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第8話 侯爵の謝罪は遅すぎる
その日は、朝から雨だった。
春を呼ぶにはまだ冷たすぎる雨が、灰色の空から細く、途切れなく落ちていた。伯爵家の庭は薄い霧に包まれ、石畳は早い時間から黒く濡れている。窓ガラスを伝う雫の筋は細く、時々風に煽られて斜めに揺れた。空気はしっとりとしているのに、肌へ触れる温度はどこか骨張っていて、あたたかさにはほど遠い。
こういう雨の日を、リリアーナは前世でも嫌っていた。
晴れた日の寒さなら、まだ耐えられる。火を焚き、湯を多めに使い、厚手のドレスを選べばいい。けれど雨の日の冷えは違う。湿り気が指先や足首へじわじわと忍び込み、火に当たってもしばらく抜けない。気持ちまで薄く湿らせ、何もかもが少しだけ重たくなる。
今日は特に、その重さが胸に落ちていた。
眠れない夜は、昨夜も続いた。
前世の記憶は、呼びたくなくても勝手に蘇る。
熱を出した朝。
夜会のあと。
食卓で言葉を待って、待ちくたびれて、それでも笑った日々。
そして、今世のセドリックの違和感。
自ら伯爵家へ来て、自分の言葉を聞き、終わらせるつもりはないと言った男。あまりに前世と違いすぎて、それがむしろ前世の傷口を抉る。もし最初からそうしてくれていたならと、考えたくもない可能性が胸の奥を掠めるからだ。
嫌だ。
そんなことを考えたくない。
あの十年は、もう終わった人生だ。
終わった人生の寂しさを、今さら別の意味で塗り替えられたくない。
リリアーナは窓辺を離れ、机へ向かった。紙を開く。昨日までの記録の横へ、新しい一枚を置く。まだ何も起きていないのに、こうして書く準備だけはするのは、半ば癖のようなものになっていた。前世の自分は、どんなにつらくても、心の中だけで泣いて終わった。今の自分は違う。記録する。書く。忘れない。曖昧にしない。
ペンを持ったところで、ノックが鳴った。
控えめだが、急ぎの合図だった。エマが顔を出す。少しだけ呼吸が早い。
「お嬢様」
「どうしたの」
「侯爵家からお使いが……いえ、ご本人が」
「……え?」
聞き間違えかと思った。
「侯爵様が?」
「はい。今回は事前に使いがありましたが、もう玄関に着かれております」
「また」
その一言が、ほとんどため息のように零れた。
また、来た。
前回は婚約破棄の噂を聞いて、急ぎで現れた。
今度は、事前に知らせたうえで、それでも自ら来た。
何度も思う。前世なら、来なかった。たとえ婚約者が泣こうが怯えようが、侯爵家当主として必要な場にしか姿を見せなかった男が、どうして今世ではこんなふうに足を運ぶのか。
「お父様は?」
「旦那様は外出されました。近隣領主との会合で、夕刻まで戻られないかと」
「お母様は」
「奥様はお会いになるつもりでしたが、侯爵様が……」
エマが言いよどむ。
「何て?」
「リリアーナ嬢に、お一人で話したい、と」
部屋の空気が、一瞬だけきんと冷えた気がした。
お一人で。
その言葉の意味は明白だった。伯爵や継母を通さず、自分へ直接会いに来たのだ。侯爵家当主としてではなく、婚約者としてでもなく、もっと個人的な何かを持って。
それが嫌だった。
怖かった。
同時に、逃げてはいけないとも思った。
ここで避ければ、また向こうの都合で場が動く。前世で飲み込んだ言葉を、今世でも飲み込むことになる。それだけはいやだった。
「……どちらで?」
「客間の一つを整えさせております。奥様は同席を、と仰ったのですが、侯爵様が“二人でなければ意味がない”と」
エマの口からその言葉を聞いた瞬間、胸がざらりと逆立った。
二人でなければ意味がない。
前世で一度も真正面から話そうとしなかった男が、今さらそう言うのは卑怯だ。話す機会なら十年の間にいくらでもあった。寝室へ戻る夜も、食卓に向かう朝も、馬車の中も、庭も、夜会の帰りも。話せる場所はいくらでもあったのに、何も言わなかったのは彼のほうなのだ。
「……行くわ」
「お嬢様」
「断ったって、また来るでしょう」
「はい」
「なら、聞くだけ聞く」
そう口にしてから、少しだけ唇を噛んだ。
聞くだけ。
でも本当に、それだけで済むだろうか。
あの人は今、何を言いに来たのだろう。前回の続きか。婚約破棄を拒む言葉か。あるいは説明か。謝罪か。
謝罪。
その可能性が頭に浮かんだ途端、胃の奥がぎゅっと縮んだ。
もし謝られたら、自分はどうするのだろう。
許す気はない。
簡単に受け入れるつもりもない。
