私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第二十一話 萌えは難しい

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 私は、母上が、父上が、アレクシリスが、お祖父様が、エルシアが、私の身近な人々、みんな大好きだ。
 だけど、血の繋がりだけが、家族じゃない。その逆も、言えるという事も理解しているつもりだ。でも、それはとても悲しい関係ではないだろうか?

「姫様、失礼をいたしました!」
「エルシア?」

 エルシアは、深々と私に頭を下げた。そして、その姿勢でピタリと動きを止めてしまった。エルシアのきっちり編み込んで結い上げた髪の旋毛つむじが、私の目の前にある。

「姫様のお心も考えず、愚かな発言をいたしました。申し訳ございません」
「エルシア、いいの。私も、急に今までと違うことを言い出して、ごめんなさい」
「母によく注意されているのです。私には、妄想を暴走させて、喋る悪癖があるのです」
「妄想 …… 暴走、悪癖?」
「祖母の語った、異世界の物語の『萌え』の世界に、周囲の人物を当てはめてえつに入ってしまうのです。相手の方々の身分やお心も考えず、不敬で不埒な妄想を …… いいえ、言い訳をするなんて許されません。申し訳ございません。私は、姫様の侍女失格です!」
「エルシア、もういいから頭を上げてください」
「いいえ、姫様は間違っておられません。王族や貴族は、国家や主家を守るために、他者や自己さえもを犠牲にしなければなりません。しかし、一個の人間として、家族を愛する気持ちを失ってよい訳ではありません。姫様の侍女として、配慮の足らない発言をいたしました」
「そんな、配慮だなんて …… あっ!」

 私は、自分が大変な失敗をしてしまった事に、たった今気が付いた。『精霊の種』は、私に教えてくれたはずなのに!

「私、エルシアに大変な事を …… エルシアに何の配慮もなく、指輪を …… シンシアは、馬車の事故で亡くなった、のでしたよね。私、何てことを …… 」

 がばっと、エルシアは頭を上げて跪き、私の涙を優しくハンカチで拭ってくれた。

「姫様、お泣きにならないで下さい。 …… 私は、真実を知っておりました。家族は、シンシアが殺された事を、私にだけは隠しました。でも、私達は双子です。不思議ですが、子供の頃から、お互いに何かあれば、どんなに離れていても感じとれました。馬車の事故で亡くなったと言われる、もっと前からシンシアがもう何処にもいないのだと ………… ですから、シンシアが殺されてから、ずっと …… 私は、自分が半分になってしまったと感じていました」
「エルシア …… 」

 話をしているうちに、エルシアの頬も濡れていた。

「エルシア、泣かないで …… 」
「姫様、私は大丈夫です。指輪と一緒にシンシアの魂も、戻ってきたのかもしれません。シンシアと、最後に約束していたのです。シンシアは、護衛騎士の恋人イトラスを捕まえたから、私に、上級魔術師の恋人を捕まえてねって! だから、私の失った半分を埋めてくれる、魂の恋人を捕まえて、シンシアの墓前に報告するのが目標です!」
「上級魔術師を、ですか?!」

 エルシアは、元気いっぱい宣言したかと思ったら、眉をへにょんと下げて、困った表情をした。

「しかし、残念ながら『茨の塔』の上級魔術師は、ご高齢な方か既婚者しかいませんの! 理不尽ですわ!」
「ふっ、エルシアったら、ふふふ」
「こうなったら、将来性を期待して、中級魔術師を狙います!」
「エルシアを、陰ながら応援します!」
「ありがとうございます」

 何だか可笑しくなってきて、二人で泣きながら大笑いした。

「私の可愛いお姫様、ご機嫌はいかがですか? …… っ! 私のお姫様にエルシアまで、一体どうしたのですか?!」

 父上は、泣きながら笑っている私達を見て、目を丸くしていた。

「何でもありません。父上は、『ヤンデレ』なんですか?」
「『ヤンデレ』?」

 エルシアと顔を見合わせて、また笑った。父上は、不思議そうな顔をしている。私達は、さっきのやり取りを説明した。父上は、黙って最後まで聞いていてくれた。

「『ヤンデレ』 …… 」

 意味を聞いた父上が、ちょっとしおれてしまった。

「否定したくても、心当たりがありますから、否定は出来ませんね。しかし、異世界文化は、理解するのが難しいですね」
「父上、『ヤンデレ』の自覚がおありなのですね …… 。私も、『萌え』の世界を全て理解しているわけではありません」
「祖母は、『萌えは、世界を平和にするのよ』って、よく言っておりました」

「マリーに、口止めしたのは、あまりサンドラに思い出して欲しくなかったからです。実は、成人直後のサンドラの寝室に、男が侵入したことがありました。男は、すぐに捕まり事なきを得ましたが、王太子殿下の依頼だと言い残して、尋問中に死亡したのです。犯人の男は庶民の破落戸ごろつきで、遅効性の毒を飲まされていたようです。捜査も難航して、黒幕にまで到りませんでした。そして、王太子殿下は、肯定も否定もされなかったのです。サンドラは、王太子殿下の周辺人物が、黒幕なのだと考えていました。今でも、王太子殿下が反論しなかったのは、、犯人を庇っているのだと思っているようです」
「そうだったのですか …… 」
「何れにせよ、もう済んだ話です。マリー、そろそろ出発しましょう」
「はい。父上」

 私は、父上の爽やかな笑顔の裏を、見ないふりして笑顔を返した。そして、やはり小ホールの騒動がどうなったのか詳しく聞いた。

 あれから、自室に運ばれた宰相は、目を覚ますと王女の娘が『精霊の種』を使って自分を殺そうとしたと、騒ぎ立てたそうだ。
 それを、王太子殿下が宥めて『精霊の種』が霊威を示しただけで、殺意があっての事ではないと、証言してくれた。

 私は、今回の件で初めて知ったのだけど、王太子殿下は、『精霊術師』と呼ばれる特殊な能力の持ち主で、精霊を視る能力、精霊の声を聞く能力、精霊に言葉を伝える能力を持っているそうだ。どれか一つでも持つ者さえ、そう多くはいない。全て持っている王太子殿下は、とてもまれな存在なのだそうだ。
 『精霊術師』は、精霊に関して嘘を言えない誓約があるそうで、その事は広く知られている。大々的な調査を『茨の塔』に、正式に依頼して調査させる事で、噂が一人歩きするのを防いでくれた。

 『茨の塔』の魔術師達は、熱心に調査をしている。『精霊の姫君』である私には、直接的な調査は禁止されているので、その場に立ち会った宰相を、質問責めにしたらしい。
 その時、王太子殿下は、宰相が『精霊の種』の霊威を示す為、貢献した様に情報操作をした。そのため、魔術師達に尊敬の念を抱き、宰相の自尊心を大いに満足させた。

 王太子殿下は、小ホールの騒ぎから、私達を守ってくれたのだ。

『ファルザルク王国の王宮は、まるで伏魔殿だわ。王族も複雑な事情で、色々と人間関係が大変ね』

 記憶の中で『精霊の種』の声が、脳裏に響いた。 









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