敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜

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第六話:皇后の改革

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「――却下します。その予算配分は非効率です」

帝城の会議室に、私の声が響いた。 今日で何度目の会議だろうか。 帝国の内政改革に着手して半月。私の毎日は、書類の山と頑固な古参貴族たちとの戦いに費やされていた。

円卓の向こうで、白髪の将軍が顔を真っ赤にして立ち上がる。

「なっ……! 非効率だと!? これは我が軍が伝統的に行ってきた冬季演習の予算だぞ! 軟弱な文官の娘に何がわかる!」

「伝統で兵の腹は膨れません、バルガス将軍」

私は手元の資料を指差した。

「演習を行うこと自体は否定しません。ですが、この厳冬期に、わざわざ補給線の遠い北限の雪山で行う必要性がどこにありますか? 貴方が提出した計画では、移動だけで予算の4割が消費され、さらに凍傷による兵士の脱落率が例年15%を超えています」

「それは……兵を鍛えるための試練だ!」

「試練と無駄死には違います。演習地を、王都近郊の平原に変更してください。浮いた移動コストと治療費で、全兵士に支給する防寒具を新調できます。最新の獣毛を用いたコートです。これを着て訓練した方が、よほど士気が上がり、春の遠征に向けた戦力維持に繋がります」

私は試算表を将軍の前に滑らせた。

「数字を見てください。場所を変えるだけで、同じ訓練効果を得つつ、予算を3割削減できます。その3割で、兵士たちの夕食に肉を一品増やせます。……将軍、貴方は部下に『寒さで指を落とせ』と言うのと、『温かい肉を食って強くなれ』と言うのと、どちらが将として尊敬されると思いますか?」

バルガス将軍は口をパクパクさせ、資料に目を落とし、そして唸った。

「……に、肉か」

「はい。帝国の羊肉は絶品だと聞いております」

「……むう。部下たちが腹一杯食えるなら……悪くない」

将軍はドサリと椅子に座り直した。 単純な人だ。 でも、こういう人は嫌いではない。私利私欲ではなく、部下のことを想っているからこそ熱くなるのだから。

「承認する。……ただし、肉の質は落とすなよ!」

「お約束します」

私は小さく息を吐いた。 これでまた一つ、案件が片付いた。

私の隣で、ジークハルト陛下が静かに笑っていた。

「見事だ、コーデリア。あの『雷おやじ』のバルガスを、たった5分で手懐けるとはな」

「手懐けたのではありません。利害を一致させただけです」

「それが難しいのだ。……さて、次は内務省からの報告か」

会議は続く。 私は休む暇もなく、次の議題へと頭を切り替えた。

帝国は、強大な武力を持つ反面、行政システムは驚くほど前時代的だった。 「力こそ正義」「奪えばいい」という発想が根強く、持続可能な発展という概念が希薄だったのだ。

私が着手したのは、徹底した「インフラの再構築」と「流通革命」だ。

まず、複雑怪奇だった税制を簡素化した。 各領地でバラバラだった計量単位を統一し、商人が取引しやすい環境を整えた。 そして何より、私が最も得意とする物流網の整備。

雪に閉ざされる冬の帝国において、物流の停止は死を意味する。 私は、凍結した河川を利用した「氷上輸送ルート」を確立し、ソリによる高速輸送部隊を編成させた。 これにより、夏場よりも早く、大量の物資を安価に運ぶことが可能になった。

結果は、劇的だった。

今まで冬には高騰していた野菜や果物の価格が安定し、平民の食卓に彩りが戻った。 燃料となる薪炭も十分に行き渡り、凍死者は激減した。

「……疲れたか?」

ふと、陛下が私の手元に温かいお茶を置いてくれた。 気づけば、他の出席者は皆退出しており、会議室には私たち二人だけが残っていた。 窓の外はすでに真っ暗だ。

「ありがとうございます。……少し、肩が凝りました」

私は素直に認め、首を回した。 王国にいた頃なら、「疲れた」などと言えば「甘えるな」と罵倒されただろう。 でも、ここでは違う。

「じっとしていろ」

陛下が私の背後に回り込み、大きな手で私の肩を揉み始めた。

「へっ、陛下!? そのようなこと、皇帝陛下が……!」

「いいから。……随分と固いな。鉄の女どころか、鋼鉄の女になりそうだぞ」

「失礼な。……あ、そこ、気持ちいいです」

彼の指圧は的確で、力強かった。 ゴリゴリと音を立てていた凝りが、魔法のように解れていく。

「コーデリア。貴女のおかげで、今年の冬は帝都が明るい」

背後から、彼の穏やかな声が降ってくる。

「昨日、お忍びで下町を見てきた。酒場で男たちが笑っていたよ。『今年の冬は酒が安い』『家の中が暖かい』とな。子供たちも、頬を赤くして雪遊びをしていた。飢えている者は一人もいなかった」

