した』って笑ってたのは誰だ?」

「ひっ……!」

「俺たちは全部知ってるんだよ。お前らが地下牢で何を話していたかも、通信機で何を企んでいたかもな」

 ギルが一歩踏み出す。  その威圧感だけで、ミナの顔色が土色に変わる。

「先生は優しいから許すかもしれない。……でもな」

 ギルが顔を近づける。  その瞳は、紅蓮の炎のように燃えていた。

「俺たちの『先生(ママ)』を傷つけた罪は、死んでも消えねぇんだよ」

「い、いやぁぁぁ! ごめんなさいぃぃ!」

 ミナは失禁し、その場に崩れ落ちた。

「……あらあら、二人とも興奮しすぎです」

 私は慌てて仲裁に入った。  患者さんを怖がらせてどうするの。

「セシル、この方たちは少し休養が必要なようです。……個室に移して、鎮静剤を投与してあげてください」

「はっ! 直ちに!」

 セシルの合図で、ミノタウロスの兵士たちが二人を担ぎ上げる。  カイルは「ううぅ……」と呻き、ミナは「嫌だぁ、鉱山は嫌だぁ!」と意味不明なことを叫びながら連れて行かれた。

          ◇

 部屋に静寂が戻った。  私はふぅ、と息をついた。

「……可哀想な人たちでしたね。戦争は、人の心まで壊してしまうなんて」

 私は本気で同情していた。  彼らが私の元婚約者と聖女本人であるとは、微塵も疑わずに。

「そうだね、先生。……でも、彼らにとっては、ここが一番幸せな場所かもしれないよ」

 ルウが私の手を握り、優しく言った。

「外の世界に出ても、彼らは生きていけない。……ここで一生、自分の罪(妄想)と向き合いながら、静かに暮らすのがお似合いだ」

「そうね……。それが彼らにとっての救いになるなら、私たちが面倒を見てあげましょう」

 私は頷いた。  魔王軍の予算で、彼らを一生養うことに何の問題もない。  それが「女王」としての慈悲だと思ったからだ。

「よし、終わったな! 先生、帰ろうぜ!」

 ギルが明るく声を上げる。

「腹減った! 今日の昼飯、なに?」

「今日はオムライスにしましょうか。あなたたちの好きな」

「やったー!」

 私たちは地下施設を後にした。  背後の鉄扉が重々しく閉ざされる音を聞きながら。

 その扉の向こうで、カイルとミナがこれから味わう「更生プログラム・フェーズ2」――死ぬまで終わらない強制労働と、毎日アリアの偉業を見せつけられる精神的拷問の日々が始まることを、アリアだけが知らない。

          ◇

 地上に戻ると、眩しい太陽が私たちを迎えてくれた。  王城の庭園では、ゼスト様がティーテーブルを用意して待っていた。

「おかえり、アリア。……『視察』はどうだった?」

 ゼスト様が紅茶を注ぎながら尋ねる。

「はい。……少し悲しい気持ちになりましたが、彼らにも適切な処置が施されるようで安心しました」

 私が答えると、ゼスト様は満足げに頷いた。

「そうか。……過去の亡霊は、光の届かない場所に封じておくのが一番だ」

 彼は私の隣の椅子を引き、座るように促した。

「それよりアリア。……これからの話をしよう」

「これから、ですか?」

「ああ。お前はこの国の女王となり、俺たちはその後ろ盾となった。……だが、これで終わりではない」

 ゼスト様の視線が、庭園の向こう、遥か彼方の空へと向けられる。

「人間界と魔界。……長きにわたり分断されていた二つの世界が、お前という『楔』によって一つになろうとしている」

「私が、楔……」

「そうだ。お前の教育は、俺の息子たちを変え、俺を変え、そしてこの国の民を変えた。……次は、世界を変える番だ」

 ゼスト様の手が、私の手に重ねられる。

「アリア・ローズベリー。……俺と共に、新しい世界を創らないか? 種族の壁を超え、誰もが笑って暮らせる世界を」

 それはプロポーズにも似た、壮大な契約の申し出だった。  私は驚き、そして胸が熱くなるのを感じた。  追放された悪役令嬢だった私が、世界を変える?  そんな大それたこと、できるわけがない。  ……以前の私なら、そう思っていただろう。

 でも、今は違う。  私の隣には、最強の魔王様がいる。  頼もしい(そして過保護すぎる)双子の生徒たちがいる。  私を信じてくれる民がいる。

「……はい。喜んで、お供いたします」

 私は笑顔で答えた。  家庭教師の契約期間は、どうやら無期限延長になりそうだ。

「ふふ、言質は取ったぞ」

 ゼスト様が嬉しそうに笑う。  ギルとルウも、「よっしゃ!」「先生はずっと僕たちのものだ!」と歓声を上げて抱きついてくる。

 温かい日差しの中、私たちは笑い合った。  地下の暗闇で永遠の絶望に沈んだ者たちのことなど、きれいさっぱり忘れて。

 これが「断罪返し」の結末。  悪意を持って他者を陥れた者は、誰の記憶にも残らず、歴史の闇へと消え去る。  そして、誠実に生きた者は、太陽の下で愛される。  あまりにもシンプルで、残酷なほどに美しいハッピーエンドへの道筋が、ここに確定したのだった。

 ――残すはあと一波乱。  「聖女」の嘘が暴かれたことで、権威が失墜した神殿勢力の本山・聖法国が、最後の悪あがきをしようとしていること。  そして、その鎮圧こそが、アリアと魔王一家の「最後の共同作業」となることを、まだ誰も知らない。
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