82 / 84
第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国
第三十四話 隠し部屋で昼食を……
しおりを挟む香澄は、怒涛の魔法少女デビューと遊帆の追求を、笑顔で誤魔化して乗り切った。お互い笑顔で腹の探り合いをしていた香澄と遊帆を、レンドグレイルが迎えにやって来た。
遊帆の執務室に軽食を用意してあり、マリシリスティアを交えて昼食兼報告会を開こうというのだ。
香澄は、マリシリスティアとゆっくり話したいと思っていたのと、宰相閣下達との面談について詳しく聞きたかったので承知した。
遊帆の執務室は、他の事務方の部屋と比べても然程広くはない。執務机と椅子が、塔の主として最低限の権威を示す為に、無駄に大きい。
室内は、雑多な感じに本や荷物で溢れているが、メイラビアが清掃しているのか清潔に保たれている。
特筆するに値する物があるとしたら、部屋の隅に床が一段高く設えた一メートル四方のコーナーがあった。
天井よりやや低めに四方に柱が建てられ、燻し鉄色の細めの梁を渡し、見事な刺繍が入った臙脂色のカーテンが垂れ下がっていた。天蓋付きベッドにしては小さい。
ところが、靴を脱いで内部に入ると、装飾の美しい金属製のタッセルで手繰り寄せられたカーテンを境界に、天井が執務室よりも遥かに高くて二十畳はありそうな広比とした大空間になっていた。塔の内部の様に、異空間になっている様だ。
部屋の中央部にブルーグレーの毛足の長い絨毯が敷き詰められ、ベージュとブラウンのツートンの大きなクッションがゴロゴロ置かれていた。
このクッションは、中身が半端に詰まっている。身体の形に合わせて変形し、体圧を分散させて極上の座り心地をもたらす逸品だった。元の世界のマイクロビーズが絶妙な量で入っているクッションを参考に作ったらしい。
香澄は、異世界仕様でマイクロビーズの代わりに、何が入っているのかあえて追求するつもりはない。
部屋の全体的な設えは、和室というよりオリエンタル風で無国籍な部屋だ。
「うわぁー。遊帆さん、コレは人を堕落させるクッションです。……動きたくなくなりますね。よく見ると細かな刺繍が入っているし、肌触りがしっとりして、じんわり暖かくて、森やハーブの……良い香りがします」
「そこまで絶賛してもらうと嬉しいよ。苦労した甲斐があるってものだ。和室を作りたかったが、畳のノウハウがないから色々妥協したんだ。それと、土足禁止を理解させるのが大変だった。ここは、休憩に、昼寝に、仮眠に、魔術本を読みながら居眠りするのにも最高なんだ!」
要するに、仕事の合間のサボり部屋なのだろう。香澄はクッションを座椅子の様にしながら正座して、遊帆はグッタリとだらしく寄り掛かっていた。
「魔法陣を刺繍したカーテンを閉めると、この場所は外から認識されなくなるし、完全防音で中の様子も漏れない。ここに入る許可を俺が出さない限りは存在すら知られない場所なんだ」
「だから、昨日執務室に居た時に気がつかなかったのですね。今日、設置されたばかりなのかと思いました」
「香澄ちゃんは許可するつもりだったけど、他の奴らに知られたくなかったから遅くなった」
「やはり、極秘の話し合いの為の場所だからですか?」
「いや、奴らに許可すると、俺のことそっちのけで入り浸るに決まってるからな……」
「許可制だなんて言っても、ココにあるのが知られている時点で、無駄な抵抗でしょう?」
マリシリスティアは、呆れたように会話に入ってきた。彼女は、クッションを重ねて、一人がけの椅子の様に上手く座って優雅に紅茶を飲んでいた。
「マリー、コレは、コレで存在そのものがいいんだよ」
「遊帆の説明が足りないから、執務室に設置されたのでしょう? 本当は、奥の休憩部屋に置きたかったのに……。だから、わざわざ魔術隠匿遮蔽カーテンなんか付ける羽目になるのよ。遊帆は面倒になると、適当に人任せにするから、何でも中途半端になるのよ」
「マリー、今さら済んだ話をグチグチ言うと、小姑みたいで香澄ちゃんに嫌われるよー」
「何ですって!」
「はい、はい。師匠、姉上様、そろそろ本題に入りましょう」
レンドグレイルは、クッションを丁寧に平らにした上に器用に胡座をかいている。いつの間にか、膝の上には黒猫皓輝が鎮座している。
