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**第25話 私の人生に戻ってこないで**
その日、侯爵家の庭には、春の終わりに近い匂いが満ちていた。
ライラックの花はもう盛りを少し過ぎ、風が吹くたび、いくつかの花房が細かな紫の欠片のように散っていく。代わりに、白薔薇の蕾が硬く膨らみ始めていた。陽射しは春のやわらかさをまだ残しているのに、空気の底には少しだけ季節の重みが混じっている。朝露は薄く、土はしっとりと湿り、庭師の鋏の音さえも前より深いところで響くようだった。
侯爵家の南向きの居間で、セレスティーヌは一通の短い書状を読んでいた。
差出人の名を見るまでもない。封蝋の色も、筆致も、もう見慣れている。エーレンフリート公爵ローデリク。内容は簡潔で、言い訳めいた婉曲もなかった。
**最後に一度だけ、お会いしたい。**
それだけだった。
読み終えても、心は思ったほど揺れなかった。むしろ、ああ、やはり来るのだと、どこか静かな納得があった。あれほど遅く気づき、あれほど遅く失い、あれほど醜く取り戻そうとした男が、最後の一線をどうにかして越えようとするのは、もはや当然の流れに思えたからだ。
だがその“最後”を受けるかどうかは、自分で決めてよい。
今のセレスティーヌには、それがはっきり分かっていた。
「お嬢様」
マルグリットが少し離れたところで、主人の顔を窺うように立っている。
「旦那様と奥様には、すでに」
「ええ。お父様にもお母様にも伝えて」
セレスティーヌは便箋をゆっくりたたみ、膝の上へ置いた。
「応接間ではなく、東庭に面した小さな談話室で会うとお伝えして」
マルグリットの目がわずかに揺れる。談話室。あの部屋は客間でもあり、同時に家族が短い私的な話をするためにも使われる。大仰な対面には向かないが、静かに距離を取るにはちょうどよい。
「お一人で、でございますか」
「ええ。でも扉の外にはいてちょうだい」
「かしこまりました」
老侍女はそれ以上何も言わずに頭を下げた。彼女も分かっているのだろう。これはもう、父が代わりに怒鳴ることでも、母がやさしく遮ることでもない。セレスティーヌ自身が、自分の言葉で終わらせるべきものなのだと。
談話室は午後の早い時間の光をよく受ける部屋だった。東庭へ面した大きな窓の向こうでは、噴水が白く光り、そのまわりの草花が風に揺れている。壁は明るい淡灰色、家具は白木、花瓶には薄い青の小花が活けられていた。侯爵家の中でも、どこか肩の力の抜けた部屋だ。わざとこの部屋を選んだのは、最後の対面を、これ以上ドラマティックな舞台にしたくなかったからだ。泣き叫ぶ場でも、争う場でもない。ただ終わったものを、静かに終わらせるための部屋。
セレスティーヌは窓辺から少し離れた椅子に座り、膝の上に手を重ねた。
心は不思議なほど静かだった。
怒っていないわけではない。傷ついていないわけでも、三年が無かったことになったわけでもない。けれど、それらの感情はもう燃え盛る火ではなかった。燃え尽きたあとの、深く白い灰に近い。そこへ触れればまだ熱はある。だがもう、自分を焼く炎ではない。
ノックが三度、控えめに鳴る。
「お入りください」
扉が開き、ローデリクが入ってきた。
濃紺の上着。整えられた蜂蜜色の髪。青緑の瞳。変わらぬように見えて、以前よりも少し痩せた気がする。頬の線がわずかに鋭くなり、目の下に薄い影がある。だがそれでも、美しい男であることには違いない。だからこそ、その美しさの内側にある遅すぎる後悔が、ひどく滑稽にも見えた。
ローデリクは部屋の中央で足を止めた。
「……来てくれて、感謝する」
「私が決めたことですから」
セレスティーヌは立ち上がらずに答えた。わざとではない。今の自分には、そのくらいでちょうどよかった。
ローデリクは彼女の向かいの椅子へ腰を下ろした。以前なら、こうして向かい合うこと自体が奇妙だっただろう。夫婦でありながら、真正面から話す機会などほとんどなかったのだから。
沈黙が落ちる。
庭の噴水の音が、遠くやわらかく響く。開け放った高窓から風が入り、花瓶の小花を揺らした。
先に口を開いたのは、ローデリクだった。
「ルーヴェンディアから戻ったと聞いた」
「はい」
「……国は、どうだった」
セレスティーヌは、その問いに一瞬だけ目を瞬いた。
ずいぶん遠いところから話し始めるのだと思った。だがそれは、遠いというより、まだ本題へ飛び込む勇気がないだけなのだろう。
「息がしやすい国でした」
ローデリクの視線が少しだけ揺れる。
「そうか」
「ええ」
それ以上は言わない。説明を与える義理はないし、今さら彼にあの国の良さを教える気もなかった。
