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第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国
第三十五話 己の身の内に潜むもの①
しおりを挟む香澄が皓輝に少年の姿になるように告げると、フルッと震えた黒猫の身体が膨らんだ。
香澄が見下ろせば、フワリと茶色の髪が揺れて、白シャツに黒の短パンの少年が膝の上に座っていた。
皓輝は香澄の腰に、キュッと抱きついて見上げてくる。
『香澄様、この姿で宜しいでしょうか?』
「うん、うん。皓輝はその姿が一番しっくりくるわね」
『皓輝は……一番……!』
「うん? 省かない、省かない、省いておかしな解釈しないでね」
『香澄様は、皓輝の一番です!』
「ふふふ。困った子ね」
皓輝の通常運行はスルーして、香澄はこの場ではっきりさせておきたかった。
「皓輝、『魔霧の森の隠れ家』で待っていた彼と一緒になった貴方なら、もっと正確に答えられるでしょう? 『異界の悪魔族』の目的は何なの?」
私を何故待っていたの? 私は、何故召喚されたの? 私は何の『鍵』なの? 『裁定者の娘』って、何のことかわかる? 本当に知りたい事は他にもある。ただ、内容が内容だけに、それは他の人に知られないたくないから、今は聞けない……。
香澄は、質問を『異界の悪魔族』についてに絞った。この場の人物と共有できて、ファルザルク王国に提供できる情報は、重要度からいってもこれが一番いいだろう。
香澄が遊帆に視線を合わせると、正解だと言うふうに、頷き返してくれる。
『香澄様……。皓輝は『異界の悪魔族』の眷族から派生致しました』
今日の皓輝は、落ち着いて話してくれるようだ。暴走気味なのは、もしかして演技だったのかもしれない。この従者は隠し事が多いのだ。それを香澄に悟らせないようにしているようなので困る。
「竜族が『黒い霧』って呼んでるモノね」
『はい。『黒い霧』に呼び名はありません。『異界の悪魔族』と呼ばれる者達の手足……増殖と複製と同期を繰り返す端末ユニットです』
「複製……だから、同じ姿をしていたんだ。……ギャッ! 思い出すと、ぞわぞわする!」
香澄は、集合体恐怖症だ。キプトの町で、記憶の底に蓋をしたはずの光景を思い出してゾッとした。すぐに、記憶の蓋を閉めて更に、幾重にも塗り固めた。腕のトリハダが治らない……。
『皓輝は、新たに作られたばかりのユニットでした。それを、主人から支配権を姫様に譲渡されました。それで、皓輝は姫様の所有物になりました』
「支配権の譲渡! 予想外にも平和的な展開だった……!」
『その時から、皓輝は姫様の所有物です。元の主人との、関係は絶たれています。だから、予測でしか語れませんが……………………何かを待っている間、暇だから遊戯を愉しんでいる……のでしょうか?』
…………固まった。皓輝の斜め上をいく言葉に全員が固まった。
『香澄様?』
「……皓輝は、『異界の悪魔族』は封印から出ようとしない理由を知っているのか?」
遊帆は、慎重に皓輝に尋ねていた。皓輝から何か聞き出すには、コツが要る。多分、皓輝は、答えを相手に理解させようと話していない。だから、質問に正しく答えていない微妙な感じになるのだ。
『いつでも、封印を破れるのですが、それをしない理由は、香澄様にあるのだと思います』
「まさかの私⁈」
「それは、『異界の悪魔族』が香澄ちゃんを知っているからなのか?」
『?』
皓輝は訳がわからないという顔をした。答えられないのか、答えが無いのかわからないが、皓輝は黙ってしまった。
「『異界の悪魔族』の主人から、姫様にって、姫様は『異界の悪魔族』の姫様なの?」
『いいえ。姫様は『異界の悪魔族』とは違います』
「その姫様は、何者なの?」
『香澄様です!』
「うーむ。それは、前世的な?」
『はい。香澄様は姫様です。姫様の『…………』が、皓輝の元に戻られたのです!』
「「「⁈」」」
香澄は、紅い瞳を輝かせながらウットリと話す皓輝のひと言が聞き取れなかった。遊帆とマリー達も同じような表情を浮かべている。香澄は慎重に質問した。
「皓輝、姫様の『何』が戻られたって言うの?」
『姫様の『…………』です』
「おかしいな。皓輝、そこだけ聞き取れないわよ?」
『…………『…………』です。香澄様でもご理解できませんか?』
「……ダメ。分からない。遊帆さんは?」
「俺にも聞こえない。……記憶にも残らない? 発音の再現すら出来ないぞ。何だ⁈」
「マリーとレンドは?」
「ダメだわ……。ただ、この現象に心当たりがあるわ」
「えっ? それって何?」
マリシリスティアは、深呼吸を一度してから鳶色の瞳を真っ直ぐ香澄に向けた。
「私の精霊が教えてくれたの。以前の世界に存在して、今の世界に存在しないモノに関して、私達は干渉できない。太初の世界、それに準ずる世界に存在した記憶のある魂だけが全てを識る事が出来る。だから、何か理解不能な事柄があったら、それは太初の世界かその次の世界に関わる存在だろうって……」
香澄は、また新たな世界設定が登場したぞと身構えた。
この世界に落ちて、いや召喚されてから、様々な出来事や異世界設定を目や耳にしてきたが、今度は何だというのだろう?
