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第18話 聖女の嘘と崩壊
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ルーンバルド王国が魔王軍の『人道支援』によって生まれ変わり、私がその実質的な統治者となってから数週間が経過した。 国内の混乱は収束し、カイルやミナといった「過去の遺物」も処理され(私の認識では療養中)、平和な日々が続いていた。
しかし、その平穏を破る最後の波が、西の隣国『聖法国ユーリン』から押し寄せようとしていた。
王城の執務室。 私が書類の山と格闘していると、セシルが青ざめた顔で飛び込んできた。
「アリア陛下! 大変です! 聖法国からの使節団が、王都の城門前に到着しました!」
「使節団? アポイントメントは取っていないはずですが」
私はペンを置き、眉をひそめた。 聖法国ユーリン。 大陸全土に信徒を持つ『聖光教』の総本山であり、先日の侵攻作戦でルウ君に騎士団を消滅させられた国だ。 懲りずにまた来たというのか。
「それが……ただの使節団ではありません。教皇の代理人である枢機卿と、数千人の信徒を引き連れての『宗教行進』です」
「宗教行進……?」
「はい。彼らは『魔女アリアに洗脳された哀れな民を救済する』と触れ回り、城門前で大音量の説法を始めています。市民たちが動揺し始めていて……」
私はため息をついた。 武力で勝てないと悟り、今度は宗教的権威とプロパガンダで攻めてきたわけだ。 厄介なことこの上ない。
「わかりました。私が直接対応します」
「いけません、陛下! 危険です!」
「大丈夫よ。私の後ろには、最強の護衛がいますから」
私が振り返ると、ソファでくつろいでいたギルとルウが、弾かれたように立ち上がった。
「もちろんだよ、先生! あの聖職者気取りの詐欺師ども、黙らせてやる」 「論破する準備はできてるよ。……物理的な口封じも含めてね」
二人の瞳が物騒に輝く。 私は苦笑しながら、彼らを連れて城門へと向かった。
◇
王都の大広場は、異様な熱気に包まれていた。 白装束に身を包んだ聖法国の信徒たちが、太鼓や鐘を打ち鳴らしながら行進している。 その中心に設置された仮設の祭壇には、豪華な法衣を纏った太った男――ボルドー枢機卿が立ち、拡声魔法で叫んでいた。
「目覚めよ! ルーンバルドの民よ! 貴様らは騙されているのだ!」
ボルドーの声が広場に響く。 集まった市民たちは、不安そうに顔を見合わせている。
「アリアという女は魔女だ! 魔王と契約し、美貌と甘言で人々をたぶらかす『国崩しの淫婦』だ! 彼女が施すパンやスープには、魂を腐らせる毒が入っている!」
「嘘だ! アリア様はそんな人じゃない!」 「そうだ! 帰れ!」
市民の一部が反論するが、ボルドーはそれを鼻で笑った。
「哀れな……。すでに毒が回っているようだな。だが安心せよ! 我らが聖女ミナ様が、必ずや貴様らを救ってくださる!」
「聖女ミナ?」
その名が出た瞬間、広場の空気が変わった。 ミナの悪評はすでに知れ渡っているはずだが、他国の人間にはまだ「悲劇のヒロイン」として伝わっているのかもしれない。
「そうだ! 聖女ミナ様は、魔女アリアによって不当に幽閉され、拷問を受けている! 神は告げられた! 『聖女を奪還し、魔女を火あぶりにせよ』と!」
ボルドーが手を掲げると、空がピカッと光り、神々しい演出(ただの照明魔法だ)がなされた。 これには、信心深い老人たちが動揺し、膝をついて祈り始めてしまう。
「まずいわね……。宗教という根源的な恐怖に訴えかけてくるとは」
