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第一章 初恋
第二十三話 『囁きの森』の竜騎士達 ①
しおりを挟む私達は、数日前の竜騎士団見学の時と、同じ順路で契約竜の寮に向かっているらしい。
私は、エルシアに運ばれながら、『精霊の種』と会話に集中していたので、何処を通っているのかあまり見ていられなかった。
まあ、彼女の言う通りだ。王族とはいえ、幼女に発言力など無いのだから、父上におまかせするのが正しいのだろう。でも、会談の先行きが不安だし、どうしても納得がいかなくて、ぐるぐる考え込んでいたら、竜騎士団専用通路の手前までたどり着いてしまった。
竜騎士が一人、竜騎士団専用通路の境目で待っていた。
竜騎士団の制服の胸章は赤色だから、『契約竜』だ。二十代前半に見える、騎士にしては細身な青年だっだ。特徴的な金と茶褐色の斑の髪をしていて、やっぱり美形だった。
彼は、私達の姿を認めて、グレーの瞳を猫のように細めて薄く微笑んだ。クールで知性的な雰囲気が素敵だ。エルシアが、ちょっとドキドキしているのが伝わってきた。
「竜騎士団所属『契約竜』のジェレミアス=ナナイ=モンタードです。契約竜の寮まで、ご案内致します」
彼は、騎士団共通の右腕を軽く曲げ心臓に手を添え、左腕は腰から背中へまわし、軽く頭を下げる略式の礼をしてから、私達の先を歩き出した。
『 ………… ジェス』
ーーーーえっ? 今、なんて?
『 …………………… 』
ーーーー?
『精霊の種』は、『ジェス』と一言言ったきり、黙り込んでしまった。『ジェス』って、ジェレミアスの愛称だよね。彼女は、彼と知り合いなのかな? いや、いや、いや。それは、おかしいよね。だって、『精霊の種』は、私に宿った時点では、目覚めていなかったって言ってた。それに、彼女の前世の記憶は、異世界の知識だった。
それにしては、彼女はファルザルク王国の王宮事情や竜族についても、とても良く知っている。目覚めた後で、集めた情報にしては、大量で深い知識だと思う。精霊ならではの知識チートなのだろうか?
一度じっくりと、『精霊の種』と話す機会が欲しいものだと思う。色々と悩んでいるうちに、長い通路の先の竜騎士団の詰所に着いてしまった。
竜騎士団の見学に訪れた日、びっくりするくらい友好的な大歓迎を受けたのが、夢か幻だったのかと思えるほど、竜騎士団の詰所内の空気は、ピリピリと苛立っていた。
私達は、詰所の建物内から、契約竜の寮『囁きの森』を、目指して進んでいった。
ジェレミアスは、後ろをついて行く私達を気にすることなく、速足で進んでいく。追いかける先頭の父上も、いつもより速く歩いている。私は、エルシアに運ばれているので、一歩が大きくなると、揺れも大きくなるから、少し酔いそうだった。
時々、私達は、竜騎士の『契約者』とすれ違った。彼らは、無言で廊下の端に寄り、略式の敬礼をしながら私達を先に通してくれる。
私は、王族なのだから、当たり前対応なのかもしれない。だけど、彼らの少し下げた顔から、突き刺さる様な鋭い視線を感じていた。敵意とまでは、言えないけれど好意の欠片も感じない冷たい視線だった。
近衛騎士が、竜騎士団の詰所内をぞろぞろ歩いているなんて、あまり良く思われないのかもしれない。もしも、逆の事態があったとしたら、貴族出身者ばかりでプライドの高い近衛騎士団だと、くだらない騒ぎの一つも起きているかもしれない。
案内役のジェレミアスが、詰所の最奥の扉を開けると、暗がりに不気味にそびえ立つ、岩山の階段があらわれた。
今日は、雨が降り出しそうな分厚い曇り空だった。薄暗い中、蔦のからまる石造りの『囁きの森』は、まるでホラーハウスの様に見える。まだ、お昼すぎなのに、夕暮れ時よりも暗い。遠くの雲に稲光まで映って、これからの会談を暗示しているようで不安になってきた。
『囁きの森』は、以前に訪れた時と、うって変わって異様な雰囲気だった。
契約竜の寮の前に、護衛騎士が集まっていた。出席者以外は、建物内部に入れないらしく、先にいたのは、王太子殿下の護衛騎士だろう。つまり、イトラス達護衛騎士も、エルシアのような侍女や従者も、今回は出席者ではないので、ここで待っているようだ。
父上が、ジェレミアスを交えて寮の扉の前に立つ竜騎士に、他の護衛騎士達も中に入れるように交渉していたが駄目だったようだ。
父上は、私をエルシアから受けとり、抱き上げると寮の扉に向かった。
竜騎士団の制服の胸章が赤色の男性が、扉の横の壁に背を預けて立っている。父上よりも、筋骨隆々で厳めしい顔つきの迫力のある美丈夫だ。挨拶もそこそこに、契約竜の寮の中央塔の重い扉が、左右に開かれて、私と父上だけ内部に入った。
中央の塔の吹き抜けの天井は、外の空を映しているので、今日は、薄暗くて日射しが届いていない。そして、半透明に透けた梁や建物の骨組みの影も濃く見えて暗さを増してしまっていた。
反対に、寮の内部は魔道具の小さな照明があちこち灯されて明るかった。塔の中央に植えられた広葉樹の巨木は、青々と繁った葉を、開けられた窓から入る風にザワザワと揺らしている。魔道具の照明は、熱を持たないので、大樹にも幾つも灯されて、とても幻想的に見えた。
そんな、シンボルツリーの根元に、幹を取り囲むように半円形に椅子が並べられていた。
「遅くなりました」
「マリー姫は、こっち。こっちだよ」
藍白が、椅子の座面をぽんぽん叩いて、私にそこへ座るように催促《さいそく》した。父上は、眉間にシワを寄せて藍白に尋ねた。
「藍白殿、こちらで会談を行うのですか?」
「違うよ。寮には結界の張られた会議室があるから、そっちでするって蘇芳が言ってた。グレイルード副団長殿、『精霊の姫君』は、ここで非番の竜騎士で預かっているから、安心して、サクッと話をまとめてきてね」
藍白は、白く輝く髪を肩下で結び、神官のような服を着ていた。白い服の襟元や裾にまで、繊細な銀糸の刺繍が施されていた。薄明かりの寮の中で、白い姿は、浮き上がる様に見えて神秘的な雰囲気を醸し出していた。只し、黙って立っていたらだけど …… 。
「いくら、非番の竜騎士が一緒でも、承服しかねます」
「今回の会談に、『精霊の姫君』を同席させるつもりなの? わりと、キツイ話になりそうでしょう? 繊細な姫君に聞かせたいの? 影響が『精霊の種』にもあるんじゃないの? ファルザルク王国は、『精霊』の存在を、軽く見てるんじゃない? どうなの?」
藍白は、畳み掛けるように言った。父上は、苦い顔をしている。
「 …… 致し方ありませんね。どうか、よろしくお願いいたします」
父上は、渋々私を藍白の隣に座らせた。父上は、穏やかに対応をしているけど、目だけは全然笑ってない。藍白は、そんな怖い父上を軽くあしらってしまった。父上は、ジェレミアスに案内されて、奥の扉へ入っていった。
私は、会談に不参加でよいのなら何故呼ばれたのだろう?
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