けれど十年待った言葉を、今さら目の前へ置かれた時、自分の心がどう動くのかは、正直、自信がなかった。
エマがドレスの襟を整える。今日は雨だからと、少し厚手の深い青灰色を選んでいた。鏡の中の自分は青白く見えたが、目だけは覚めていた。怯えている。けれど逃げるよりはましな色だ。
「エマ」
「はい」
「扉の外にいて」
「もちろんでございます」
「二人きりって言っても、完全に二人きりにはしないで」
「承知いたしました」
その返事に、ほんの少しだけ安堵する。
リリアーナは立ち上がった。
*
通されたのは、本館の南側にある小さな客間だった。
大きな応接間ほど格式ばってはいないが、伯爵家の客を通すには十分すぎる部屋。淡い生成りの壁、落ち着いた木製家具、窓辺には雨に煙る庭が見え、暖炉には火が入っている。だが火の熱は遠く、部屋の中央に置かれた小卓のあたりまで来る頃には、ぬくもりというより薄い明るさに変わっていた。
セドリックは、窓を背に立っていた。
黒の礼装ではなく、今日は濃い灰色の外套を脱いだだけの簡素な装いだった。だがその簡素さがかえって彼の輪郭を冷たく際立たせている。濡れた髪ではない。つまり、外で雨に打たれるほど乱暴な来方はしていないのだろう。それなのに、どこか急いできた気配だけが全身に残っている。
リリアーナが入ると、彼はすぐに振り返った。
前回の応接間と同じく、目だけが先に動いた。表情は保ったまま、瞳の底だけが深く揺れる。あれを見るたびに、胸の奥の古い傷がじくじく疼いた。
「来てくれてありがとう」
彼が先に言った。
その一言が、ひどく不自然に聞こえた。
セドリックは礼を欠く人ではない。だが、こういう私的な場で、こんなふうに言葉を置く人でもなかった。
「お話があるのでしょう」
「ああ」
「でしたら、手短にお願いします」
「……分かった」
リリアーナは扉から一番遠い椅子を選んで腰を下ろした。セドリックも対面の席へつく。二人の間には小卓。置かれた紅茶は、まだ手がつけられていない。湯気だけが静かに揺れている。
雨音が、細く窓を打っていた。
しばらく、どちらも何も言わなかった。沈黙は前世にもあった。だが質が違う。前世の沈黙は、彼の側から閉ざされるものだった。今の沈黙は、どう言葉を置けばいいのか双方が測っている沈黙だ。
それが、かえってリリアーナを苛立たせる。
最初からそうしてくれていたなら、少しは違ったのに。
「婚約解消の件だが」
ようやくセドリックが口を開く。
「私は、まだ受け入れるつもりはない」
「前回も伺いました」
「だが今日は、その話だけをしに来たわけではない」
「では何を」
問い返した瞬間、彼の視線が少し落ちた。わずかな間。たった数秒なのに、その沈黙が妙に重い。
まさか、と胸の奥で何かが身構える。
その予感は、次の一言で現実になった。
「……すまなかった」
短かった。
あまりに短く、あまりに静かで、一瞬、耳が理解を拒んだほどだった。
すまなかった。
それは、十年、いやそれ以上、どこかで待ち続けた言葉だった。
熱を出した朝にも。
夜会のあとにも。
義母の言葉に削られた日にも。
実家からの手紙で心を抉られた時にも。
言ってくれれば少しは違ったのに、と幾度も思った言葉。
なのに今、それを聞いた瞬間、胸に広がったのは救いではなかった。
遅い、という感覚だけだった。
あまりに遅い。
あまりに、どうしようもなく。
リリアーナはしばらく何も言えなかった。言葉を失ったというより、どの感情から先に口へ出せばいいのか分からなかった。怒り、虚しさ、哀しさ、そして期待していた自分への苛立ち。その全部が一度に喉のあたりへ押し寄せてくる。
セドリックは彼女を見ていた。逃げずに。だが、こちらの反応を待つその姿勢自体が、また新しい苛立ちになる。
待たないで。
そんなもの、今さら。
「……それだけですか」
やっと出た声は、思っていた以上に冷えていた。
「謝りに来たの?」
「ああ」
「どうして今さら」
「今さらでしかないと分かっている」
「分かっているなら」
そこで一度言葉が切れた。続ければ、たぶん感情が滲む。滲ませたくなかった。けれど、もう遅い。喉が熱い。胸の奥がじわじわと焼ける。
「分かっているなら、その一言で何とかなると思わないで」
セドリックの瞳が微かに揺れる。
「何とかなるとは思っていない」
「だったら、どういうつもりで言ったの」
「言うべきだったからだ」
「いつ?」
「……」
「いつ言うべきだったの」
責めるつもりはないのに、言葉は刃の形をとった。
「昨日? 先週? 婚約前?」
「違う」
「違うわよね」