私が広場に到着すると、ボルドーが私を指差した。
「出たな、魔女アリア! 神の御前で罪を認め、聖女ミナ様を返せ!」
数万の視線が私に集中する。 私は一歩前に進み出た。 背後には、不機嫌そうな魔王ゼスト様と、殺気立った双子が控えている。
「ようこそ、ボルドー枢機卿。……随分と賑やかなご訪問ですね」
私は冷静に微笑んだ。
「罪を認めろと仰いますが、私は何も恥じることはしていません。民を飢えから救い、壊れた街を直し、平和をもたらした。……それが『魔女』の所業だと言うなら、私は甘んじてその汚名を受け入れましょう」
私の言葉に、市民たちが「そうだ!」「アリア様は正しい!」と声を上げる。
「黙れ、小娘!」
ボルドーが激昂する。
「貴様の行いは全て偽善だ! その証拠に、貴様は正当なる聖女ミナ様を陥れ、その地位を奪ったではないか! 神に選ばれし聖女を害する者は、すなわち神への反逆者だ!」
あくまで「聖女ミナ」の権威を利用して私を攻撃するつもりらしい。 宗教国家にとって、「聖女」とは神の威光そのもの。 その聖女が否定されれば、彼らの教義の根幹が揺らぐ。だからこそ、彼らは必死にミナを擁護し、私を悪魔化しなければならないのだ。
「聖女、ですか。……ミナさんが本当に『神に選ばれた』存在なのか、疑問に思ったことはありませんか?」
私が静かに問いかけると、ボルドーは嘲笑した。
「愚かな。ミナ様の奇跡の力は本物だ。彼女の祈りは万病を癒やし、作物を実らせる。……貴様のような魔力頼みの小手先とは違うのだよ!」
「へぇ、奇跡ね」
その時、ルウが前に出た。 彼は退屈そうにあくびを噛み殺しながら、ボルドーを見上げた。
「その『奇跡』ってやつ、科学的に証明できるの? ……例えば、その杖に仕込まれた『幻覚剤散布装置』とかさ」
「な、何を……!?」
ボルドーが動揺して杖を隠そうとする。
「それに、聖女の『癒やしの祈り』。あれ、ただの『痛覚遮断魔法』だよね? 怪我が治ったんじゃなくて、痛みを感じなくさせてるだけ。……麻薬と同じだよ」
ルウの指摘に、広場がざわつく。
「でタラメを言うな! この悪魔の子め!」
「デタラメかどうか、本人に聞いてみればいいじゃん」
ギルがニヤリと笑い、指を鳴らした。
ゴゴゴゴ……。 広場の地面が割れ、地下から巨大な檻がせり上がってきた。 その中には、薄汚れた囚人服を着て、虚ろな目をした女性――ミナが座っていた。
「ミナ様!?」 「あのお姿は……!」
聖法国の信徒たちが悲鳴を上げる。 ボルドーも目を見開いた。
「き、貴様ら! 聖女様になんてことを! やはり拷問を……!」
「拷問? してねぇよ。……ただ『真実』を話してもらうだけだ」
ギルが檻の鍵を開け、ミナを引きずり出した。 ミナは眩しそうに目を細め、集まった群衆と、ボルドーの姿を見て、ビクリと震えた。
「あ……枢機卿……」
「おお、ミナ様! ご無事ですか! 今すぐ助けますぞ! さあ、皆の前で真実を! アリアにいかに酷いことをされたか、訴えてください!」
ボルドーがマイクを向ける。 彼は確信していた。 ミナが泣き叫び、アリアを糾弾すれば、形勢は逆転すると。
しかし。 ミナの口から出た言葉は、彼の予想を裏切るものだった。
「……嘘……全部、嘘です……」
「は?」
「私は……聖女なんかじゃありません……」
ミナは震える声で、絞り出すように言った。 会場が静まり返る。
「奇跡なんて使えません……。全部、神殿から渡された魔導具の力です……。癒やしも、豊作も、全部インチキです……!」
「な、何を言っているのですミナ様! 洗脳されているのですか!?」
ボルドーが焦ってミナの肩を掴む。