遅めの昼食時間、マリシリスティアは、こっそりと遊帆の執務室を訪ねてきた。香澄、遊帆、マリシリスティア、レンドグレイルの四人で報告会をするためだ。
楕円形のローテーブルにの上に、大皿料理が並んでいる。どの料理も、食欲をそそる見た目に、とても美味しそうな匂いがする。
遊帆が真っ先に小皿に料理を取り分けて食べ始めた。香澄も、ホットドッグのような物を取り分けてもらったりして、食べ始める。材料に何を使っているのか分からないが、どれも美味しいので満足だ。
「姉上様、昼食は先程食べていらしたのでは?」
「……小腹がすいたのよ」
「十代の頃と違って成長期は終わってるのですから、……太りますよ」
「ちゃんと運動してるから大丈夫よ!」
プリプリと頬を膨らませたマリシリスティアを、香澄はほのぼのとオヤジ目線で見ていた。
「ところで、師匠。香澄さんの魔力測定は『落ち人』の例に漏れず計測不能だったそうですけど、魔力制御や魔法の発動を実践してみたのですか?」
「あー、試してもらった……」
レンドグレイルの質問に遊帆は複雑そうな表情を浮かべている。
「いかがでしょう? 立会人のウインズワース侯爵はともかく、ジオヘルマン伯爵を黙らせる事は可能でしょうか?」
「遊帆でさえ、魔法らしい形になるまで一ヶ月はかかったのよ。いくら何でも無理でしょう?」
えっ? 香澄は、マリシリスティアの言葉に驚いた。
「レンド、マリー。香澄ちゃんなら心配無いよ。攻撃系はもちろん、治癒系の魔術もイメージするだけで使えるから……。いくらでも、ゴキブリ貴族を威嚇どころか、殲滅だってさせられるよ」
「は?」
「えっ?」
「香澄ちゃんは、チートな魔法少女……いや、聖女だって名乗れそうかもしれない……」
「遊帆さん? わたし、そんな称号要りませんからね!」
「わあ、香澄さん。流石です!」
レンドグレイルは、キラキラ瞳を輝かせながら香澄を見つめた。
「嬉しい誤算だけど……やり過ぎは良くない。ほどほどに魔法を使って、精霊との繋がりを示してもらえれば、きっと大丈夫……。まさかの遊帆以上の逸材⁈ 逆に、危なっかしい! 本当に、シシィの婚約者で良かった。政敵に取られていたら、王国が二分していたかも……!」
マリシリスティアは、頭を抱えて考え込んでしまった。時々、危ない発言も漏れ聞こえてくる。香澄は、過ぎたるは及ばざるがごとしなのだから、魔法を自由自在に操れるのは内緒でもいいのだからと思っている。
「穏便な解決策を希望します! わたしは、魔力はあっても、使えないって事にしてはどうなのでしょう?」
「香澄ちゃん。実力主義のこの国で能力隠してもいい事は無いよ。持たざる者は庇護されるけど立場は弱くなる。周りに都合よく扱われかねない」
「……面倒くさ、いえ、じゃあどうすればいいのでしょうか?」
「こうなったら、いっそ圧倒しちゃえばいいです!」
「え、マリー?」
「これだけ強力なカードを、王家が持つ事は、得るものの方が多いでしょう! 香澄さん、しっかり実力を発揮して、ゴキブリ貴族を圧倒しましょう!」
「えっと、ゴキブリ貴族?」
勇ましくマリシリスティアが打倒ゴキブリ貴族と宣言したが、この世界にゴキブリに似た生物はいるが、ゴキブリという名前ではない。
「実は、香澄ちゃんに明日会ってもらう相手だが、宰相閣下とウインズワース侯爵は親王家派だが、アルペジオ伯爵には気をつけてもらいたいんだ。伯爵は敵だと思っていて欲しい……」
「ファルザルク王国の貴族で敵味方ですか?」
「香澄さんに、知っておいてもらった方がいいね。ファルザルク王国は、大きな四つの大領地の集まりなんだ。それぞれの大領地に大侯爵家がいて、その中のファルザルク王家が国の中心になって統治を続いてきたんだ。だけど、ファルザルク王家を他の大侯爵家にすげ替えようと目論み暗躍する貴族が絶えないんだ」
「陛下もアレクシリスも、王国の政治的な話は何もしていない?」
「はい。そうですね。あまり時間も無かったですし、ある程度はランスから聞いていますけど……きっと、敢えて教える必要は無いと考えられたのかもしれないです」