笑いそうになった。もちろん可笑しいからではない。泣く代わりに笑いそうになるほど、腹の底が痛かった。
「十年前でしょう」
「……」
「少なくとも、あの時よ」
あの時。
どの時を指しているのか、彼は分かるだろうか。
夜会のあと、鏡の前で一人だった夜か。
熱で寝込んで、額の布を侍女に替えてもらっていた朝か。
食欲がなくて食堂を立った時か。
誕生日に侍女の花束だけが温かかった夕方か。
きっと全部だ。
全部が“あの時”だった。
リリアーナは膝の上で手を握りしめた。手袋越しでも爪が皮膚へ食い込むのが分かる。そうしていないと、声が震えそうだった。
「すまなかった、なんて」
「……」
「そんなの、何度も待ったわ」
「……」
「待って、待って、でも結局来なくて」
「リリアーナ」
「今さら与えられても、救いにはならないの」
そう言った時、ようやく自分の目元が熱いことに気づいた。涙になって零れるほどではない。けれど、感情が目の裏まで満ちているのが分かる。
セドリックは黙っていた。
その沈黙が、またひどく腹立たしい。
今、そこでもまだ黙るの。
謝っておいて、また黙るの。
結局あなたはいつもそうなのだ、と叫びたくなる。
だがその時、彼が低く言った。
「どう言えばよかった」
「……え?」
「君は、何を待っていた」
問いというより、自分へ刃を向けるような声音だった。
その瞬間、リリアーナの中で何かが切れた。
分からないの。
そんなことも。
十年、何を見ていたの。
何を聞いていたの。
何も言わないで、今さら“何を待っていた”なんて、そんなことを聞くの。
「謝罪じゃない」
気づけば、ほとんど即座に返していた。
「欲しかったのは、謝罪じゃない」
「……」
「あの時の、あなたの言葉でした」
部屋の空気が、ぴんと張る。
雨音だけが、遠くで細く続いている。
リリアーナはセドリックを見た。
逃がさないように。
今度こそ、曖昧にさせないように。
「夜会のあとに、疲れただろう、って」
「……」
「熱を出した朝に、大丈夫か、って」
「……」
「食卓で食べられない日に、何があった、って」
「……」
「たったそれだけでよかったの」
声は静かだった。怒鳴りたくはなかった。怒鳴れば、この痛みがただの感情の爆発みたいになってしまう気がした。そうではない。これは積もった十年の現実だ。取り乱した瞬間だけの言葉ではない。
「花もいらなかった。宝石もいらなかった。侯爵夫人としての立派な部屋も、整った食卓も、全部どうでもよかった」
「……」
「欲しかったのは、あの時、あなたの口から出るはずだった言葉よ」
セドリックの顔色が、ゆっくりと変わった。
真っ白になるわけではない。けれど、静かに血が引くというのはこういうことなのだと分かる。蒼灰色の瞳の奥が、わずかに揺れ、そして沈む。彼は今、ようやく具体的に理解したのだろう。自分が何を与えなかったかを。何を与えるべきだったかを。
遅い。
あまりにも遅い。
だから痛い。
「私は、あなたに謝ってほしかったんじゃない」
「……」
「その時に、そばにいてほしかったの」
「……リリアーナ」
低く名を呼ばれる。その声音には、抑えきれない何かが滲んでいた。けれど今、それに意味を感じたくなかった。
「言わないで」
「だが」
「今さら、分かったみたいな顔をしないで」
ついに声が少しだけ揺れた。悔しくて、腹が立つ。
「あなたは何度も、言えたはずだった」
「……」
「言葉にしようと思えばできたのよ。たった一言くらい」
「そうだ」
「そうよ」
即座に認められたことに、かえって息が詰まった。
言い訳されると思っていた。
違う、事情があった、と返されると思っていた。
でも彼は否定しない。ただ、正面から受けている。それがなおさら、自分の中の怒りと空虚さを増幅させた。
「だから謝られても困るの」
「……」
「謝罪って、終わったことに対して言うものでしょう」
「そうだ」
「でも私が欲しかったのは、終わったあとに片づけるための言葉じゃなかった」
「……」
「その場で、私を独りにしないための言葉だったの」
それを言い切った瞬間、ようやく胸の奥の澱が少しだけ形を持った気がした。そうだ。自分が欲しかったのは、後からの理解でも、立派な悔恨でもない。あの時その場で、自分が独りじゃないと思わせてくれる一言だった。
それだけで、たぶん救われた夜がいくつもあった。
けれど彼はその全部を、沈黙で通り過ぎた。
セドリックはしばらく言葉を失っていた。
