私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第九話 竜騎士の契約 ②

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「『竜騎士の契約』については、リンジャー先生に少し教えていただきました。でも、成人していない子供が、竜族と契約するのは不可能なのですよね」

 父上は、ゆっくり頷いてため息を吐いた。

「原則『竜騎士の契約』は、成人した竜族と、十八歳以上の成人としか契約出来ません。しかし、竜族の承認があれば例外はあります。今回の場合は、二人とも未成年ですし、竜族の承認もありません。『精霊誓約』で強引に『竜騎士の契約』をほぼ成立させてしまいました。マリーは知らないでしょうね。『精霊誓約』は、『誓約の精霊』に魔力を捧げて誓う魔法契約の事です」
「もし『精霊誓約』を破ったら、シィ様はどうなるのでしょうか?」
「『精霊誓約』を破れば罰が下ります。『誓約の精霊』は、この誓約を成立させる為に、二人に互いの命を賭けるように条件を出したそうです。もし、どちらか片方が誓いを破れば、二人とも死んでしまう誓いを …… 」
「どうして? シィ様は、そうまでして『竜騎士の契約』を?!」
「それは、シシィに直接聞いてみないとわからないでしょうね」
「シィ様は、どうしていますか?」
「それを聞いた、王太子殿下が、怒りに任せて …… シシィを平手で殴ったそうです。シシィは、殴られたはずみで頭を打ったらしく、まだ意識が戻りません」

 目の前が、一瞬真っ暗になった。次に、強烈な怒りで頭が沸騰した。

「 ………… 王太子殿下は、何処に?」
「マ、マリー? それを知ってどうするのですか?」
「決まっています! 奴を殴りに行くの!!」 

 私は、叫んですぐに立ち上がり、扉に向かおうとした。

「わあ! 昨夜のサンドラの再現だ。さすが、母娘ですね。反応が同じだ …… !」

 父上が、すぐに私を捕まえた。手足をバタバタさせて暴れても離してくれない。

「父上!」
「うん、落ち着いてマリー」

 父上は、私を膝に抱いて私をなだめる。あの馬鹿王太子殿下は、私の大切な・・・・・アレクシリスに酷い仕打ちをした! 許せない! 涙がぼろぼろ零れてきた。エルシアが、そっと顔を拭いてくれる。

「父上、シィ様はどこですか?」
「シシィは、自室です。医師の治癒魔法の手当てを受けて怪我は完治しています。ただ、頭を打ったので意識が戻るまで油断は出来ないそうです。頭の中の怪我は、治療魔法が効きにくいので心配です」
「 …… やっぱり、殴りに行きます!!」

 私は、父上の拘束から抜け出そうと、再びジタバタ大暴れした。結果、体力と気力が尽きてしまい、だんだん冷静になってくる。
 父上は、暴れる私を抱きしめていても、ビクともしないし、何故か大変ご満悦な様子だ。エルシア達も、なんとも微笑ましそうな眼差しをしている。また、泣いてもいいかしら?!

「あ~、大丈夫です。マリーが行かなくても、もう王太子殿下は、サンドラにぶん殴られましたからね。舞踏会の後に、私の報告で事件を知ったサンドラは、私が止める間もなく …… あれは、見事だった! 女性の拳が、あんな凄い威力で、顔面に綺麗にきまったのを初めて見ました!」

 父上、そんな惚れ惚れした表情で、何言っちゃてるのですか? 回想しながら頬を染める父上は、何か嫌だ。とにかく嫌だ。変態さんみたいで嫌だ。
  でも、私も母上のパンチ! & 王太子の顔面にヒット!! 見たかったな。

「だったら、私は、シィ様の所に行きます!」
「その前に、マリー達には現状と、今から起こる事を把握はあくしておいて欲しいのです」

 父上は、ゆっくりと私とエルシア達の顔を見まわした。ロベルトとイトラスが、何かを察して緊張した面持ちをしている。

「現在、王太子殿下とサンドラは、極秘で昨夜から自室で謹慎中です」
「えっ! 母上がですか?」
「マリー、心配いりません。処分としては、軽いものです。先ほど、様子を見てきました。サンドラは、ふて寝していましたけどね。普段から、少々働き過ぎなので、良い休みになるでしょう」

 そうか、良かった。では、執務室の文官の皆様、母上がいなくても頑張ってね!

「これは、国王陛下が、一連の状況をお知りになって命じられた処分です。『アレクトレス王太子は、アレクシリス第二王子を平手打ちにした。子供に容赦なく、吹っ飛ぶほどの力で殴った』など、外聞が悪過ぎます。陛下は、箝口令かんこうれい …… 事件について、誰も何も話すなという事を命じられました。幸い、貴族達にまだ話は広まっていません。まあ、マリーやここにいる者は身内枠で例外にしておきましょう」

 父上は、ニヤッと笑ってウインクした。つまり、ばれなきゃいいのだよね。信頼できる身内と、この部屋には結界があるから大丈夫。大丈夫と言えば …… 。

「お祖父様のお身体の具合は、大丈夫なのですか?」

 お祖父様は、シリスティアリス王妃様が亡くなってから、体調を崩されていた。
 そして、冬の終わりに流行り病を悪化させてしまい、長くわずらっている。治癒魔法もあまり効果がないらしい。魔法も完璧じゃないのだ。お祖父様は、まだお若いのだから、早くお元気になって欲しい。お祖父様の病は、子供や老人を中心に流行はやったものだった。私は用心のため、お見舞いに行かせてもらえない。

