私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第二十八話 陰謀の芽 ③

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 母上の執務室は、文官の長蛇の列がいつも出来ている。執務室の文官は交代制て深夜も働いている。休日はしっかり取れているし、お給料も悪くないらしいから、ブラック企業ではないけど、忙しすぎるのは間違いない。

 だけど、人員不足? 制度の不備? とにかく、原因があるのなら、有能な母上なら、もっと早くに何とかしてしまいそうなのに、どうしてなんだろ?

「分かりません。なぜでしょうか?」
「ファルザルク王国は、王族や名門貴族に血脈を重んじる風習が根深くあった。その為、血族結婚を繰り返してきた歴史がある。長い年月の間に、王族と名門貴族に子供が産まれにくくなっていた。 …… と、ここまでは、わかるか?」
「はい。つまり、血が濃くなり過ぎたのですね」
「そうだ。そんな時、先代国王の治世に一人の『落ち人』が保護された。その『落ち人』の知識で、子供が産まれにくいのは、近親婚が原因だと解明された。先代国王は、血族結婚を禁止して、国法の改正と戸籍制度の制定を行った」
「『改革王』と呼ばれた、曾祖父様ですね」

 シドは、私の言葉に苦い顔をした。

「先代国王は、他にも色々な改革を強引に進めた。貴族や国民に理解されないまま、法や産業の改革にも力を入れた。しかし、貴族社会は混乱して政治は荒れた。産業の改革では、ギルド制度を作って、新しい商人が一時的に増えたが、大商人達の反発を受けて、経済は悪くなった。『改革王』は、皮肉を込めた呼び名だ …… 」
「そうだったのですか …… 」

 シドは、私にも理解出来るように、易しい言葉をなるべく使ってくれていた。私と『精霊の種』の知識の繋がりが、だんだん不安定になり始めているのだけど、今のところは理解できている。

「新しい婚姻法のために、戸籍制度を作ったおかげで、税収は誤魔化しが出来なくなった。多くの貴族の不正が発覚したり、処刑されたり、処罰されたりする者が大勢いた」
「不正が無くなり結果的に良かったのではありませんか?」

 シドは、私の頭を撫でながら、話を続ける。優しい手は、かすかに震えている気がした。

「不正は、無くなった。しかし、国王は、その処罰で沢山の恨みをかったのだ。長年平和で、外敵もなく、強力な竜騎士団に護られたファルザルク王国の貴族達は、すっかり王族への忠誠心を失ってしまっていたのだ。貴族達が、国王に仕える最大の理由は、忠誠でも誇りでも名誉でもなく …… かねだ!」

 シドは、吐き捨てるように言った。秀麗な顔を、長髪で半分隠してはいるが、お祖父様のお若い頃の肖像画にそっくりだと思った。

「国王を筆頭とした王族が、商会の経営者と考えればわかりやすいだろう。貴族は、商会の重役、或いは、系列の商家だ。平民がその従業員達。経営者に求められる役目は、儲けをだして、配下の生活を保障する事。わずらわしい事を言わず、監視や干渉もせず、給金を沢山くれるお人好しが、配下にとって良い経営者なのだ」

 シドの例えは、分かりやすいけど、極端だと思った。王国というからには、国王を中心に政治が行われる。でも、様々な在り方や内容があって、政治の責任は国王のみではなく、国政に関わりを持つ貴族にだってあるはずだ。あ、これはリンジャー先生の授業でまだ勉強中の話だ。

「だから、先代国王の性急な改革は、貴族も平民にも不評だった。『落ち人』の言いなりに、進められた改革は、貴族社会を混乱させ、王国の経済は破綻した。その年の冬は、辺境の農村で、大勢の餓死者まで出した。先代国王は、責任を感じて存命中に退位してしまった。まだ成人して間もない父に、全てを譲った。失敗の責任も、全てだ! 改革の混乱は、今も続いている。文官の仕事が尋常じゃないのも、改革の失敗が原因だ。貴族達は、未だに非協力的で、王族はその存在価値をぎりぎり保っている」

