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第一章 初恋
第十一話 竜族の若者 ①
しおりを挟む「藍白様、『精霊の姫君』って、何の事 …… 」
「藍白殿、杜若殿。姫殿下に会わせれば、結界を解いていただく約束ではありませんか?」
「父上? えっ、結界?」
父上は、私の藍白への質問を遮る様に言った。
「杜若殿が、シシィの周りに結界を張り巡らせているのです。マリーと会わせてくれれば、結界を解いても良いと、杜若殿が言われたのです」
私は、目を凝らして、天涯付きのベッドの周りに、結界を探してみた。私の私室にも、母上が結界を張っているそうだけど、見えたり感じたりしたことはない。そんな私に、結界が見えるはずはなかった。もしかしたら、私には魔力や才能が無いのかもしれない。
それにしても、さっきの父上は、話題を変えるように私に話しかけてきた。『精霊の姫君』について、父上は、私に知って欲しくないのかな。
そんな、父上の様子に藍白は、長いまつ毛の下の、綺麗な金色の瞳を細めて不機嫌そうな表情をしている。美形はお得だな、そんな顔していても麗しいのだから。
「何?! 姫君には何も話してないの? 話さないつもりなの?」
「藍白殿、竜族も我々も、姫殿下の健やかな成長が望みではありませんか?」
「ふ~ん。真実を黙っていて、嫌な事や悪いモノから護っていれば、健やかな成長だって? 笑わせないでよね。過保護も過ぎれば、逆に成長の阻害にしかならないだろうに? あんた達が、そんなだから、アレクシリスは竜騎士の契約をする決意をするはめになったんじゃない?」
「藍白、言い過ぎだぞ」
「杜若だって、そう思っているのでしょう? だから、アレクシリスと誓約をしたのでしょう? 子供一人守れなくて、『精霊の姫君』の保護者面しないでもらいたいじゃないか!」
「いや、姫君の父親なのだから、保護者だろう?」
「杜若は、黙っていてよ。論点がずれるだろう? 僕にだって、考えがあって話しているのだからね。それに、僕が言いたいのは、アレクシリスの事なのだからさ。杜若の事は抜きにしても、今のままじゃ駄目でしょう?!」
父上は渋い顔をしている。藍白は、杜若より年下に見えるけど、逆に説教しているの? アレクシリスの事に、私の事が関係していて、何かの理由で父上に、藍白は怒っているの?
「 …… 誰か、いるの?」
「シィ様?!」
ベッドから、か細いアレクシリスの声がした。私は思わず父上の腕から飛び降りて、アレクシリスのベッドへと走り寄った。
「マリー!」
「えっ!」
「!」
「姫様!」
父上とエルシアが叫んだ。えっと、何かいけませんでしたか? アレクシリスの寝ている枕元まで近寄ってから、みんなを振り返ると、唖然としていた。
「あれ? 杜若、結界解除したの?」
「 …… してない」
そういえば、結界がどうのとか言っていたよね。どういう種類の結界かわからないけど、何も感じなかったよ。
「あの、結界? 私は何ともないのですが?」
「俺の結界を無効化して、結界自体には歪み一つ残していない。凄まじい力だな。姫君の能力 …… と、言うわけではないかな?」
「あははは …… 、規格外なお姫様だね。杜若、結界解除してよ。アレクシリスも気がついたみたいだし、落ち着いて話し合いをしよう」
杜若は、すぐに結界を解除したらしい。父上は、私の無事とアレクシリスの様子を確認した。
アレクシリスの寝室全体に、私の私室の様に、外部に声が漏れなくて、干渉されない結界を、杜若が張ってくれた。私は、結界魔法が展開していっても魔力も何の変化も感じなかった。なんか残念。
近衛騎士団から、ベイルクス先生が呼ばれて、アレクシリスの診察をしてもらった。結果は、良好だったので安心した。
