追放された悪役令嬢、魔界で家庭教師になる。「人間は怖い」と教えたら、魔王の息子たちが「先生を泣かす人間は滅ぼす」と過保護な最強軍団になった件

六角

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第18話 聖女の嘘と崩壊

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 ルーンバルド王国が魔王軍の『人道支援』によって生まれ変わり、私がその実質的な統治者となってから数週間が経過した。  国内の混乱は収束し、カイルやミナといった「過去の遺物」も処理され(私の認識では療養中)、平和な日々が続いていた。

 しかし、その平穏を破る最後の波が、西の隣国『聖法国ユーリン』から押し寄せようとしていた。

 王城の執務室。  私が書類の山と格闘していると、セシルが青ざめた顔で飛び込んできた。

「アリア陛下! 大変です! 聖法国からの使節団が、王都の城門前に到着しました!」

「使節団? アポイントメントは取っていないはずですが」

 私はペンを置き、眉をひそめた。  聖法国ユーリン。  大陸全土に信徒を持つ『聖光教』の総本山であり、先日の侵攻作戦でルウ君に騎士団を消滅させられた国だ。  懲りずにまた来たというのか。

「それが……ただの使節団ではありません。教皇の代理人である枢機卿と、数千人の信徒を引き連れての『宗教行進』です」

「宗教行進……?」

「はい。彼らは『魔女アリアに洗脳された哀れな民を救済する』と触れ回り、城門前で大音量の説法を始めています。市民たちが動揺し始めていて……」

 私はため息をついた。  武力で勝てないと悟り、今度は宗教的権威とプロパガンダで攻めてきたわけだ。  厄介なことこの上ない。

「わかりました。私が直接対応します」

「いけません、陛下! 危険です!」

「大丈夫よ。私の後ろには、最強の護衛がいますから」

 私が振り返ると、ソファでくつろいでいたギルとルウが、弾かれたように立ち上がった。

「もちろんだよ、先生! あの聖職者気取りの詐欺師ども、黙らせてやる」 「論破する準備はできてるよ。……物理的な口封じも含めてね」

 二人の瞳が物騒に輝く。  私は苦笑しながら、彼らを連れて城門へと向かった。

          ◇

 王都の大広場は、異様な熱気に包まれていた。  白装束に身を包んだ聖法国の信徒たちが、太鼓や鐘を打ち鳴らしながら行進している。  その中心に設置された仮設の祭壇には、豪華な法衣を纏った太った男――ボルドー枢機卿が立ち、拡声魔法で叫んでいた。

「目覚めよ! ルーンバルドの民よ! 貴様らは騙されているのだ!」

 ボルドーの声が広場に響く。  集まった市民たちは、不安そうに顔を見合わせている。

「アリアという女は魔女だ! 魔王と契約し、美貌と甘言で人々をたぶらかす『国崩しの淫婦』だ! 彼女が施すパンやスープには、魂を腐らせる毒が入っている!」

「嘘だ! アリア様はそんな人じゃない!」 「そうだ! 帰れ!」

 市民の一部が反論するが、ボルドーはそれを鼻で笑った。

「哀れな……。すでに毒が回っているようだな。だが安心せよ! 我らが聖女ミナ様が、必ずや貴様らを救ってくださる!」

「聖女ミナ?」

 その名が出た瞬間、広場の空気が変わった。  ミナの悪評はすでに知れ渡っているはずだが、他国の人間にはまだ「悲劇のヒロイン」として伝わっているのかもしれない。

「そうだ! 聖女ミナ様は、魔女アリアによって不当に幽閉され、拷問を受けている! 神は告げられた! 『聖女を奪還し、魔女を火あぶりにせよ』と!」

 ボルドーが手を掲げると、空がピカッと光り、神々しい演出(ただの照明魔法だ)がなされた。  これには、信心深い老人たちが動揺し、膝をついて祈り始めてしまう。

「まずいわね……。宗教という根源的な恐怖に訴えかけてくるとは」

 私が広場に到着すると、ボルドーが私を指差した。

「出たな、魔女アリア! 神の御前で罪を認め、聖女ミナ様を返せ!」

 数万の視線が私に集中する。  私は一歩前に進み出た。  背後には、不機嫌そうな魔王ゼスト様と、殺気立った双子が控えている。

「ようこそ、ボルドー枢機卿。……随分と賑やかなご訪問ですね」

 私は冷静に微笑んだ。

「罪を認めろと仰いますが、私は何も恥じることはしていません。民を飢えから救い、壊れた街を直し、平和をもたらした。……それが『魔女』の所業だと言うなら、私は甘んじてその汚名を受け入れましょう」