前世でも、彼が本当に沈黙する時はあった。だがあれは思考を整理する沈黙だった。今の沈黙は違う。刺さったものを抜けずにいる人間の沈黙だ。目を逸らさないくせに、呼吸だけが少し重くなる。喉仏が上下し、膝の上に置いた手がわずかに強張る。
その反応を見て、胸がまた軋んだ。
そんなふうに傷つかないで。
傷つく資格がない、とは言わない。
でも、その顔を見ると、こっちまで揺れるから。
「……すまなかった」
彼はもう一度言った。
今度はさっきより低く、掠れに近い。だがそれでも、やはり違う。違うのだ。謝罪では足りないし、今の自分にはもう、それを受け取って救われる場所がない。
「だから」
リリアーナは深く息を吸った。胸が痛い。だが目は逸らさない。
「それが遅すぎるって言っているの」
セドリックは目を閉じた。ほんの一瞬だけ。次に開いた瞳は、前よりさらに深く沈んで見えた。
「……私は」
「弁解なら聞かないわ」
「弁解ではない」
「同じよ」
「違う」
短い否定だった。だがそこにあったのは反発ではなく、自分の不器用さへの苛立ちに近いものだった。
「私は、何を言うべきだったのか、今になってやっと分かっている」
「今さら」
「分かっている」
「なら、なおさら言わないで」
リリアーナは立ち上がった。これ以上座っていては、たぶん自分のほうが崩れる。
雨はまだ降っている。窓の向こうで細い筋がガラスを流れていく。暖炉の火も、さっきより少しだけ小さく見えた。
「私、あなたの謝罪を待ってたわけじゃない」
「……」
「ずっと待っていたのは、あの時にしか意味のない言葉だったの」
「……」
「それがなかったから、私は十年、愛されていないと思って生きたの」
その現実を言葉にすると、胸の内が空洞になったような感覚がした。事実なのに、あまりに重すぎて、今さら自分の口から聞くのがつらい。
愛されていないと思って生きた。
それが自分の結婚だった。
セドリックは椅子から立ち上がらなかった。追いすがることも、手を伸ばすこともしない。ただ座ったまま、彼女を見上げている。その視線が、前世では一度もなかったほど正面で、真剣で、遅い。
遅い。
本当に、遅い。
「今日はもう終わりにしましょう」
リリアーナは声を整えた。乱したくなかった。ここで泣きたくなかった。泣けば、また彼に弱さを見せることになる気がした。
「……まだ話したい」
「私は話したくないわ」
「リリアーナ」
「侯爵様」
いつものように敬称で呼ぶ。冷たい線を引くために。
「謝罪は、受け取りません」
「……」
「受け取ってしまったら、全部終わったことにしなければいけない気がするから」
「終わらせるつもりはない」
「だから困るの」
思わず、少しだけ笑ってしまった。乾いた、疲れた笑いだった。
「あなたは終わらせるつもりがなくて、私は終わらせたいの。そこからして、もうずれてる」
「……」
「でも一つだけ、分かってほしい」
最後にそれだけは言っておきたかった。
「今、あなたが謝ることで救われるほど、私は軽く傷ついていたわけじゃない」
セドリックの目に、はっきりと痛みが走った。
でも、それを見てももう手加減はしなかった。手加減できるほど浅い話ではないからだ。
「失礼します」
そう告げて、リリアーナは踵を返した。
扉へ向かう。背中に視線を感じる。強く、静かで、どうしようもなく遅い視線。けれど振り返らない。振り返ったら、また何かを拾ってしまいそうだった。
扉を開ける。
外の廊下にはエマがいた。彼女は主人の顔を見た瞬間、何も聞かず、ただ少しだけ近づいた。その気遣いがありがたい。
客間の中からは、何の音もしなかった。
謝罪した男は、きっとまだあの部屋に一人で残っている。
短すぎる謝罪と、遅すぎる理解を抱えたまま。
リリアーナは歩き出した。廊下の空気は少し冷たい。遠くで雨の音がしている。窓の向こうの庭は、どこもかしこも濡れて黒い。
心は軽くならなかった。
救われもしなかった。
むしろ、古い傷の形をもう一度なぞったぶん、ひどく疲れている。
けれど一つだけ、はっきりしたことがあった。
自分は何を待っていたのか。
そして、それがもう戻らないものだということ。
謝罪では埋まらない空白がある。
その場でしか意味を持たない言葉がある。
失われたあとでは、どうしても届かないものがある。
それを、今日、ようやく彼に言えた。
言えたからといって、痛みが消えるわけではない。
でも、少なくとも今度は飲み込まなかった。
リリアーナは自室へ戻るまで、一度も振り返らなかった。
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