「それは……良かったです」

「民が笑っている。それは、私が剣でいくら領土を広げても、手に入らなかった光景だ」

陛下の手が止まり、私の首筋に彼の額が押し当てられた。 熱い吐息が肌にかかる。

「ありがとう。私の誇りだ」

その言葉だけで、溜まっていた疲労がすべて報われる気がした。 誰かの役に立ちたい。 その成果を認めてほしい。 私の承認欲求は、この国で、この人の腕の中で、完全に満たされていた。

「……ジークハルト様。私の方こそ、感謝しています」

私は彼の手を握り返した。

「私に『場所』を与えてくださって。私の考えが形になり、人々の生活が変わっていく……行政官として、これ以上の喜びはありません」

「行政官として、か?」

彼は少し不満げに耳元で囁いた。

「一人の女としては、どうだ?」

「……もう。意地悪な質問ですね」

私は顔が熱くなるのを感じながら、精一杯の強がりを言った。

「悪くはありませんわ。……旦那様のマッサージの腕前だけは、評価して差し上げます」

「ハハッ、それは光栄だ。では、今夜は特別コースで癒やしてやろう」

彼は私を抱き上げ、会議室を出た。 廊下ですれ違う衛兵たちが、慌てて敬礼し、そして温かい目で見守ってくれる。 ここには、私を「敵国の女」として白眼視する空気はもうなかった。 私は「賢皇后」として、あるいは「皇帝陛下が溺愛する伴侶」として、完全に受け入れられていた。

     * * *

翌日。 私はジークハルト様と共に、視察のために街へ出た。 お忍びではなく、公式な行幸として。

「見ろ、コーデリア。民たちが待っている」

バルコニーに出ると、広場を埋め尽くす群衆の姿があった。 大歓声が湧き上がる。

「皇帝陛下万歳!!」 「コーデリア様ーー!!」 「皇后様、ありがとうございます!!」

地鳴りのような歓呼の声。 その中には、多くの女性たちの姿もあった。 彼女たちは涙を流しながら、私に手を振っていた。

「皇后様のおかげで、子供にミルクを飲ませられました!」 「夫の仕事が増えました! ありがとう!」

具体的な感謝の言葉が飛んでくる。 抽象的な「人気」ではない。 私の政策が、確実に彼らの生活を向上させたという「実感」に基づいた支持だ。

私は震える手で、彼らに手を振り返した。 王国では、石を投げられたことはあっても、花を投げられたことなど一度もなかった。 「税金泥棒」「冷血女」と陰口を叩かれていた私が、ここでは女神のように崇められている。

(ああ……)

視界が滲む。 私は、愛されている。 この国に、必要とされている。

「泣くな、コーデリア。化粧が崩れるぞ」

隣でジークハルト様が笑い、ハンカチで私の目尻を拭ってくれた。 その仕草がまた民衆の熱狂を呼び、「ヒューヒュー!」という冷やかしの声まで飛んでくる。

「……うるさいです。目にゴミが入っただけです」

「そうか。帝国のゴミは優秀だな、皇后を泣かせるとは」

彼は私の腰を引き寄せ、群衆に見せつけるようにキスをした。 頬に、軽く。 それだけで、広場のボルテージは最高潮に達した。

幸せだった。 今、この瞬間、世界で一番幸せな女は私だと断言できる。

だが。 光が強ければ強いほど、その影もまた濃くなる。

私がこうして幸福の絶頂にいる時。 南の空の向こう――かつての祖国、王国では、事態は深刻な局面を迎えていた。

     * * *

王国、王都。

「おい、パン屋! 今日の分はどうした!」 「売り切れだ! 帰ってくれ!」 「ふざけるな! 昨日も買えなかったんだぞ! 子供が腹を空かせてるんだ!」 「無いものは無いんだよ! 小麦が入ってこねえんだ!」

市場では、怒号が飛び交っていた。 いつもなら山積みになっているはずのパンや野菜が、棚から消えていた。 あっても、値段は先週の3倍から5倍に跳ね上がっている。

原因は明白だった。 帝国による「経済制裁」だ。

コーデリアが発動させた輸出禁止措置と、周辺国への圧力により、王国への食料供給ルートは完全に断たれていた。 加えて、彼女が構築していた国内の輸送システムも、メンテナンスを行う者がいなくなったことで機能不全に陥っていた。