「国王陛下の病状は、良くもないが、悪くもないそうです。まだ、寝室をお出になるようなご無理は出来きません。昨夜、二人の謹慎をお命じになられたのは、サンドラが王太子殿下を殴った直後に、宰相からの報告をお聞きになったからなのです。深夜に病人を起こして、わざわざ何を …… 」

 父上は、珍しく表情を歪めて苦々にがにがしく呟いた。

 我が国の宰相は、小心者の俗物で、何かにつけて文句と嫌味しか言わないと、文官達にも大不評な人物だ。貴族達にも、侯爵家の財力で宰相の地位を買ったと、陰口を叩かれている。ちなみに、私は一度も会ったことがない。

「宰相は、王太子殿下派の筆頭です。王太子殿下を殴ったサンドラを、罰してもらおうとでも考えて、陛下に報告したのでしょう。しかし、陛下は喧嘩両成敗だとお考えになったのです」

 王族は、兄弟喧嘩ですら事件になる。

「ゲンタリオス国の宰相閣下、ウィルヘルム=キラカ=オセレニア侯爵が帰国前に、色々と教えて下さいました」
「宰相閣下がですか?」
「ウィルヘルムは、私の教え子なのです。私は、留学中の彼の剣術を指導していました。そして、王太子殿下の親友と言えるほどの仲です。彼は、王太子殿下がシシィを殴った理由は、シシィの言葉が、殿下の逆鱗に触れた為だと言うのです」
「シィ様は、何を言ったのですか?」
「一言一句、同じではありませんが、『マリーとずっと一緒にいたいから、竜騎士になった。マリーと結婚できるかどうかは、まだわからない。可能性がないわけではないと、貴方はよくご存知のはずだ …… 』ウィルヘルムが言うには、いずれは自分が王になればと、言ったも同然だったそうです」
「えっ?! そうなるのですか?!」
「シシィに自覚は無いでしょうが、そういうとらえ方も出来ますね」

 父上は、とても厳しい顔をしている。確かに、アレクシリスは、王太子殿下の勧める縁談を断る為に、国法で定められた、竜騎士の立場を利用したのだろう。竜騎士は、国外を出る事も国外で結婚する事も禁じられている。
 正式な後ろ楯の弱いアレクシリスが、子供の力で出来る精一杯の抵抗だったのだろう。

「シィ様は、国法で私と結婚出来ない事を、知っているのでしょうか?」
「シシィは、誓約の対価に、己の命を賭けるほどの覚悟をしました。国法を知っていて、マリーと将来結婚する為だとすれば、それを実現出来るのは、国法を変える立場にある国王のみです。つまり、王位を望んでいるということです」
「そんな …… 」
「真相は、シシィから聞かなければ分かりません」

 私は、あの小さな王子様が、そんな決意をしたとは、とても思えなかった。竜騎士の契約までは理解できるけど、私と結婚する為に王位を望む決意をするには、私達はまだ幼すぎる。

「ウィルヘルムには、一連の事件を自国に報告する義務があるでしょうが、シシィの発言とサンドラの暴行の口止めは出来ました。縁談についても、ゲンタリオスにすれば、もし可能ならば儲けもの程度に考えていたのですから、破談になってもあまり問題ないでしょう」
「では、破談になった事は、外交問題にならないのですね?」
「まあ、ゲンタリオス国は、隣国の中でも小国で、歴史的にも過去に戦争をしたことがない友好国ですから、多少の貸しでどうにでもなります。なあに、ウィルヘルムの留学中に、弱みの一つや二つぐらい握っていますから何の心配もいりません」

 父上の笑みが、闇よりも深くなった。真の魔王様は、ここにいた! 

「我々も、認識が甘かったのです。王太子殿下とサンドラが潰しあって、シシィを担ごうとする派閥の存在を見逃していました。信頼していたシシィの従者すら、実家の意向で、シシィを子供のうちから操ろうと、色々画策していたようです。シシィの行動は、もしかしたら、誘導されたものかもしれません」
「そんな者が、シィ様の側にいるのですか?!」

 だとしたら、そんな奴ら許せない! 父上は、再び怒りに火の付いた私をなだめる様に、最高に黒い笑顔で語りかけてくる。

「そこで、シシィの周辺の使用人達を改めて洗浄しようと思います。なるべく、手早く済ませるつもりですが、一時的に、シシィの世話をする者がいなくなるのが難点です。そこで、人員を埋めるために、シシィのお見舞いに行ったマリーが、心配で帰らないという形でシシィの部屋に留まって下さい。従者や侍女、使用人、勿論ですが護衛騎士も、不審がなければすぐに戻していきます。二日間程で済ませる予定ですから、お願いできますか?」

 父上、黒いオーラが素敵過ぎて、背後で死神が鎌を持っている幻影が見えますよ。

「はい。父上」


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