 私の言葉に、市民たちが「そうだ!」「アリア様は正しい!」と声を上げる。

「黙れ、小娘!」

 ボルドーが激昂する。

「貴様の行いは全て偽善だ! その証拠に、貴様は正当なる聖女ミナ様を陥れ、その地位を奪ったではないか! 神に選ばれし聖女を害する者は、すなわち神への反逆者だ!」

 あくまで「聖女ミナ」の権威を利用して私を攻撃するつもりらしい。  宗教国家にとって、「聖女」とは神の威光そのもの。  その聖女が否定されれば、彼らの教義の根幹が揺らぐ。だからこそ、彼らは必死にミナを擁護し、私を悪魔化しなければならないのだ。

「聖女、ですか。……ミナさんが本当に『神に選ばれた』存在なのか、疑問に思ったことはありませんか?」

 私が静かに問いかけると、ボルドーは嘲笑した。

「愚かな。ミナ様の奇跡の力は本物だ。彼女の祈りは万病を癒やし、作物を実らせる。……貴様のような魔力頼みの小手先とは違うのだよ!」

「へぇ、奇跡ね」

 その時、ルウが前に出た。  彼は退屈そうにあくびを噛み殺しながら、ボルドーを見上げた。

「その『奇跡』ってやつ、科学的に証明できるの? ……例えば、その杖に仕込まれた『幻覚剤散布装置』とかさ」

「な、何を……!?」

 ボルドーが動揺して杖を隠そうとする。

「それに、聖女の『癒やしの祈り』。あれ、ただの『痛覚遮断魔法』だよね? 怪我が治ったんじゃなくて、痛みを感じなくさせてるだけ。……麻薬と同じだよ」

 ルウの指摘に、広場がざわつく。

「でタラメを言うな! この悪魔の子め!」

「デタラメかどうか、本人に聞いてみればいいじゃん」

 ギルがニヤリと笑い、指を鳴らした。

 ゴゴゴゴ……。  広場の地面が割れ、地下から巨大な檻がせり上がってきた。  その中には、薄汚れた囚人服を着て、虚ろな目をした女性――ミナが座っていた。

「ミナ様!?」 「あのお姿は……!」

 聖法国の信徒たちが悲鳴を上げる。  ボルドーも目を見開いた。

「き、貴様ら! 聖女様になんてことを! やはり拷問を……!」

「拷問? してねぇよ。……ただ『真実』を話してもらうだけだ」

 ギルが檻の鍵を開け、ミナを引きずり出した。  ミナは眩しそうに目を細め、集まった群衆と、ボルドーの姿を見て、ビクリと震えた。

「あ……枢機卿……」

「おお、ミナ様! ご無事ですか! 今すぐ助けますぞ! さあ、皆の前で真実を! アリアにいかに酷いことをされたか、訴えてください!」

 ボルドーがマイクを向ける。  彼は確信していた。  ミナが泣き叫び、アリアを糾弾すれば、形勢は逆転すると。

 しかし。  ミナの口から出た言葉は、彼の予想を裏切るものだった。

「……嘘……全部、嘘です……」

「は?」

「私は……聖女なんかじゃありません……」

 ミナは震える声で、絞り出すように言った。  会場が静まり返る。

「奇跡なんて使えません……。全部、神殿から渡された魔導具の力です……。癒やしも、豊作も、全部インチキです……!」

「な、何を言っているのですミナ様! 洗脳されているのですか!?」

 ボルドーが焦ってミナの肩を掴む。

「い、言わされたんです! 神殿長に言われたんです! 『お前は顔だけはいいから、聖女のフリをして王子をたぶらかせ』って! 『アリアという邪魔な女を追い出せば、国を乗っ取れる』って……!」

 ミナが泣き崩れる。  それは、彼女の魂からの懺悔だった。  地下での療養生活(という名の監禁と教育)の中で、彼女は悟ったのだ。  もう嘘は通用しない。  魔王一家という絶対的な力の前では、小手先の演技など無意味だと。