「なるほど、崩壊と修復を繰り返してきた弊害? みたいなもんかな……」
「姉上様、師匠、香澄さんを置き去りに話をしないように……」
レンドグレイルのフォローに感謝しつつ香澄は同意するように頷いた。
「マリシリスティア、ざっくりとでいいから、香澄ちゃんに説明してくれないか? なんだか、皓輝と話していたら疲れた」
そう言って、遊帆はゴロンと横になった。マリシリスティアは、呆れているが遊帆の顔色は良くない気がする。
「この世界は、崩壊しては、修復されていく……。それを、何度目なのかわからないくらい繰り返しているの」
香澄は、首を傾げた。世界の崩壊だなんて、はっきり言って全部終わりの事だろう。それなのに、修復されるとはどういう事だろう。
「この世界は、崩壊しては修復される。崩壊点も修復の度合いも様々なの。私は一度だけ、小さな崩壊を経験したけど、微妙にズレた修復で、一時的に国は大混乱したのよ。この世界は、途切れてしまったり、国ごと滅亡したり、ガラリと入れ替わたったり、真逆に変質していたり、酷い継ぎ接ぎだらけなの」
遊帆は、寝転んだままマリシリスティアの説明を引き継いだ。
「ファルザルク王国の地下深くにある遺跡は、そんな滅亡した世界の記憶の遺跡なんだ。あの遺跡に、人々が暮らしていた世界は、古代竜族が世界の支配者で、人族は奴隷として迫害されていた。人々が、隠れ住むための地下都市だったんだ。今、そこに住んでいたはずの人々は消えて、歴史も文化も存在しない。最初から無かったことになっている」
「存在そのものが、無かった事に?」
香澄は、背筋がゾッとした。その修復結果によっては、自分や周囲の人々が消されてしまう可能性があるのだということだからだ。
「この事を、この世界で知る者はファルザルク王国で俺と王族と一部の貴族だけだ」
「他国の賢者の中にもいるでしょうが、交流がなければ存在を無視して構わないでしょう」
「つまり、皓輝は世界が崩壊を繰り返す以前か、その次くらいの世界で生まれたって事でしょうか?」
「そうなるわね」
「それじゃあ、皓輝の言ってる事は、一生理解出来ないって事ですか?」
「香澄、大丈夫よ。私の精霊が戻って来たら、解る様に出来るわ」
「マリーの精霊?」
「私の精霊は、事情があって今は出かけてるけど、戻ったらきっと、香澄の力になってくれるわ」
「マリーの精霊って、何の精霊なの?」
「世界の守護精霊よ!」
香澄は、マリシリスティアのニンマリとした笑顔で、言い放たれた言葉を反芻して、理解しようと努めた。
世界の、守護精霊、世界と守護精霊……。世界の、世界……。つまり、世界を守護する精霊って事だよね。
「それは、スゴイですね……」
香澄は、そんな肩書きの精霊が居たら、自分が世界を救わなくても大丈夫そうな気がする。
しかし、そんなに甘くないと、遊帆に否定される。
「マリーの精霊は、生まれて間もないし、力もまだ弱い。精霊界でどれだけ強く成長出来るか未知数だし、期間も未定なんだ。はっきり言って、使える様になるのは、千年後だって不思議じゃない」
「そんな事は無いわよ! あの子だって、世界に残された時間を知っているのだから、そんなに先の話じゃないわ!」
「香澄さん、姉上様はこう言ってますが、僕も師匠の意見に賛成です」
香澄は、何とか出来るなら、やはり自分で何とかしなければならないらしいと悟った。
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