私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第六話 竜騎士 ②

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 ノックの後、エルシアが対応して入室してきたのは、三十代前後の文官の制服に身を包んだ細身の男性だ。

「アレクシリス殿下、マリシリスティア姫殿下、遅くなり申し訳ございません。お勉強をはじめましょう。今日は、国の組織について簡単にご説明します」

 リンジャー先生は、母上の執務室の前線室て働く元学園教師の文官だ。彼は、たれ目がちな目元の美形で、学園にいた頃はさぞや女生徒におモテになった事だろう。いつもは、最前線室で髪をボサボサに振り乱して書類と格闘している。さすがに教師役の時は、きっちり髪を整えてきていた。

「リンジャー先生。今、殿下方と竜騎士の話しをしていたのです。特に、竜族を知らない姫様の為にも、竜騎士団について教えていただけませんか?」

 従者フレデリクよ。上から目線の素晴らしい提案、多少物申したいけどありがとう。今日のお勉強は、国の組織だから丁度いいよね。

「竜騎士団 …… ですか?」
「はい。私もぜひ知りたいです」
「私も、午後からの竜騎士団見学に行く前に、学んでおきたいです」

 リンジャー先生は、納得いったという感じで何度も頷いた。

「承知いたしました。まず、両殿下は私が『竜騎士』だとご存知ですか?」
「えっ?」
「いいえ。リンジャー先生は、文官ですよね?」
「ええ、文官です。同時に竜と契約した、『竜騎士』でもあります。しかし、竜騎士団には所属しておりません」
「? ? ?」

 頭のなかが、疑問符だらけになった。リンジャー先生は、そんな私達の顔を予想していたのか、口角を上げた。 この国に多い、栗色の髪と瞳で、茶目っ気たっぷりに話しはじめた。
 おや、背後に控えるエルシアの視線が、熱い気がする…… えっ? そうなの?!

「まず、『竜騎士』とは何か、アレクシリス殿下はご存知ですか?」
「竜に乗って戦う、騎士ですか?」

 アレクシリスは、正解を知らなかったらしく、疑問形で答えていた。私も、そう思った。

「いいえ、違います。竜族と契約した『契約者』と『契約竜』が、それぞれ『竜騎士』と呼ばれるのです。そして、『竜騎士』は必ずしも戦う為に、竜騎士団に所属する必要はありません」
「そうなのですか?!」

 従者フレデリクよ。これは、私とアレクシリスのお勉強だよ。君が、入ってきては駄目でしょう。でも、確かに意外だよね。秋から学園に入学予定のフレデリクも、初耳だったのね。

「私もそうですが、一度も戦闘訓練に参加しない『契約竜』もいるのです。非戦闘員の『契約竜』でも仕事は沢山ございます。さすがに、国も遊ばせてはくれません。外交儀礼や式典の参加、要人の送迎、遠方への伝令、荷物の緊急搬送、需要はたっぷりあります。大空を自由に飛べ、力もそれなりにある。竜の能力は利用価値が高いのです。私は、外交儀礼や式典専門の『竜騎士』で、近衛騎士団の所属になります」

 なるほど、役割を戦う事以外に選べるのはいい事だと思う。近年は、大きな戦争がなく平和が続いているから、それが許されているのかな?

「リンジャー先生、『竜騎士』には、どうしたらなれるのですか?」

 アレクシリスが、瞳を輝かせて質問した。私も、興味津々だよ。

「ファルザルク王国では、厳正な審査条件さえ通れば身分に関係なく、誰でも『契約者』になれる制度があります。まず、十八歳以上の成人で、犯罪歴のない、良識のある人物であるのが最低条件ですね。なので、『竜騎士』には、平民出身の者が多くおります」
「意外ですね、殿下。…… 殿下?」

 フレデリクの呼び掛けに、アレクシリスが答えない。アレクシリスの様子がおかしい? 

「シィ様、どうかしました? 顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」
「…… ああ、大丈夫だよ」

 アレクシリスは、綺麗な笑顔を私達に向けた。これは、無理して笑っているよね。本当に、どうしたのかな?

「リンジャー先生、例えば、僕たち王族でも『竜騎士』になれますか?」
「はい、殿下。先々代の国王陛下は、竜騎士団長で在らせられました。竜族との契約条件に男女も身分も血筋も関係ありません。それは、全ては竜族しだい、竜族に選ばれなければ話しにならないからです」
「そうなのですか?」

 アレクシリスも驚いたみたいだけど、私も驚いたよ。

「はい。ですから、『竜騎士』になるつもりが全くない者でも、突然、竜族に気に入られて『竜騎士の契約』を、締結する場合がございます」

 あらら、リンジャー先生が遠い目をしているよ。もしかして、ご自身の事なのかしら?

