冤罪で処刑された悪女ですが、死に戻ったらループ前の記憶を持つ王太子殿下が必死に機嫌を取ってきます。もう遅いですが?

六角

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第17話:夜明け前の裁定

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 王太子アレクサンダー殿下の絶叫が遠ざかり、完全に聞こえなくなると、広間には重苦しい沈黙が降りた。

 嵐は去った。  しかし、残された爪痕は深い。  破壊された玄関、泥だらけの床、そして未だ空気に漂う死霊術の余韻。

 私はシルヴィオ様の腕の中から、そっと体を離した。  目の前には、この国の最高権力者である国王陛下と、私の父である公爵が立っている。

「……ヴィオレッタ!」

 父が駆け寄ってきた。  普段は厳格で、感情を表に出さない父が、今は顔をくしゃくしゃに歪めている。

「無事か……! ああ、なんて姿だ。怪我はないか?」

 父は泥だらけの私を、躊躇なく抱きしめた。  高級な上着が汚れるのも構わず、震える手で私の背中をさする。

「申し訳ありません、お父様。……黙って家を出てしまって」

「いいんだ。お前を守れなかった私が悪いのだ。アレクサンダー殿下の異常性に気づいていながら、王家への忠義に縛られ、お前を一人で戦わせてしまった」

 父の声は湿っていた。  私は父の胸に顔を埋め、小さく首を横に振った。  父もまた、苦しんでいたのだ。

 そんな親子の再会を、冷徹な視線で見つめる人物がいた。  国王陛下だ。  彼は深いため息をつくと、杖をついて立つシルヴィオ公爵に向き直った。

「……さて、ベルンシュタイン公爵よ」

 王の声は低く、威圧的だった。

「愚息の乱心があったとはいえ、其方のやったことも褒められたものではないぞ。歴代の王たちの御霊を召喚し、軍隊を威圧するとはな。場合によっては、国家反逆罪に問われる行為だ」

 空気が張り詰める。  父が息を飲んだ。

 しかし、シルヴィオ公爵は涼しい顔で、優雅に一礼した。

「反逆など滅相もない。私はただ、屋敷の静寂を守るために、ご先祖様方に『苦情』を申し立てていただいたまでです」

「……死者を私兵のように扱うなと言っているのだ」

「私兵ではありません。彼らは私の友人であり、この国の守護者です。子孫が過ちを犯した時、それを正すのは先人の務めでしょう?」

 シルヴィオ公爵は、国王相手でも一歩も引かなかった。  その態度は不遜とも取れるが、不思議と説得力があった。  彼には、生者の法律など通用しない「死の理(ことわり)」があるのだ。

