冤罪で処刑された悪女ですが、死に戻ったらループ前の記憶を持つ王太子殿下が必死に機嫌を取ってきます。もう遅いですが?

六角

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第6話:死神からの贈り物

 その日も、私の部屋はゴミ捨て場の様相を呈していた。

 ただし、普通のゴミではない。  目が潰れるほどに輝くダイヤモンドのネックレス。  希少な蚕の糸で織られた、目の覚めるようなピンク色のドレス。  南国の果物に、高級な香油。

 すべて、王太子アレクサンダー殿下からの贈り物だ。

「……あの方、私の部屋を倉庫か何かと勘違いしているのかしら」

 私は山積みになったそれらを、冷ややかな目で見下ろした。  どれもこれも、自己主張が激しすぎる。  「俺を見ろ」「俺の愛を感じろ」「感謝しろ」という怨念めいたメッセージが、物から滲み出ているようだ。

「お嬢様、こちらの宝石はいかがなさいますか? 今夜の夜会でお着けになりますか?」

 侍女が遠慮がちに尋ねてくる。

「しまってちょうだい。できれば、私の視界に入らない一番奥の倉庫に。……光が強すぎて、目が痛いの」

「は、はい……承知いたしました」

 侍女たちはテキパキと高価なゴミたちを片付けていく。  私は気怠げにソファに沈み込んだ。  毎日毎日、これの繰り返しだ。彼は物を贈ることでしか愛を表現できないし、私はそれを拒絶することでしか自分を保てない。

 そんな時だった。  荷物の中に紛れていた、一つの小さな小包が目に留まった。

 それは、殿下からの贈り物とは明らかに異質だった。  金銀の包装紙も、派手なリボンもない。  漆黒のベルベットで包まれただけの、掌に乗るほどの小さな箱。  差出人の名前はない。

 けれど、私には直感でわかった。  これは、あの人からだ。

「……待って。それは私が開けるわ」

 片付けようとした侍女を制し、私はその小箱を受け取った。  ひんやりとしている。  箱そのものが、冷気を帯びているようだ。

 指先が震える。  恐怖ではない。期待で。  私はそっと、黒い蓋を持ち上げた。

「――っ!」

 部屋の空気が、一瞬で凍りついたようだった。  そこに収められていたのは、宝石ではなかった。

 白く、滑らかな曲線を描く、小さな骨。  小鳥の頭蓋骨だ。

 丁寧に漂白され、磨き上げられた骨は、まるで象牙細工のように美しい。  その空洞の眼窩には、小さな水晶が嵌め込まれている。  そして周囲には、色あせたドライフラワー――紫陽花と、名もなき野草――が添えられ、繊細な銀細工で髪飾りに仕立てられていた。

「ひっ、いぃぃっ!?」

 覗き込んだ侍女が、甲高い悲鳴を上げて尻餅をついた。

「お、お嬢様! な、何ですかそれは!? 動物の死骸……!? 不吉です、呪いの品ですわ! すぐに捨てないと!」

 侍女は顔面蒼白で、火箸か何かを持ってこようとする。  私はそれを鋭い声で制した。

「お待ちなさい」

「で、ですが!」

「なんて……なんて静かで、綺麗なのかしら」

 私は箱の中身を取り出し、掌に乗せた。  軽い。  命の重さが消え去った、抜け殻の軽さ。

 生々しい肉も、血も、ぬくもりもない。  そこにあるのは、永遠に変わることのない、完成された「死」の形。  ドライフラワーもそうだ。もう枯れることはない。水を欲しがることもない。  ただ静かに、時を止めてそこに在る。

 殿下から送られてくる生花は、数日もすれば腐臭を放ち、枯れてゴミになる。  けれど、これは違う。  これは永遠だ。

「これがいいわ。これこそが、私に相応しい」

 私は鏡台に向かい、その髪飾りを手に取った。  黒髪に、白い骨とくすんだ花の色がよく映える。  鏡の中の、死んだ目をした私に、これ以上なく似合っていた。

 添えられていたカードには、たった一言。

『君の安寧(サイレンス)のために』

 シルヴィオ公爵。  あの不器用で、世間知らずな死神。  彼は知っていたのだ。私が何を求めているかを。  ダイヤモンドの輝きよりも、この静かな骨の方が、今の私の心をどれほど癒やしてくれるかを。

 私は髪飾りをつけたまま、久しぶりに深く椅子に背を預けた。  守られている気がした。  この小さな死の欠片が、生者の世界から私を隔離する結界になってくれているようだ。

 バンッ!!