ローデリクは膝の上で片手を組み直した。その仕草には珍しく落ち着きがない。
「セレスティーヌ」
名前を呼ぶ声音は、前よりも確かに低かった。
「以前のことを……考えた」
セレスティーヌは黙って聞く。
「君が、どれほど邸を支えていたか」
やはりそこから来るのね、と思った。
「文書も、食卓も、夜会も」
ローデリクは続ける。
「全部、君がいたから……」
言葉が少し詰まる。自分の認めたくないものを認める男の、ぎこちない息継ぎだ。
「私は、それを当然だと思っていた」
その自己認識に、偽りはないのだろう。彼はようやく本当にそこへたどり着いたのだ。だがそれが、もう手遅れであることもまた明らかだった。
「そうでしょうね」
セレスティーヌは穏やかに言った。
ローデリクの目がわずかに細くなる。その返答に責める色がないからこそ、逆に逃げ場がないのだろう。
「君を……」
また言葉が止まる。
「失ってから、初めて分かったことが多い」
その告白は、以前のローデリクからは想像しにくいものだった。けれどセレスティーヌの胸は、それでも動かない。遅いのだ。あまりにも。
「君がいないと、邸は――」
そこでローデリクは止まった。おそらく自分でも、その続きを口にしてはいけないと気づいたのだろう。だが彼が止まったこと自体が、むしろ答えになっていた。
公爵邸は回らない。
公爵家には君が必要だ。
その主語から、彼は最後まで逃れられない。
セレスティーヌは静かに息を吸った。
「あなたは」
その声はやわらかかった。だがひどく鮮明だった。
「私に何も与えなかったのに、失う時だけ惜しむのですね」
談話室の空気が、ぴたりと止まった。
ローデリクの顔から、かすかに血の気が引くのが分かった。怒鳴り声ではない。泣き叫ぶ非難でもない。ただ、事実をそのまま抜き出して、静かに相手の前へ置いただけの声。
だからこそ刺さる。
セレスティーヌは続けた。
「結婚していた三年のあいだ、あなたは私に何をくださいましたか」
ローデリクは答えない。
「敬意を?」
セレスティーヌは問いかける。
「いいえ。最初から必要ないと切り捨てました」
静かな風がカーテンを揺らす。
「対話を?」
彼女の声は一度も荒れない。
「いいえ。業務の連絡だけでした」
ローデリクの喉が、はっきりと一度動く。
「妻としての居場所を?」
「……」
「それも、ありませんでした」
セレスティーヌは相手の目を見て言った。
「白い寝室で、触れられもしないまま一人で夜を越し、朝には食卓で仕事の話だけを聞く。それが私の結婚でした」
ローデリクがわずかに眉を寄せる。苦痛なのだろう。だがそれを今感じる資格がどこにあるのかと、セレスティーヌは冷静に思う。
「親族の前で“必要になれば跡継ぎを考える”と仰った時も、私の尊厳ではなく家の都合しか見ておられなかった。離縁を申し出たあとに贈り物や食事や寝室の提案をなさった時も、欲しかったのは私ではなく、元通り回る公爵家だった」
その一つ一つが、部屋の中に置かれていく。
「だから私は言っているのです」
セレスティーヌは、ほんの少しだけ首を傾けた。
「あなたは私に何も与えなかったのに、失う時だけ惜しむのですね、と」
ローデリクは、初めてはっきりと顔を歪めた。それは怒りではない。反論したいのに、反論できるだけの材料が何一つ見つからない男の顔だった。
「……そんなつもりでは」
「つもりでなかったことは分かっています」
セレスティーヌはすぐに言った。
「だから余計に、性質が悪いのです」
その一言に、ローデリクの目が揺れる。
「あなたは意地悪をしたかったのではないのでしょう。傷つけてやろうと思っていたわけでもない。ただ、最初から私を人として見る必要がないと思っていた。だから何も与えなかった」
静かな断定。
「でも、自分にとって都合の良い安定が消えた時だけ、その不在に耐えられなくなった」
セレスティーヌはそこで、ほんの少しだけ目を伏せ、それから再び相手を見た。
「それは愛ではありません」
部屋の中で、遠く時計が一度だけ鳴った。
「依存ですらない。ただ、自分の生活に組み込まれていた便利な安定を失って困っているだけです」
ローデリクの唇が、かすかに動く。
「私は……」
彼は言いかけ、止まり、やがて絞るように言った。
「私は、君がいたことの意味を理解した」
「遅すぎます」
セレスティーヌの返答は、ほとんど慈悲に近い静けさを持っていた。
「ええ」
ローデリクはかすかに笑った。笑ったと言っていいのか分からないほど乾いた歪みだった。
「分かっている」
その一瞬だけ、彼が本当に負けたのだとセレスティーヌは思った。侯爵家の応接間で主語を誤った時に、敗北はもう始まっていた。けれど今、それを本人が認めざるを得ないところまで来たのだ。