「い、言わされたんです! 神殿長に言われたんです! 『お前は顔だけはいいから、聖女のフリをして王子をたぶらかせ』って! 『アリアという邪魔な女を追い出せば、国を乗っ取れる』って……!」
ミナが泣き崩れる。 それは、彼女の魂からの懺悔だった。 地下での療養生活(という名の監禁と教育)の中で、彼女は悟ったのだ。 もう嘘は通用しない。 魔王一家という絶対的な力の前では、小手先の演技など無意味だと。
「そ、そんな……」 「聖女様が、偽物……?」 「神殿が国を乗っ取るために仕組んだことだったのか……?」
信徒たちの間に動揺が走る。 ボルドーの顔から血の気が引いていく。
「黙れ! 黙れ黙れ! この女は狂っている! 魔女に心を壊されたのだ!」
ボルドーはミナを突き飛ばし、杖を振り上げた。
「ええい、こうなれば力ずくでも……! 神の雷よ、異教徒どもを焼き尽くせ!」
彼が杖の宝石を輝かせ、攻撃魔法を放とうとした、その時。
「……神の名を語り、私利私欲のために娘を利用し、国を乱す。それが『聖職者』のすることか」
ズンッ。 空間そのものが重圧で押し潰されるような感覚。 魔王ゼスト様が一歩、前に出たのだ。
「ひっ……!」
ボルドーの動きが止まる。 ゼスト様は、ミナを守るように立ちはだかった。
「その女についている『加護』……いや、『呪い』と言った方が正しいな」
ゼスト様が手をかざす。 すると、ミナの体から黒い煙のようなものが立ち上った。
「これは『魅了(チャーム)』と『思考誘導』の呪いだ。貴様らがこの娘にかけたものだろう? 自分たちの都合のいい操り人形にするためにな」
「な……なぜそれを……!」
「魔王である俺の目を誤魔化せると思ったか?」
パチン。 ゼスト様が指を鳴らすと、黒い煙は霧散した。 その瞬間、ミナの瞳から濁りが消え、憑き物が落ちたような表情になった。
「あ……私……今まで何を……」
ミナが呆然と呟く。 彼女もまた、神殿の野望の被害者だったのだ。 自己顕示欲の強さを利用され、薬と魔法で操られ、破滅の道へと誘導されていた哀れな道化。
「貴様らの化けの皮は剥がれた。……これでもまだ、自分たちが正義だと言い張るか?」
ゼスト様の冷徹な視線がボルドーを貫く。 広場を埋め尽くす民衆の目も、今は軽蔑と怒りに変わっていた。
「騙したな! このペテン師!」 「帰れ! 二度と来るな!」 「ミナ様も被害者だったのか……可哀想に」
石が飛んでくる。 今度はカイルではなく、ボルドーに向かって。
「く、くそぉぉぉ! 覚えていろ! 聖法国が黙ってはいないぞ! 全軍を持ってこの国を……!」
ボルドーが捨て台詞を吐いて逃げようとする。 だが。
「逃がすわけないだろ?」
背後に、ギルが立っていた。 「先生の悪口を言って、街を騒がせて、女の子(ミナ)をいじめて……。罪状、役満だぜ?」
「ひぃッ!」
反対側にはルウが浮いている。
「君たちの国、もう機能してないよ。……さっき、僕が遠隔魔法で神殿の金庫を空にしておいたから」
「な、なんだと!?」
「資産ゼロ。信用ゼロ。……これから君が帰る国は、借金まみれの廃墟だね」
ルウがニッコリと笑う。 聖法国の力の源泉である「資金力」を、根こそぎ奪い取ったのだ。 もちろん、その金は全額、ルーンバルドの復興と被害者救済に当てられる。
「あ、あああ……」
ボルドーはその場に崩れ落ちた。 権威も、金も、信者も、全てを失った瞬間だった。
◇
騒動の後。 広場には静寂が戻っていた。 ミナは泣きながら私に謝罪し、私は彼女を許した。 彼女は今後、修道女として罪を償いながら、孤児院で働くことになった(もちろん監視付きだが)。
「アリア様……本当に、申し訳ありませんでした……」