先生は、頭を打った場合、経過を観察する必要があるので、数日間は無理をさせないようにと注意してからすぐに戻ってしまった。騎士団の診察室に、容態が深刻で目を離せない重病人がいるそうだ。先生は、何か父上に耳打ちしてから寝室を出て行った。
アレクシリスの寝室にいるのは、杜若と藍白の竜族二人と、父上、私、エルシア、イトラスだ。最初は父上が、私の同席を渋ったけれど、藍白がどうしてもと言ったから一緒にいる。
アレクシリスのベッドの周りに、みんな集まりると、杜若が話しを始めた。
「俺が、アレクシリスと出会ったのは、一月半ほど前の、真夜中の王宮図書館だ。アレクシリスが、たった一人で本棚の隅で眠っているのを見つけた」
えっ! 私はもちろん、父上達も驚いた。アレクシリスは第二王子だ。第三位の王位継承者だ。身辺を護衛騎士が常に警護し、従者が部屋の出入りを監視しているのに、真夜中に一人だなんて、あってはならない事だ。
「杜若 …… 」
アレクシリスは、杜若に不安そうな顔を向けた。杜若は、そんなアレクシリスにバッサリ言い放った。
「アレクシリス。今さら隠しても、変な誤解を生むだけだろう。心配かけたくないからと、嘘や隠し事をする方が、よほど相手を傷付ける結果になるぞ」
アレクシリスは、杜若の言葉に俯いてしまった。杜若は、子供相手でも容赦しないタイプだな。ちょっと、怖い。
「俺は、アレクシリスに、何故こんなところにいるのだ。子供のくせに真夜中に出歩くなと言った。だが、こんな小さな子供の口から、信じられない言葉を聞いた。寝室に女の人が来る。一緒に眠りましょうと言って、ベタベタ触ってくる。早く大人になりましょうって言う。キツイ香水が臭くて嫌だ。気持ち悪くて寝室を逃げ出した。寝室に古い隠し通路があって、出口が王宮図書館と繋がっているから来たという」
杜若は、深いため息を吐いた。私は、杜若の話があまりにも自分の良識を超えた話でなかなか理解しきれなかった。大人達は、みな憤っていた。
キョトンとしている私に、父上が分からなくていいのだと言ったが、空気を読まない藍白が解説してくれた。
「姫君には難しい話だよね。つまり、まだ子供のアレクシリスに、愛人を寄越した奴がいたって事だよ。しかも、従者が手引きしている」
「藍白殿!」
父上が、藍白に怒りの声を上げた。藍白は、悪びれた様子もなくそれを無視した。
「俺は、竜族だ。しかし、それが人族の世であっても常識的、倫理的に、異常な事態だと知っている。だから、アレクシリスが図書館で眠るのを …… 無視することにした」
無視するだけなの?! ああ、でも竜族と王国の関係を理解してないと解らない話だよね。父上達も、何も突っ込まないし、それが正解なのかな?
頭の中を、疑問符だらけにしていると、藍白が私に笑いかけてきた。
「姫君。杜若は、竜族のくせに、本が大好きな変わり者でね。脳筋で単純な性格が多い竜族でのくせに、人族の本に興味があるんだよ。しかも、こう見えて面倒見もいいから、アレクシリスを本気で無視出来なかったし、心配してたんだよ。竜族は、人族の国に干渉しない。例外が竜騎士なんだ」
「うるさい、藍白。人の趣味や行動をとやかく言うな!」
「いくら本が好きだからって、結界術を極めて、王宮の図書館に毎晩の様に忍び込んで本を漁るなんて、かなりの変わり者だろう」
「ちゃんと、『図書館の主』と、国王に許可は取ってある。真夜中の図書館に入るのは、余計な邪魔者がいないからだ。昼間は、貴族どもや女達がうるさい。近衛騎士団も、俺が図書館に出入りするのを黙認しているはずだろう?」
「確かに、陛下から特別な許可を杜若殿に出ています。しかし、深夜に忍び込む許可は出されてないはずです」
杜若は、多少は自覚していたらしくて、父上から気まずそうに目を逸らした。
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