「私は」
ローデリクは低く言う。
「どうすればよかったのだろうな」
その問いに、以前のセレスティーヌなら答えを探してしまったかもしれない。どこで何を言えばよかったのか。どの夜に一歩踏み込めば、こんなことにはならなかったのか。けれど今は違う。
それは、もう私が考えるべきことではない。
「ご自分で考えるべきでした」
静かにそう返す。
ローデリクは少し目を閉じた。短く。痛みを飲み込むように。
「そうだな」
「私はもう、あなたの人生を整える役目ではありません」
その一言で、すべてを切り離す。
「公爵家のことも、邸のことも、あなたがこれからどう学ぶかも。私の仕事ではないのです」
ローデリクは目を開けた。青緑の瞳は、今まで見たことのないほど沈んでいる。美しい色なのに、そこにあるのはもう傲慢でも冷淡でもなく、ただ遅すぎた理解の濁りだった。
「……私の人生に、戻ってきてはくださいませんか」
その言い直しは、最後の最後にようやく主語を自分へ寄せた形だった。
けれど、もう届かない。
セレスティーヌはその言葉を聞き、しばらく黙った。
怒りはない。憎しみも、もうほとんど残っていない。ただ、終わったものを終わったものとして見送る静かな力だけが胸にある。
「戻りません」
はっきりと答える。
「あなたにはもう、私のいない人生を生きてもらわなければならないのです」
その言葉に、ローデリクはうつむいた。肩がごくわずかに落ちる。初めて見る姿だった。高く、整って、何でも当然のように受け取ってきた男が、やっと失ったものの重さに押されて少しだけ低くなる。
セレスティーヌは、その姿を見ても何も感じなかった。
哀れみも、優越もない。
ただ、これで本当に終わるのだという、澄んだ感覚だけがあった。
「もう、私の人生に戻ってこないでください」
その言葉は怒鳴り声ではなく、祈りでもなく、ただ境界線だった。
「あなたを憎んでいるからではありません。あなたがここへ戻ってくるたび、終わったはずのものをまた整えようとしてしまうからです。私はもう、そうしたくない」
ローデリクは顔を上げた。その目に、初めて明確な絶望が浮かんでいる。
だがセレスティーヌは揺れない。
「私の人生は、ようやく私のものになり始めたのです」
その一言が、自分自身に向けた確認でもあると分かった。
「ですから、戻ってこないでください」
長い沈黙があった。
庭ではまた風が吹き、噴水の音がひときわ明るく響いた。白いカーテンがやわらかく揺れ、花瓶の小花がかすかに震える。午後の光は少しずつ傾き、談話室の床に長い影を落としていた。
やがてローデリクは立ち上がった。
その動作は以前より遅く、重かった。けれど背筋だけは最後まで崩さなかった。崩せば、完全に終わると分かっている人の最後の矜持なのだろう。
「……分かった」
その声は低く、乾いていた。
「もう来ない」
それは約束というより、敗北の受け入れに近かった。
セレスティーヌは頷いた。
「ありがとうございます」
礼を言うのも奇妙だったが、今はそれでよかった。最後まで大声も涙もなく終えられたことが、かえって三年をきちんと閉じる気がしたからだ。
ローデリクは一礼し、扉へ向かう。途中で一度だけ足を止めかけたが、結局振り返らなかった。そのまま扉が開き、閉まる。
静寂が戻る。
扉の向こうでマルグリットの控えめな足音がし、やがてそれも遠ざかった。部屋の中には、噴水の音と、やわらかな午後の光だけが残る。
セレスティーヌはしばらく椅子に座ったまま、動かなかった。
胸は痛んでいない。
少し疲れただけだ。けれどその疲れは、何かを無理に飲み込んだ時の苦しさではない。長い荷をようやく下ろしたあとにだけ来る、静かな重みだった。
もう終わった。
今度こそ、本当に。
セレスティーヌはそっと目を閉じた。瞼の裏には白い寝室も、沈黙する食卓も、冷たい馬車の中での一言も浮かぶ。けれどそれらは、もう彼女を引き戻さない。あれは過去であり、彼女はもうそこへ戻らないと、自分の口で言えたから。
やがて立ち上がり、窓辺へ歩く。
庭ではライラックが揺れている。午後の光はやさしく、風は少し涼しい。遠くで鳥が鳴き、侯爵家の若い侍女たちの笑い声がかすかに聞こえた。
セレスティーヌはその光景を見ながら、胸の奥に静かな空白があるのを感じていた。喪失ではない。きれいに掃き清められた場所のような空白だ。ここへ、これから自分で選んだものが入ってくるのだろう。
それでいい。
それで、ようやくいいのだと思えた。
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