「いいのよ、ミナさん。あなたも辛かったのね。……これからは、自分の心で生きていきなさい」
私がハンカチを渡すと、彼女は子供のように泣きじゃくった。 これで、本当に全てのわだかまりが解けた気がする。
「終わったな、アリア」
ゼスト様が隣に来て、肩を抱いてくれた。
「はい。……長かったです」
「これで邪魔者は消えた。聖法国も、内部崩壊してしばらくは動けまい」
ゼスト様は満足げに頷いた。
「アリア。……これからは、誰にも邪魔されず、お前の好きにするがいい」
「はい。……でも、一つだけやり残したことがあります」
「なんだ?」
私はゼスト様に向き直り、真剣な眼差しで見つめた。
「ゼスト様。……私、魔界に帰りたいです」
「……は?」
ゼスト様が目を丸くする。
「女王としてここを治めるのも大切ですが……私の本職は『家庭教師』です。ギル君とルウ君の授業が、まだ途中ですから」
私は微笑んだ。 女王の仕事は、優秀なセシルや、新たに設立した議会に任せればいい。 リモートワークの体制も整っている。 私が本当に居たい場所は、あの冷たくて温かい城なのだ。
「それに……ゼスト様と一緒にお酒を飲む約束、まだ果たしていませんし」
私が少し顔を赤らめて言うと、ゼスト様は一瞬呆気にとられ、それから豪快に笑い出した。
「ハハハハ! そうか、そうだな! 国一つ手に入れても、お前の心はあの城にあるか!」
彼は私を抱き上げ、くるりと回った。
「いいだろう! 帰ろう、俺たちの家へ! 魔界の女王として、そして俺の妻として!」
「つ、妻!? まだ早いです!」
「先生ー! 僕たちも帰るー!」 「今日の晩ごはんはハンバーグね!」
双子も飛びついてくる。 民衆たちは、空飛ぶ船に乗って去っていく私たちを、いつまでも手を振って見送ってくれた。
こうして、聖女の嘘は暴かれ、古き権威は崩壊した。 後に残ったのは、魔族と人間が手を取り合う新しい国と、世界一幸せな(そして最強の)家族の物語だけだった。
次回、いよいよ最終章。 アリアの選択と、魔界での新たな生活、そして……。 物語は、最高のハッピーエンドへと向かって加速する。
しかし、その平穏を破る最後の波が、西の隣国『聖法国ユーリン』から押し寄せようとしていた。
王城の執務室。 私が書類の山と格闘していると、セシルが青ざめた顔で飛び込んできた。
「アリア陛下! 大変です! 聖法国からの使節団が、王都の城門前に到着しました!」
「使節団? アポイントメントは取っていないはずですが」
私はペンを置き、眉をひそめた。 聖法国ユーリン。 大陸全土に信徒を持つ『聖光教』の総本山であり、先日の侵攻作戦でルウ君に騎士団を消滅させられた国だ。 懲りずにまた来たというのか。
「それが……ただの使節団ではありません。教皇の代理人である枢機卿と、数千人の信徒を引き連れての『宗教行進』です」
「宗教行進……?」
「はい。彼らは『魔女アリアに洗脳された哀れな民を救済する』と触れ回り、城門前で大音量の説法を始めています。市民たちが動揺し始めていて……」
私はため息をついた。 武力で勝てないと悟り、今度は宗教的権威とプロパガンダで攻めてきたわけだ。 厄介なことこの上ない。
「わかりました。私が直接対応します」
「いけません、陛下! 危険です!」
「大丈夫よ。私の後ろには、最強の護衛がいますから」
私が振り返ると、ソファでくつろいでいたギルとルウが、弾かれたように立ち上がった。
「もちろんだよ、先生! あの聖職者気取りの詐欺師ども、黙らせてやる」 「論破する準備はできてるよ。……物理的な口封じも含めてね」
二人の瞳が物騒に輝く。 私は苦笑しながら、彼らを連れて城門へと向かった。