 静寂は、無遠慮な轟音によって破られた。

「ヴィオレッタ! 会いに来たよ、僕の女神!」

 扉が大きく開かれ、騒音の発生源――王太子アレクサンダー殿下が飛び込んできた。  今日も今日とて、目が痛くなるような煌びやかな衣装だ。

「昨日の茶会では怖がらせてすまなかったね。今日は機嫌を直してもらおうと思って、最高の楽団を連れてきたんだ! さあ入れ!」

 殿下の合図で、廊下からバイオリンやトランペットを持った楽団員たちがゾロゾロと入ってこようとする。

「……お断りします」

 私は即答した。  頭が割れそうだ。

「え?」

「うるさいのです。静かにしてください。楽団の方々もお帰りください」

「そ、そうか……君はまだナーバスになっているんだな。わかった、音楽はナシだ。その代わり、僕と愛の語らいを……ん?」

 私に近づこうとした殿下の足が、ピタリと止まった。  彼の視線が、私の髪に釘付けになる。

「……ヴィ、ヴィオレッタ? 何だそれは?」

 彼の顔が引きつった。

「髪についている、それ。……ゴミか?」

「ゴミではありません」

 私は凛と言い返した。

「贈り物です」

「贈り物? 誰からだ? いや、それより……ま、まさかそれは骨か!? 動物の骨なのか!?」

 殿下は後ずさり、まるで汚物を見るような目で私の髪飾りを指差した。

「なんて不吉な! 気持ち悪い! おい、誰かそれを取れ! ヴィオレッタが何かの呪いにかかっている!」

「近寄らないでください!!」

 私は立ち上がり、髪飾りを手で覆って叫んだ。  楽団員たちも、侍女たちも、その剣幕に怯む。

「呪いなどではありません。これは、とても美しい芸術品です」

「芸術だと!? 正気か!? それは死体の一部だぞ! そんな穢らわしいものを身につけていたら、君まで不幸になる!」

 殿下は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「僕が贈ったダイヤモンドはどうした! あんなに美しく輝く、高価な宝石を差し置いて、どうしてそんな薄気味悪い骨くずを選ぶんだ!」

「貴方の宝石は、私には重すぎます」

 私は殿下を睨みつけた。

「貴方の贈り物は、いつも眩しくて、騒がしくて、私を疲れさせるだけです。でも、これは違います。これは静かです。私に何も要求しません。ただ、静かに寄り添ってくれるのです」

「何を……何を言っているんだ……」

 殿下は呆然と口を開けた。  理解できないのだ。  「生」の権化である彼には、「死」の安らぎなど永遠に理解できない。

「捨てろ! 今すぐ捨てるんだ!」

 業を煮やした殿下が、私に掴みかかろうと手を伸ばしてきた。  力づくで髪飾りを奪い取るつもりだ。

「嫌ッ!」

 私は必死に抵抗した。  これは、ただの飾りじゃない。  私の心そのものだ。  これを奪われたら、私は本当に壊れてしまう。

「離して! 触らないで!」

「君のためなんだ! 目を覚ませヴィオレッタ! そんな死神の呪具に惑わされるな!」

 殿下の手が、私の髪に触れる。  乱暴な手つき。  髪が引っ張られ、痛みが走る。

 その痛みは、断頭台へ引き立てられた時の記憶を呼び覚ます。  あの時も、乱暴に髪を掴まれ、首筋を晒された。

「……っ、人殺し!!」

 私は叫んだ。  喉が裂けるほどの声で。

 その言葉は、殿下の動きを完全に停止させた。

 部屋の中が、真空になったかのように静まり返る。  楽団員たちが楽器を取り落とす音がした。

 殿下は、信じられないものを見る目で私を見ていた。  その手は空中で凍りついている。

「……ひ、人聞きが悪いぞ、ヴィオレッタ。人殺しだなんて……僕は君を愛して……」

「私の心を殺そうとなさる貴方は、人殺しと同じです」

 私は荒い息を吐きながら、涙目で彼を睨み据えた。  髪飾りを、壊れ物を守るように両手で押さえながら。

「この髪飾りは、私のものです。誰にも渡しません。もしこれを奪うと言うなら――私はこの場で舌を噛み切って死にます」

 ハッタリではなかった。  今の私にとって、この小さな骨はそれほどまでに重要な「命綱」だった。

 私の目には、狂気すら宿っていたかもしれない。  殿下は気圧され、青ざめた顔で一歩、また一歩と後退した。

「わ、わかった……わかったから、落ち着いてくれ。早まるな」

 彼は両手を上げて降参のポーズをとった。

「今日は帰る。楽団も帰らせる。だから、その……変な気を起こさないでくれ」

 殿下は逃げるように背を向けた。  去り際、彼は悔しげに、そして忌々しげに捨て台詞を吐いた。

「誰だか知らないが……僕のヴィオレッタにそんな汚らわしいものを送りつけた輩め。必ず見つけ出して、八つ裂きにしてやる」

 バタン、と扉が閉まる。  ようやく、嵐が去った。

 私はへなへなと床に座り込んだ。  髪飾りは無事だ。  頭蓋骨のひんやりとした感触が、指先に伝わる。

「……八つ裂き、ですって」

 殿下は気づいていない。  彼が八つ裂きにしようとしている相手こそが、この国で最も死に近い場所で、私を待っていてくれる唯一の救い手であることを。

 私は鏡に向かい、乱れた髪を直した。  そして、もう一度、愛おしげに骨の髪飾りを撫でた。

「ありがとう、シルヴィオ様」

 この小さな贈り物が、私に「拒絶する勇気」をくれた。  私はもう、ただ震えているだけの被害者ではない。  私は私の「死」を守り抜く。

 鏡の中の私は、少しだけ、本当に少しだけれど、生き生きとしているように見えた。  死の象徴を身につけることで、逆に生気を取り戻すなんて。  なんて皮肉な話だろう。

 でも、それでいい。  私は決めたのだ。  この美しい骨と共に、あの静寂の園へ向かうことを。

 次のデートの場所は決まった。  王宮の庭園でも、舞踏会でもない。  死者たちの眠る、彼の屋敷だ。
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