 私は、その後の『改革王』が、隠居先の離宮で『愛妾』と暗殺されたと、歴史の授業で聞いていた。その『愛妾』が、『落ち人』だったのかもしれない。犯人は、今もわからないそうだ。

「今でも、不満の連鎖は徐々に悪化している。王族は恨まれ憎まれて続いているのだ」
「そんな …… 変えていけませんか? シド様は、母上の誤解を解いて、父上やお祖父様と協力して変えていけばいいじゃありませんか? 私も一生懸命お勉強して、少しでも助けになる様に頑張ります!」
「もう、無駄な事だ …… もう、遅い!」
「どうして、諦めてしまうの?!」
「流れた月日は、戻ってこない。この先も、俺とサンドラが普通の兄妹の様になる事はない ……!」

 悲しそうに、悔しそうで、思いつめるような顔をして、シドは私に話して聞かせた。まるで、懺悔ざんげをするように …… 。

「 …… 俺達が、母の後ろ盾を失ったのは、お嬢さんくらいの年だ。王族とは名ばかりに、派閥の傀儡として離ればなれに育てられた。生まれて間もない妹とさえ、派閥の違いから、ほとんど会うことすら出来なかった」
「対立する派閥で育ったから、兄妹でも嫌い、憎み合うのですか?!」
「嫌われた方がいい。その方が諦めがつく」
「?」
「俺は、呪われた王族の血を、濃く引いたらしい。王族が、血族結婚を繰り返してきた弊害へいがいなのかもしれない。俺は、血族にしか深い愛情を感じられない。俺の初恋は、学園に入学する年だった」
「は、初恋?!」

 私は、シド様の突然の初恋の告白に驚いた。『初恋』の言葉に、私の胸がツキリと痛んだ。

「学園に入学する前に、立太子をする条件として、婚約者になったのは、対立派閥の筆頭公爵家のシリスティアリスだった。俺は、顔合わせで彼女の隣にいた、不機嫌そうな付き添いの赤毛の少女に惹かれていた。婚約者ではなく、いつもケンカ腰の気が強い少女に恋をした。…… 初恋だった。だが、少女の名がアレクサンドリアだと知って、実の妹だと知って、初めて高鳴った胸の鼓動が、一気に凍りついた」

 シドは、俯いたまま、私に言葉をつづり続けた。

「血族婚を認められていた時代でも、親兄妹の結婚は禁忌とされていた。いくら他人の様に育ったといっても実の妹だ。母の面影もある。だが、忘れられない。嫌えない。俺は、まだサンドラを愛している。これが、男女の愛なのか、家族に対する愛情なのか、それさえわからない。確かめるすべもない。それに、俺はサンドラに、出会う前から近づく事さえ出来ないほど、嫌われていた。なにしろ、サンドラの大好きな、シリスティアの婚約者だったのだからな」

 母上のシリスティアリス様大好きは、そこまで凄かったのか …… 。うん、私の名前の由来は、ほとんど彼女の名前だものね。誰も、止められなかったらしいよね。

「俺は、宰相達の愚かで操りやすい王子様を演じながら、いつか奴らを道連れに消えるつもりだ! そして、永遠にサンドラから、徹底的に一生涯嫌われ続けるのが望みだ …… 」
「どうして、そんな事まで私に話すのですか?」

 シドは、ハッとした顔をして立ち上がった。そして、横顔を歪めて、諦めたように呟いた。

「この庭に、自由に出入りする為には対価が必要だ。庭の精霊に、俺が誓わされたのは、『沈黙は、許されるが、嘘をつかない事』だ。お嬢さんは、『精霊の姫君』だから、招かれているので対価は必要ないのだろう。この庭の精霊は、…… 残酷なくせに、とても優しいからな …… 」

 私は、目の前の王子様に、何と声をかけたらいいのか、わからなかった。









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