 国王陛下は鼻を鳴らし、少しだけ表情を緩めた。

「……まあよい。あのままアレクサンダーが突入していれば、死人が出ていたかもしれん。最悪の事態を回避したその手腕、今回は不問としよう」

「寛大なご処置、感謝いたします」

「だが」

 国王陛下の視線が、私へと向けられた。

「ヴィオレッタ嬢。先ほどのアレクサンダーの言葉……『時間を戻した』というのは、真実なのか?」

 場の空気が再び凍りついた。  これは、王太子個人の狂気で済ませてよい問題ではない。もし本当なら、神の領域を侵す大罪だ。

 私は父の腕から離れ、国王陛下の前に進み出た。  泥だらけの喪服姿で、カーテシー(お辞儀)をする。

「……陛下。私には、時間を戻す術などございません。証明する手立てもありません」

 私は一度言葉を切った。

「しかし、私の記憶にある『死』は本物です。首を断たれた痛み、民衆の罵声、そして陛下が流してくださった涙も……すべて覚えております」

「……余が、涙を?」

「はい。処刑の後、私の無実が証明された際、陛下は私の棺の前で『すまなかった』と泣いてくださいました。そのお姿を、私は霊魂となって見ておりました」

 それは、ループ前の記憶。  私が処刑された後、恐らく王家は真相を知り、後悔したのだ。だからこそ、王太子は時間を戻すほどの執念を持ったのだろう。

 国王陛下は目を見開いた。  思い当たる節があるのだろうか。あるいは、王太子の最近の言動と辻褄が合ったのだろうか。  陛下は天を仰ぎ、深く、重い吐息を漏らした。

「……そうか。あやつは、それほどの罪を背負って……」

 陛下は老け込んだように肩を落とした。

「時間を戻してまで、同じ過ちを繰り返すとは。……救いようのない愚か者め」

 陛下の目には、息子への失望と、親としての悲哀が浮かんでいた。  王太子は「愛」だと言い張ったが、それは結局、自分の罪悪感を消すための自己満足でしかなかったのだ。

「ヴィオレッタ嬢よ。辛い思いをさせたな」

 陛下は私に向かって頭を下げた。  王が、臣下の娘に頭を下げるなど、あってはならないことだ。

「陛下、お顔をお上げください!」

「いや、謝罪させてくれ。王家として、そして父親として。……お前の人生を二度も踏みにじったこと、許してくれとは言わぬ。だが、せめてもの償いをさせてほしい」

 陛下は顔を上げ、威厳を取り戻して宣言した。

「本日ただいまをもって、王太子アレクサンダーと公爵令嬢ヴィオレッタの婚約を白紙撤回する」

 その言葉を聞いた瞬間、私の肩から重い鎖が落ちた気がした。  終わった。  本当に、終わったのだ。

「さらに、アレクサンダーには厳罰を下す。廃嫡の手続きを進め、北の修道院へ幽閉する。二度と、お前の前に姿を現すことはないだろう」

 それは、王族にとっては死刑に等しい判決だった。  権力を奪われ、一生を冷たい石壁の中で過ごす。  彼が私にしようとしたことを、彼自身が受けることになるのだ。

「……感謝申し上げます」

 私は深く頭を下げた。  復讐の喜びはなかった。ただ、やっと静かになれるという安堵だけがあった。

「それで、だ」

 国王陛下は、チラリとシルヴィオ公爵を見た。

「自由になったお前は、どうするつもりだ? 実家に戻るか? それとも……」

 私は迷わなかった。  一歩下がり、シルヴィオ公爵の隣に立った。  そして、彼の手を取る。  冷たくて、大きくて、安心できる手。

「陛下。私は実家には戻りません。社交界にも戻りません」

 父が驚いた顔をしたが、すぐに諦めたように微笑んだ。娘の決意が固いことを悟ったのだろう。

「私は、この場所で生きていきます。葬儀卿シルヴィオ・ベルンシュタイン公爵の元で、死者たちと共に静かに暮らしたいのです」

 それは、華やかな王都の生活を捨て、陰気な墓守として生きるという宣言だ。  普通の令嬢なら「不幸」と同義かもしれない。  けれど、私にとっては「至福」だ。

 国王陛下は、私とシルヴィオ公爵を交互に見た。  光を失った私の瞳と、闇を宿した公爵の瞳。  二つが並ぶと、奇妙なほど調和が取れていることに気づいたようだ。

「……物好きなお嬢さんだ」

 陛下は苦笑した。

「よかろう。ベルンシュタイン公爵、その娘を預ける。ただし、泣かせるようなことがあれば、今度こそ余が軍を率いてくるぞ」

「ご安心を、陛下」

 シルヴィオ公爵は、私の腰を引き寄せ、不敵に微笑んだ。

「彼女を泣かせるのは、私が死んで棺桶に入る時だけです。……もっとも、私は死神ですから、そう簡単には死にませんがね」

 なんて不吉で、頼もしい愛の言葉だろう。

 東の空が白み始めていた。  夜明けだ。  長く、苦しかった夜が終わる。

 破壊された屋敷の玄関から、朝の光が差し込んでくる。  それは、王太子が押し付けたギラギラした太陽ではない。  冷たく澄んだ、新しい朝の光だった。

「行きましょう、ヴィオレッタ。朝食の時間だ」 「ええ、シルヴィオ様。……美味しいお水をお願いしますわ」

 私たちは、国王と父に見守られながら、屋敷の奥へと歩き出した。  背中越しに、新しい時代の風が吹いていた。

 こうして、私の「二度目の死」を回避する戦いは幕を閉じた。  しかし、物語はまだ終わらない。  王太子のその後、そして私の新しい生活。  語られるべきエピローグが、まだ残っている。
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