「香澄さんは、ただでさえ異世界からやって来て、状況を受け入れるだけでも精一杯なのに、政治的な話まで配慮して行動するのは無理があるからでしょう。それでも、香澄さんに一つ頭に入れておいて欲しいのは……この国は、数年前に大きな政変があって、まだ政治的に不安定なんだ。今は、それだけ知っててもらえればいいと思う」
「君主国家で政治的に不安定……。元の世界でも、王制は古今東西不安定な歴史ばかりですから、油断してはいけないって事ですか?」
「そんな感じかな」
「香澄ちゃんは、どうして『茨の塔』に預けられているのか分かってる?」
「……都合がいいからですか?」
「何の?」
レンドグレイルの質問に答えた香澄に、今度はにやにやしながら遊帆が聞いてくる。こんな時の遊帆は、人の悪い笑顔で香澄を試しているようだ。
「私はファルザルク王国が保護した『落ち人』なのに、竜族が『召喚』した者だと主張する厄介者でしょう。王族のアレクシリスの婚約者に正式決定したとしても、竜族が退いてくれるとは思えない。私はファルザルク王国にとって、竜族との有益な交渉材料であって、私自身の価値は微妙なんでしょうね……。政治の中枢が王族で、私を受け入れるにしても急過ぎる。王国の国家魔導師で同じ『落ち人』の遊帆さんに託すのが、妥当なんでしょう」
香澄は、ちょっと面倒だなぁと思いながらも、今度は丁寧に答えてみた。
「ほぼ正解だ。まあ、一番の理由は、安心安全な場所だから。ファルザルク王国は、三年前に大きな政変があった。国力は大陸一だが、政治的に王家は三代前あたりから弱体化しちまった所為で現状苦労している。一部の貴族が、ファルザルク王を傀儡扱いにした時代が続いたせいで、王家の威信はまだまだ弱い。裏には『異界の悪魔族』の暗躍があったんだがな」
「『異界の悪魔族』は、封印されたのではないですか?」
「封印の門に全ての『異界の悪魔族』が封印されていなかったのか、巧みに封印をすり抜ける奴がいるのか、どちらかだろう。今も、意図のいまいち分からないちょっかいをファルザルク王国や竜族に仕掛けてきている」
「今回も、竜族のキプトの町を襲った者と、ランスに香澄さんを殺させようとした者の二つの意思を持つ者がいると、考えられます」
「どちらも目的がはっきりしない。封印の門を破りたいのなら、もっと違う行動をすべきだと思うし、今回は随分と直接的だが、封印の門の管理人『死者の王』すら手中にあったが、封印に何も手出ししていない。香澄ちゃんを手に入れるのが目的だったとしたら、ランスに香澄ちゃんを襲わせた意味が分からない。奴らも派閥があり、それぞれ目的が違うと考えるのが一番しっくりくる」
「今、竜族が妙な動きをしているのも関係ないと言い切れないわね」
「香澄ちゃんは、皓輝から何聞き出せないのか?」
「普段は、あまり要領を得ないのですが、……試してみます」
香澄がレンドグレイルの膝の上で丸くなっていた黒猫皓輝に意識を向けた。
すると、黒猫皓輝は起きだして香澄に向ってトテトテ歩いてきた。
香澄は、黒猫皓輝を抱き上げて、その背中や頭を撫でた。ゴロゴロと喉を鳴らす皓輝に、香澄は少年の姿に戻るように告げるのだった。
1
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた
たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。
女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。
そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。
夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。
だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……?
※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません……
※他サイト様にも掲載始めました!
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる