私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第十九話 母上の涙

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 私は、寝室のベッドの上で、ベイルクス先生の診察を受けていた。
 私が、まだ子供の身体だというのに、膨大な魔力を使った影響を心配したからだ。

「とりあえず、魔力行使の影響は診られません。ですが、明日もなるべく安静にして、少しでも異変を感じたらすぐにお呼び下さい。エルシア、君もその腫れた目元は、よく冷やしておきなさい」

 ベイルクス先生は、ベッドの側で控えていたエルシアを、さりげなく診断して処置を指導した。
 私は、アレクシリスの従者ガルフーザの容態が気になっていた。だけど、先生の顔色が、医者の不養生などと笑えないくらい悪いので、聞かなくても想像がついてしまった。

 それから、先生と入れ替わりに、母上が執務から戻ってきた。母上は、藍白と一緒に寝室に入ってきた。

「マリー姫、元気ぃ~?」
「はい、元気です。藍白様、いらっしゃいませ」

 藍白は、ひらひらと手を振りながら、母上を追いぬいて、私のベッドに近付いて来た。王族の姫の寝室に、その挨拶はどうかと思う。軽いぞ! チャラいぞ!藍白さま・・

「昨日は、精霊達が大騒ぎしていたよ。マリー姫って、精霊に愛されているね。やっぱり、こんな王宮で『精霊の姫君』が、育てられるのは良くないんじゃないかな?」

 途端に、エルシアが笑顔で藍白に向けて殺気を放った。藍白も、わざわざエルシアから距離をとって、ベッドの反対側から私に近づいてきた。一見すると、二人の様子はお互いに笑顔なだけに超怖いよ。

 ノーリーズ家は、礼儀作法に厳しい家系なので、二人の相性は最悪だと思えた。

「エルシア、居間にお茶を用意しておいてちょうだい」
「はい。失礼いたします」

 エルシアは、輝くような笑顔を、わざわざ藍白に向けてから部屋を出ていった。わあ、殺気と威圧付きの笑顔、素晴らしい高等スキルだよ。
 藍白は、エルシアのその笑顔を無視して、私をじっくりと観察していた。金色の瞳が、何もかも見透すようで居心地が悪い。私は、この気まずい沈黙を、どうにかしたいと思い藍白に声をかけようとした。

 すると、藍白は、にっこり笑顔を浮かべて、私の頭を撫でながらこう言った。

「じゃあ、帰るよ。また明日ね♪」
「えっ、明日?! えっと、藍白様、ごきげんよう?」

 藍白は、エルシアが戻って来る前に、あっさりと帰っていった。

「母上、藍白様は、何をしにいらしたのですか?」
「どうやら、竜族は静観していてくれそうね。あんな騒ぎがあった後だし、あなたを竜族で引き取りたいと言われる可能性があったから …… 。ああ、心配しなくても、そんな話は当然拒否しますからね」
「私も、嫌です! 家族と離ればなれになんてなりたくありません」
「そうね、マリー」

 母上は、私を抱きしめた。この数日間で、母上はちょっと痩せたんじゃないかと感じた。

「明日の午後、王族と竜族でシシィと杜若の精霊誓約と竜騎士の契約の事で、話し合いをするの。竜族は、『精霊の姫君』にも出席を要請してきたのだけれど、マリーは …… 」
「出席します!」
「マリー、無理をさせたくないの。あなたはまだ子供なのよ」
「子供たからこそ、言える事や出来る事もあると思います。だから、母上。私のわがままを聞いてください」
「ふふっ。その言い方は、父親グレイルそっくりね」



 その夜、母上は私と一緒のベッドに眠ってくれた。

 私は、なかなか眠つけなかった。それに、母上に聞いておきたい事があった。

 でも、母上に聞くべきではないのかもしれない。お互いにとって辛い記憶の話なのだ。忘れたからといって、誰も私を責めたりしないだろう。

 ただ一人、私自身が許せないだけで …… 。

「母上、私の乳母だった、バルデンハイム侯爵夫人は、どうしてあんな事をしたのでしょう?」
「マリー、それは …… 」
「私は、知りたいのです。シンシアを忘れないためにも、必要な事だと思うのです」
「マリー、何度も言うけど、あなたは、まだ子供のままでいていいのよ」
「 …… だって、普通の四歳児って、よくわからないのです」
「そうね、マリーは、マリーですものね」

 母上、私に話すべきか、迷っているようだった。

「困った子。私もマリーなら大丈夫だって、つい思いそうになるわ。マリーは、私達が隠しても、きっと知らないままではいてくれないわね」

 母上は、苦笑しながら、ぽつりぽつりと過去の話をしてくれた。

「マリーの乳母だった、クララベルディア=ジョゼ=バルデンハイム侯爵夫人は、清楚で優しくて、少し内気だったけど、立ち振舞いの素晴らしい淑女のお手本のような方だったのよ。シリスティアリス様が『白薔薇の妖精姫』なら、クララベルディアは、『白百合の姫君』と呼ばれて学園の男子生徒はもちろん、女生徒も憧れる伯爵令嬢だったの」

 乳母の話は、意外な言葉から始まった。私の知る彼女は、いつもイライラしている神経質そうな女性だった。

「私は、男勝りで、大雑把だったから、学園時代の彼女に憧れたわ。彼女は、美しさや気品が内面から溢れる、本当に素敵な女性だったのよ。いくら権勢を誇る宰相の結婚相手でも、年齢差もあるし、政略結婚の見本のようだって、社交界で騒がれたくらいだった …… 」

 私の思い出の中の乳母とは大違いだ。本性を隠すのが、上手い人だったのだろうか?

「私が、マリーを身籠って、宰相に夫人のクララベルディアを乳母に薦められた時、王家は断れる状況じゃなかった。当時は政局が不安定で、宰相の申し出を国王陛下ですら断れなかったの。私達も、宰相側に生まれてくる子供を預けるのは、不安もあったけど、彼女なら大丈夫だと思っていたの」

 両親がそこまで信頼をしていた人物なのに、私の記憶の中の乳母は、私や使用人に罵声を浴びせかける怖い魔女だった。

「クララベルディアは、半年前に娘を産んだばかりだった。だから、私を助けながら、自分の子を育てるのは大変だったと思うわ。しかも、私が産んだ娘マリシリスティアは『精霊の種』を宿した『精霊の姫君』だったのだから、大変な気苦労だったでしょうね」

 そういえば、『精霊の種』と『精霊の姫君』について、父上と母上の謹慎が解かれた後に話し合いをする予定だった。まだ、私が『精霊の種』本人に会った話しはしていないけれど、藍白に教えられて私がある程知った事を、母上も聞いたのだろう。

「私は、マリーを普通に育てたかった。だから、母乳が必要なくなる一年近くは、私がマリーを育てていたし、公務も配慮してもらっていたわ」
「そうだったのですか。私は、赤ちゃんの頃から、母上達と引き離されていたのかと思っていました」

 母上は、私の言った事が意外だったらしい。驚きに目を丸くしてから、深いため息をついた。

「マリーが誤解しても無理ないわね。あなたが、二歳になる頃、私も公務が忙しくなって、執務に戻らなくてはならくなったの。仕方なく、日中のほとんどを乳母に任せる事にしたの。最初は、なんの問題もなく、おかしなこともなかった。でも、気がついた時には、何もかも狂ってしまった後だったわ。その頃は、もうすでに彼女は、壊れ始めていたのね …… 」

 母上は、一旦言葉を切って、深く息を吸って吐き出した。

「新米の母親は、赤ん坊の成長を、つい他人と比べてしまうのよ。多分、子供を上手く育てられるのか、いつも不安だからでしょうね。寝返りも、立つのも、歩くのも、歯が生え揃うのも、喋るのも、あなたは早過ぎた。何故、自分の子供の成長と違うのか …… 。きっと、クララベルディアは、影で悩んでいたのでしょう。でも、彼女の娘はごく普通の成長だったのよ。最近になって『茨の塔』の研究で、魔力が多い赤ん坊は、成長も早い傾向があるのが発表されたの。増える魔力に、身体の負担を減らすための、一種の自己防衛なのね。マリーは、『精霊の種』を宿せる程、膨大な魔力があったので、普通の子供よりも成長が異常に早かったのね。半年先に生まれた乳母の子供の成長を、追い抜いてしまったのには、こういう理由があったのよ」
「では、その頃の私と乳母の子を比べても仕方なかったのですね。でも、いくら悩んでいたからって、乳母の行動は理解できません」
「宰相は、ああいう人物だから、クララベルディアを責めたらしいの。望んで得た妻に、あの男は、酷い暴言や暴力までふるっていたらしいわ」

 母上は、思い出しながら話しているせいか、眉間のシワを深くしていった。

「クララベルディアは、夫にしいたげられて深く傷付いたのでしょうね。その恐怖から逃れる為に、逆に自分より弱い者を虐げて傷つけた。彼女は、精神を病んで、ついには罪もない者まで殺していった。後で知ったのだけど、協力者だった護衛騎士は、学園時代のクララベルディアの秘密の恋人だったの。宰相は、当時から知っていたのかもしれないわね。護衛騎士の彼は、彼女の心を守れなかった。救い出すことも出来ずに、一緒に何処までも堕ちていく事を選んだのね。 …… マリーには、少し難しい話になってしまったわね」
「何となく、わかります。でも、よく分からないところもあります」
「今は、分からなくてもいいのよ。確かに、クララベルディアは、憐れな女性だったかもしれない。だからといって、私は、彼女がマリーやシンシアにしたことや、積み重ねた罪を、生涯許すつもりはないわ」

 そう言って、母上は、静かに涙を流した。

「ごめんなさい。マリー、あなたを守りきれなかった。ごめんなさい」
「母上 …… 」
「ごめんなさい」
「もう、謝らないで下さい。母上、話してくれて、ありがとう」

 私は、『精霊の種』と前世の記憶の関係の話を、母上にするのをやめた。どう話してよいのか分からなかったのと、これ以上、母上を悩ませて負担をかけたくなかったからだ。









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