◇
王都の大広場は、異様な熱気に包まれていた。 白装束に身を包んだ聖法国の信徒たちが、太鼓や鐘を打ち鳴らしながら行進している。 その中心に設置された仮設の祭壇には、豪華な法衣を纏った太った男――ボルドー枢機卿が立ち、拡声魔法で叫んでいた。
「目覚めよ! ルーンバルドの民よ! 貴様らは騙されているのだ!」
ボルドーの声が広場に響く。 集まった市民たちは、不安そうに顔を見合わせている。
「アリアという女は魔女だ! 魔王と契約し、美貌と甘言で人々をたぶらかす『国崩しの淫婦』だ! 彼女が施すパンやスープには、魂を腐らせる毒が入っている!」
「嘘だ! アリア様はそんな人じゃない!」 「そうだ! 帰れ!」
市民の一部が反論するが、ボルドーはそれを鼻で笑った。
「哀れな……。すでに毒が回っているようだな。だが安心せよ! 我らが聖女ミナ様が、必ずや貴様らを救ってくださる!」
「聖女ミナ?」
その名が出た瞬間、広場の空気が変わった。 ミナの悪評はすでに知れ渡っているはずだが、他国の人間にはまだ「悲劇のヒロイン」として伝わっているのかもしれない。
「そうだ! 聖女ミナ様は、魔女アリアによって不当に幽閉され、拷問を受けている! 神は告げられた! 『聖女を奪還し、魔女を火あぶりにせよ』と!」
ボルドーが手を掲げると、空がピカッと光り、神々しい演出(ただの照明魔法だ)がなされた。 これには、信心深い老人たちが動揺し、膝をついて祈り始めてしまう。
「まずいわね……。宗教という根源的な恐怖に訴えかけてくるとは」
私が広場に到着すると、ボルドーが私を指差した。
「出たな、魔女アリア! 神の御前で罪を認め、聖女ミナ様を返せ!」
数万の視線が私に集中する。 私は一歩前に進み出た。 背後には、不機嫌そうな魔王ゼスト様と、殺気立った双子が控えている。
「ようこそ、ボルドー枢機卿。……随分と賑やかなご訪問ですね」
私は冷静に微笑んだ。
「罪を認めろと仰いますが、私は何も恥じることはしていません。民を飢えから救い、壊れた街を直し、平和をもたらした。……それが『魔女』の所業だと言うなら、私は甘んじてその汚名を受け入れましょう」
私の言葉に、市民たちが「そうだ!」「アリア様は正しい!」と声を上げる。
「黙れ、小娘!」
ボルドーが激昂する。
「貴様の行いは全て偽善だ! その証拠に、貴様は正当なる聖女ミナ様を陥れ、その地位を奪ったではないか! 神に選ばれし聖女を害する者は、すなわち神への反逆者だ!」
あくまで「聖女ミナ」の権威を利用して私を攻撃するつもりらしい。 宗教国家にとって、「聖女」とは神の威光そのもの。 その聖女が否定されれば、彼らの教義の根幹が揺らぐ。だからこそ、彼らは必死にミナを擁護し、私を悪魔化しなければならないのだ。
「聖女、ですか。……ミナさんが本当に『神に選ばれた』存在なのか、疑問に思ったことはありませんか?」
私が静かに問いかけると、ボルドーは嘲笑した。
「愚かな。ミナ様の奇跡の力は本物だ。彼女の祈りは万病を癒やし、作物を実らせる。……貴様のような魔力頼みの小手先とは違うのだよ!」
「へぇ、奇跡ね」
その時、ルウが前に出た。 彼は退屈そうにあくびを噛み殺しながら、ボルドーを見上げた。
「その『奇跡』ってやつ、科学的に証明できるの? ……例えば、その杖に仕込まれた『幻覚剤散布装置』とかさ」
「な、何を……!?」
ボルドーが動揺して杖を隠そうとする。
「それに、聖女の『癒やしの祈り』。あれ、ただの『痛覚遮断魔法』だよね? 怪我が治ったんじゃなくて、痛みを感じなくさせてるだけ。……麻薬と同じだよ」
ルウの指摘に、広場がざわつく。
「でタラメを言うな! この悪魔の子め!」
