私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第二十八話 陰謀の芽 ②

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 私の呼び声に、シドからの返事はなかった。

でも、必ず居るはずだ。シドが居るから、私は庭に招かれるのだから!

 私は、木陰を一つ一つ、のぞいて走りまわった。この庭に、大人が隠れていられるような場所はそれほどない。だから、一番隅の大木の下、木の幹を背に座り込んで、膝の間に頭を伏せたシドをすぐに見つけた。

 シドは、いつものボサボサの頭ではなく、サラサラと流れる黄金色の長髪を、後ろにゆるく流して先の方だけ編んでいた。

 あ、変装用のカツラをやめたんだ。

「シド様! 大変です!」
「 ………… 」
「シド様! 聞いてください!」
「 ………… 」
「~~っ! もう、叔父上様! 聞いて!!」

シド、アレクトレス=シドニール=ファルザルクは、伏せていた顔をがばりと上げた。

「!! 今更、叔父上様はやめてくれ! この庭では、シドと呼んでくれ! それより、いつから気づいていた! とにかく、シド以外で返事はしないからな!」
「そんな設定、どうでもいいから、聞いてください!」
「ど、どうでもいい …… 俺がどれほど悩んだか …… 」

 私は急いで薄暗い岸辺で聞いた話しをした。シドは、聞きながら深く考え込んでいたけど、深いため息を吐いて、私をいつもの長椅子に誘った。

「お嬢さんが、聞いた話はおそらく、本当にあった事だろう。庭の精霊の魔法が、王宮の何処かであった事を、時々見せる事がある。大体が、王族の危機に関して警告してくるのだが、アレクシリスは、国王陛下の庇護下に置かれたし、竜族の杜若もそばにいる。そう簡単に、アレクシリスに危害を加えられはしない」
「でも、竜族の話や戦争だとか、ずいぶん具体的な話をしていて、もしもの事があったらと考えて不安です!」
「ならば、…… グレイルードに話せ」
「父上に話すと、この『妖精の庭』の事も話さなければならなくります。それに、後見人でなくなった父上に、出来る事は限られませんか?」

 竜族との会談の後、両親は忙しく、私の寝顔を見にくるのがやっとの状態が続いている。

 私は、自室にお籠りで、執務棟にお出かけするのも止められていた。エルシアは、やんわりと母上が心配するので王宮内が落ち着くまでの辛抱だと言っていた。

 それから、アレクシリスと一緒のお勉強も、別々になってしまうそうだ。アレクシリスの事も、新しい侍従候補や杜若の立場をどう扱うのか等、決めなければならない事が沢山ある。

 竜族は、アレクシリスと杜若の竜騎士の契約を受け入れてくれたけど、肝心の王国側の竜騎士団や関係貴族の根回しが終わっていないそうだ。

 これからは、気軽にアレクシリスに会いに行く事も出来なくなってしまうらしい。

 そして、父上はアレクシリスの使用人の取調べの後処理に追われていて、いつ寝ているのか分からないという。

 私は、色々と思い出して、目の前の『近衛騎士団長』を、睨んでしまった。だけど、当人は、なぜ私に睨まれているのか解っていないような顔をしている。

「グレイルードは、『竜の鉤爪かぎづめ』の『鳶色とびいろの魔王』だ」
「何ですか?! その恥ずかしい名称は!」
「 …… いや、一部の貴族や他国の者には、その名称だけで震え上がるのだが …… フッ、確かに、恥ずかしい二つ名だな …… クックッ!」
「父上が、恥ずかしい二つ名を持っているのが、どうしたのですか?」

 私は、かなり余裕がなかった。急がないと、アレクシリスの身に何か起きてしまいそうで怖かった。

「グレイルードは、表は近衛騎士団の副団長だが、陛下直属の諜報暗殺部隊『竜の鉤爪』を統轄する部隊長も兼任している。奴は、『鳶色の魔王』と影で呼ばれて恐れられていて、護衛騎士が表の警護なら『竜の鉤爪』は、裏の警護を担っている。事前に王族や要人の暗殺の危険を排除するのも、奴らの役目だ。グレイルードに対処させろ」
「諜報暗殺部隊『竜の鉤爪』を統轄 …… 父上が?」

 頭脳派魔王様だと思っていたけど、実力を兼ね備えた正真正銘の『魔王様』でしたか! 娘としては、複雑な心境だった。

「グレイルードは、この庭には入れないが、この場所が何かも知っている。ありのまま、話しても大丈夫だ」
「もし、父上に話して、この庭に来るのを反対されたりしたら、どうすればいいのですか?」
「これまで、誰かにこの庭へ来るのを止められた事があるか?」
「 …… ありません」
「この庭の魔法は、怖ろしく強力だ。来訪者を招く為に『強制力』が働いて、ありとあらゆる不都合を起こせなくしてしまう。それよりも、お嬢さんは男達の声に聴き覚えはないのか?」

 この庭の魔法は、もしかして最強なの?! 『強制力』って、そんな力の事だったの?

「私の知っている成人男性は、少ないですが、聴き覚えはありませんでした。若い男性の声は、少し訛りがあった気がします。あと、年配の男性の声は、低音だけど良く響く印象に残る声でした」

 そうだ、喋っていた内容はともかく、一度でも聞いた事があれば忘れられられないほどの美声と言ってよかった。

「そうか …… それだけでは、特定するのは難しいな」
「何故、アレクシリスを …… ! 何故、王族はそんなに憎まれているのでしょうか?」
「お嬢さんは、何故王宮の文官が、いつも忙しいのか知っているか?」

 それは、貴方が仕事しないからでは?! 私は『王太子殿下』を、ジトッとした目で睨んだ。







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