道路は穴だらけで馬車が進めず、橋は崩落の危険があるとして通行止め。 物流の麻痺は、都市部の飢餓に直結した。

王城の執務室は、パニック状態だった。

「で、殿下! 市民の暴動が起きそうです! 衛兵を派遣してください!」 「北部の領主から、離反を示唆する書簡が届いております!」 「商工ギルドが、王家に対する抗議デモを計画しています!」

次々と飛び込んでくる凶報に、レイモンドは頭を抱えていた。

「うるさい、うるさい、うるさい!! なぜだ!? たかが食料だろう! なぜ誰もなんとかできないんだ!」

彼は叫び散らした。 彼の認識では、食料など「金を出せば買えるもの」であり、物流など「勝手に届くもの」だった。 その裏に、どれほどの計算と調整があったかを知ろうともしなかったツケが、今まさに回ってきたのだ。

「レイモンド様ぁ……私のおやつ、また乾パンなんですかぁ? ケーキが食べたいですぅ」

ソファでミナが不満げに声を上げる。 彼女もまた、事態の深刻さを理解していない。

「ミナ、少し黙っていてくれ! 今、忙しいんだ!」

初めて、レイモンドがミナに怒鳴った。

「ひっ……! な、なんですかいきなり! ひどいですぅ!」

「お前の『祈り』はどうなったんだ! 作物を実らせるんじゃなかったのか!?」

「や、やってますよぉ! でも、種がないと祈っても生えてこないしぃ……小麦粉がないとパンにはならないんですよぉ!」

ミナが逆ギレ気味に言い返す。 そう、聖女の力といえども、無から有を生み出すことはできない。 種籾(たねもみ)すら輸入に頼っていた王国において、物流の遮断は致命的だった。

「くそっ……! なぜだ、なぜこんなことに……!」

レイモンドは髪をかきむしった。 脳裏に、冷ややかな瞳の元婚約者の顔がよぎる。

『民は霞を食っては生きられません』

彼女の言葉が、呪いのようにリフレインする。

その時、執務室の扉が乱暴に開かれた。 入ってきたのは、財務大臣のバートン伯爵だった。 彼はやつれ果てていたが、その目には決死の光が宿っていた。

「殿下。もはや猶予はありません」

「バートンか……。どうすればいい? 金ならあるだろう? どこかから買ってこい!」

「金など紙切れです! 物がないのですから! ……殿下、唯一の方法があります」

バートン伯爵は、苦渋の表情で告げた。

「帝国に、謝罪の使者を送るのです」

「……は?」

「コーデリア様に……いえ、帝国の皇后陛下に対し、先日の非礼を詫び、制裁の解除をお願いするのです。それしか、この国が生き残る道はありません!」

「ふ、ふざけるな!」

レイモンドは激昂した。

「俺が? あの女に頭を下げるだと? ありえない! 俺は王だぞ! 一国の王が、捨てた女に土下座などできるか!」

「では、国を滅ぼしますか!?」

「黙れ! 貴様もクビだ! 出て行け!」

レイモンドは手近にあった花瓶を投げつけた。 バートン伯爵は悲しげに首を振り、無言で部屋を出て行った。 彼が去った後、レイモンドは荒い息を吐きながら、爪を噛んだ。

「謝ってたまるか……。絶対に、あいつの思い通りになんてさせてたまるか……!」

彼はまだ、自分のプライドが国益よりも重いと信じていた。 そして、そのプライドを守るために、最悪の選択肢を取ろうとしていた。

「そうだ……。奪えばいいんだ」

彼の瞳に、狂気の色が混じり始める。

「帝国が食料を独占しているなら、それを奪えばいい。我々には『聖女』がいる。聖女の加護があれば、戦争になっても負けるはずがない」

短絡的で、あまりにも愚かな結論。 だが、追い詰められた無能な権力者は、往々にしてそこへ行き着く。

「ミナ。軍を招集しろ。……戦争の準備だ」

「戦争ですかぁ? よくわかんないけどぉ、レイモンド様が勝つなら応援しまぁす!」

無邪気な死神の言葉に、レイモンドは歪んだ笑みを浮かべた。 それが、自身の破滅を決定づける自殺行為だとも気づかずに。

北の空の下、帝国ではコーデリアが民の笑顔に包まれている頃。 王国では、愚かな王太子が破滅への行進曲を鳴らし始めていた。
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