「デタラメかどうか、本人に聞いてみればいいじゃん」
ギルがニヤリと笑い、指を鳴らした。
ゴゴゴゴ……。 広場の地面が割れ、地下から巨大な檻がせり上がってきた。 その中には、薄汚れた囚人服を着て、虚ろな目をした女性――ミナが座っていた。
「ミナ様!?」 「あのお姿は……!」
聖法国の信徒たちが悲鳴を上げる。 ボルドーも目を見開いた。
「き、貴様ら! 聖女様になんてことを! やはり拷問を……!」
「拷問? してねぇよ。……ただ『真実』を話してもらうだけだ」
ギルが檻の鍵を開け、ミナを引きずり出した。 ミナは眩しそうに目を細め、集まった群衆と、ボルドーの姿を見て、ビクリと震えた。
「あ……枢機卿……」
「おお、ミナ様! ご無事ですか! 今すぐ助けますぞ! さあ、皆の前で真実を! アリアにいかに酷いことをされたか、訴えてください!」
ボルドーがマイクを向ける。 彼は確信していた。 ミナが泣き叫び、アリアを糾弾すれば、形勢は逆転すると。
しかし。 ミナの口から出た言葉は、彼の予想を裏切るものだった。
「……嘘……全部、嘘です……」
「は?」
「私は……聖女なんかじゃありません……」
ミナは震える声で、絞り出すように言った。 会場が静まり返る。
「奇跡なんて使えません……。全部、神殿から渡された魔導具の力です……。癒やしも、豊作も、全部インチキです……!」
「な、何を言っているのですミナ様! 洗脳されているのですか!?」
ボルドーが焦ってミナの肩を掴む。
「い、言わされたんです! 神殿長に言われたんです! 『お前は顔だけはいいから、聖女のフリをして王子をたぶらかせ』って! 『アリアという邪魔な女を追い出せば、国を乗っ取れる』って……!」
ミナが泣き崩れる。 それは、彼女の魂からの懺悔だった。 地下での療養生活(という名の監禁と教育)の中で、彼女は悟ったのだ。 もう嘘は通用しない。 魔王一家という絶対的な力の前では、小手先の演技など無意味だと。
「そ、そんな……」 「聖女様が、偽物……?」 「神殿が国を乗っ取るために仕組んだことだったのか……?」
信徒たちの間に動揺が走る。 ボルドーの顔から血の気が引いていく。
「黙れ! 黙れ黙れ! この女は狂っている! 魔女に心を壊されたのだ!」
ボルドーはミナを突き飛ばし、杖を振り上げた。
「ええい、こうなれば力ずくでも……! 神の雷よ、異教徒どもを焼き尽くせ!」
彼が杖の宝石を輝かせ、攻撃魔法を放とうとした、その時。
「……神の名を語り、私利私欲のために娘を利用し、国を乱す。それが『聖職者』のすることか」
ズンッ。 空間そのものが重圧で押し潰されるような感覚。 魔王ゼスト様が一歩、前に出たのだ。
「ひっ……!」
ボルドーの動きが止まる。 ゼスト様は、ミナを守るように立ちはだかった。
「その女についている『加護』……いや、『呪い』と言った方が正しいな」
ゼスト様が手をかざす。 すると、ミナの体から黒い煙のようなものが立ち上った。
「これは『魅了(チャーム)』と『思考誘導』の呪いだ。貴様らがこの娘にかけたものだろう? 自分たちの都合のいい操り人形にするためにな」
「な……なぜそれを……!」
「魔王である俺の目を誤魔化せると思ったか?」
パチン。 ゼスト様が指を鳴らすと、黒い煙は霧散した。 その瞬間、ミナの瞳から濁りが消え、憑き物が落ちたような表情になった。
「あ……私……今まで何を……」
ミナが呆然と呟く。 彼女もまた、神殿の野望の被害者だったのだ。 自己顕示欲の強さを利用され、薬と魔法で操られ、破滅の道へと誘導されていた哀れな道化。
「貴様らの化けの皮は剥がれた。……これでもまだ、自分たちが正義だと言い張るか?」