「それでは、竜族と契約出来る条件は竜族しだいで、完全な一方通行になのですか? 竜族に選ばれた者は『竜騎士』になるしかないのですか?」

 だとしたら、選択の自由がない強制的な関係だ。そんなの、あまり嬉しくないと思って、私は質問してみた。

「いいえ、姫殿下。双方の合意がなければ『竜騎士の契約』は誓約なので成り立ちません。しかし、王国では晴れて『契約者』となれば、竜騎士団や国軍などに所属する事になり、『契約竜』と『契約者』の双方には、王国から一代限りの竜騎士爵を与えられます。貴族位の伯爵と子爵の中間位の地位になり、普通の騎士爵よりも、かなり高位ですし、なかなかの厚待遇です」
「だから、平民が『竜騎士』を目指すのですね。それで、竜騎士団に平民出身者が多いのですか。なるほど …… 」

 フレデリク …… まあ、いっか。

「それに、国防の要である『竜騎士』は、一組でも多く望まれています。しかし、『契約者』になり竜騎士団に所属しても、いざ戦闘等に参加するか否かの選択は、『契約竜』しだいなのです」
「 …… つまり、ほとんどの選択権は竜族側にあるのですね」

 何か、深く考え込んでいた、アレクシリスが呟いた。

「ええ、そうです。『竜騎士』は、守秘義務の為に、王宮の竜騎士団詰所にある宿舎が生活の中心になります。外出が厳しく制限されて、家族に面会するのも自由になりません。結婚も国内でしか認めないという法律があるくらいです。だから『契約者』は、独身者が多いのですよ」
「まあ、失礼ですがリンジャー先生は?」
「独身です!」

 リンジャー先生、即答でした。『竜騎士』って色々と大変だなって感想しか、この時の私にはなかった。

 リンジャー先生のお話は、とても興味深くてもっと知りたい事があった。でも、時間切れになったので、また『竜騎士』についてお話していただく約束をして授業を終えて別れた。

 アレクシリス達は、午後は竜騎士団の見学だと言っていた。本当は、一緒について行きたかったけど、警備の問題や受け入れ先の竜騎士団の都合もあるから、急な予定変更は出来ない。

 私が、自由に往き来していいのは、母上の執務室と父上の近衛騎士団の詰所くらいだ。それも、エルシアと護衛騎士がついている。
 しかも、ただ気軽に遊びに行く事は出来ない。特に今は、どちらの部屋もブラック企業化しているはずだ。
 例の、ゲンタリオス国からの来訪代表者が、就任したばかりの宰相閣下だと伝わったので、式典のランクを上げ、その準備に追われてるからだ。宰相を寄越すなんて、ゲンタリオス国の本気度が垣間見えて、結婚話を断るのが普通なら大変そう。母上が一刀両断にするけどね。



 アレクシリス達と別れ、もう少しで私のお部屋にたどり着く廊下で、いつかと同じような感じで、ぶわっと、急に体か浮き上がった。

「ひゃっ!」
「私の可愛いお姫様、ご機嫌はいかがですか?」
「父上! いきなり、抱き上げないで下さい! そう申し上げたでしょう!」

 私は、父上に抗議した。背後から抱き上げられ、くるりと父上の腕の中で反転して腕に座らされた。見上げた父上の顔色が悪くてびっくりした。目の下に、すっごいクマさんを飼っているよ! 

「父上、ひどい顔です!」
「愛娘に、顔が悪いって言われた …… 」
「違います。顔色が悪いって意味です。父上、あまり寝てないのですか?」

 父上は、私を抱っこしたまま、ガックリと頭を下げた。そのまま、私のお部屋入って行く。器用だな。

「近衛騎士団長が、仕事してくれない。もう、いつ眠ったか覚えてないのだよ」
「近衛騎士団長って、王太子殿下ですよね?」
「そうだね。姫の叔父上、私の義兄上、次の国王陛下になる方だ …… マリー、ちょっとだけいいかな?」

 父上は、私をソファーに座らせた。エルシアが、他の侍女や下女を下がらせて、扉が閉められた。
 私は、両手で耳をふさいで準備した。

「アレクトレスのバカ野郎! 仕事しろ! 逃げるな! 何処に行きやがった! 貴様の妻の手綱くらいはしっかり握っていろ! もし俺が、過労死したら、サンドラに殺られるのは、原因の貴様だぁあああ!!!」

 父上は、日頃のストレスを発散する為に叫んだ。さすが、鍛え上げられた騎士の肺活量は立派なもので声量も凄い! でも、大丈夫。この部屋も、母上謹製の結界があるので、外に魂の叫びが漏れる事はない。父上は、立場上ご苦労が多いのだから、娘の前くらいは仮面を外したって良いと思う。
 そして、父上は、母上に絶対カッコ悪い所は見せたくないらしい。普通、逆のような気もするけど、我が家はそれでいいと思う。
 しかし、原因はまたしても王太子殿下我が叔父上らしい。

「はあ、すまない。マリー、みっともない父上だね」
「いいえ、父上。お仕事、大変なのですね。お疲れ様です」
「マリーは、いい子だね」
「エルシアに、お茶をお願いしますね」
「いや、もう行くよ。叫んでスッキリしたし、マリーに癒されたから、もう少し頑張ってくる」
「父上、無理しないで下さいね」
「ありがとう。マリー、母上にも会いに行ってあげなさい。あちらも、似たような状態だろうからね」
「お邪魔じゃないでしょうか?」
「マリーは、最前線室の癒しなのだそうだよ。それに、キレたサンドラと仕事する方が執務室の危機だ …… 」
「では、後で母上に会いに行ってみます」

 父上は、私をもう一度抱きしめて部屋を出た。

「姫様、王女殿下をお訪ねになるのは、お昼寝の後ですからね」
「はい、わかりました。そうだ、執務室に差し入れを用意してもらってもいい?」
「ええ、姫様。執務室の皆様もきっと喜ばれます。近衛騎士団にも、姫様の御名前で差し入れをしてはいかがですか?」
「準備が大変でなければ、お願いします」
「承知いたしました」
「エルシア、ありがとう」

 せっかく父上に会えたのに、あまりお話し出来なかった。せつない …… 。


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