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第二章 異世界でも流行りますか?
第五話 異世界でも流行りますか?
しおりを挟む私は、第一皇女として大切に育てられた。
本物の箱入り皇女で、過保護に育てられたから、外部との接触がほとんど無かった。
奴隷の処刑も、五歳の誕生日に初めて見たのだ。私にとって、奴隷の存在をそれまで知らなかった事は、ある意味幸運だったかもしれない。
変な奴隷蔑視や偏見を持っていないから、私の感情に混乱はない。
しかし、困ったことに奴隷の見分け方がわからない。額に術式の発動する紋様が刻まれているのかもと、じっと侍女の額を見つめてみた。
すると、お茶をお持ち致しましょうか? とか、今日のお召し物は、気に入りませんか? とか聞かれてしまった。
目線だけで使用人を動かすのは、高貴な者には、必要なスキルらしいけど、そんなつもりじゃなかっのに、気をつかわせてごめんね。結論としては、見た目で見分けられないようだ。
自力で理解できそうもないので、乳母のルビスに、簡単に奴隷について教わった。
まず、奴隷の種類について、犯罪奴隷、借金奴隷、奴隷の身分に生まれた者、奴隷の身分に落とされた者に、大きく別れるそうだ。
犯罪奴隷は、刑期を終えれば平民に、借金奴隷は、借金分を働いて完済すれば、平民に戻れる。
奴隷の身分に生まれた者は、両親のどちらかが、奴隷の身分だった者で、生涯奴隷として生きる。特例で、平民になる場合もあるが、大金を積んで申請と許可を国から受けなければならない。
奴隷の身分に落とされた者は、敗戦国の平民や貴族をある一定数、戦勝国に賠償金として差し出す事で存在する。こちらも、平民に戻るのは難しい。
奴隷は、額に奴隷紋と呼ばれる魔法の刻印を必ず入れられる。主人と奴隷の間の契約により、内容や制限はさまざまで、国の専門の魔術師が執りおこなう。
奴隷紋は、普段は全く見えない。しかし、契約違反や罰を受けなければならない失敗をすると、浮かび上がる。普段は見えないようにするのは、他の身分の者と一緒に働いていて、身分の違いからトラブルが起こるのを、防ぐ為なのだそうだ。
母上様は、奴隷紋の研究者で魔術師の責任者だそうだ。……もう、何も言うまい。
日常生活で、皇室で身の回りの世話をしている者の約半数は、奴隷なのだそうだ。奴隷は、絶対に裏切らない。奴隷の使用人の需要は、貴族ほど高く暗殺の危険性を排除する為らしい。
ただ、帝国では深刻な奴隷労働力不足だという。理由は、ちょっとした事で処刑しまくったからじゃない? と、思ったら、当たらずとも遠からず。獣人の国との戦争で、大量に奴隷兵が投入されて、戦死したからだという。
はあ、ため息しか出ない。女神様が苦労するのもわかるなあ。
数日後、一番上のフィオル兄上様のから、二人だけのお茶会に、ご招待いただいた。
フィオル兄上様は、先日の私のお誕生日に訪問する予定だった。
しかし、私の体調不良を理由に面会が中止されたから、お茶会でお祝いの言葉を伝えるというわけだ。
フィオル様は、同母の兄で十二歳年上で来年は成人だ。もう一人のタナトル兄上様は八歳年上で現在は外遊中だそうだ。
フィオル兄上様は、正統な次期皇帝候補と目されていて、正式に皇太子に指名されるのは時間の問題だ。味方にしておいて損はない。お茶会上等!!
いやあ~、最近の私は、頭にすぎ血がのぼり、怒りの沸点が低くなっている気がする。短気は損気である。慎重に行動しなくては……。
ただでさえ、五歳児の身体に思考が引きずられて、短絡思考になってきてるのだから……。
ルビスに連れられて、訪れた兄上様のお茶会の会場は、皇居の一角の小さめの応接室だという。実は、私はここがどれくらいの規模の城なのか、御屋敷なのかも知らなかった。
応接室で出迎えてくれた兄上様は、クソ皇帝そっくりのイケメン青年だった。中身が同じじゃない様に、心から祈っていよう。
「フィオル兄上様、お茶会にお招きいただきまして、ありがとうございます」
「カノン、体調はもういいのかい?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。改めて、五歳のお誕生日おめでとう。今日は、珍しいお菓子をたくさん揃えたので、楽しんでくれ」
「わあ……。素敵です!」
テーブルの上に美しく飾られた、数々のお皿の上に美味しそうというより芸術的に美しい細工のお菓子とケーキが並んでいた。中心の花瓶の花は生花ではなく見事な飴細工だった。ルビスをはじめ、私の侍女達も感嘆のため息をついた。
私の中のフィオル兄上様の好感度は急上昇中だ。
どれも、素晴らしいお菓子で全て食べるのは無理なので、日持ちする菓子は後で部屋に持ち帰れるように、手配してくれる。少しづつ、兄上様自ら取り分けて私に給仕してくれた。
特に、お茶と一緒に出されたマカロンそっくりなお菓子が絶品だった。パステルカラーの小さな可愛いプックリした平たい円形が、小さなお皿に円錐形に色ごとに積まれている。ルルントと言って、隣国の名物お菓子なのだと言う。
隣国からの使者の手土産らしく、レシピも秘密にされているそうだ。
私は、赤い色のルルントを一つつまんで食べた。
一口食べて、グッレイトォオオオ!! と、叫びたいくらい感激した!!
六本木の某有名店並みに、最上級の味と品質だ。クリームはベリー系の果実の濃厚な風味が爽やかに広がり、焼きメレンゲの部分も口溶けが良く甘過ぎない。アーモンドの風味がほんのりとしてあとを引く。
私はきっといい笑顔をしている事だろう。美味しいお菓子は正義である。
二つ目を食べようと、兄上様に許可をいただく為に目を合わせた。すると、兄上様は、無言で私の口元に、黄色いルルントを差し出した。私は、パクンとそれを食べた。
うわっ! 酸味のバランスが絶妙だ! 美味しい! ハズレなし! 全種類制覇を、あと三巡くらいしたい! 私の思考がばれているのか、兄上様は次の色のルルントを手に待っていた。
実に微笑ましい兄妹の図が出来上がっていた。
「兄上様、ありがとうございます」
満面の笑みでそう呼ぶと兄上様は真っ赤な顔をして口元を片手で抑えて悶えていた。
『妹萌え』は、異世界でも流行るのだろうか? あ、別に私が『妹萌え』を好きなわけじゃないから関係ないか。
私は、ルルントが大のお気に入りになった。はっ! 前世でもお菓子に関しては前科があるのに軽率だったかな?
『ルルントが流行る』のは、時間の問題だったりして……。
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