ゼスト様の冷徹な視線がボルドーを貫く。 広場を埋め尽くす民衆の目も、今は軽蔑と怒りに変わっていた。
「騙したな! このペテン師!」 「帰れ! 二度と来るな!」 「ミナ様も被害者だったのか……可哀想に」
石が飛んでくる。 今度はカイルではなく、ボルドーに向かって。
「く、くそぉぉぉ! 覚えていろ! 聖法国が黙ってはいないぞ! 全軍を持ってこの国を……!」
ボルドーが捨て台詞を吐いて逃げようとする。 だが。
「逃がすわけないだろ?」
背後に、ギルが立っていた。 「先生の悪口を言って、街を騒がせて、女の子(ミナ)をいじめて……。罪状、役満だぜ?」
「ひぃッ!」
反対側にはルウが浮いている。
「君たちの国、もう機能してないよ。……さっき、僕が遠隔魔法で神殿の金庫を空にしておいたから」
「な、なんだと!?」
「資産ゼロ。信用ゼロ。……これから君が帰る国は、借金まみれの廃墟だね」
ルウがニッコリと笑う。 聖法国の力の源泉である「資金力」を、根こそぎ奪い取ったのだ。 もちろん、その金は全額、ルーンバルドの復興と被害者救済に当てられる。
「あ、あああ……」
ボルドーはその場に崩れ落ちた。 権威も、金も、信者も、全てを失った瞬間だった。
◇
騒動の後。 広場には静寂が戻っていた。 ミナは泣きながら私に謝罪し、私は彼女を許した。 彼女は今後、修道女として罪を償いながら、孤児院で働くことになった(もちろん監視付きだが)。
「アリア様……本当に、申し訳ありませんでした……」
「いいのよ、ミナさん。あなたも辛かったのね。……これからは、自分の心で生きていきなさい」
私がハンカチを渡すと、彼女は子供のように泣きじゃくった。 これで、本当に全てのわだかまりが解けた気がする。
「終わったな、アリア」
ゼスト様が隣に来て、肩を抱いてくれた。
「はい。……長かったです」
「これで邪魔者は消えた。聖法国も、内部崩壊してしばらくは動けまい」
ゼスト様は満足げに頷いた。
「アリア。……これからは、誰にも邪魔されず、お前の好きにするがいい」
「はい。……でも、一つだけやり残したことがあります」
「なんだ?」
私はゼスト様に向き直り、真剣な眼差しで見つめた。
「ゼスト様。……私、魔界に帰りたいです」
「……は?」
ゼスト様が目を丸くする。
「女王としてここを治めるのも大切ですが……私の本職は『家庭教師』です。ギル君とルウ君の授業が、まだ途中ですから」
私は微笑んだ。 女王の仕事は、優秀なセシルや、新たに設立した議会に任せればいい。 リモートワークの体制も整っている。 私が本当に居たい場所は、あの冷たくて温かい城なのだ。
「それに……ゼスト様と一緒にお酒を飲む約束、まだ果たしていませんし」
私が少し顔を赤らめて言うと、ゼスト様は一瞬呆気にとられ、それから豪快に笑い出した。
「ハハハハ! そうか、そうだな! 国一つ手に入れても、お前の心はあの城にあるか!」
彼は私を抱き上げ、くるりと回った。
「いいだろう! 帰ろう、俺たちの家へ! 魔界の女王として、そして俺の妻として!」
「つ、妻!? まだ早いです!」
「先生ー! 僕たちも帰るー!」 「今日の晩ごはんはハンバーグね!」
双子も飛びついてくる。 民衆たちは、空飛ぶ船に乗って去っていく私たちを、いつまでも手を振って見送ってくれた。
こうして、聖女の嘘は暴かれ、古き権威は崩壊した。 後に残ったのは、魔族と人間が手を取り合う新しい国と、世界一幸せな(そして最強の)家族の物語だけだった。
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