「そ、そんな……」 「聖女様が、偽物……?」 「神殿が国を乗っ取るために仕組んだことだったのか……?」

 信徒たちの間に動揺が走る。  ボルドーの顔から血の気が引いていく。

「黙れ! 黙れ黙れ! この女は狂っている! 魔女に心を壊されたのだ!」

 ボルドーはミナを突き飛ばし、杖を振り上げた。

「ええい、こうなれば力ずくでも……! 神の雷よ、異教徒どもを焼き尽くせ!」

 彼が杖の宝石を輝かせ、攻撃魔法を放とうとした、その時。

「……神の名を語り、私利私欲のために娘を利用し、国を乱す。それが『聖職者』のすることか」

 ズンッ。  空間そのものが重圧で押し潰されるような感覚。  魔王ゼスト様が一歩、前に出たのだ。

「ひっ……!」

 ボルドーの動きが止まる。  ゼスト様は、ミナを守るように立ちはだかった。

「その女についている『加護』……いや、『呪い』と言った方が正しいな」

 ゼスト様が手をかざす。  すると、ミナの体から黒い煙のようなものが立ち上った。

「これは『魅了(チャーム)』と『思考誘導』の呪いだ。貴様らがこの娘にかけたものだろう? 自分たちの都合のいい操り人形にするためにな」

「な……なぜそれを……!」

「魔王である俺の目を誤魔化せると思ったか?」

 パチン。  ゼスト様が指を鳴らすと、黒い煙は霧散した。  その瞬間、ミナの瞳から濁りが消え、憑き物が落ちたような表情になった。

「あ……私……今まで何を……」

 ミナが呆然と呟く。  彼女もまた、神殿の野望の被害者だったのだ。  自己顕示欲の強さを利用され、薬と魔法で操られ、破滅の道へと誘導されていた哀れな道化。

「貴様らの化けの皮は剥がれた。……これでもまだ、自分たちが正義だと言い張るか?」

 ゼスト様の冷徹な視線がボルドーを貫く。  広場を埋め尽くす民衆の目も、今は軽蔑と怒りに変わっていた。

「騙したな! このペテン師!」 「帰れ! 二度と来るな!」 「ミナ様も被害者だったのか……可哀想に」

 石が飛んでくる。  今度はカイルではなく、ボルドーに向かって。

「く、くそぉぉぉ! 覚えていろ! 聖法国が黙ってはいないぞ! 全軍を持ってこの国を……!」

 ボルドーが捨て台詞を吐いて逃げようとする。  だが。

「逃がすわけないだろ?」

 背後に、ギルが立っていた。   「先生の悪口を言って、街を騒がせて、女の子(ミナ)をいじめて……。罪状、役満だぜ?」

「ひぃッ!」

 反対側にはルウが浮いている。

「君たちの国、もう機能してないよ。……さっき、僕が遠隔魔法で神殿の金庫を空にしておいたから」

「な、なんだと!?」

「資産ゼロ。信用ゼロ。……これから君が帰る国は、借金まみれの廃墟だね」

 ルウがニッコリと笑う。  聖法国の力の源泉である「資金力」を、根こそぎ奪い取ったのだ。  もちろん、その金は全額、ルーンバルドの復興と被害者救済に当てられる。

「あ、あああ……」

 ボルドーはその場に崩れ落ちた。  権威も、金も、信者も、全てを失った瞬間だった。

          ◇

 騒動の後。  広場には静寂が戻っていた。  ミナは泣きながら私に謝罪し、私は彼女を許した。  彼女は今後、修道女として罪を償いながら、孤児院で働くことになった(もちろん監視付きだが)。

「アリア様……本当に、申し訳ありませんでした……」

「いいのよ、ミナさん。あなたも辛かったのね。……これからは、自分の心で生きていきなさい」

 私がハンカチを渡すと、彼女は子供のように泣きじゃくった。  これで、本当に全てのわだかまりが解けた気がする。

「終わったな、アリア」

 ゼスト様が隣に来て、肩を抱いてくれた。

「はい。……長かったです」

「これで邪魔者は消えた。聖法国も、内部崩壊してしばらくは動けまい」

 ゼスト様は満足げに頷いた。

「アリア。……これからは、誰にも邪魔されず、お前の好きにするがいい」

「はい。……でも、一つだけやり残したことがあります」

「なんだ?」

 私はゼスト様に向き直り、真剣な眼差しで見つめた。

「ゼスト様。……私、魔界に帰りたいです」

「……は?」

 ゼスト様が目を丸くする。

「女王としてここを治めるのも大切ですが……私の本職は『家庭教師』です。ギル君とルウ君の授業が、まだ途中ですから」

 私は微笑んだ。  女王の仕事は、優秀なセシルや、新たに設立した議会に任せればいい。  リモートワークの体制も整っている。  私が本当に居たい場所は、あの冷たくて温かい城なのだ。

「それに……ゼスト様と一緒にお酒を飲む約束、まだ果たしていませんし」

 私が少し顔を赤らめて言うと、ゼスト様は一瞬呆気にとられ、それから豪快に笑い出した。

「ハハハハ! そうか、そうだな! 国一つ手に入れても、お前の心はあの城にあるか!」

 彼は私を抱き上げ、くるりと回った。

「いいだろう! 帰ろう、俺たちの家へ! 魔界の女王として、そして俺の妻として!」

「つ、妻!? まだ早いです!」

「先生ー! 僕たちも帰るー!」 「今日の晩ごはんはハンバーグね!」

 双子も飛びついてくる。  民衆たちは、空飛ぶ船に乗って去っていく私たちを、いつまでも手を振って見送ってくれた。

 こうして、聖女の嘘は暴かれ、古き権威は崩壊した。  後に残ったのは、魔族と人間が手を取り合う新しい国と、世界一幸せな(そして最強の)家族の物語だけだった。

 次回、いよいよ最終章。  アリアの選択と、魔界での新たな生活、そして……。  物語は、最高のハッピーエンドへと向かって加速する。
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